気まぐれ日記

カメラを持って、花を主とした写真を撮っています

東京タワー

2024年09月02日 | 建造物

今日は何時もの検診で、東京タワー側の病院へ行って来ました。

東日本大震災当時は、椎間板ヘルニアと脊柱管狭窄症の手術直後で、東京タワーすぐ側の病院に入院していました。

2011年3月一杯は、病室より東京タワーの一番トップが傾いているのを、毎日眺めていました。

あれから、もう13年。

東京タワーの設置目的であったTV放送の送信塔としての機能は、もう終えています。

ただ、スカイツリーより放送が出来なくなったときの、非常用予備として、機器類は残されています。

ここ数日、全国に大雨・強風をもたらした台風10号による風雨はまだ残っているようですが、青空バックの東京タワーです。

境内では、それ程置くのインバウンダーはいませんでしたが、増上寺周辺では、スマホ・地図を持った方達は、沢山見かけました。

東京タワー開業50周年に際しての記念行事として、2009年2月14日に東京タワー外階段が開放されました。

その日、私は地上150m600段の階段を、ほぼ10分で上っています。

でも、今はもうとてもそんな時間では、登れないことでしょう。

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江川邸

2023年05月23日 | 建造物

最後の訪問地がこの江川邸です。

この江川邸は、伊豆、駿河、甲斐、武蔵、相模、伊豆諸島の代官としての役所でもあった。

江川家は、上記の直轄地十万石を徳川家より賜っていたそうです。

この住居は、慶長五年(1600年)頃の建築になるのだそうです。

この江川邸は諸種の建造物も含め、国の重要文化財の指定を受けています。

この草地は枡形という所で、後には農民兵の訓練もこの場所で行っていたとか。

今は表門からは式台が見えますが、表門は現在の場所より数十メートル後方にあったとか。

その上、表門から式台は多少ずらして設置されていました。

これは、門外から式台近辺の人物に対する弓矢による襲撃を避けるためとか。

邸内の土間は、大凡五十坪の広さがあります。

また、天井板が貼られていないため、屋根裏の架構(小屋組み)が見えます。

邸内の部屋は、それぞれの役目を持っていて、塾の間もありました。

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韮山反射炉

2023年05月22日 | 建造物

三島地区散策のブログ二日目は、韮崎反射炉です。

ここは、かつて友人たちと一度来たところです。

前回この韮山反射炉を訪れたのは、ほぼ五年前の2018年5月17日です。

あいにくその日は天候不順で、傘を借りて雨の中見学した、記憶があります。

でもこの日は晴天、全く違います。

所で、反射炉は国内で八基製作されたそうですが、完全に保護されているのは世界遺産のこの韮山反射炉のみとか。

最初は韮山反射炉ガイダンスセンターと背後の韮山反射炉です。

後は説明は出来ませんので、撮ってきた反射炉をご覧下さい。

前を歩くガイドさんです。

このガイドさんは、見学者がついてくるかどうかは、全く気にせず歩いて行かれる方でした。

そのため、時々後ろを振り返って、見学者がついてきているかをチェックするようにして下さい、とお願いしました。

右下の部分にはロストルという金床があり、そこに燃料を入れ燃焼させる燃焼室です。

手前の池と呼ばれる所に縦位置の鋳物型を置き、奥の出湯口からの溶けた銑鉄を受けるのだそうです。

反射炉の記念碑と、後日製作された24ポンドカノン砲等です。

順路の最後になりますが、この反射炉を製作し、大砲を製造した江川太郎左衛門氏の銅像です。

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小石川後楽園唐門復元

2021年07月13日 | 建造物

昨日出掛けた小石川後楽園の話です。

今まで見たことのない建造物があり、びっくりしました。

その上、今までは使用されていなかったと思われる、東門出入り口も開かれています。

そこで見かけた方に少しお話を伺いました。

小石川後楽園の案内パンフレットにも、「唐門跡」「東門 (閉鎖中)」と記載されています。

調べて分かったのは、この唐門は1945年の空襲で焼失したのだとか。

その唐門と袖塀は2019年より復旧工事に着手し、2020年11月に復元完了したのです。

この復旧工事完了にともない、東京都建設局は12月7日、小石川後楽園に入る正式な入口である「唐門」の復元工事が完了し、12月19日から公開することを発表した。

でも、その後2021年6月初めまで、コロナ禍に伴う緊急事態宣言ほかにより、当初予定の公開は延期されます。

都立公園の再公開にあわせて、6月4日から小石川後楽園のこの唐門も、公開されることになったそうです。

その復元なった唐門です。

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通行可能になった常磐橋

2021年05月23日 | 建造物

 

10年前の東日本大震災で大きな被害を受けたこの常磐橋。

アーチ輪石の変形や路面の陥没などにより崩落の危険が生じていた。

と言うことで、2013年(平成25年)より修復工事が行われ、約7年かけ東京都内で最古の石橋の復旧工事が完成し、周辺の整備を経て2021年5月10日から通行が再開された、と新聞で報じられた。

修復工事を行っていた常磐橋が、修復が終了し、本来の姿を取り戻した。

八角形の大理石の親柱と、唐草意匠の手すり柵。

そして路面には、当時いち早く取り入れられた「歩車分離」(人は端、馬車と人力車は中央)が再現されている。

これらは浮世絵、古写真、資料などを頼りに復元されたという。

気になっていたのですが、なんとなく行きそびれていたのですが、久しぶりの晴天の今日、行って来ました。

所で、この修復された常磐橋が、何故常盤橋ではないか、です。

それは、この常盤橋は江戸時代に木造の橋としてかけられた橋です。

それが明治になって、この木造橋は石造のアーチ橋に架け替えられたのです。

それが関東大震災後の復興計画で幅広の常盤橋が少し離れたところに建設されて、旧橋は最初の石橋と言うことで、「常磐橋」と呼ばれるようになっのだそうです。

この常磐橋から日本橋川の僅か70mに、架けられています。

こんなに近い場所に常磐橋と常盤橋という、同じ読みの名前の橋があるとは、知りませんでした。

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