民俗断想

民俗学を中心に、学校教育や社会問題について論評します。

アメリカの白人男性

2020-06-03 10:55:29 | 政治

アメリカではコロナの流行もさることながら、白人警察官が黒人男性を膝で圧迫して殺害したことから都市が騒乱状態になっています。大統領の強気な態度と発言が、それに油を注いでいます。当分はおさまりそうにありません。もちろん、この機会に乗じて略奪してやろうという、コロナでの自粛ストレスと生活苦をぶつけている人々もいるでしょうが、多くの黒人の人々は人種差別への正当な抗議によるデモのようです。

問題の動画を見ましたが、白人の警官が膝で丸腰の黒人男性の首を圧迫し続ける姿は、異常です。押さえ続けた8分間、何を思っていたのでしょうか。自分は当然の事をしているという風でした。白人・正義・強者・支配者:黒人・犯罪者・弱者・服従者 といった図式をそのまま行為で示した警官でした。アメリカの白人男性には強くすりこまれた行動様式があるように思います。アメリカで公然と人種差別が認められていたのは、わずか数十年前です。そのころの価値観を今も多くの白人が共有していても、不思議ではありません。だからこそ、アメリカという国を一つにまとめるために、自由と平等とが必須の価値観となっているのです。にもかかわらず、大統領の発言はマッチョな白人男性の価値観、はっきりと差別的な発言はないものの、いうことを聞かない物は力で押さえつければいいという、警官がやったことに通底する価値を表明しています。亡くなった黒人男性への共感と哀悼の意が感じられない大統領の姿を見ると、この問題は長引きそうな気がします。大統領の人柄が問題だからです。


言葉の力

2020-05-30 14:05:37 | 政治

話した言葉を記録しない、言ったことも言わないという、つじつまの合わない発言は過去にさかのぼって説明できるように変更する、都合の悪い文書は過去にさかのぼって改ざんする、責任は感じても責任はとらない。こんな行為をあからさまに繰り返してきた首相は、今は完全に自分の立ち位置を見失ってしまっている。どんな発言をしようが、後でどうとでも言いくるめられるから、真実だとかエビデンスだとかは必要ない。磁石もなく砂漠で自分の位置を見失ったようなもので、いったい自分はどこへ向かって歩いて行ったらよいのか、方角がわからないのである。ナビゲーションする側近はその都度思いついたことを勝手に指示するので、迷走している。昼間でも実は一人なのに、夜の孤独感はたまらないだろう。

政治家は言葉で勝負する職業である。緊急事態宣言以後の総理の言葉が、国民に全く響いていないといわれる。大言壮語する首相の魂の抜け殻のような顔は、誰が見ても無残をとおりこして、かわいそうにみえる。しかし、それもこれも自業自得である。これほどまでに言葉から意味を奪い、発言の信用性を貶めてしまったのは安部総理自らのなせる業である。記者会見でどんなに耳障りのいい言葉を連ねても、どうせ自分に責任が及べば、そんなことは言ってない、受け取る国民の側の誤解だ、などというだろうと総理の言葉を誰もそのまま聞きはしない。音声としての言葉と、意味するものとが対応していないと国民は気づいてしまったのである。これでは総理が何をいったところで、意味は通じない。そうしてしまったのは安部さんなのだ。言葉を軽んじ国民を馬鹿にしてきたツケが、今にしてまわってきたのである。誰も信用しない。


北海道に来ました

2018-07-09 06:10:23 | 政治

昨日北海道に来ました、
アイヌ語の山に囲まれて、近代建築の旧北海道庁舎が建っています。北海道で考える明治維新は、また別のものがあります。
アイヌの人々を支配したように朝鮮を支配し、朝鮮のように満洲を支配しようとしたのではないか。だとすれば、全ての原形が北海道支配にあるのかな。山口昌男が北海道に戻って、敗者の歴史を考えるようになったのも、北の大地のなせる技かと思います。

拉致問題の解決

2018-06-07 16:33:59 | 政治

米朝がそれぞれの思惑で接近し、日本だけ置いてきぼりを食わされた状態です。トランプにとっては、大陸間弾道弾さえなくなって、アメリカが攻撃されなくなれば条件は満たされるのでしょう。安部との友情で、あたかも加計氏を表舞台には絶対出さなかったように、友情で日本を守ってくれるとでも考えているのでしょうか。とんでもない考え違いですね。

日本にとって拉致問題が喉に刺さったトゲとなって、北朝鮮との関係は進展しません。いったいどうして北朝鮮は拉致被害者を日本に帰国させないのか、何を考えているのかさっぱりわからん、というのが大方の皆さんの思っていることでしょうし、自分もそう思います。ですが、立場を変えて北朝鮮になって考えてみると、また別の見方もできます。

日本と北朝鮮は国交がありません。ということは、日本の植民地状態が日本の敗戦によって終わった状態が今も続いているということです。北朝鮮にしてみれば、拉致被害者を返せという前に戦争中に強制連行していった多数の朝鮮人で今だ帰国していない人々の消息を示し、謝罪して相応の補償をすることが先ではないか。拉致は戦争状態が今も日本とは続いている以上、あったとしても人権侵害を言われる筋合いはない、という主張ができるのではないでしょうか。第2次世界大戦をどう終わらせるかという問題が先にあると主張されれば、なかなか問題は進展しません。安部の言うような圧力一辺倒の政策では、少しも前に進みません。拉致を認めるわけではありませんが、その前の問題をまず解決しないと、被害者はいつまでたっても取り戻せないと私は思います。


失われた行政文書から

2018-04-17 16:24:38 | 政治

政府は失点続きでも開き直っています。そこで、ないはずの文書が出てくる問題を整理してみましょう。

少し前の佐川元理財局長の証人喚問で、丸川議員が「総理夫人の関与はなかったですよね」という立場がよくわかる質問をしました。「ありましたか」ではなく、「(まさか)なかったですよね」というダメ押しの質問(といえるのか)。答えは「はい、ございません」に決まってます。陸自の日報、官邸の面会記録など探してもありません、という答えの文書が数多くあります。この時の「探せ」という指示は、おそらく以下のようなものだと思います。

「イラク派遣部隊の日報は(まさか)ないでしょうね。(しっかり探さないで、もしでてきたら隠すのですよ)」と言外に言われて、自衛隊員は「目にした限りでは、(不都合な)日報はありませんでした。」と答え、しぶしぶなのか、どこかから日報がみつかれば、命令に従わなかった制服組が悪い。シビリアンコントロールがなっていないと、トンチンカンな批判を受けます。違います。シビリアンコントロールはできているのです。時の政権に服従し、不都合な情報は出さないという形でシビリアンコントロールは十分に機能しているのです。ただし、ここで憂えるべきは、制服組の高官は最前線の部下たちが戦場ではないと言われて派遣されるのを見殺しにすることを明らかにしたことです。なぜ本当の活動の様子を国民に開示して隊員の命を救おうとしないのでしょうか。こんな自衛隊には今後志望者が激減すると思います。明らかな戦場に隊員を送ってはなりません。

政権にとって不利な文書を、「探しなさい(真剣にさがすな。あったら廃棄しろ)」という命令では、役人は捨てばちになります。でてくればきたで、末端の役人の行政文書のつじつまあわせが原因だと罪を問われる。そして、いつまでたっても上の者は責任をとらない。これは、親分の気持ちを忖度して動くヤクザの組織の在り方です。官僚の質が低下したのではなく、政治家がヤクザになったのです。間違えてはなりません。たしかヤクザを取り締まるために、親分が直接命令してなくても子分がやったことでオヤブンの刑事責任を問える法があるはずです。


戦争への道

2018-04-04 11:28:47 | 政治

またも行政文書の隠ぺいが発覚しました。しかも、今度は自衛隊の活動記録です。はっきりとそうはいえないのでマスコミもイラク派遣部隊の日報がみつかったが、公表が遅れたことを問題にしているだけですが、おそらく、あるのがわかっていてないと国会で答弁したのでしょう。その中には、派遣地域が決して安全ではなかった事実が書かれているにちがいありません。不都合なものはなかったこと、廃棄したことにすればいいといった、現政権の国民を無視したご都合主義が透けて見えます。あるものをないことにしたり、公表する文書を改ざんしたりすれば、国会でのそれに基づく審議など何の意味もなさなくなってしまいます。前にも書きましたが、それは民主主義の完全なる崩壊です。民は知らしむべからず依らしむべしという政治姿勢は、専制政治、一昔前の政治姿勢です。

満州事変が勃発したとき、国民のだれが日本軍のしわざだと知っていたでしょう。勝手に戦争を始めて引き返せない方向に国を導いたあの戦争の教訓は、どこへいったのでしょうか。権力を握ったものが腐敗するのは世の常です。しかし、安々と国民は騙されてよいものでしょうか。今心配なのは落ち目の現政権が国民の目先を変えるために、北朝鮮との緊張関係を意図的に高めるのではないかということです。それを知ろうとしても、文書を隠ぺい改ざんしてしまえば、私たちにはそれを知る術はありません。刻々と戦争への道を歩まされているような気がします。


民主主義の劣化と独裁

2018-03-11 09:29:33 | 政治

私は独裁者がきらいです。中には強大な権力をもった人が好きだという人もいるでしょうが、私は独裁的者による独断よりも時間はかかっても一人一人の違いを認める社会が好きです。自分の価値だけを押し付けることは好みません。

最近、政治について書いていませんが興味をなくしたわけではなく、無力感がでてきてしまったのです。どうせ言ってみても無駄かと。政権の意向に沿わないハメディアは攻撃し、平気で政権に不利な発言をする個人は正当な理由もなく監獄にぶちこむ。政権と国会での板挟みで自殺する者がいても、痛ましいことだとよそ事のようにウソブク。北朝鮮や中国、ロシアでの出来事ではなく、こんなことが平気でこの国で起こっても、民衆は怒らない。麻生大臣はいつか、この国は中国とは違う民主主義の国だから、みたいな他者を貶めて俺は違うみたいな自慢をしたことがありましたが、何のことはない独裁者の片棒を担いでいるのが自分ではありませんか。独裁者は独裁をしているとは思わない。北朝鮮だって日本を軍事独裁国家だと思っているかもしれません。

今話題にならず心配してるのは、あの籠池さんが拘置所にぶちこまれたまま出られずにいます。にもかかわらず、マスコミは何も報じない。政権にとって何を言うかわからない人物は、隔離しておけば間違いないというわけでしょう。そして今回の件にしても、佐川氏個人に国有財産の安価での売却責任を押し付け、麻生は知らぬ存ぜぬで押し切ろうという腹が、今から見えます。辞任の後から事実が判明したら、遡って罪を問うと麻生は言ってましたから、既にシナリオはできているのでしょう。この国で北朝鮮、中国の政治体制を嗤うなど、チャンチャラおかしいことです。民主主義の国で、こんなにも個人がないがしろにされてよいものでしょうか。


信州安保法制違憲訴訟第4回口頭弁論参加

2017-12-22 15:21:53 | 政治

本日、長野地方裁判所で信州安保法制違憲訴訟の第4回弁論があり、原告団の一人として参加しました。今回は生まれて初めて裁判所の傍聴席ではなく柵の中に入り、原告席に座りました。誰でもが経験することではありませんから、この経験について書いてみます。

そもそも今回の裁判では、新安保法制が違憲であり、その違憲の立法によって、原告の平和的生存権、人格権、憲法改正・決定権、安定した立憲民主政のもとで生きる権利が侵害され、精神的苦痛を負ったとして、慰謝料各10万円の支払いを求めたものの、第4回の裁判です。10:30~11:00の開催で、参加者は9:40に弁護士会館に集合でした。参加者の数は、法廷内の原告席に20名、傍聴席の原告席に20名、一般の傍聴席に30名が可能でした。参加者が少なくなることが予想されるからできるだけ参加してほしいということで、事前に参加者を募りました。で、私は申し込みが早かったため、法廷内の原告席に座ることになりました。裁判の傍聴は29人とされ希望者がそれより多かった場合は抽選とするようでした。今回は傍聴者は29人以内と踏んだので、そして事実傍聴希望の時刻10:05までには29名だったので、抽選なしで入れたのですが、10:05以後に来た人があり、その方々は抽選すらできずに傍聴から除外されてしまう、というできごともありました。

さて、原告側に3列で座りましたが20人が座るには狭くてぎゅう詰めでした。私は、3列目で原告代理人弁護士さんの後ろの席でした。被告側の国は7名で女性が1名で向こう側に座っています。役割分担の役所を代表してきているようです。向こうがこちらの名前を知らないように、こちらも国側の人の名前はわかりません。正面には裁判官が3名座りました。法廷が整ってから、廷吏が内線電話で連絡して裁判官が入廷します。すると、法廷内の全員が立ってあいさつします。裁判官は一段高い場所にいて参加者を見下ろし、言葉遣いも高飛車です。真ん中に40~50くらいとおぼしき男性の裁判官が座り、両脇に若い女性の裁判官が座りました。女性の裁判官は全くしゃべりませんでした。

裁判官が入廷すると、今回原告側が提出した書面を確認し、被告側もかくにんしました。次に今後の裁判の進め方、論点について原告側(我々)に意見を求めました。そして、次回の日程を協議しました。こんなことは、何も開廷してからやらなくても、単なる事務のすりあわせなのに、貴重な30分という短い法廷でやらなければいいのにと感じたしだいです。そして、ようやく原告側から2名の意見陳述をして終わりという流れでした。

意見陳述は、藤本さんが父親の従軍体験に触れながら、平和な社会に生きる権利を奪う安保法制が違憲であることを訴え、竹内さんは戦争を実感として高校生に教え、高校生が戦争をあるかもしれないものとして自分の将来を語らなければならない世の中でいいのかと訴えました。

まだ長く続く違憲訴訟です。


蓮舫さんに寄せて

2017-08-12 10:40:22 | 政治

蓮舫議員が二重国籍問題のため戸籍の一部を公表するということがありました。そして、代表の辞任となったわけですが、民進党の支持が低下した原因を二重国籍問題に矮小化し、戸籍を公表するまで追い詰めた民進党とは自民党の対抗軸たりうるリベラルな政党なのか疑ってしまいます。この問題に触れて、『朝日新聞』の私の視点に、元公立小学校教員の尹(ユン)チョジャさんが、「多様性否定し 差別を助長」と題して投稿しています。

新聞でこの名前を目にして、アレと思いました。それは、神戸の友人が送ってくれた『在日外国人教育』という雑誌に、ユンさんが自分の学びについて書いていて、長い文章の半分くらいまでを読んでいるところだったからです。それは、「植民地時代を生きた父と、ダブルの私と、私の子どもたち、三代の経験ー在日コリアンが学ぶということー」という、長い研究です。論文からの引用は避けますが、在日の人々が抱く心と人間関係の葛藤、差別されたことなどが綴られていて、胸をうちます。ヘイトスピーチをする人、同調する人たちは、こうした葛藤をしっているのでしょうか。そして、国籍問題で蓮舫さんを追い詰めた人たちは。


日報問題の本質とはなにか

2017-08-05 15:07:29 | 政治

内閣改造が発表され、様々な論評がなされ、それぞれが対応して少し政治が落ち着いてきたように思います。内閣改造をしたから政治の理念が変わったのか、引っかかる問題が解決したのかといえば、慇懃無礼ぶりばかり目につき、本質は全く解決されていません。中でも心配なのは、自衛隊の日報問題です。マスコミなどの観点は、稲田防衛大臣は日報が存在することを知りながらないものとし、報告など受けていないで押し通していることです。本当に報告を受けなかったのかに関心が集中していますが、事の本質は違うと思うのです。

戦闘状態の地域に自衛隊を派遣しないということは、憲法の制約上のことであり、武力によっての紛争の解決を図らないという日本の国是です。ところが、この制約のために海外で日本の政治家は肩身の狭い思いをしていると、政治家自身は思っているみたいです。日本は汗を流さない、この場合は血を流さないというべきか。そのため、できるだけ自衛隊に実績作りをさせたい。簡単にいえば、多少危険なところに出向いてでも仕事をさせたいと思っている。ところが憲法に違反するわけにはいかない。そこで、いつのまにか逆の論理がまかり通るようになりました。自衛隊の派遣される所だから、危険ではない。安全な所にしか自衛隊は派遣しないはずなのに、自衛隊を派遣できたのだからそこは安全地域なのだという論理です。そして南スーダンです。戦争状態にはない落ち着いた環境だとして、政府は自衛隊を派遣しました。自衛隊を派遣したからには、安全な所でなければいけません。自衛隊のいる場所で戦争などあってはなりませんが、戦争があってしまったのです。南スーダン派遣部隊の日報の報告は、これでは戦争に巻き込まれる何とかしてくれという、派遣部隊の悲痛な叫びであったはずです。前線から大本営に真実を告げる報告がなされても、大本営はそれを無視し、死守することを求めるといった話は太平洋戦争下でいくつもあった話です。それどころか天皇も、もう少し戦果をあげてから降伏しようと、ありもしない戦力にしがみついて多くの戦死者を出したのでした。最前線の声を聴く耳を持ち、引くべきは引くという覚悟が指揮官には必要です。それを、制服組も文官も無視して前線に置き続けた。幸い誰も戦死しなかったからよかったものの、それは結果論です。問題は前線からの報告を無視したという、この国の自衛隊指揮のありかたなのです。今一番軽んじられていると感じているのは、自衛隊の実戦部隊の隊員でしょう。いよいよとなったら、自分たちは政治家を忖度する上官と、言葉遊びをする政治家に見捨てられるのだとわかってしまったのです。

文民統制とは何かを政治家も、制服組も真剣に考えないと、この国はひどいことになります。