エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

曼珠沙華

2013年09月12日 | ポエム
彼岸花である。
この花は、美しいけれど毒性を持っているのだ。
料理人は、いくら綺麗だと思っても触れてはいけない、とある。

従って、もぐら対策で畦道に植えたのである。
墓地に植えたのも、その伝であろう。

間もなく、曼珠沙華の咲く季節である。
今年の彼岸は、である。
暑さ寒さも彼岸まで!!
昔人は、物事を見事に言い当てている。

今年、初めて咲いた曼珠沙華と蕾を見た。
赤色が眩しかった。







「曼珠沙華やがて咲けると君の云う」







今年は、巾着田に行こう。
満開の曼珠沙華は、かつて逝った父母や兄、叔父や叔母。
何より、ぼくを愛してくれたおばあちゃんと会える気がするのだ。

おばあちゃんは、母の闘病中に中高の6年間、ぼくの弁当を作ってくれた。
いま自分がその歳になって、おばあちゃんのありがたさがしみじみと分かる。
おばあちゃん、名前は「かめよ」戸籍上は「かめ」。
三人の男子と六人の女子を産み育てた。

三人の男子は、ことごとく大戦で喪った。
だがしかし、健気に戦中戦後を生きた。
ぼくが東京に出る日、生け垣越しに別れを告げた。

家を継いだのは、五女だったぼくの母だった。

前々年、母が薬石効なく彼岸の川を渡り、父が再婚した。
ぼくは、父の後妻を認められず家を出ていた。
その時代、既に大学を終えていたけれど東京に向かったのであった。

今年の彼岸の入りは9月20日。
明けは26日である。
因みに15夜は19日。
秋分の日は23日である。

彼岸花は哀しい記憶の片隅に仕舞っているのだけれど、この季節には思い出されてならないのである。
今日は皆さんにとってどうでもよい、ぼくの思いで語りになってしまった。
我慢して読んで頂いてありがとう!




        荒 野人