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つれづれの記

日々の生活での印象

UNRWAの不祥事

2024年03月30日 18時20分54秒 | 日記

 

2024年3月30日(土)  UNRWAの不祥事

 

 

国連組織のUNRWAで起きた不祥事の波紋が、今も続いている。

 

◎UNRWAとは

UNRWAとは、国連の組織で、以下の頭文字を採った略号である。

                 (参照:国際連合パレスチナ難民救済事業機関 - Wikipedia.html)

 nited ations elief and Works gency for Palestine Refugees in the near east) 邦訳:国連パレスチナ難民救済事業機関)

 以下は、ロゴマークである。

 

 *この機関は、1949年に設立(活動は50年から)された国連機関で、機関名にあるように、近東のパレスチナ難民に対して、支援事業を行うのが、目的である。

 1948年のイスラエルの建国後の翌年に、UNRWAが設立されており、パレスチナ地域全体での、ユダヤ人とアラブ人の共存を指向していたと思われる。

 

*対象地域と対象者数

UNRWAの対象地域は、下図に示す、パレスチナ(ガザ ヨルダン川西岸)、ヨルダン レバノン シリア 地域の、500万人と言われる、パレスチナ避難民。

 

  

 

*この機関の活動の実態は、いまいち、はっきりしないのだが、主な事業は以下のようだ。

  教育 保健 救済 福祉などの、援助と人間開発を行っているようだ。

UNRWAは、国連機関としては最大の組織で、2.9万人が所属しており、教育が最大の事業で、職員の8割を占めるという。

 

 下図は、ネットにある教育支援風景。

  

 

◎不祥事の状況

普段は、表にでないUNRWAの活動だが、不祥事があって、表面化している。

 不祥事の内容だが、昨年10月7日の、ハマスのイスラエルへの一斉攻撃に、UNRWAの職員が12人(12000人中)が関係していたようだ。

(参照:日本・アメリカなどUNRWAへの資金拠出停止相次ぐ 国連機関スタッフ ハマスのイスラエル攻撃関与疑いで _ NHK _ イスラエル・パレスチナ.html)

 

 

◎拠出金停止と再開の動き

各国の分担金の拠出額は、アメリカ、EU委員会などの他、日本も、相応の額を拠出しているようだ。

 2022年の拠出金総額は、117千万$で、1位のアメリカが34千万$、2位のドイツが20千万$、3位のEUが11千万$で、日本は6位で、3千万$という。

(参照:日本も資金拠出停止 UNRWAとは_ ガザの「命の支援」の行方は [イスラエル・パレスチナ問題]:朝日新聞デジタル.html)

 

・不祥事が起こった事で、以下のように、各国が停止を表明している。(赤字は再開表明国)

 アメリカ カナダ イギリス オーストラ4リア イタリア フィンランド オランダ スイス ドイツ 日本    

 スエーデン など

・ガザ地域での人道的な窮状に鑑み、拠出金再開の動きもある。

 再開表明国  カナダ スエーデン オーストラリア フィンランド

 

・日本の動きだが、UNRWAのラザリニ事務局長が訪日し、上川外相と会談。再開の方向で調整されるようだ。

 

 

 

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こよみと季節 その3

2024年03月28日 17時13分04秒 | 日記

  2024年3月28日(木)  こよみと季節   その3

 

 

 

先日、下記記事を投稿し、

        こよみと季節  その1    (2024/3/2)    (P82)

  こよみと季節  その2    (2024/3/9)    (P84)

 

その1では、暦法について、なかでも、太陽暦について、取り上げ、その2では、二十四節季と雑節いついて触れている。本稿では、その3として、五節句や、それに因む童謡について取り上げる。

 

 

 

◎五節句

五節句は、もともとは、中国の陰陽思想に基づいたもので、奇数が重なる日がよいとされ、 江戸時代には、宮廷行事の節会に対応して、幕府は、下図のような五節供を、公式行事の式日に定めたようだ。

(参照:五節句・五節供 - 日本の年中行事.html

明治6年の改暦に伴い、江戸時代の祝日は廃止されたようだが、その名残で、奇数が重なる日の行事が現在も続いていて、5月5日は、子供の日として、国民の祝日となっている。

 

◎人日の節句

1月7日は、人日の節句で、七草の節句ともいう。七草粥を食べる。

 人日とは聞き慣れない言葉で、どんな意味があるのだろうか調べてみた。

 古来、中国では、飼っている家畜の、鶏、狗(犬)、羊、牛、馬を大事にし、これらを殺さない日を定めていて、さらに、人に刑罰を課さない日も決まっていたようで、この日が人日だったようだ。

 

春の七草を詠んだ歌に出てくる草は、以下のようだ。

  せり なずな おぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ 春の七草

 57577の、見事な歌になっているが、最後の、すずな、すずしろは、字数合わせのため、かぶ、だいこんの別称を使っているようだ。

健康を願って、この日に食べるのが、下図の七草粥である。

 

 

 

ネットにある、春の七草の画像は以下。

 

 

 春の七草は、早春に、野に生えている野草を摘んできて、粥にして食したもので、現在では、目にすることが少ない草が多い。

  せり    普段、よく食べる 現在は、水田で栽培されているが、往時、春先の冷たい水の中で、せり摘みをした 

        思い出がある。

  なずな   なまえは知っているが、あまり見かけない。

        地面に生えている葉が、平たいロケット状態だったかな? 

        実のついた様子から、ペンペングサと呼んだ。

  おぎょう  よく分からない ごぎょうとも呼ぶようだ。ははこぐさともいう。   

  はこべら  はこべともいい、我が家の屋上庭園にも、なぜか、自生している。

        田舎で飼っていたウサギが、よく食べた草である。

  ほとけのざ 変わったなまえで、座した仏様に似たような姿だろうか おにたびらことも。

  すずな   かぶの別称で、野生のかぶは見たことはないだ、現在は、野菜として容易に手に入る。かぶの古称と思

        ったが、広辞苑には、別称とある。

  すずしろ  だいこんの別称で、野生のだいこんは見たことはないが、現在は、野菜として容易に手に入る。こちら

        もだいこんの古称と思ったが、広辞苑には、別称とある。

 

我が家では、例年、七草粥を楽しんでいるが、せり、はこべら、すずな、すずしろは、容易に手に入るのだが、足りない分は、今年は、屋上菜園にある、きぬさやの若葉、レタス、ベビーリーフなどを使ったことだ。

 

○♪ちさいはな はこべのはな おかあさんのはな♪ という歌を思い出す。

ネットで調べたところ、この歌は、戦後間もない1948年頃に、都下の玉川学園で生まれた歌のようで、歌詞は以下だ。(玉川豆知識 No.31|玉川学園について|(学)玉川学園.html)

  

 下図は、はこべの花

  

          

 この歌の、おかあさんの花の意味は、静かに咲く花姿から連想されるのだが、生まれ育った山形の片田舎に、この歌がどのように伝わったのだろうか不思議である。

 

◎桃の節句

3月3日は、桃の節句で、ひな飾りを行う。上巳の節句ともいうが、上巳(じょうし、じょうみ)は、こちらも聞き慣れない言葉だが、巳の日が関係しているようだが、詳細は不明である。

 

飾り方には、地域毎に違いもあるようだが、下図は、ネットにある7段飾りの例である。

 

上から順に、以下のようになっている。

  内裏雛(男雛、女雛) (金屏風とぼんぼり)

  三人官女

  五人囃子

  随臣(二人)

  仕丁(三人)・道具(橘と桜)

  道具

  道具

 

筆者宅では、男の子だけ3人のため、ひな人形には縁が無かったが、節句が近くなると、近くの店には、雛あられや、桜餅などが出回る。

 

○「うれしいひなまつり」という、童謡がある。

 作詞 サトウハチロー(山野三郎) 作曲 川村光陽で、1936年(S10)にレコードが発売されている。歌詞は以下だ。

  ♪灯りをつけましょばんぼりに、お花をあげましょ桃の花

  五人ばやしの笛太鼓、今日はたのしいひなまつり ♪

  ♪お内裏さまとおひなさま ふたリ並んですまし顔

  およめにいらした ねえさまに よく似た官女の白い顔♪

 

雛段飾りを行っている、賑やかな風景が歌われている。

でも、上記の2番の歌詞の一部などに誤りがあるとの指摘があるが、詳細は省略。(うれしいひなまつり 歌詞の意味 間違い 童謡.html  他)

 

○雛人形を持ち寄って、屋外の神社の階段などに飾るイベントが、最近、各地で行われているようだ。下図は、東伊豆の稲取温泉の、素盞鳴(すさのお)神社の118段の階段に飾られる、日本一の雛段飾りの風景だ。両側には、つるし雛も賑やかに飾られる。

 

 埼玉の岩槻市にある愛宕神社でも、屋外で、階段飾り行われているようだ。

  

◎端午の節句

5月5日は、端午の節句で、菖蒲の節句ともいう。

 こちらの端午という言い方も、午が関係しているようだが、詳細は不明である。

 

男の子を祝う行事で、鯉のぼりを揚げたり(下図)、兜を飾ったり、菖蒲湯をたてたりする。

食い物では、柏餅や粽(ちまき)が定番だ。

 

○この日に因んだ童謡に、「こいのぼり」という童謡があり、えほん唱歌で、1931年頃に発表さている。近藤京子作詞と言われ、作曲者は不明だ。著作権問題が関連しているようだが、詳細は省略。

 

 歌詞は以下である。

 ♪屋根より高い鯉のぼり、大きな真鯉(まごい)はおとうさん 

  小さい緋鯉(ひごい)は子供達、面白そうに泳いでる ♪

 

 戦後になって、男女同権の風潮から、緋色の鯉はおかあさんとなったようだ。

 こども達の鯉も、黄、緑、桃、青、赤など、多様になっているという。

 

 

 

 以前、田舎の庭に長い柱をたてて、鯉のぼりを飾ったときは、下図のように、てっぺんに、ひらひらする色鮮やかな、「吹き流し」をつけたことだが、最近は、どうだろうか?

    

 

○文部省唱歌に、「鯉のぼり」という、歌がある。

 歌詞は、以下だが、弘田龍太郎作曲といわれる。

 

 ♪甍(いらか)の波と雲の波 重なる波の中空を 

  橘(たちばな)かおる朝風に 高く泳ぐや鯉のぼり♪

 

 ♪開ける広きその口に 舟をものまん様みえて

  ゆたかに振う尾ひれには ものに動ぜぬ姿あり♪

 

最近は、鯉のぼりを、個人で飾るのではなく、持ち寄って、河川敷などに纏めて飾るイベントが、各地で行われている。

 下図は、大阪府富田林の河川敷での風景で、400匹の鯉が泳いでいるという。

 

 

○せいくらべ 

 5月の節句で思い浮かぶのは、童謡「せいくらべ」である。

 

 この曲は、作詞 海野 厚、 作曲 中山晋平で、大正時代に発表されたようだ。

 歌詞は、以下である。

   

 

 冒頭にある、おととしの柱のきずだが、なぜ、きょねんでないのか、疑問に思ったが、作詞者は、去年は、富士山が見える、静岡の実家に帰れなかったので、おととしの背丈の記録しかなかったようだ。

歌詞にある、「ちまき」を食べながら、兄さんが背丈を計っている風景が、目に浮かぶことだ。

 

 

◎七夕の節句

7月7日は、七夕(たなばた)で、笹の節句とも言うようだ。

 

七夕は、元々は、中国のお祭りあり、天の川を挟んで、牽牛と織姫が、逢う瀬を楽しむロマンチックな星祭りだったようだ。伝えられて次第に変容し、現代では、仙台や平塚の七夕祭りのような、大がかりな行事になったようだ。

でも、子供達は、今も、次項の童謡のように、季節になると、七夕飾りを楽しんでいるようだ。

 

○「たなばたさま」という童謡がある。
1941年(S16)に発表された、文部省唱歌で、作詞   権藤はなよ(林 柳波) 作曲 下総晥一である。

 歌詞と楽譜は、下図である。

  

  

一番の歌詞の最後にある、「きんぎんすなご」は、七夕の夜空の、美しい天の川を歌っているだろうか。

 

楽譜は下図である。

 

 

 

 

下図はネットにある、七夕飾りの例だが、願い事としては、スポーツ選手になることなどが書かれているという。

 

 

◎重陽の節句

 陽数が重なっているのは同じなのだが、9月9日は、陽数の最大値の9が重なる縁起の良い日として、重陽の節句としたようだ。

旧暦では、菊の香りが漂う時節ということで、菊の節句とも言われている。

 

どの節句にも、現在も、行事食があり、重陽の節句には、以前は、菊酒と言うのがあったよう

だが、飲んだことも、聞いた記憶も無いが、飲んでみたいものだ。

 

○きくのはなという童謡があるようだ。

 

以下の、歌詞と楽譜が見つかった。

 

 

 楽譜は以下である。

  

 

 

 この童謡、筆者は、、今回始めて知ったが、家内は、以前の幼稚園の先生時代に知っていて、

 きれいにさいた、のところは、どなたにあげよ、と歌っていたようだ。

発表された時期は、不明だが、この話からすると、かなり古いようだ。

 

 

明治時代には、きくの花という文部省唱歌が、この曲の他に、2曲もあったとう。

 

○「野菊」という唱歌があり、筆者は、歌詞もメロディーも覚えていて、今も歌えることだ。

 この曲は、作詞 石森延男  作曲 下総晥一 で、1942年(S17)に発表された文部省唱歌という。

 歌詞は以下。

  

  

  記憶では、2番を飛ばして覚えていたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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最近のウクライナとロシア

2024年03月11日 07時21分56秒 | 日記

 2024年3月11日(月)  最近のウクライナとロシア

 

 

 

 ロシアの大統領選と、ウクライナ軍総司令官の交代については、下記記事

     ロシアとウクライナ  (2024/2/11)  (P74)

で触れている。

本稿は、その後の、最近のウクライナとロシアについて取り上げる事としたい。

 

 

◎ウクライナ情勢

東部バフムートの攻防など、局地戦が行われていて、バフムートを放棄した、等の情報もあるが、詳細は不明である。

   

 

下図は、ロシアがウクライナ南東部4州を併合した、2022年10月時点のものだが、州名がよく分かる。

  

 

プーチン大統領や東部の新ロシア勢力は、領土拡大を意図して、下図のように、上図よりも、更に、ウクライナ領に入り込んだ、4州より広い地域を、ノボロシア地域(新ロシア)と言い出しているという。

    

 

下図は、久し振りのお馴染みのNHKの最新の3月7日時点の戦況地図だ。状況は変わっていないようで、膠着状態と言え、長期戦の様相とのコメントが出ている。

  

 

上述のブログ記事で、ウクライナ軍総司令官の交代について触れたが、失職していた、ザルジニー前総司令官は、今般、ウクライナの駐英大使に任じられたようで、大統領の周辺が整備されてきているようだ。

  

 

◎ロシア年次教書演説

 2月24日で、ロシアのウクライナ侵攻から2年を経過したが、先日の2月21日、プーチン大統領が、年次教書演説を行ったようだ。

 演説の詳細については、下記サイトに出ているので、ここでは省略する。

           (プーチン大統領が侵攻継続姿勢を強調 侵攻後初の年次教書演説 _ NHK _ )

 

◎ロシア大統領選

 ロシアの大統領の任期は、6年だが、今回の選挙で選ばれれば、プーチン氏は、2036年まで、君臨出来るという、恐ろしい事態となるようだ。

(参照:プーチン氏が36年まで続投も ロシア下院、大統領任期「リセット」の改憲案を承認 - BBCニュース.html)

 

東西に長いロシアには、11の時間帯があり、選挙が終了するのに、3日もかかることから、ロシア大統領選は、3月15日~17日に行われる。

自由な選挙と言いながら、形式的なもので、実態は、独裁体制が続いているといえよう。

 

立候補の受け付けは締め切られており、4人が立候補しているようだが、プーチン候補以外は、体制内候補という。

政権に批判的だった、ナデジディン候補は、受付時に不備を指摘され、裁判沙汰になっていて、本件については、上述の記事で取り上げている。

もう1人の政敵は、反体制指導者のナワリヌイ氏だが、本件については、次項で触れる。

 

プーチン氏の圧勝は堅いようだ。

 

上述の地図にある、ウクライナ南東部の、ドネツク、ルガンスク、ザポロージャ、ヘルソン 4州の(ウクライナの)住民も、投票させられるようだ。勿論、併合済み(とロシアが主張している)クリミアの住民も投票する。

 

◎ナワリヌイ氏の死と死因

 反体制指導者のナワリヌイ氏だが、シベリアの刑務所に収容され、先だって、獄死してい

る。氏の死因については、毒殺が疑われており、妻のユリアさんが求めていた、遺体引き渡しには、暫く(毒の反応が無くなるまで)、応じなかったようだ。

ナワリヌイ氏の死を悼む、市民の動きが、続いているようだ。

  

 

2023年6月に、ワグネルの反乱事件を引き起こした、ブリゴジン氏の乗った航空機が墜落し、氏が死亡した事件も、通常の事故ではなかったのでは、との疑惑もある。

 

不都合な人物は抹殺する、プーチン政権のやり方は、恐ろしいばかりだ。

 

 

◎その他の懸案事項など

*アメリカのウクライナ支援

 最大支援国であるアメリカ議会で、ウクライナ支援の予算が、上院は通ったものの、下院は不透明の状況という。

 

*ウクライナ戦線では、ウクライナ、ロシア双方の無人機が、相互に相手領内を攻撃する、無人機合戦も行われているようだ。

 

ロシアのウクライナ侵攻から、2年が経過したが、紛争の先行きが見えない。更に、パレスチナ紛争や、アメリカ大統領選も加わって、世界の情勢は混沌としている。 

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こよみと季節  その2

2024年03月09日 16時31分39秒 | 日記

 

2024年3月9日(土)  こよみと季節 その2

 

 

先日、下記記事を投稿し、

  こよみと季節  その1    (2024/3/2)    (P82)

暦法について、なかでも、太陽暦について、取り上げたところだ。

 

本稿は、これの続編であり、その2として、我が国で季節を表すものとして使われる、二十四節季と、雑節について述べる。

 

また、関連する、五節句、七十二候などについては、次稿で触れる予定だ。

 

 

◎二十四節季

 我が国では、月の運行を基本とする太陰太陽暦が、長い間使われてきたが、この暦は、太陽の運行を基として作られた二十四節季によって、修正を加えながら使われてきた。

 

 

二十四節季は、中国大陸で作られたもので。北京周辺の気候が基になっていると言われ、漢語であり、日本の風土とは、いささか異なるようだ。これを調整するため、雑節が作られたようだ。

 

二十四節季を図に表したのが下図である。

 

 

 

各節季の説明は、以下のサイトに、簡潔に出ている。

       (こよみ用語解説 二十四節気 - 国立天文台暦計算室.html)

図中の月の欄で、節と中に分かれている意味だが、太陰太陽暦での区分と関係しているようだが、難解なので調査を諦め、図中の太陽黄経欄を重視することとした。

 

春、夏、秋、冬の四季ごとの節季の説明は、次のようだ。

 

 

 立春は、漸く気候が春めく時節の始まりで、農作業など、生活の基準となる

啓蟄は、漢語で難しい表現だが、地中の虫が這い出してくるという表現が素晴らしい。

春分は、秋の秋分とともに、季節の変わり目となる。

 

 

 小満、芒種は、やや、難解である。

 夏至は、昼が最も長いが、暑さが増してくるのは、少し後だ

 

 秋分は、春分と同じく、季節の変わり目となる

 

 

 冬至は、一年で一番昼が短く、以降、寒さが増してくる。

 

 

◎雑節

 雑節は、日本独自の暦と言われるが、二十四節季や太陽黄軽と関係するものと、そうでないものがある。

*太陽黄軽と関係している雑節には、以下がある。

 

 

・節分

節分は、本来は、立春、立夏、立秋、立冬の季節の変わり目の前日を言ったが、最も大事な立春の前日だけが、今も残っている。

以下に挙げてある、八十八夜、二百十日、二百二十日は、立春から数えた日数のことで、古来、農作業の目安とされて来ている。

・八十八夜 種まき、茶摘みなどの目安

・入梅  田植えをする目安  梅の実が熟す時期である。

・半夏生 田植えを終わらせる目安。

ハンゲショウと言う、葉が花のように見える、下図のようなユニークな植物がある。

 

 

・二百十日 台風の襲来に備える

・二百二十日 台風の襲来に備える

・土用

 土用とは、元々、中国の五行説の木・火・金・水のそれぞれを四季に割り当て、余った土

を、4等分(約18日)して各季節の前後に割り当てたもののようだ。

 春の土用

 夏の土用 (丑の日には、鰻を食べる習わしが、江戸時代から始まったようだ。今年は、大暑の2日後が、土用の丑になっている)

 秋の土用

 冬の土用

 

・お彼岸

 彼岸は、この世を意味する、此岸(しがん)に対し、理想の世界の、彼岸(ひがん)を意味すると言われる。

暦では、中日の前後に3日づつを含めて、7日間がお彼岸である。先祖の墓参りなどが行われる。暑さ寒さも彼岸まで、等と言われる。

 春の彼岸  春分の日の前後7日間

 秋の彼岸  秋分に日の前後7日間

 

 

下図はネットにある画像だが、節分の豆まき、八十八夜の茶摘み、土用の丑の鰻、お彼岸の彼岸花と思われる。

 

       

 

*太陽黄経に関係しない雑節として、初午、社日(しゃにち)、盂蘭盆などがあるが、省略。

 

 

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世界の運河  3

2024年03月05日 20時55分50秒 | 日記

 2024年3月5日(火)  世界の運河 3

 

 

先日、これまで、下記記事を投稿し、

 世界の運河 1  (2024/2/24)   (P79)

 世界の運河 2  (2024/2/26)   (P80)

 

その1でスエズ運河、その2でパナマ運河を取り上げた。

本稿は、これらの続編だが、その他の運河や、世界的なルールについてとりあげ、締めくくりとしたい。

 

○その他の運河

 ◆キール運河(正式名称は、北海・バルト海運河)

 スエズ運河、パナマ運河とともに、世界三大運河と呼ばれるのが、キール運河だ。

 ドイツ北部の、キール軍港近くにあり、バルト海と北海を結んでいて、デンマークのあるユトランド半島を、約250海里:約460kmショートカットしているようだ。

以下に、ネットにある地図を引用。

 

 

 

2つの海の高低差はないが、潮の干満に対応するため、運河の両端に、閘門があるようだ。

この運河は、1895年に完成したが、その後、1907年と1914年の2回にわたり拡張されている。

 

ドイツ政府は、この運河を利用する船舶に、自由に航行する権利を保障しており、スエズ運河、パナマ運河と同様、第3の国際運河(*)となっている。

*国際運河:国際航路の要路にあたり、公海と公海とを結んでおり、国際条約によって運営が規定され、すべての国の船舶の自由航行が認められた運河。

 

◆京杭大運河(けいこうだいうんが)

 中国国内の運河で、北の北京と、南の杭州とを結ぶ運河で、随の文帝と煬帝によって整備され、西暦610年に完成したようだ。その後、数多くの改修が行われ、現在は、下図のように、全長2500kmに及ぶ、中国物流の大動脈とし活用されており、世界一長い運河と言われている。途中で、中国大陸を、西から東へ上がれる大河、黄河と長江(揚子江)を横断している。

2014年に、運河を構成する歴史的な一部の資産が、世界文化遺産に登録されているようだ。

   

 

◆ライン・マイン・ドナウ運河

 下図は、ネットにある、ライン・マイン・ドナウ運河で、北海と黒海を結んでいる。運河の長さは170km程だが、北海から黒海まで、長大な水路となっている。

    

先ず、北海から、ライン川を遡り、間もなく、マイン川に至り、ドイツのニュルンベルグ近辺で、マイン・ドナウ運河に入る。そして、レーゲンスブルグ近辺で、運河を離れてドナウ川に繋がり、後は、流れに乗ってドナウ川を下り、黒海に至る。

ただ、黒海に流れ入る出口一帯は、広大なデルタ湿地帯のため、船舶の航行は困難であることから、途中で黒海に入る水路を建設しているようだ。

 

この間、オランダ、ドイツなど、9カ国を通る、ヨーロッパを横断する、壮大な水路となっている。

 

 

◆セントローレンス海路(SAINT LAWRENCE SEAWAY)

北米大陸で、セントローレンス川と五大湖を結んでいるのが、セントローレンス海路で、アメリカとカナダが、共同で開設事業をすすめ、1959年に完成し運用している。これにより、大西洋と五大湖が結ばれた。

この運河は、手持ちの地図帳にもでている。

(参照:セントローレンス海路 - Wikipedia.html)

 

 運河の所在地と構成図は、ネットから引用し、下図に示すが、やや不鮮明である。

  

 

 北米大陸には、五大湖周辺と川とを結ぶ運河がある。セントローレンス川の他、ハドソン川やミシシッピ川が、下図のように、運河で結ばれている。図で、茶色で示されているのが、運河である。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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