気まぐれ日記


カメラを持って、花を主とした写真を撮っています

退院しました

2011年03月31日 | 病気

入院した先月2月21日以来39日目の今日、3月31日に退院することについて、主治医の同意を得ることができました。

と言うわけで、本日お昼前に、お世話になった看護師さんたち全員にはご挨拶できませんでしたが、お世話になった御礼を申し述べ、病棟をあとにすることができました。でも、とても無事に、とは仮にも言える状態ではないことは十分理解しているつもりです。持ち帰る荷物を宅急便に出すため、段ボールに詰め込むだけでも、十分疲れてしまいました。いろんな意味で、体力がまだ取り返せていないことがよくわかります。

病院を去るに当たり、主治医より今後の注意事項について説明がありました。いろんな意味で、体調が元に戻るまでには一年くらいかかるので、それまでは決して無理をせず、何か異常を感じた場合は、直ちに病院へ連絡するように、と釘を刺されました。

でも、入院前にはただ立っているだけですぐに痛みを感じていた脚・腰ですが、今はほとんど痛みを感じなくなっています。左足首を中心にしたしびれがありますが、これの解消には、少々時間がかかります、と説明されています。気長に待っているほかないようです。

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地震遭遇記

2011年03月25日 | その他

丁度2週間前の3月11日14時46分頃に、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生しました。
この地震により宮城県栗原市で震度7、宮城県、福島県、茨城県、栃木県で震度6強など広い範囲で強い揺れを観測しました。
また、太平洋沿岸を中心に高い津波を観測し、特に東北地方から関東地方の太平洋沿岸では大きな被害がありました。気象庁はこの地震を「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名しました。

私はこの時間には、2月28日に腰痛手術を受けた後の、リハビリ指導を受けている最中でした。この日は、午後2時30分からリハビリ開始の指示が出ていました。これまでの通り、リハビリ訓練室へ向かうため、ストレッチャーに乗せていただき出かける途中、ナースステーションで今日からはサークル(歩行補助具)で行っても良いことになっていますよ、と言われました。でも、もうストレッチャーに乗っていたので、今日はこのまま行かせていただくことにしました。これは、すぐに分かることですが、とってもラッキーなことでした。

2時30分から、いつもの通りサークルにつかまって、病院内廊下を歩いていました。もう少し歩いて終わりにしましょう、と言うことでさらに歩いて、何時もリハビリに通うために利用しているエレベータホールにさしかかったところで、急にぐらぐらっと強い揺れに襲われました。初期微動は、歩いていたからある意味当然なのですが、殆ど感じませんで、いきなりぐらぐらっと横揺れを感じた気がします。まだ真っ直ぐ立っていることしか許可が出ていませんでしたので、すぐそばの柱につかまって揺れが収まるのを待ちました。

このかなり強い横揺れがどれくらい続いたのか、はっきりとは記憶していませんが、数分間以上揺れていたような気がします。すぐそばでお年寄りが(と言っても私自身も十分年寄りですが)、キャーキャー言いながら早く外へ出ようとわめいていました。私は、上から何が落ちてくるか分からないから、外へは出ない方が良いですよ、と言って盛んに止めていました。

少し揺れが収まったところで、トレーナーの今日のリハビリはこれで中止しましょう、という一言で、すぐそばの訓練室へ戻り、ストレッチャーに乗せていただき、上掛けを掛けもらって横になりました。あれだけ揺れがひどかったので、エレベーターはおそらく緊急停止が掛かって、点検が終わるまで稼働始めるわけがないことは十分理解しています。2時間以内と言うことは、どちらかと言えば考えづらいところです。エレベータが動き始めるまでの間、上掛けを掛けてもらって、ストレッチャーで横になっていたので、寒い思いをすることもありませんでした。

結局3時前から、何度もの強いのから弱いのまで、色んな余震が続く中、ゆっくりただただ時間が過ぎてゆくのを、ストレッチャーの上で待つのみでした。結局2時間弱で、エレベータが動き始めました。その動き始めた最初のエレベータで、5時前には7階の病室へ戻ってきました。2時間かからずに動かしてくれたエレベータ会社保守の方々には、感謝しています。

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闘病記  4

2011年03月21日 | 病気

今日は朝から強く弱く、雨が降り続いています。病床から見える東京タワー特別展望台が、雲に中に隠れてしまうこともあります。それくらい、雲底が低いこともある、と言うことです。

さて、3月14日から3月20日までの一週間を、振り返ってみたいと思います。

この週は、手術後3週間目ですが、リハビリ2週間目になります。先週は、サークルにつかまっての歩行訓練でしたが、今週からはとりあえずサークルは卒業で、杖をついての歩行訓練へと、ワンステップ進むことが出来ました。とはいえ、平らな廊下を単に歩くという状態から、階段のステップを上下したり、スロープを上下したりすることを含むように、少しずつ負荷が重くなるような訓練をさせてくれています。

でも、最初は片足で立つように、と言われても、右脚はともかく、痛みとしびれを感じている左脚では、様子が違います。左脚の片足で立とうとすると、外側へ倒れそうになります。平衡感覚だけでは無く、左脚への何らかの神経が、まだうまく適応し切れていないようです。この感覚も、少しずつ改善されてきているようです。左脚だけでも、まだ不安定ではありますが、片足立ちも何とか様になってきているようです。リハビリはこれくらいにさせていただきます。

先週末に、主治医から来週(すなわちここで述べている週)からは、傷口を水で濡れないように保護して、シャワーを使っても良いことにしましょう、と許可が出ました。そのため、今週は月・水・金の3日間は、シャワーを浴びることが出来ます。とは言え、コルセットを使用しない状態でのシャワーなので、腰掛けることはまだ禁止されています。したがって、殆ど直立に近い状態を保つ事という制限が付いています。着衣の着脱や、背中・脚部は、自分では手が届かず、何も出来ないため、看護師にお願いするほか有りません。大層迷惑をおかけすることとなります。

また、傷口の抜糸はいつ頃になりますか、とも伺いました。この病院に今までにも入院して、外科手術を受けた方何人かと話をしたことがあります。大抵の方は、いわゆるホッチキスのようなもので、傷口を固定されているようです。でも、私の主治医の話では、この方法では十分注意したつもりでも、傷口が段々ずれてきて、ほつれや小さな突起のようなものが残るようになるとか。私の場合は、体に吸収される糸を使って縫合してあるので、抜糸は行いません、と言うことです。

どう考えても、こちらの方が面倒に思えます。その面倒な方法をとってくださった主治医には、十分感謝しています。30cm以上はある、と言う傷口の縫合あとが、余り目立たないように処置していただけていると言うことだと思います。ある看護師は、ラッキーなことですね、と言ってくれました。

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闘病記  3

2011年03月19日 | 病気

このつたない闘病の記も、今回で3回目となります。

私の肉体的苦痛など、今の震災被害の方達にとっての精神的・肉体的苦痛には比ぶべくもないことは、私にも十分理解できています。皆様にとって、一日も早い復興がなされることを、衷心より希望しています。とはいえ、私にも今日現在に至っても、まだあちこちに痛みが十分残っていることも事実です。

さて、食事もほぼ手術以前の状態に戻り、リハビリも徐々にとはいえ、行われるようになってきますと、余りきれいなお話ではないことは十分理解できますが、次には排泄の問題が切実となってきます。徐々におなかが張って気持ちが悪くなってきます。でも、普段ですと何の問題も無いはずの、おなかに力を入れての排泄が大変難しくなっています。

3月9日、今回も手術前夜と同じく、浣腸で排便をさせてもらいました。おかげさまで随分すっきりすることが出来ました。同時に排尿のため尿管に挿入されていた管も取り外してもらい、これで手術に伴って取り付けられていた人工的なものは全て、取り外されました。

あとは一日も早く、退院できる日が来ることを心待ちに、リハビリに取り組んでいきたいと思っています。

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闘病記  2

2011年03月16日 | 病気

大概の方はご存じでしょうが、手術後は内臓器官の動きが鈍っているとかで、たとえ水といえども与えられません。いわゆるガス抜きと言われるおならが出ないことには、摂食は始まりません。私はこのガスが随分長い間出ませんで、病院のベッドで、殆ど脱水状態になってしまっていました。早い人出は、手術翌日には早くもガスが出て、点滴以外の食事が単なる水から始まって、7回目に通常の固形食へと移行していきます。

私の場合ですが、丸三日経過後の3月3日朝早い時刻に、ようやくガスが出てくれました。と言うわけで、朝の食事は何も入っていない単なる水が与えられました。でも、脱水状態の私は、自重して殆どこの水も飲みませんでした。お昼は、もう少しカロリーがある、オレンジジュースでしたが、甘ったるい味を受け付けてくれず、殆どを嘔吐で戻してしまいました。ようやく固形食になったあとも、副食の味付けの所為か、殆どを嘔吐で戻してしまったこともあります。

リハビリですが、先生は手術後3日目から始めるよう勧めてくださいました。でも、自分としてはまだ十分手術部位が痛いので、申し訳ございませんが、とお断りした上で、翌日からに変更させていただきました。

1日目の3日は、傾斜板に滑り落ちないよう固定され、45度の傾斜で10分間、自分の脚で踏ん張って立っていました。2日目は、傾斜が60度となりましたが、それ以外は前日と同じで、10分間じっと我慢をしていました。3日目は、サークルと呼んでいるようですが、歩行補助具につかまりながらの歩行です。歩いたとは言えないかもしれませんが、室内を30mも歩いたでしょうか。翌日は日曜日なのでお休みで、今週のリハビリはこれでおしまいです。

あとこの週はリハビリ2日目に当たる4日の夜間、主治医の先生が背中のガーゼを交換してくださいました。傷口はきれいですよ、との説明を受けました。

また、手術後一週間たった6日に、一週間ぶりに洗髪をしてくれました。とはいえ、ベッドで横になっている以外は何も出来ませんので、ストレッチャーの上で横になった状態で洗ってもらいました。髪の毛がべたついて気持ち悪かったのがすっきりしました。健康なときには、通常2日に一度洗髪しているので、一週間も・・・というのは論外です。

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