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世界の総選挙  2  

2024年06月04日 06時48分41秒 | 日記

  2024年6月4日(火)  世界の総選挙  2

 

 

先日、下記記事を投稿し、

  世界の総選挙  1  (2024/6/2)   (Q12)

7月4日に実施される予定の、イギリスの総選挙と、最近の同国の政治情勢について触れたところだ。

 

本稿は、シリーズものとして、その続編にあたるもので、南アフリカでの総選挙を取り上げる。

 

定数400の下院議員を選ぶ総選挙は、5月29日に投票が行われ、6月1日に、開票作業が終了している。

結果は、与党のアフリカ民族会議(ANC)の得票率が約40%で、5年前の、前回の総選挙での得票率、57.5%を大きく下回ったようだ。

でも、議会の過半数を割ったものの、第1党の座は保持したようで、不安定な、連立政権が必要となる。

 (参照:南アフリカ総選挙 与党が初めて過半数割り込むこと確実な情勢 _ NHK _)

 

長期政権が続いたことで、汚職が蔓延し、治安の悪化や、高失業率や経済の低迷などがあり、支持が大幅に低下したと言われている。

 

南アフリカと言えば、思い浮かぶのは、アパルトヘイトと、ネルソン・マンデラ大統領だ。

*アパルトヘイトとは、人種隔離政策のことだ。植民地として、南アフリカを収奪した、欧州人が、白人中心の政府を作り、現地人(黒人)を支配し抑圧するために、黒人の居場所を制限し隔離してきた政策である。

言葉としては、アパルトヘイトは、アフリカーンス語で、「分離、隔離」を意味するようだ。

 

集団で強制的に移住させたこともある。

日常生活では、レストランや乗り物や、公衆トイレに至るまで、徹底的に、黒人を隔離したようだ。

 

 下図は、白人専用施設の表示例。黒人は利用不可。 

       

  

アパルトヘイトは、1948年、制度として法制化され、1998年、制度として撤廃されるまで、ほぼ、50年間、続けられている。

 

 *ネルソン・マンデラ大統領

 ネルソン・マンデラ氏は、アパルトヘイトの中で生まれ育ち、政府に抵抗しては、何度も投獄されたようだ。

アパルトヘイト政策で、国際的に孤立していた、当時の南アのデクラーク大統領が、マンデラ氏と話し合い、全人種が参加する大統領選挙が、1994年実施され、ANC党首のネルソン・マンデラ氏が当選し、黒人初の、第8代大統領が誕生した(下図)。黒人層の喜びは大変なものだっただろうか。デクラーク氏は、新政権で副大統領を務めた様だ。  

      

 マンデラ氏とともに、時の、デクラーク大統領が、1993年、ノーベル平和賞を授与されている。

 

現在の大統領は、下図の、ラマポーザ大統領で、ANCの党首でもある。 

 

*南アフリカの国情

 日本の約4倍の広大さで、人口は約半分である。

 下図は、南アの地図だが、今般、面白いことを初めて知った。行政府、立法府、司法府が、以下のように、それぞれ、異なる都市にあるようだ。(下図に、都市名がでている)

   ・行政府  プレトリア  (国際的に首都とされる)

   ・立法府  ケープタウン

   ・司法府  ブルームフォンテン

なお、経済の中心は、最大都市の、ヨハネスフルグといわれる。

このように、政治機構を分散させたのは、植民地支配上、好都合だったのだろうか。

このような事例は、現在は、外に例がないかも知れない。

政治機構の所在地と、経済の中心が、一緒になっているのが一般的だが、異なる例としては、以下がある。

   ・アメリカ     ワシントンとユーヨーク

   ・オーストラリア  キャンベラとシドニー・メルボルン

   ・ブラジル     ブラジリアとサンパウロ・リオデジャネイロ   

    

 

また、南ア国内には、図にあるように、小さな「レソト王国」と「スワジランド王国」がある。

 

 

 

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