翻訳小説の話だが、「正義ではなく復讐なのだということに気づくだけの洞察も先見も持ち合わせない」と連合国による裁判について触れていた。
ここだけ読むと、東京裁判のことと思う人も多いだろう。だが、ニュールンベルグ裁判のことである。
いずれにしろ、敗戦国の軍人を戦犯として裁くのは戦勝国側の復讐なのだ。
この小説を書いたネルソン・デミルは、良心的な作家だと思った。
また、この小説に「ニュールンベルグの弁明」なる言葉が出てくる。一口に言えば、責任を問われると「命令に従っただけだ」と責任回避することのようだ。
そこで、次にその直属の上官を問えば、再び「命令に従っただけだ」となり、責任は順次上の指揮命令に送られ、最後部に達する。ここでは「指示していない」、「知らなかった」の弁明になる。
九電のやらせメールも「命令に従っただけだ」の弁明だろう。最高幹部クラスになると、やは「指示していない」、「知らなかった」という。
そこに佐賀県知事が介入するから余計ややこしい。
ここだけ読むと、東京裁判のことと思う人も多いだろう。だが、ニュールンベルグ裁判のことである。
いずれにしろ、敗戦国の軍人を戦犯として裁くのは戦勝国側の復讐なのだ。
この小説を書いたネルソン・デミルは、良心的な作家だと思った。
また、この小説に「ニュールンベルグの弁明」なる言葉が出てくる。一口に言えば、責任を問われると「命令に従っただけだ」と責任回避することのようだ。
そこで、次にその直属の上官を問えば、再び「命令に従っただけだ」となり、責任は順次上の指揮命令に送られ、最後部に達する。ここでは「指示していない」、「知らなかった」の弁明になる。
九電のやらせメールも「命令に従っただけだ」の弁明だろう。最高幹部クラスになると、やは「指示していない」、「知らなかった」という。
そこに佐賀県知事が介入するから余計ややこしい。
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