坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

バカボンパパとタメ年

2009年05月09日 | 坊主の家計簿
 明日から新婚旅行。ちなみに明日は誕生日。別に合わせたわけではない。第一希望は明後日11日だったのだが、チケットが取れなかったのだ。

 で、明日で、っちゅうか、日付が変わっているので私は41歳。著名人でいうと天才バカボンのパパと同じ年。ちょい、感動。
 初めて見たガキの頃は、バカボンと同じくらいか、年下だったと思うのだが、今やバカボンパパとタメ年である。バカボンパパが酒を飲むのかどうか知らんが、飲み屋であったりして「おたくは何歳ですか?」「私、41ですわ」「ほな、タメ年でんがな」と、意味なく盛り上がる事であろう。
 で、「そういえば厄払いに行きました?」なんぞと聞かれ、私は「私、真宗門徒ですねん。だから厄年なんか関係おまへんねん」と答え、バカボンパパも「私もバカボンのパパだから厄年なんか関係おまへんねん」と、またまた盛り上がる事必須。
 そうなのだ。バカボンパパにも真宗門徒にも天中殺も厄年も関係ないのだ。これでいいのだ。

 

仏作って魂入れず

2009年05月08日 | 坊主の家計簿
 昨日買えなかったカバンを買いに堺筋本町へ。
 カバンは新婚旅行にも使うし、住職修習にも使うし、他所の寺に遊びに行く時にも使う。遊びに行った時は法要が終わるとさっさと私服に着替えるから荷物が多いのだ。
 なので、小さいスーツケース、っちゅうか、ガラガラが付いた、あ、キャスターが付いたカバンで、出来るだけシックなヤツを探してたんだが、ポリカーポネートっちゅうのか?まあ、プラスチックのエエやつで出来たカバンがお手頃価格(5千円ちょい)で売ってたので、迷う。んが、用途が用途だし、ガラガラの引っ張る所が完璧に隠れるヤツで、生地(?)もエエ感じのシックなやつが6千円弱で売ってたのでゲット。さっき衣装を詰めたら見事にバッチシ・サイズ。

 帰宅して、ダンボール集め。数軒のスーパーを回って「すいません、荷物を送りたいんですがダンボール下さい」と。どこの店でもイヤな顔ひとつせずに呉れた。微妙に嬉しい。
 本とかCDを徐々に詰め始めて行こうと思てたら、単身赴任住職候補としての急用が入って、勉強&一文を書く。『一文』っちゅうても、ほぼ引用やけど、勉強、勉強と。

 終わると、疲れて、っちゅうか、夜も遅いのでダンボールは放ったらかし。
 
 と云う事で、今現在、私の部屋には『旅行の荷物が全く入っていない旅行カバン』と、『引っ越し用品が全く入っていないダンボール』がある。
 これは。。。
 『仏作って魂入れず』っちゅうやつか。

【末法においては、戒はもはや意味を持たない。だから戒を守るとか破るというようなことにこだわる必要はない。しかし、問題は戒の消滅とともに仏教も消滅するのかということです。仏教の存在意義が、戒の有無に左右されると考えるならば、それは完全に本末転倒でしょう。もし戒が守られなくなったために仏教が消えるならば、仏教はしょせんその程度のものだったとあきらめる以外にない。本当にそうなのか。末法において、仏教の使命は何もないのか。もしあるとすればどういう形で存続するのか。その役割を担う存在は誰か、です。
 質問者には、「無戒しか存在しないなら、仏教なんてない方がましだ」と言いたい気持ちがあるわけです。腐ったものは放り出そうとするのか、あるいはそこを出発点として意味を問い直そうとするのかの違いです。これは自分が出遇った仏教がどのようなものであるか、その仏教観が問われる問題です。】(藤場俊基『親鸞の教行信証を読み解く?』53~54ページより)

 何を書いてるねん。っちゅうか、何を引用して打ち込んどるねん。恐るべき無添加ワイン。無添加ワインは危険なので、ここは発泡酒に変更しよう。
 
 う~ん。。。炭酸が喉にエエ刺激である。
 
 しゃて、ウチの狭い部屋には『旅行の荷物が全く入っていない旅行カバン』と、『引っ越し用品が全く入っていないダンボール』がある。旅行カバンは棚の上に乗っけたので邪魔ではないのだが、ダンボール、邪魔。
 「この役立たず!何をこんな所に居座っとるねん!」
 なんだが、引っ越し時には大活躍してくれるはずである。それにも関わらず、今は邪魔で、邪魔でしゃーない。

『私はあなた方を決して軽蔑しない。何故ならあなた方はいずれ仏に成られる御方だから』(by常不軽菩薩)

 縁ある他者。
 私を決して見捨てなかった恩師たち。

 『役に立つ』『役に立たない』もエゴ、エゴ。
 んが、それ以前に「引っ越しの為に必要やし」っちゅう事で貰って来たダンボールを邪魔者扱いする根性は我ながら凄いのぉ。。。

 都合によって判断する。
 都合が良けりゃ必要とし、都合が悪けりゃ排除する。
 「このゴミが!」っと。

 都合の良い『僧侶』
 「ああ、あの坊さんはウチ等の話も聞いて呉れるし、ホンマにエエ坊さんやで」

 都合の悪い『僧侶』
 「なんやねん、あの坊さん。自分の意見ばっかり言って、ちっとも私等の云う事に耳を傾けてくれへんやんけ」

 都合の良い『僧侶』
 「あの坊さんは、しっかりと修行してはって、ホンマに立派でエエ坊さんやで」
 
 都合の悪い『僧侶』
 「なんやねん、あの坊さん。修行もせんと酒ばっかり飲んで、酒臭い息で読経しやがって。ホンマ、ロクでもない坊さんやで」

 と云う事で、都合の悪い坊さんの私にも関わらず、当然の事、修行が足らん、っちゅうか、念仏もロクにせずに今晩も酒を飲みつつブログを書きつつにも関わらず、自分のやっている事を省みる事もなく、「てい!なんじゃい、このダンボールわ」と不平不満だらけ。

 ♪何から何まで君がわかっていてくれる
  僕の事すべてわかっていてくれる
  離れ離れになんかなれないさ
 (RCサクセション『君が僕を知ってる』より)

 と、今日もひつこくRCの名曲。

 【仏から信ぜられている-絶対に-何もかも承知の上で信ぜられている。】(曽我量深)

東本願寺の至宝展

2009年05月07日 | 坊主の家計簿
 東本願寺の至宝展へ。
 http://higashihonganji.jp/topics/shiho1.html

 え~。。。幕末の東本願寺に東照宮があったとは知らなかった。。。
 http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200903180079.html
 
 それだけでも十分見に行く価値あり。
 んが、結局入り口付近に展示してあった坂東本の復刻版をしげしげと眺める。一周した後にもう一度見に行く。う~。。。やっぱし買っときゃ良かったかなぁ。。。っちゅうか、そんな金があるねんやったら先に仕事の為の軽自動車を買わんとアカンのだが、うぅぅぅぅ。。。
 
 帰りに(?)焼き鳥屋でビールを飲む。生中4杯でベロンベロン。
 んが、タンガクラブに余り物を押しつけ、失敬、プレゼントしに行く予定だったので、タンガクラブへ。
 体調が悪い時のイヤな酔い方で、体がむくむ、むくむ。

マリッジブルーがやって来た。

2009年05月06日 | 坊主の家計簿
 今日もよく寝る。そのまま一日中寝たい気分だったのだが、給料を取りに行かんとアカンかったので重い体を自転車に乗っけて取りに行く。
 その勢いで部屋の片付けを始める。んが、基本『しんどい』ので少々。イマイチ気合が入らん。まあ、当り前、っちゅうたら当り前なんだが。

 引っ越しは手慣れたもの。え~。。。10数回は引っ越ししているはず。なので、まあ、期日までになんとかなるやろ。

 給料を取りに寺に行く。たった一日だけ寺がある村に行かなかっただけなんだが、みょうに懐かしく感じる。
 一カ所にこれだけ長く定住したのは実家がある街以来だし。

 さて、私はマリッジブルーである。いや、昨晩、御近所温泉の湯船に足をつけてボケーっとしてる時に気づいたのだった。なんせ私は新婚ホヤホヤなんだが、1日たりとも新婚生活を過ごしていない、っちゅう新婚早々単身赴任状態である。かつ、結婚式前は仏前結婚式に燃え、結婚式後も内祝や、新婚旅行準備や、大法要なんぞがあり、バタバタしまくりだった。当然、今もバタバタする事が多々あるのだが、『仕事』という現金収入を得る大切な事がひとまず『お休み』状態であり、気分的に楽になったのだろう、マリッジブルーがやって来た。

 私は向こうの寺に行く=住職になる。なんせ今月末には住職になっているはずである。一緒に帯同して頂く人が緊急入院したのでどうなるかは解らないが、まあ、今月は無理でもしばらくすれば住職である。
 
 故・竹中先生から学生時代に院長室に呼びつけられた事があった。「君の発言を聞いているとどうやら教団改革に関心があるみたいですが、だったら住職になりなさい」と。
 そういう面では、つまり『教団』という面では住職になり、住職としての苦労をする価値はある。
 んが、今度行く寺は生活がキツキツなので、速攻仕事を作らんと話にならん。バイトしながらであっても、仕事を作って行かんと話にならん。

 私のガキは女の子らしい。寺を継ぐ、継がないは別にして、寺で生まれ育った女が男と同じような感じで寺を継げるような教団&寺での状況は作りたい。それには住職にならんと話にならん事もある。

 とは云え、『生活して行く』のが先決であり、当然この『生活』の中には『飲みに行く』『本を買う』『研修に行く』なんぞの金のかかる事も含まれるわけであって、金がいる。今の契約(?)ではそれ等は私の貯金から切り崩して行くしかないわけだし。
 そこで、諸々の仕事を考えたりしているわけなんだが、新しく考えつつある企画は、結構『寺の住職』というのが邪魔になったりもする。当然、『寺の住職』っちゅうのをいかしての企画もあるのだろうが、『邪魔になる』という辺りの発想方法に気づいた時に、「あ、マリッジブルーや」なんぞと感じる。

 まあ、最早結婚してしまった事実があり、『仏前結婚式』で誓った事実があり、逃げる事はないのだが、「ふ~」と出来た今になって出て来た『マリッジブルー』っちゅうのんを感じつつ、現実を事実として引き受ける事を拒否する『煩悩』っちゅうのをまたまた体感する。

 『業を尽くす』
 御近所に原子力発電所が作る計画がありました。その時に
  1 仕方がないと諦める
  2 危ないので引っ越しする
  3 その場で闘う
 まあ、どれでもエエのではないかと考える。『その時次第』だろうし。
 でも、私は『3 その場で闘う』人達を「おお、カッチョエエやんけ。。。」と云うタイプなので3かな?まあ、その場、その時になってみんと解らんし。諦めたり、引っ越ししたりする人だって、様々な人生を歩んで来られ、その人生の中で選択しただけの話なんだし、批判はするかも知れないが、差別したり、見下したりは出来ん。同じ人間なんだし。

 マリッジブルーで結婚を辞めた方も多く居ているらしい。
 そのマリッジブルーが私にもやって来た。
 「マリッジブルーで結婚を辞めるなんて根性がない」「マリッジブルーのままで結婚を辞めないのは根性がない」
 「マリッジブルーで結婚を辞めるなんて失礼だ」「マリッジブルーのままで結婚するのは失礼だ」
 理屈でなら、なんとでもなるし、誰しもが強く、自分が決めた事を保てるわけもない。それぞれなんだ。
 それぞれの人生を、それぞれに歩んでおられるだけなんだ。

 強者の論理で弱者を裁く。
 『弱者の論理で強者を裁く』のも強者である。
 人を裁くのは強者でしかない。
 「弱い人の気持ちを何故解ってあげないの?」も強者の論理である。『感受性の欠落』とか『人間性の欠落』とか言いまんがな。誰にそんな資格があるねん。

 『イメージ』=『幻想』
 事実として、そういう方が居られる。そういう私でしかない。
 私にマリッジブルーがやって来るとは、私自身非常に驚いている。でも、それが事実。
 「マリッジブルーなんて、根性の座ってないヤツの戯言やで」なら、私が真っ先にそこに当てはまるようになった。

 「これで私もマリッジブルーを感じる人達の気持ちが解るようになれた」と、また裁く。
 出会った事、体験した事、経験した事、感じた事。なんでもエエから道具にして過去・未来・現在の自他を裁く。

 まあ、んなもんやな。それが私なんだろう。

 ♪何から何まで君がわかっていてくれる
  僕の事すべてわかっていてくれる
  離れ離れになんかなれないさ
 (RCサクセション『君が僕を知ってる』より)

 南無阿弥陀仏、っちゅうヤツでっせ。

  

睡魔が。。。

2009年05月05日 | 坊主の家計簿
 全身筋肉痛。。。
 給料を取りに行かんとアカンかったのだが、昼前に起きて、メシ喰って、また寝る。
 夕方に「すいません。。。今日、取りに行けません。。。」と電話して、またまたボケーっとして、とりあえず筋肉痛をなんとかせんとアカンので、やっと出て来た気力をしぼって御近所温泉に。
 マッサージ機三昧。なんだが、まだ筋肉痛が取れてない。肩がパンパンだったのはなんとかなったんだが。。。

 帰りに焼肉喰って、酒飲んで、またまた睡魔がやって来る。
 当然、睡魔にまかせて寝る。

最終日

2009年05月04日 | 坊主の家計簿
 大法要最終日&今居る寺での最終日。

 昼の休憩時に境内でタバコを吸ってたら同じ組内(地域)の住職さん達から「○○君、名前なんて変わってん」と声をかけられる。又、「どこの寺に入るねん」とも。説明して、「お世話に成りました」と挨拶したら、『おいおい』みたいな感じで「これからも同じ教区やんけ」と。
 確かにそりゃそうであり、これからの方が付き合いも長いし、付き合いも濃くなるのだろうし。その筆頭がうちの住職であったりもするのだが。

 大法要終了。毎日20人ぐらいの僧侶が来て、毎日30人ぐらいの手伝いの門徒さんが居て、一座平均百数十人の参拝の人が来る大法要。3日間。合計6座。
 三百数十年こういう『講』を毎年続けて来たらしい。私が観光客でも行きたくなる様な『講』。大法要。

 仕切り役は住職ではなく、他の寺の住職さん。『年番』というらしい。18年に一度の大役らしい。歳が歳なので「今回が最後です」と仰ってはった。
 私は初参加。参拝に行った事はあるけど、スタッフとしては初参加。年番さんの指示に従いつつ動いていたのだが、年番さんの期待に答えれたかどうかは解らんが、でも、疲れた。
 心地よい疲れ。旅行や、修練(研修)に参加した後の様な、心地よい疲れ。
 それでも、『ド』疲れだったので、帰宅して、御近所温泉に行く気力も体力もなく、部屋でボケーとして、寝る。

大法要中日

2009年05月03日 | 坊主の家計簿
 「○○、結婚おめでとう!」
 と、変わらず私の事を新しい姓で呼んでくれない。。。っちゅうか、自分でも旧姓でしか自己紹介してないし。単に戸籍上の名前が変わっただけであり、そのうちに新しい姓にじょじょに変更して行くのかも知れんが、当然、私が率先してんな事をするわけがなく、まあ、公式の場面では新しい姓を名乗って行くしかないのだろうが、プライベートでは知ったこっちゃねえし。

 っちゅう事で大法要中日。
 朝から夜遅く(ちなみに昨夜0時30分過ぎ。今日は1時過ぎ)まで、結構、忙しい。一応、明日で仕事が終わりなので『あ~やれやれ』と落ち着けるからエエもんの、明後日も仕事がビッシリ詰まってたら「う~。。。吐いてエエ?」みたいな感じである。

 あ、ちなみに最初の言葉は久々に会った先輩達に云われた言葉。

 しゃて、大法要。
 節談説法を聞きつつ、懇親会(今日は大宴会)なんぞで会話しつつ、改めて藤場先生と、菱木先生の偉大さを感じたりしたりする。
 菱木先生の新著『ただ念仏して』って、やっぱしすんごいと思ったりするのだが。別に珍しい事を書いているわけではない。それこそ、今回の御使僧さんが語られるような「念仏申せ」でしかない。

 芸風、と言っては失礼なんだろうが、菱木だって菱木節がある。あの早口でまくしたてる法話が合う人も居れば、節談説法が合う人も居る。それだけの話。

 私は『話芸』ではソウルは伝わらないと思う。
 理由?んなもんは単純な話で、私がパンクスだからだ(笑)
 『芸』は、テクニックであり、んなもんはヘビメタとかクラシックに任せとけばエエ。ヘビメタとかクラシックに相性の合う人も居れば、そうでない私みたいなヤツもいる。
 私にとっては全く信じられない話なんだが、長渕剛に感動する人もいる。私にとっては嘘つきにしか聞こえないのだが、それは私の感性でしかなく、私の感性が正しいわけではない。ただ、私がそう『思う』だけの話である。

 私の『思い』を全てに当てはめるのは、んなもんは「俺のもんは俺のもん。お前のもんも俺のもん」っちゅうジャイアンみたいなもんである。
 他人は、他人や、っちゅうねん。

大法要初日

2009年05月02日 | 坊主の家計簿
 忌野清志郎が死んだ。。。
 いや、帰宅してパソコン開けてビックリしたんだが、死んだらしい。まあ、人間の死亡率は100%なのでシャーナイのだが、そうか、清志郎が死んだらしい。

 今日の大法要の御使僧さんは『節談説法』っちゅうのの使い手。琵琶も引きならしながらの伝統芸能。
 当然、それはそれで『あり』であり、芸能としても、説法としても楽しめた(?)のだが、私は基本パンクスなのだ。

 とはいえ、個人的に伝統芸能はキライではない。
 沖縄(琉球)民謡は、アレ自体が解放運動なのだ。民族解放運動が、沖縄(琉球)民謡だったりする。
 節談説法も同じく、『近代』っちゅう名目で捨て去られた。

 昔の議論で「ロックは日本語で歌うべきか、英語で歌うべきか」みたいなもんがあったらしい。んなもんは『どっちでもええ』っちゅうヤツである。

 清志郎、っちゅうか、まあ、RCなんだが、日本語でキレイなロックやったなぁ。。。

 御経は漢文で読むか、日本語で読むか。
 法話は伝統芸能でするか、感話みたくするか。
 まあ、どっちでもエエ。

 節談説法も音楽的だったけど、一度しか聞いた事がないけど、梶原敬一っちゅう先生の法話も音楽的だった。ひたすら、単に喋っているだけ。非常にたんたんと喋っているだけ。笑いもなく、たんたんと喋っているだけ。内容も憶えていない。ただ、あれはソウルミュージックやったな。間違いなく。

 RCで一番好きな曲は、やっぱし、『君が僕を知ってる』やな。オモクソ、真宗門徒らしくてイヤになるのだが、まあ、好きなもんはしゃーない。


 

大法要前夜

2009年05月01日 | 坊主の家計簿
 御参り終了!のはずだと思うのだが、実際の所よう解らん。
 とは云え、『とりあえず』の気分的には今居る寺での御参りは終了である。
 「ふ~。。。」なんだが、残念(?)な事に明日から大法要である。
 なんせ大法要である。夕方に寺に行くと親しい先輩が来てて「あれ?何しに来はったんですか?」っちゅう感じなんだが、『組長』らしい。組長としてチェックしに来はったらしい。組長がチェックしに来るくらいの大法要である。
 
 打ち合わせ後に本山御差向の御使僧と住職と3人でメシ喰いに行く。2人は飲めないので私だけ酒を飲む。
 初対面の御使僧さん。っちゅうても年齢も近いし心安い。なんだが、話の途中とかでタマに『南無阿弥陀仏』と念仏申しはる。
 こういう人間に出会ったのは2人目。1人は今は御近所でもある10歳ぐらい年下の本願寺派の坊主。外見も多少似てたせいか、イメージがダブル。
 そして2人とも、絵解き説法であるとか、いわゆる『土の人』。どれだけ勉強してはっても『土の人』。
 とにかく『南無阿弥陀仏』と念仏申す人。念仏申す『場』だけで念仏申す私とは違う。それこそ、いつでも、どこでも、なんだろう。声に出して『南無阿弥陀仏』と念仏申す人。

 「皆さん、今から私と一緒にバカになって南無阿弥陀仏と念仏を10遍申して下さい。」
 やったっけな?そんな言葉を信国先生が云われた事があったと記憶している。

 御近所の10歳年下の本願寺派坊主から、それこそ10数年前に怒られた事がある。タマタマ用事があったので私が彼の携帯電話に電話したら、彼は『蓮如上人御影道中』っちゅうのに参加中だった。
 「何してるねん?」って聞いたら、彼は「これが念仏ですよ」と云った。
 思い出した。確か、運動系の会を作る為に電話したと思う。社会運動系の会。

 まあ、どっちでもエエと思う。
 んが、今日の御使僧さんが、それこそ居酒屋で、あるいは夜道で、本堂だけでなく、名号の前だけでなく、どんな所でも念仏申す姿は私にはない。
 私にはない、そういう御使僧さんの念仏を聞きながら、本当に「こういう人が居て良かった」と思う。
 きっと、御使僧さんも、本願寺派の彼と同じく、全国の色々な所で念仏申す人達と出会って来られたんだな、と思う。

 熊本に真宗寺という寺がある。丸山照雄という極左(?)が褒めちぎるような寺なんだが、この寺もとにかく念仏の寺。
 たまたま遊びに行った時が法要の時であって、講師の先生が「私と一緒に念仏申して下さい」と云った。私は念仏申さなかった。理由?単純である。エリート意識の差別意識である。
 まあ、『指示されるのがイヤ』っちゅうのもあったが、それも今思うと念仏の私物化である。『南無阿弥陀仏』と念仏申す事を私物化して、「この人達と一緒に念仏申すのはイヤ」っちゅう事であった。

 そんな事を、数百年続いて来た大法要前夜に思う。