ケイの読書日記

個人が書く書評

高野史緒 「カラマーゾフの妹」

2015-09-01 10:32:23 | Weblog
 数年前に話題になった、第58回江戸川乱歩賞受賞作。発想が素晴らしい。タイトルも。

 ドフトエスキーの『カラマーゾフの兄弟』は、三兄弟のうちの長兄の父親殺しの話なのだ。次兄のイワンは、どうしても長兄が犯人だとは思えず、特別捜査官となり、13年後に再捜査を始めるというストーリー。イワンが過去の事件を調べ始めると、それに連動するかのように連続殺人が起こり…。

 ドフトエスキーの原典(亀山郁夫訳)では、長兄が親父を殴り殺す部分の描写は、一切ない。逮捕されたのちも、ずーっと犯行を否認していたので、真犯人は他にいるかもと、チラッと思った事はあるが、もともとミステリではないので、気にも留めなかった。

 なんといっても、長兄がクズすぎる。ここで親父を殺さなくても、母親の遺産を手にできたとしても、半年後には金を使い果たし、路上強盗でもやりかねない男なのだ。シベリア行、大歓迎。世のため人のため。

 それに、親父も親父で、お金大好き、女大好きのヒヒジジイなのだが、その金と女で長男と大もめにもめ殺される。長兄は、放蕩の限りをつくしお金を湯水のように使っても、まだ母親の遺産があるはずだと主張し、その金で祖父が囲おうとしている女を連れて、どこかに逃げ出そうとしているのだ。長兄にはフィアンセがいるのに。
 つまり、父親と長男は、性格そっくりのカラマーゾフ家の男なのだ。

 原典では、次兄イワンは、少年の頃から成績優秀で冷静沈着。親の金などあてにしなくても、ちゃんと自立している。末弟アレクセイは、原典の主人公で、天使的な性質で人々を魅了する。その下に、妹が誕生し、赤ちゃんの時に亡くなるが、その死が、この親父殺しの遠因になっている。(もちろん、ドフトエスキーは妹など書いていない。高野史緒の創作。)

 物語としてはとっても面白いが、もしドフトエスキーがこの作品を読んだら、怒り出すんじゃないだろうか?登場人物たちを歪めるな!といって。『カラマーゾフの兄弟』を心のよりどころにしている人がいたら、そういう人は、この本を読まないようにね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする