民俗断想

民俗学を中心に、学校教育や社会問題について論評します。

学会談話会

2016-09-14 09:58:14 | 民俗学

最近気力・体力が減退したのか、何かあってもすぐにここに書けません。あとでまとめればいいやと思って、せいぜいPCに写真を取り込むのがせきのやま、時間はどんどん流れて行ってしまいます。

最近の出来事は、スマホを新しくしたこと・戸隠奥社に行ったこと・大町で大黒町の大黒様を見てきたこと、そして歩いて15分ほどの所にある母校の高校の同窓会事務局の事務処理の手伝いをしていること、等々記録しておかなければとは思っているのですが、なかなか書く気になれない。

この大黒様は、大町から南に分布する大黒信仰の始まりのものといえば、相当に大事なものですね。作りも立派で、ようやく拝めて感動しました。

学会の談話会は、「仏教民俗のゆくえー現代葬儀の問題点と課題」をテーマに、9月11日、成城大学で行われました。かねてより関心のあるテーマでしたので、はるばると出かけたのでした。東京には土地勘がありませんし、成城大学に行ったこともありません。ドキドキしながら一人で出かけたのですが、夜の飲み会だけは旧知の先生を事前に誘っておきました。新しくしたスマホの慣れないナビで何とか大学にはたどりつけたのですが、新宿に予約したホテルには、ナビは不正確でいきつけず(酔っぱらっていたこともありますが)近くまでいってホテルに電話し、迎えに来てもらうというていたらくでした。

さて談話会ですが、蒲池勢至氏の「真宗民俗から現代葬儀を問う」、板橋春夫氏の「葬送儀礼研究の新しい視角ー儀礼・地域社会・先祖観の変容に対処してー」、鈴木岩弓氏の「イエなき時代の葬送墓制」という3人の研究発表でした。そして、最終的な目的は変容する葬送儀礼の先に何を見るか、といったものでした。私も変容する現実をどのようにとらえるのかということは、現象を記録しながら考えるとことですが、その先に果たして何があるのかは、しっかり考えていません。発表の内容は、およそ自分が日ごろ考えているようなことだったのですが、鈴木岩弓氏の、柳田は戦後は家の永続など考えおらず、それにかわる紐帯を模索していたという指摘は新鮮で、これから調べてみなければいけないと思いました。

田舎者が東京へ行くと書くのも恥ずかしいマンガみたいなことがいくつもありました。筆頭はホテルで渡されたカードキーを差し込もうにもどんなに探してもドアに差し込み口がなくて途方にくれたことでした。それは、押し当てればいいのだということが試行錯誤の結果ようやくわかり、フロントまで聞きにいかなくて部屋に入れたのですが。


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