民俗断想

民俗学を中心に、学校教育や社会問題について論評します。

言葉の力

2020-05-30 14:05:37 | 政治

話した言葉を記録しない、言ったことも言わないという、つじつまの合わない発言は過去にさかのぼって説明できるように変更する、都合の悪い文書は過去にさかのぼって改ざんする、責任は感じても責任はとらない。こんな行為をあからさまに繰り返してきた首相は、今は完全に自分の立ち位置を見失ってしまっている。どんな発言をしようが、後でどうとでも言いくるめられるから、真実だとかエビデンスだとかは必要ない。磁石もなく砂漠で自分の位置を見失ったようなもので、いったい自分はどこへ向かって歩いて行ったらよいのか、方角がわからないのである。ナビゲーションする側近はその都度思いついたことを勝手に指示するので、迷走している。昼間でも実は一人なのに、夜の孤独感はたまらないだろう。

政治家は言葉で勝負する職業である。緊急事態宣言以後の総理の言葉が、国民に全く響いていないといわれる。大言壮語する首相の魂の抜け殻のような顔は、誰が見ても無残をとおりこして、かわいそうにみえる。しかし、それもこれも自業自得である。これほどまでに言葉から意味を奪い、発言の信用性を貶めてしまったのは安部総理自らのなせる業である。記者会見でどんなに耳障りのいい言葉を連ねても、どうせ自分に責任が及べば、そんなことは言ってない、受け取る国民の側の誤解だ、などというだろうと総理の言葉を誰もそのまま聞きはしない。音声としての言葉と、意味するものとが対応していないと国民は気づいてしまったのである。これでは総理が何をいったところで、意味は通じない。そうしてしまったのは安部さんなのだ。言葉を軽んじ国民を馬鹿にしてきたツケが、今にしてまわってきたのである。誰も信用しない。


南極に立った樺太アイヌ

2020-05-24 11:19:12 | 読書

図書館にリクエストして、『熱源』を読んでいましたが、スケールの大きな話です。樺太アイヌとポーランド独立革命の過程でロシアにつかまり樺太に流された人物を軸に、自然と歴史とのかかわりで物語は展開します。私のくせで、数冊の本を同時進行で読むうえに、考えながらそしてロシア人の長く覚えられない名前を反芻しながらですから、読み進めるのに時間がかかります。そうこうしているうちに、図書館から督促状が届きました。貸出期限を過ぎたので早く返しなさい、ということです。あわてて読了し、図書館に返しに行きました。ようやく図書館も再開して、通常に開館しているのです。返却したのち、カウンターの前にある、新しく図書館に入った本の展示コーナーを見ました。すると、なにこれでした。

あわてて読んだ『熱源』の終わりの方に、樺太アイヌの主人公の一人が、志願して南極探検隊に犬係として行ったことが書かれていました。新刊コーナーで見たその本の表紙に、屈強な犬を連れた男たちの写真がありました。

そして中を見ると、小説で読んでいた人物たちの名前がそのまま出てくるではありませんか。『熱源』はほとんど実話だったことがわかりました。それで少し疑問が解けました。アイヌ、ロシア人、日本人には相当な差別があったと思います。小説でも差別には触れていますが、物語で活動する人物たちは、いい人なのです。特に、日本人がアイヌの人々の事を思って活動しているように描かれています。取材した人物を物語に実名で登場させるのですから、悪くは書けなかったのでしょう。それにしても、2冊の本がぴったりと重なったことに驚きました。


コロナ差別

2020-05-24 10:43:22 | 民俗学

ようやく緊急事態宣言の全国解除が見えてきて、重苦しい自粛要請も出口が見えてきた気がします。ウィルスという見えない物に、どうやって対処したらいいか、難しい問題ですね。見えないからこそ、恐怖も広がります。恐怖が広がると、いわれなき差別も広がります。誰かに、何かに原因を求め責任をとらせたい、と思うわけです。そんな気持ちから、感染者や医療従事者への投石、落書き、ネットでの誹謗中傷、子どもを登園拒否する、などの行為が問題になっています。これは、ハンセン病やHIVの患者への差別に通ずるわけですが、私は見えない物を見える化して差別するという点で、「憑き物」により類似しているように思います。

憑き物は、現在ではほとんど語られなくなりましたが、だから憑き物を生み出した心性が無くなったわけでも、憑き物を生み出した原因が突き止められたわけでもありませんから、形を変えて現代によみがえってきても不思議ではないわけです。子どもの頃耳にはさんだ大人の話のかすかな記憶ですが、○○さんに狐がついて、寝床には狐の毛がついていたとか、油揚げを食べたがっていっぱい食べた、などといった話だったと思います。調べてみますと、西日本ではキツネや犬神は家筋についていて、結婚を忌避されたそうです。長野県では、家筋につくという話はなかったです。何らかの利害関係にある人をあげて、○○さんが狐をつけたとかいって、つけた人を差別したり、ついた人を差別したりしたものです。当然ですが、狐や犬が人に憑くなどということはありませんから、そうした話が事実として認定されるには、民間宗教者の関与があったことでしょう。

人間はいつの世でもスケープゴートを仕立て上げることで、その他の人々が結束してきたといえるのでしょうか。人間は弱く、生き延びてくるためには、集団化し弱い力を合わせる必要があったといいますが、人が集団化するために生贄を必要としたのでしょうか。だから仕方ないというのではなく、もぐらたたきのようであっても、知性で差別をつぶしていかなければならないと思うのです。


玄関で靴を脱ぐ

2020-05-21 09:04:54 | 民俗学

ロックダウンした外国の都市の映像で、防護服を着た人が通りを消毒してまわるものが、何度か見られました。靴の底に菌をくっつけて家の中に持ち込むのを防ぐ、というためでしょうか。また、ワイドショーで医療の専門家が、日本人の生活習慣として、家の中に入る時に靴を脱ぐことが、感染が広がるのを防いでいると発言しているのも見ました。確かに日本では、感染防止のために道路を消毒するという発想はわかないし、実際やってもいません。海外で暮らしたことがないのでよくわかりませんが、家の入口で靴を脱ぐのは日本独自の習慣なのでしょうか。

私の教員としての初任地は木曽福島町でした。今の木曽町です。まだ学校に牧歌的な雰囲気があったころです。先輩の先生に終戦間もないころ、開田村での経験を聞きました。家庭訪問でのことです。開田の民家は軒の低い板葺きの棟造りです。接客空間は土間に面した囲炉裏でした。家の入口を入ると中は薄暗く、囲炉裏までの間に段差がないのでどこで靴を脱いだらいいか、わからなかったといいます。履物をはいたまま濡れた、あるいは冷えた足を囲炉裏に投げ出して温めるようになっていたのですね。馬が村の中を自由に走り回り、人間が柵を作った中で生活していたころの話です。家の内外の区別が履物でははっきりしなかったのですね。数年前、息子の赴任する上海のマンションに行ったところ、中国人の住む部屋では履物は廊下に出してありました。時代劇を見ると、旅籠に着くと、上がり框でわらじを脱がせて足を洗ってくれる場面がありますね。足を洗うというのは、まさにそれまでの心身の汚れを落とすという象徴的な行為だったのかもしれません。

我が家では、バリアフリーの集合住宅なので、玄関に内外の段差がありません。うっかりすると、土足で中に踏み込んでしまいます。事実、息子は靴を脱ぐのが面倒だと、履いたままで玄関に置いた鏡の前に立ったりしています。とはいえ、あくまでそれは例外的な行為で、土足のまま自分の部屋に入って生活することはありません。生活が洋風化したといっても、玄関で土足を脱ぐという習慣はなくなっていません。さて、これから先はどうなるでしょうか。


大貫恵美子著『日本人の病気観』を読む2

2020-05-19 15:25:28 | 読書

40年ほど以前の調査に基ずく著作であり、調査地が大都市に限られていることから、現代には適合しないような記述もあります。前回、日本人は、屋外・汚濁:清浄・屋内、という象徴的カテゴリーの下に、外部から帰ったら手を洗いうがいをして外部の汚れをおとすようにしつけられている、と述べている個所を紹介しました。しかし60年程以前の地方の農村、つまり自分の子ども時代を思い起こしてみますと、そんなに神経質に外部での汚れを落とそうとすることはなかったです。第一水道がなく、手を洗うにしても口をすすぐにしても、汲みためた水を使うしかなかったですから、水は基本的には料理に使ったり飲むものでした。トイレにしても、座敷に併設された雪隠に豊かな家なら石をくりぬいた鉢が縁側の外にあってその水で手を洗うくらいでした。外に設けられた普段つかいの便所には、水など備えてありません。外便所は大便所と小便所に分かれていて、桶か甕が埋めてありました。いっぱいになれば汲みだして、田畑の肥料にしたのです。大便所の入り口には戸がついていましたが、小便所には戸がありません。小便所は男性用なのですが、時としておばさんやおばあさんたちの女性が立ったまま小用をすることもありました。今では信じられないような話ですね。話が横にそれましたが、家の外から帰ったときに、汚れを気にして落とすという習慣は、過密空間の大都市で水道と排水が完備してから形成されたものだと思われるのです。とはいえ、そうした環境が整ったところで、内外をきちんと区別しようとする心性がないことには、こんなに普及する衛生習慣ではないともいえるかもしれません。

また、日本人の他人に対する態度がアメリカに比べてよそよそしいと、次のような記述がありますが、これも引っかかります。
「日本人の他人に対する態度は、無視、無関心としてあらわれることは、バスの中などにおいて、よく観察されるところである。他人同士はめったに微笑を交わすことも、短い挨拶を交わすこともない。他人が話しかけようとすれば、それが行き先の案内など、確たる目的をもったものでない限り、変に思う人がいる。」

これも恐らく大都市での習慣です。私が青年期のころまでは、電車で向かい合わせになった見ず知らずの人に話しかけ、おやつを交換したりして親しげに話している大人の人たちはたくさんいました。数年前、関西を旅行中に電車の隣に座ったおばあさんに、親しく話しかけられたことがありました。その方は、城崎温泉に行ってきた帰りで、家族にどんなお土産を買ってきたか、どんな家族がいるかなどをうれしそうに話して、降りてゆきました。今ではまれなことで、大概の人々はスマホの画面を見つめて周囲にはかかわりませんが、ずっと昔からそうだったわけではありません。

また、人間の身体に関する以下の記述も、そうだろうかと首をひねります。

身体の各部分がいかなる意味をもっているかをみる際、最も注目すべき点は、日本人の上半身および下半身に対する考え方が明確に区別されていることである。上半身は清潔で重要な部分であり、下半身は汚れた部分である。だから、眠っている人の足元を通るべきであって、決して枕元を通ってはならないことになっている。洗濯する際にも、上半身に着けるものは決して下半身に着けるものと一緒に洗わない。この上・下の基準は白物と色物の区分けに優先するのである。この習慣は日本人にはあたり前のようであるが、米国では色さえ一緒ならよく平気で一緒に洗っているのをみる。」

これは、がさつな我が家だからかもしれませんが、こんな区別をして洗濯をしない。面倒だし水の無駄にもなるでしょう。たらいで手洗いしていた頃には、こうした区別があったかもしれませんが、今はどこの家もまとめて洗濯機に放り込んでいるんじゃないでしょうか。著者の専門が象徴人類学であり、この本のサブテーマもー象徴人類学的考察ーとあるので、2項対立にこだわって分析したがるのはわかりますが、当事者としては首を傾げてしまう考察も何か所かあります

病原菌という見えない脅威にどうやって立ち向かったらいいのか、もしくはどうやって共存していけばいいのか知りたいと思って読んだ本でしたが、少し焦点がズレているようでした。そこで次は、波平恵美子著『病気と治療の分化人類学』を読み直します。


大貫恵美子著『日本人の病気観』(岩波書店 1985年刊)を読む1

2020-05-18 10:29:00 | 読書

感染症とこれからどうやってお付き合いしていくのかを考えるうえで、これまでこの国では病気をどのようにとらえてきたのかが参考になるでしょう。その際に知っておかなければならないのは、歴史上で病気は客観的に存在するかと思われがちですが、ある症状に病名をつけることで初めて病気は存在するということです。過去には憑き物が猛威をふるった時があります。その時、憑き物という病は確かに存在したのです。目に見えないものに形を与えるのは人間です。

書庫から探した40年も前の文化人類学者の著作から、何か学べる点があるのではないかと読んでみました。今でも共感できる部分が多いのですが、40年を経過して現代はちょっと違うなと思う部分もありました。

「日本の子どもにとって、外から帰宅したら靴を脱ぎ、手を洗い、場合によってはうがいをするということは、初期の社会化訓練の一環として非常に大事な事柄である。外に出たらばい菌がたくさんいるので、かえってきたらまず靴を脱いで、家の中によごれが入らないようにし、次に手や喉についてきたばい菌を水で洗い落すのだと、われわれは説明するわけである。この際に使われるばい菌という用語は比較的歴史の浅いもので、西洋から病原菌理論が輸入されて後、使われだしたのだが、われわれは既に、視覚的にも拡大されたバクテリアのイメージを学校の教材映画などから得て、心に植え付けている。だが、このような衛生習慣の背後にあるのは、「外」の空間と汚れ―ばい菌として表現されるようなーの等式化である。ばい菌とは偏在的な外部なのだ。そこで自ら(内部)を家の中で清く健康に保つため、汚れを落とすことが必要とされる。内部と清浄、外部と汚濁という象徴的図式が成り立っている。」

ここでは、われわれが象徴的に感じている「内」と「外」の意味付けについて、総論的に語っているのだが、今はこの象徴的意味に実態がともなって、なんだか記述が生々しい。日本人の衛生習慣が、外国に比べてコロナの蔓延を防いでいると言われているが、そうした面が確かにあるような気がします。さらに、こんな記述もあります。

「「外」は汚染されているという考えから、多くの日本人はかつて、また今日でも比較的少なくなったとはいえ、外出時に(特に冬には)マスクをかける習慣をもっている。「科学的」な理由としては、外気に含まれる病原菌を吸い込まないためとされている。あるいは、外の寒気から喉や鼻の粘膜を守るためといわれる。家を出るときマスクをかけ忘れた人のためには、ちゃんと駅の売店で備えている。戦後、マスクの効果について新聞紙上で議論が闘わされたことがあり、自分が吐き出したばい菌をまた吸い込むことになるので、かえって健康に悪いという記事も載ったが、そのためにマスクの使用がとだえたということはない。(略)私(アメリカ在住)の知る範囲では、普通はマスクは手術室の外科医等、および伝染病患者自身に限られている。日本人が他人のばい菌を吸い込むことを避けるためにマスクをかけるのに対し、アメリカ人は自らのばい菌を他人に向けて散らさないために使用する、という相違が見られる。なかんずく、日本人のマスクの使用は、「汚れ」は外にあるという文化的規範を前提にしているといえよう。」

今のマスク使用について、自分の菌を周囲にまき散らさないようにするという情報はしられているが、本当のところでは人々は外の汚れた空気を直接吸わないように、と思っているようにも思います。以前はマスクをつけると、自分ばかりを外部から防御する姿勢だとして評判が良くなかったのですが、今は逆に外でマスクしてないと、菌をまき散らしているかもしれないと、ヒンシュクをかいます。

もう少しこの本から考えてみましょう。

 


コロナ禍で思うこと

2020-05-10 11:30:24 | その他

緊急事態宣言が延長して、5月が過ぎていきます。商売をされている方々にとって、毎日が胃の痛くなるような思いだと思います。近くの食料品店も、倒産してしまうみたいです。会社員の方でも、いつ雇止めにあうかもしれないと、恐れているかもしれません。それ比べれば、外出できないというストレスなど問題になりませんね。散歩はできるし、食料品の買い物はできるし、本を読んだりテレビも見れます。私はといえば、読書畑への野菜の植え付けをしておりまして、格別の不自由など感じていないのです。

政治と言えば、「私が~」何でも私がやった成果だ、私の決断だと言っていた首相が、「専門家のご意見に従い」というようになりました。政治の決定のリスクを自分でとろうとしない、無責任な態度がはっきりと露呈しました。結果責任を問われる具体的な政策、方針は示さないで国民に心掛けを求めるという、先の戦争の時に取った政府の態度と同じことを今やっています。この国では、反省とか責任とかいう言葉は実態を伴わないもののようです。責任は感じても、責任は取らない、これはどういう意味でしょうか。

畑には、トマト、ナス、パプリカ、シシトウ、オクラ、セロリ、ソラマメ等を苗を買ってきて植えました。長野県で心配なのは、植えた苗が遅霜にあって枯れてしまうことです。一昨日は遅霜が予想されたので、苗のまわりを肥料やたい肥の入っていたビニール袋で覆いました。そのほかに今年試みたのは、マンションのベランダで苗を育てて植えたことです。昨日植えたのは、キュウリ、ブロッコリー、インゲンです。今はまだ小さくて植えられず、育てているのはレタスです。畑に種をまいたのは、トウモロコシ。20日ころになったら、サツマイモを植えようと思います。全部収穫できたら食べきれません。子どもたちに送ったり、近所に配ったりしなけばいけませんね。

読書では、以前にまとめ買いしておいた『現代思想』の石牟礼道子の特集を読み終わりました。石牟礼は多分霊感の強い人だったと思います。見えないものが見える人で、それを言葉にできるという特異な能力があった。そうしたら教祖ですね。

読もうとして取り出しているのは、日本人の病気感にかかわる物が数冊と、修験道に関する物が数冊。これらを読んだら、何かわかるかな。