2018年9月8日(土) 万葉仮名から平仮名へ
前稿では、文化史上の画期的な出来事である仮名文字の創出に至る過程で、大きな意味があった万葉仮名について話題とし、万葉集の歌を通して、その実際に触れた。
本稿では、平安時代以降に、この万葉仮名から、日本で創出された平仮名に至る過程を見てみたい。
●万葉仮名の発明
主に万葉集の表記に使われたことから、万葉仮名と呼ばれるが、表音文字の一種といえる音節文字である。万葉仮名には、漢字を中国語の発音のままで、表音文字として使う、「正音」が多いが、一部で、漢字を日本語の意味(訓)で発音して、表意文字として使われることもあり、これを「正訓」と呼んでいる。(万葉仮名 - Wikipedia )
上記万葉仮名のサイトには、現在の50音表の形に整理した、1字1音万葉仮名一覧があり、各行、各段に載っている万葉仮名の数は、下表のようになっている。
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ア |
カ |
サ |
タ |
ナ |
ハ |
マ |
ヤ |
ラ |
ワ |
ガ |
ザ |
ダ |
バ |
ア |
4 |
7 |
9 |
8 |
10 |
20 |
11 |
9 |
6 |
3 |
3 |
7 |
4 |
4 |
イ甲 |
8 |
9 |
29 |
7 |
14 |
12 |
8 |
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7 |
6 |
6 |
12 |
6 |
3 |
イ乙 |
9 |
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12 |
7 |
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4 |
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6 |
|||||
ウ |
7 |
7 |
11 |
6 |
7 |
8 |
7 |
4 |
3 |
|
6 |
4 |
3 |
7 |
エ甲 |
4 |
7 |
9 |
7 |
6 |
12 |
4 |
9 |
5 |
4 |
4 |
2 |
10 |
4 |
エ乙 |
5 |
6 |
7 |
5 |
2 |
|||||||||
オ甲 |
4 |
8 |
5 |
7 |
3 |
11 |
6 |
4 |
2 |
13 |
9 |
1 |
5 |
4 |
オ乙 |
9 |
9 |
10 |
4 |
14 |
6 |
2 |
7 |
6 |
7 |
通常の50音表の文字(清音)だけで、537文字、さらに濁音が141文字加わっている。
清音の50音表は、48文字なので、万葉仮名から50音表に整理されるまでに、
(537-48)/537 ≒ 91.1%
の圧縮率である。
また、濁点文字は、50音表の清音文字に、濁点(゛)を付すだけなので、べら棒な簡略化となる。表には無いが、半濁点(゜)についても同様だ。
表中の、イ段、エ段、オ段は、甲、乙に分かれている。これは、調べて解ったことだが、往時は、
イ段 キ、ヒ、ミ
エ段 ケ、へ、メ
オ段 コ、ソ、ト、ノ、モ、ヨ、ロ
の13文字については、発音が明確に区別されていたことから、別文字になっていたという。
これは、上代特殊仮名遣と呼ばれるようで、このことを見出したのは、遥かに後の江戸時代の碩学で、古事記伝の著者として有名な、本居宣長という。(上代特殊仮名遣 - Wikipedia)
日本語や文字の成り立ち等について、長年にわたって苦闘した先人達の努力に、門外漢ながら、頭が下がる思いである。
●平仮名(ひらがな)
平安時代に、万葉仮名の元となる漢字を崩した草書体から、平仮名は生まれたと言われる。
平仮名の一覧を、下図に示す。( 平仮名 - Wikipedia より)
この表で、ひらがなの元となった漢字は、全て、先述の、537字の万葉仮名に含まれていて、使用頻度の多い万葉仮名が、上表のような平仮名になったという。
川の文字は、音・訓では、セン、かわ だが、平仮名のつ、になったのはなぜだろうか。後稿で触れるカタカナのツの元字 津の氵(さんずい:川)から来たのかも知れない。
川 → つ
往時は、筆書きで草書体の文字も多用され、馴染みがあったと思われるが、ワープロ時代の現代には、以下の様な文字が元となっているとは、かなり理解しがたい所がある。
幾(機) → き
美 → み
武 → む
遠 → を
数多くの万葉仮名から、どのような時間的経過を辿って、ひらがな48文字に絞られていったのだろうか。 この標準化は、自然に収斂していったのか、どんな人物や組織が関与したのか、興味のあるところだが、これ以上の究明は省略したい。
● 代表的古典 枕草子の原本
平仮名の発明のお陰で、紫式部、清少納言等の、皇族・貴族に仕えた女性達を中心として、平安女流文学が隆盛したのは周知のことだ。
ここで、筆者が高校時代に古文として習った、清少納言が著したとされる代表的古典である「枕草子」を見てみたい。
下図は、枕草子の有名な冒頭部分の原文である。(書写本の写真)
枕草子原文
現代に使われている、平仮名で書かれていると思いきや、流暢なかなもじで、しかも、かなりの部分が「変体仮名」の形になっているのには、驚かされた。更に、句読点も濁点もないようだ。途方に暮れていたところ、ネットの中に、原文を解析して、万葉仮名、ひらがな、現代文の形に対比している、まさに好都合な資料が見つかったのである。(【みんなの知識 ちょっと便利帳】『枕草子』の『変体仮名・くずし字』を読み解く - 第一段(序段・初段)【四の一】 )
このサイトでは、 上記の原本の、最初の4行について、
① 原本(写真)
② 万葉仮名
③ ひらがな
④ 現代文
のように、対比して示されていて、それを、そのまま、引用させて貰う。(下図)
④ ③ ② ①
さらに、同サイトには、冒頭の原本全体について、③のひらがな にしたものが載っていて、原本の行の区切りに合わせて、横書きを縦書きに直して示したのが、下図である。少し長くなるが、全文を引用している。
そして、このサイトには、解り易い、④の現代文にしたものも載っているので、これも、行の区切りを合わせ、横・縦を変換して、全文、以下に続けて示している。
①の原本と、③のひらがなを比較してみると、句読点や濁点がないので、かなり読みにくく、漢字は、訓読みで
雲、月、夕日、山、火、飛ぶ 行く 雁 日、入る
があるだけである。
④の現代文になって、漸く、以前に親しんだ文章になっている。
この原本は、江戸時代初期の、寛永年間に作成された書写本のようだが、平安時代からこの時代頃まで、万葉仮名、ひらがな、訓読みの漢字が混用され、形は変体仮名のスタイルだったとは驚きである。
●変体仮名
ここで、已む無く、変体仮名について調べることとなった。筆者が趣味としている尺八の楽譜に、箏曲の地歌の唄が変体仮名で書いてあり、少しく馴染みはあるのだが、大変厄介な文字、という印象で、わざわざ、自分で、変体仮名を平仮名に換えて楽譜に貼りつけている。
文字の種類と言うより、表示の流儀・スタイルというのが適切かもしれない。
ネットで調べると、変体仮名には、長い時代の経過の中で数多くの形があり、代表的なものの一つを、下図に示す。 これに依れば、殆どが、現代のひらがなの元字の万葉仮名と同じで、す、が異なるだけである。
す;下図 春 須 ひらがな 寸
代表的な変体仮名の例
下図の様な変体仮名もあり、上図と比べると、元字の万葉仮名が同じものも多いが、異なるものもある。
更に調べて行くと、元字が同じでも崩し方が異なると違った かなになる、など、切りがなく、勘弁してくれ! と言いたいところだ。
変体仮名の他の例
明治時代になっても、平仮名と各種変体仮名が使われていて、学校教育でも、同じ発音に、複数の文字が存在していて混乱があったようで、これを終らせるために、明治33年(1900年)の小学校令施行規則で、変体仮名の使用を禁止し、平仮名一種だけを使うようにしたことで、これにより、次第に平仮名に収斂していったようだ。
でも庶民生活では、変体仮名には根強い人気もあり、昭和の終戦前位までは、使われていただろうか。 本ブログの いろはかるたシリーズの当初の記事で多数引用した いろはかるたは、変体仮名で書かれており、歴史ある街並みのそば屋等の看板には、今でも見受けられることだ。下図に、数例を示す。
奈可井:ながゐ 者 楚 生:ばそ生 満佐古:まさご
(はの元字は者!)
宇奈畿:うなぎ 安希保乃:あけぼの 天婦羅:てんぷら
(鰻の絵が可愛い!) (婦に半濁点 ゜が面白い)