きまぐれ発言

日々変化する世の中をみて、私はこう思う。

「脳死状態の自民党」

2009-06-30 10:58:32 | Weblog
「脳死状態の自民党」        (009.06.30.)

丁度臓器移植法案の議論の最中ですが、臓器を移植して、人命を助けると言う医学の進歩は、脳死の人の臓器を移植する事で人命を救う医学の進歩が成せる技である。
しかし、「脳死の人」には何を委嘱しても助かる道はありません。

この段階で、麻生総理は、党内人事や、閣僚人事を変えることを考えていたようだが、此れも党内反発で、断念したようである。

古賀選対委員長は、地方の臓器の移植を考えたのか、宮崎の東国原知事に助を求めたり、大阪の橋下知事にも助を求めに言ったと言うことは、全く、意味も目的も解らない脳が仮死状態に陥った無意識行動としか思えない状況だ。

麻生総理は、完全にコントロールする機能を失っており、もはやどの様に対処したらよいのかも解らない機能不全能状態になっているのでは無いでしょうか。

一国の総理として、また一党の総裁として、纏め上げることは、国民から、また党員からも信頼を受けた上に魅力ある人間で無ければいけません、そのためには、常に「心が通じ合える」ものがなければ成りません、麻生総理は、本来早々に国民に信を問う為の選挙管理内閣と言われていた物で、国民にとっては、何時解散総選挙が行なわれるかが一番大きな関心事であった筈です。

それが、総理に成れたことに気持が高ぶり、一日でも永く総理の椅子に居たいという気持から、選挙は、やる素振りを見せながら、「総裁である私の専権事項である」と言って国民や党員の気持をもてあそび、国の政治の将来ビジョンは何も示さず、世界経済危機に乗じて、延々解散実施を行わず、逃げ回ってきただけである。

この実態に失望した、国民の支持率は、どんどん低下し、いまや救いようの無い常態までに成っている。

彼は、総理と言う権力の頂点に立てば、何でも自由に思いのままになる物と思っている。
そして、それを動かす力は、金と権力だけだと思っているのではないだろうか。

その考え方は、彼自身の生立に在ると思う、祖父に吉田茂総理と言う歴史的偉大な総理を擁し、其の孫であることは自慢の一つであると思うが、それが返って災いし、「国民の心」と言うものが全く解っていない、世の中は全て、「金と権力」だけで如何にでもなると思っている。

だから、「派遣労働者」の心、「後期高齢者」の心、「介護する人」の心、「子育てしながら働き続ける人」の心、「この様な国では子供を生むことも出来ない、」「将来のことを考えると心配で心配でしょうがない」等々、将来に明るい希望を示すことが出来ない内閣に、支持率が上がる訳はありません。

それを、<金をばら撒けば上がるのでは無いか>、<敵対する野党の欠陥を吹聴すれば上がるのでは無いか>、<人気のあるタレント首長を取り込んでおけば選挙に勝てるのでは無いか> 等々で、情けない浅はかな、考えである。国民はそんな事では騙されない昔と違った、政治に関する、チャントした考えが育って来ている事に気が付いていないのかも。
「政党の脳死状態」とは将に現在の自民党の現状が示している、助かる道は分裂しか考えられないだろう。
(えびなたろう)

海老名でのタウンミーティング

2009-06-29 17:05:35 | Weblog
海老名でのタウンミーティング        (009.06.29.)

昨日は「かながわ市民フォーラム」主催で「国民の運動体」の江田憲司氏と同ナビゲーターの木下敏之氏によるタウンミーティングが行なわれ、朝から出かけていましたので昨日のBlogは休刊にし、本日タウンミーティングの状況を書いて見たいと思います。

場所は、海老名市の文化会館内120サロンと言うところで、定員80人の部屋でしたから、タウンミーティングには手ごろな規模で、講演者の話も聞きやすく、質疑応答も活発で予定の時間をオーバーすると言う、盛会なタウンミーティングでした。

江田氏は元通産省の官僚として入省、橋本内閣の総理大臣秘書官をやり、行政改革を担当していただけに霞ヶ関の内情には、誰よりも良く精通している。その彼が、1998年7月20日橋本内閣の総辞職と共に20年近く勤めた国家公務員の仕事をやめ、無職、無収入の浪人生活になったのです。

その理由は、霞ヶ関の権益争いや、官僚の抵抗の嫌らしい一面を嫌と言うほど見せ付けられたと言うことです。

数年間、浪人になった彼は、苦労のどん底を経験しながらも、国会議員を目指して、2度の落選の憂き目を感じながら、05年の選挙の時、神奈川八区で唯一無所候補として、当選を果したのです。
そして、09年の年明け、自民党を離党した渡辺善美衆議院議員と「国民運動体」と言う“脱官僚” “地域主権”と言う旗印を掲げ活動する事になったのです。

タウンミーティングの中でも、結局、彼は、今の自民党の中に、官僚と癒着した族議員の存在によって、支配されている限り、自民党での改革は不可能であると言う結論に達している。
だから、政権交代の必要性を強調しているがその意味は「官僚勢力」に対抗する力が「在るか」「無いか」と言うことで、民主党だけでは其の力が疑問視されるところである。

「政権交代の」、絶対条件として、今の与党では不可能な事から、「自民党・公明党」と言う選択肢は全く無く、自民・公明以外の政党に絞られる問題である。

其の上で、脱官僚の力を持っている政党である事が必須で、考えられるのは民主党を中心とした、脱官僚思考の新政権つくりが必要になってくると言うことになる。

先日、田中秀征氏が述べていた、エッセイの中で、官僚改革を挙げる政治勢力に三つあると言う、1)は「中川秀直元自民党幹事長らの改革派、2)は江田・渡辺氏の無所属グループ、3)は民主党勢力である。

そして、官僚改革についての政治的影響力は民主党が一番強いが、改革の本気度から言えば他の2派より遅れていると言われている。

いずれにしても、改革の必要性は、必須の事であるから、三派の話し合いをして、新しい政権の樹立を考えるべき時では無いかと思われるのだが。
(えびなたろう)

麻生首相の迷走

2009-06-27 10:11:20 | Weblog
麻生首相の迷走       (009.06.27.)

いよいよ自民党内で支持率の低下で選挙を戦う事が出来ないと言う声が沸きあがり、「麻生おろしの」空気が日増しに増えてきた。

麻生総理は、それでも自分の手で選挙をやりたいとの思いから、現在の重要法案を通して少しでも支持率を挽回し選挙に突入したいと思っているようだ。

しかし党内は、いまや、夫々が皆勝手な発言をし、混乱状態にある。其の中で、麻生総理は未だに解散の時期を明確にせず、「遅くとも遠くない時期のやる」とだけ言いながら、党内人事を変更する意向を示している。

これには、マスコミもどの様な人事になるのか、早速話題に登り細田幹事長に質問が集中したが、幹事長は「私には何も話がありません」という事である。
主だった党幹部にも誰も内部事情を知った人が居ないようである。

「麻生おろし」で、総理の権威が落ちた、現状の体制を、引き締めるためにも人事問題をちらつかせて、勝手な発言の封じ込める、「威しを」を掛けたものではないかと思われる。

もし、そうだとすると、品格の無い、卑しい姑息な手段だと思わざるを得ない。
党内の重大な人事問題を、女房役である、幹事長にも話を通じず勝手に口走るあたりは、余りのも自分勝手な人であると思われる。

日本郵政の人事でも、自分の片腕とも思われる、鳩山総務大臣を冷徹な処遇で処理する事も、彼の自分本位の冷たい人間性が示されている。

麻生総理には、今のNHKの大河ドラマ「天地人」に出てくる、上杉謙信の「義」の心を理解できない人ではないかと思われる。

人の上に立つ人は、中でも一国の総理と成る人は、国民を引き付ける「魅力」がないといけません、ただ、総理と言う「権力」に頼った、力だけで、押さえつけるやり方は、品格のない、卑しい人の浅はかな考えである。
(えびなたろう)

国民生活の空気がわかるタレンント首長

2009-06-26 12:35:16 | Weblog
国民生活の空気がわかるタレンント首長       (009.06.26.)

地方自治体の首長が中央官僚の横暴で、昔ながらの中央集権思想の上にいまだに直轄事業の地方負担金だと称して、わけの解からない請求書を出して、支払わしていた事が、大阪府の橋下知事が、「ボッタクリバーの支払いに等しい」と反対したことは、国民から大きな喝采を浴びました、と言うのも、今までの各県首長は、知ってかしらずか支払っていたのである。

昔は中央から、各県に知事が配属され、今のような県民の投票で選任される制度ではなかったので、中央のおっしゃるままに、行うことが、知事の仕事であった。

其れが、選挙制度になった頭書も、知事と言う仕事は中央官庁の経験者でないと勤まらない、中央に楯突く人は、予算も補助金も配分してくれないと言われてきた。
従って、民間から知事になる人は少なく、中央官庁に気脈の通じる人しかやってこれ無かったのである。

世界の先進国の中で、いまだに中央集権的な政治をやっているのは、日本だけで、形は県民の自主投票で知事を選ぶ形式になってはいるが、知事の仕事をやる段階で、権限と財源の部分を完全に中央に押さえられている現状では何も出来ない事が解かったのである。

此処へ来て県の知事に名の通ったタレントが首長になり良い仕事をやっていると言うことは、「タレント」と言う民衆と接触した仕事の上に成り立つ職業柄、民衆の心を掴み民衆の目線でのニーズをよく体得している事、また実行に対して、今までの型に嵌らない独創的な発想を持っている。この点が、最も重要な要素であって、政治家に最も必要な要素と重なるところが在るからである。

自民党が支持率を落とし、国民からの歓迎も受けられないのは、国民の心を掴むことが出来ず、新しい改革の発想(アイデア)が無いからで、彼らの最も必要な要素は、いかに法律の解釈を自分に都合良く解釈できるか、そして資金集めが出来るか、官僚に取り入って利権の一端を物にし、金と利権による、力を鼓舞して有権者の人気を集めるだけの「示談屋」に成り下がっているからである。

最初は、その様な政治家が理想像では無かったと思うが、長らくやっている内に政権与党という利益・権益が、マンネリ化し、堕落してきて、ことの善悪も麻痺してしまい、「税金の無駄」と言う感覚は与党議員の中にはまったく芽生える事はありません。

世襲制が良いの、悪いの、と議論しているが、世襲そのものより、本人の生い立ちの中で、一般民衆の心が掴める人間であるのか、人間生活の苦労が体得されて居る人間であるかが、政治家に問われる大きな要素であります。

その様な要素が備わっておれば、経済不況で、生活苦にあえいでいる国民を横目に銀座のクラブで毎晩食事をする総理の心境には成らないでしょう。
(えびなたろう)


国交省は談合疑惑の常習省

2009-06-25 13:22:59 | Weblog
国交省は談合疑惑の常習省       (009.06.25.)

昨年の6月17日、このblogで取り上げたのが北海道開発局が発注する公共工事の官製談合で、局長と石狩川開発建設部のOB二人が逮捕された問題である。その前にも国交省は河川ダムや水門工事をめぐる談合等や橋梁工事問題等があり談合の常習官庁が国土交通省に集中していたのである。

そして、其の都度、謝り、「改革をする」と弁明してきたが、今回またまた、公用車管理運転業務の入札で、談合に関与したとして「官製談合防止法」により改善措置が求められた。そして更に同じ国交省の出先機関である8地方整備局発注の入札で10社が談合したと、独禁法違反で課徴金納付を命じられている。

国の公共工事の8割は国土交通省に集中しているだけに国交省が談合の防止については率先して改革を進めるべきであるが、今回も「国民の信頼を著しく裏切り、深くお詫びします」と言う事であるが、まったく空虚な謝罪としか聞こえて来ない。

各省庁の改革については、安部総理の時代から、「地方分権推進委員会」と言うのが作られ、分権委員の委員長に民間から、丹羽宇一郎(伊藤忠:会長)が就任され、昨年暮れに幾つかの改革提言をされている、其の中に国交省や農林省の地方出先機関が県の業務と重複し二重行政になる事を取り上げ、県の組織に統合する提言が出されている。
中でも、北海道開発局は解体の目玉にされていたところである。

これには、中央官僚から、猛烈な反対があって、麻生総理が「思い切った改革案を出せ!」と丹羽氏に命じて置きながら、結果は全部骨抜きに成されてしまっている。

今回の談合問題も、改革どころか、09年度の補正予算で、15兆円と言う予算を計上し今までの財源節約の“タガ”が外れたことに官僚の意識が緩んだのではないでしょうか。
道路も作り、無駄な会館も作り、今までの節減対策に底が抜けてしまったようである。

がから、談合の問題等々改革については、“タガ”外れた財政に官僚もやりたい放題になっているのでは無いでしょうか。

自民党政権では、天下りを許し、渡りを許し、談合を見て見ぬ振りをし、官僚を制御することが出来ない以上絶対に無駄の抑制は出来ません、「骨太方針」として2200億円の節減目標も、結局はやらない事に決定したのも其の為である。

改革提言については、民間委員会による推進提言が数多くなされているが、すべてが官僚の抵抗によって骨抜きにされている。

これを直さない限り、この国は良くならない。 東国原知事に頼んでも、民間委員会からの提言も聞けないようでは、絶対に支持率上昇はありえないでしょう。
(えびなたろう)

“コケ”にされた自民党

2009-06-24 11:07:59 | Weblog
“コケ”にされた自民党       (009.06.24.)

いよいよ崖っぷちに追い詰められた自民党は、窮余の一策として、人気タレント知事である、東国原宮崎県知事に自民党議員として国政に出馬することを申し入れた。

古賀選対委員長としては、民主党に政権を渡すわけにはいかないと、東国原知事に「自民党に新しいエネルギーがほしい」と訴え強く働きかけたのである。

東国原知事も、予てから国政には意欲を見せていたから、この申し入れに対して、条件を聞いてくれるのであれば、と提示してきたのである。

その条件とは、「自民党の総裁候補として受け入れてくれる事」「全国知事会での要求を全部自民党のマニフェストに掲げる事」などである。

これには、自民党内からは、「あほらしい!」「そこまでなめられたか」等々の意見が出て、呆れられている。

大阪の橋下知事も「シャレでしょう!」と笑っていたが、その様な条件を付ける方も付ける方だが、其れを聞いてくる方も聞いてくる方で、自民党の選挙対策もなりふりかまわぬ人気取りタレントに頼るところまで、成り下がったか、と言わざるを得ない。

東国原知事は、知事として政界にデヴュウしてまだ、2年半いわんや国政での経験はいまだ、全く無い中で、呆れた条件を付けたもので、彼をそこまで、有頂天にさせた人気はタレントとして、民衆の気持ちを捉える、人間の常識をそのまま訴えた事であり、その当たり前の常識を、実行した事に国民は拍手を送ったからである。

従って、それだけ今の政治の在り方が、非常識の塊であることに思いを寄せることが必要ではないでしょうか。

鳩山総務大臣の「正義が引っ込む世の中」は誰が見ても非常識である。中央官僚の横暴は「自分たちの宿舎や、人件費」代まで地方に支払わせている、可笑しいと思うから大阪の橋下知事も「ボッタクリバーの請求書だ!」と言って支払いを拒否した。
これらは、当たり前のことであり、常識でしょう。

東国原知事をここまで有頂天にさせたのは、周りの人間が担ぎ挙げた事ではあるが、其れにも増して、いまの自民党の政治が、民衆の意向を無視した非常識な政治を行い、しかも其れを、国民に強要しているからに他ならない事ではないでしょうか。

その反省も無く、ただ餌をばら撒けば民衆は「尾っぽを振ってついて来る」と思いあがっている今の自民党に耐え難い怒りを感じさせるもので、更なる支持率低下を促進するもの以外の何物でもありません。
(えびなたろう)

自由と公正を求めるイランの民衆

2009-06-23 11:53:11 | Weblog
自由と公正を求めるイランの民衆       (009.06.23.)

イランの抗議行動は、大変な事になってきた。治安部隊と各地で衝突しているデモ隊が叫んでいる言葉に「ハメネイに死を!」と最高指導者であるハメネイ師を公然と批判していることである。

イランの今回の抗議行動は、ハメネイ師の「警告」無視に向けられ、今までに無かったことで、タブーとされていた「ハメネイ体制」に矛先が向けられると言う事は、イスラム体制の根幹を揺るがす抗議行動である。 夜になっても、住宅地の屋上や、ベランダからも叫び声が聞かれると言うことである。

イスラム革命は、1979年パーレビ王政による独裁的な体制に民衆の不満が爆発して起こしたもので、フランスに亡命していた聖職者ホメイニー師による革命で、当時の革命運動には現大統領のアフマディネジャド氏も中心的メンバーとして加わっている。

以来イスラムは、聖職者による宗教的な厳格な戒律が取り入れられ、特に女性に対する戒律は、今の時代にそぐわない非常識なもので、王政時代よりも厳格なものであった。

従って、今回の抗議行動も、民衆は、宗教的な戒律よりも自由と公平を要求するもので、強権的な今の政治体制ら開放を要求しているのである。

政府側の治安部隊は、武力を持って押さえつけようとし、更にその報道に付いても、外国人ジャーナリストの逮捕、締め出しが行われている。
しかし、民衆はインターネットを使って、映像を流しているから、世界中にすべての情報が流れている。各国政府もイランの武力鎮圧には、非難の声が上がっている。

中国の天安門事件、チベット自治区の暴動事件、ミャンマーの軍事政権事件、力で情報規制をしようとしても、IT時代の今日では、インターネットを通じて、すべて国境を越えて世界に筒抜けである。

イランと言う国は、今回の民衆の行動を境に、一歩改革が進んだ国に生まれ変わる事が出来るかどうか、重要な革命的な事件である。

日本においても、次期選挙の結果では、政権交替が行われ、脱官僚の政治体制が出来るか、どうか、重要な「維新改革の選挙」である事を忘れてはならない。
(えびなたろう)

麻生自民の末期症状

2009-06-21 10:30:14 | Weblog
麻生自民の末期症状        (009.06.21.)

内閣支持率の世論調査で、10%代まで急激な落ち込みに、与党内の動揺は激震状態と言っていい。

その大きな原因は、日本郵政の西川社長の辞任か、続投かの問題で、早々と続投を決定して強行した事で、その代わりに、鳩山総務大臣の更迭を麻生総理が認めたことにある。

今朝の時事放談を聞いていて、麻生総理の盟友と言われた鳩山総務大臣を更迭しても西川社長の続投に決断せざるを得なかった理由は、麻生総理の本意ではなく、総理の周りが官僚と一体になって、仕掛けた圧力で、其の圧力に屈したと言うものの様である。

麻生総理も、西川社長の交代人事の人選まで踏み込んだメールを総務大臣に出していながら、西川社長の続投を決めた、党内圧力とは、一体どう言うものなのか、ハッキリは言わなかったが、相当に小泉元首相の意向が強く働いている事のようである。

と言う事は、アメリカに言われた郵政民営化の指示に従ったものの様で、それに係る相当、込み入った事情による事が想像される。

総務大臣更迭の決断も、小泉さんが、あの時期に何しにヨーロッパへ行ったのか、誰と話をしたかも隠されているが、多分に関係のある行動である。

自民党内では、麻生総理の優柔不断な決断に「わが党は決定的に国民の信を失った」「大政奉還をするべきだ」と言う発言まで出ている。

我々には郵政に関する、細かい裏事情は解らないが、何よりも西川社長の続投に固守し続けた拘り方に、異常な不信感を抱かざるを得ない。

自民党と言う政党の実態が、国政をもてあそぶ利権集団で、総理と言うのはその操り人形なのである。

真面目に国の政治を行なう政党であれば、国民の民意を大切にし、国民生活に直結した政治が行なわれるべきなのに、必要な補助金は削減し、緊急でもないアニメ館に117億円の金を投入し、中央官僚は、自分たちの住宅や人件費まで、直轄事業負担金と称して地方自治体に支払わせ、無駄の削除に付いては一向に考えず。取り立てる金は相手が老人だろうと、天引し、足りなくなれば、消費税を上げると言っている。

鳩山総務大臣も、国民の資産である2400億円で作った「かんぽの宿」を109億円で特定業者に安く払い下げる事に注文を付けたのは、国民から見れば大喝采である。

その総務大臣を更迭し、疑惑の多い西川社長の続投を是とした、決断は国民の怒り心頭に来る物で、必ずや選挙の結果として、国民の意思が表明されることになるでしょう。
(えびなたろう)

イランの抗議行動

2009-06-20 11:50:03 | Weblog
イランの抗議行動      (009.06.20.)

イランの抗議行動は思ったより激しく、規模も今までに無い大規模な抗議になっている。

最高指導者「ハメネイ師」はテヘラン大学の金曜礼拝で演説し「(イスラム体制を揺るがす)危険水域に達する可能性がある」と切迫感を示すとともに、改革派のムサビ元首相に「冷静な対応を」求めている。

しかし、改革を求める、市民行動は、ハメネイ師の制止を無視して改めて大規模な抗議行動を計画しているようである。

ムサビ師自身は、抗議行動による、政府の武力行動の犠牲者を追悼しようと呼びかけているが、騒ぎの拡大を望んでいるわけではないと思う。

しかし、最高指導者ハメネイ師の“言”を無視して、行動に出ようとする国民の行動は、昔と違ったイランの体制に変化がうかがわれるところだ。

イランでは聖職者の権威は、絶対的なもので、中でも最高指導者の権威は、憲法を越えた存在として受け取られて来たからである。
しかし、イスラム体制そのものが、厳しい制約によって自由が制限され、特に女性に対する極端な差別は、近代社会では、受け容れ難いものがある。

イスラムの国内でも、今の若者は、ITをやり、携帯電話を持つようになり、自由な表現を謳歌する時代の中で、個人の生活の中まで、干渉する体制には強い反発があるのである。その表れが、今回の抗議行動の中に、表現されているように思う。

イランは過去、アメリカのブッシュ政権から「悪の枢軸」と決め付けられ、アメリカとの険悪状態のときでは、アメリカナイズされた自由の風潮は極端に制限されてきただけに、今後オバマ政権の中では、イラク自身の国内体制も新しい体制の変化することは、良い方向ではないかと思います。

ムサビ氏も今回は、この点を充分考慮して、取り敢えず事態の沈静化に勤め、新体制のイラクの建設に彼の器量を発揮することが必要ではないか思う。

王政時代以来、イラク民族は、プライドも高く、原子力技術者も沢山いて、その程度も高い国である。今後の世界の平和維持に欠かすことの出来ない国であると思う。
(えびなたろう)

臓器移植法案、衆議院通過

2009-06-19 13:19:28 | Weblog
臓器移植法案、衆議院通過      (009.06.19.)


昨日衆議院を通過した臓器移植法案のA案は、家族の同意があれば臓器提供が出来ることになり、本人の同意が取れない、15歳未満の子供でも家族の同意だけで、「脳死」とする事が出来ると決まった。

1997年の成立した現行の移植法では、臓器を提供する場合に限って「人の死」とし、臓器提供者が生前書面で提供の意思を表明している事と家族が同意している事が条件で、意思表示が出来ない15歳以下は提供出来ない事になっていた。

その点、提供を受ける側からは、歓迎されることになり特に幼児期の臓器提供に付いては、国内では、移植が不可能で、多額の費用を掛けて海外での手術に、頼るよりしかたがなかったのである。しかし其れも、外国において自国内確保を優先することから、この道も閉ざされる状況になってきている。

今回のこの法案の通過は長年見直しが放置されてきたところであるが、問題は「脳死」の判定で、「人の死」とは何かが議論されているところあったのです。

脳の構造は大別して3つに分けられ、・大脳・小脳・脳幹の三つです。

大脳、小脳が死の状態でも、脳幹が機能しておれば、呼吸・心臓運動・嚥下(物を飲み込むこと)機能は働いています。

この状態では人間は植物状態で、話も出来ず、起きたりすることは出来ません、人口呼吸器だけで心臓を動かしているから、眠った状態が続いているだけです。

従って、臓器提供は「脳死」状態のときに、他の健全な臓器を取り出し、其れを他人に移植しようと言うもので、まさに今日の医学の進歩がもたらした、最新技術と言うものである。

そこで、「脳死」とは本当に人間の死と考えてよいものでしょうか、と言うことである。

まだ他の臓器が動いており、心臓も動いているから、体温もあり、髪は伸び、爪も伸びます、ただ、人口呼吸器と言う機械で生かされているだけで、呼吸器を外せば完全に死に至ります。

昔では、とても考えられないことであるが脳は死んでも他の臓器が健全である内に取り出して、移植をすれば、救済できる人も居ると言うことから、多くの人が救済を求めている現実もあるわけである。

流石の自民党も討議拘束による数の力で、この法案を律する事が出来なかった様で、「人の生と死」に関わるだけに、慎重に良くい討議するべき課題であると思います。
(えびなたろう)