玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

ヘンリー・ジェイムズ『メイジーの知ったこと』(1)

2018年01月26日 | 読書ノート

 次は国書刊行会版の作品集に『ポイントンの蒐集品』と『檻の中』とともに収められている『メイジーの知ったこと』である。『檻の中』については、それが短編であるし、あまりに女主人公の妄想がたくましすぎて、一部よく理解できないところがあり、今回は取り上げない。
『メイジーの知ったこと』は2012年にアメリカで映画化されていて、私の知る限りこれがもっとも新しいヘンリー・ジェイムズ原作の映画だと思う。ジェイムズ原作の映画はこれまでにもたくさん製作されていて、これだけの数映画化されている作品をもつ作家もそう多くはないだろう。
 Wikipediaには1949年の「女相続人」(The Heiress『ワシントン・スクエア』が原作)から、2017年完成予定の「アスパンの恋文」(The Aspern Papers)まで12本が掲げられているが、このリストには「デイジー・ミラー」も「ポイントンの蒐集品」も欠けているから、まだまだ数は多いのではないか。
 とりわけ何度も映画化されたり、ドラマ化されているのは『ねじの回転』で、中にはマーロン・ブランド主演の「ねじの回転」前編というThe Nightcomersなどというものまである。また『ねじの回転』はベンジャミン・ブリテンによってオペラ化までされているという。
 私は1961年の「回転」(Innocents)しか観たことがない。これはデボラ・カー主演の映画で、原作にかなり忠実につくられているので、映画によって新たな体験をもたらされるということのない作品である。それがなければ映画を観る意味はほとんどない。
 しかも邦題が「回転」ではなんのことやら意味をなしていない。もともと『ねじの回転』という邦題自体わけの分からないもので、前に書いたようにThe Turn of the Screwというのは〝ひとひねり〟くらいの意味で、小説の中身に直接関わる題名ではない。「ねじの回転」という言葉に特別の意味を読み取ろうとする評者もいるから、気をつけた方がよい。
 ところで私はヘンリー・ジェイムズの代表作といわれる小説の映画化作品、「ある貴婦人の肖像」(The portrait of a Lady)、「鳩の翼」(The Wings of the Dove)、「金色の嘘」(The Golden Bowl)などを観たいとは思わない。「メイジーの瞳」(What Maisie Knew)も同様である。
「メイジーの瞳」(なんて厭らしい邦題だろう)は、原作のもつ酷薄さを大幅に薄めてつくられたもので、予告編を観ると、人のよい青年が両親に捨てられたメイジーをかわいがるところだけが強調されていて、原作の奥深さをまったく伝えていないとしか思えない。
 だいたい、ヘンリー・ジェイムズの作品の映画化などということがどうして可能なのだろうか。彼の登場人物に対する残酷さ、執拗な心理分析を前面に出してしまえば、それは多分映画として成立しないのであって(それが言葉にのみ大きく依存する形式であるから)、映画化の第一条件はそうしたヘンリー・ジェイムズという作家の中核にあるものを捨てることでしかあり得ないからである。
 ヘンリー・ジェイムズの作品はだから、その表面的な部分、ファミリーロマンスないしはメロドラマとしてしか映画化されないことになってしまう。ファミリーロマンスは心理小説の前提として必要とされているに過ぎないものであるのに、その前提だけが押し出されてしまう。
 それはヘンリー・ジェイムズという作家を大きく誤解することにしかつながらないのであって、私はそのような誤解による映画化作品を見たいとは思わないのである。
 ただし『ねじの回転』だけは少し条件が違う。『ねじの回転』ももちろん心理小説としての要素をもっているし、そこに二重の解釈を可能にするという特質をもっている。だがそれを純粋にホラー小説あるいはゴシック小説として読むこともでき、それだけでも世界でもっとも恐ろしい小説の三本の指に入るのだから、純粋にホラー映画としてつくられても私は許すことができる。
 マーロン・ブランド主演のThe Nightcomersは『ねじの回転』の裏側に隠された秘密、前任の女家庭教師ジェスルと下男クイントとのおぞましい関係を描いたホラー映画のようなので、是非機会があったら観てみたいと思うのである。

ヘンリー・ジェイムズ『メイジーの知ったこと』(1984、国書刊行会「ヘンリー・ジエイムズ作品集」2)川西進訳

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