九月の句会が終わった。
十月の句会に向けて精進が始まるのである。
ぼくは、主宰の予選を通過したけれど本選に進めなかった。
残念!
しかしながら、句会では一句が天賞を頂き、全句が選ばれた。
これは嬉しい。
主宰の天賞は「梗香さん」。
流石である。
さて、今回の句会のメルクマールはと言えば・・・。
長期療養中の千里さんへ、全員で激励色紙を書くことであった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/79/a7f6742e1c0b77d5488e4039778112c8.jpg)
ぼくは、野仏に手を合わせる気持で色紙を用意し、サインペンを用意して句会に臨んだ。
全員が、一筆書き、加えて句を用意して下さった方も多かった。
俳句を詠む者としては、やはり句が極上である。
主宰は、別途色紙を用意して下さる。
これも嬉しい事だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/4b/280feca787174575cfbb7bcea3aea4ea.jpg)
「山の辺の千里彩る思草」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/21/fda96b0508cd43972f5d07380ea3c4ec.jpg)
これは「思草」である。
単体では花が開かない。
草叢や芒などの植物から色素などを頂いて花開く。
みんなの協力が無ければ咲かない花なのである。
因みに、花ことばは「思い」「物思う」とある。
千里さんも、深く現在を思って句を詠んでほしい、そう思ってこの花を詠んだのである。
思い草は、別名「ナンバンギセル」。
花の姿を、南蛮人の使っていたキセルに喩えた名前だが、万葉集には「オモイグサ(思草)」の名で登場する。
秋の季語である。
この季語を選んだのが当たっているかどうかは、分からない。
だがしかし、句友が療養を経て、早く復帰して欲しい気持ちは誰よりもある。
俳句とは「座の文学」であるからだ。
荒 野人
十月の句会に向けて精進が始まるのである。
ぼくは、主宰の予選を通過したけれど本選に進めなかった。
残念!
しかしながら、句会では一句が天賞を頂き、全句が選ばれた。
これは嬉しい。
主宰の天賞は「梗香さん」。
流石である。
さて、今回の句会のメルクマールはと言えば・・・。
長期療養中の千里さんへ、全員で激励色紙を書くことであった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/79/a7f6742e1c0b77d5488e4039778112c8.jpg)
ぼくは、野仏に手を合わせる気持で色紙を用意し、サインペンを用意して句会に臨んだ。
全員が、一筆書き、加えて句を用意して下さった方も多かった。
俳句を詠む者としては、やはり句が極上である。
主宰は、別途色紙を用意して下さる。
これも嬉しい事だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/4b/280feca787174575cfbb7bcea3aea4ea.jpg)
「山の辺の千里彩る思草」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/21/fda96b0508cd43972f5d07380ea3c4ec.jpg)
これは「思草」である。
単体では花が開かない。
草叢や芒などの植物から色素などを頂いて花開く。
みんなの協力が無ければ咲かない花なのである。
因みに、花ことばは「思い」「物思う」とある。
千里さんも、深く現在を思って句を詠んでほしい、そう思ってこの花を詠んだのである。
思い草は、別名「ナンバンギセル」。
花の姿を、南蛮人の使っていたキセルに喩えた名前だが、万葉集には「オモイグサ(思草)」の名で登場する。
秋の季語である。
この季語を選んだのが当たっているかどうかは、分からない。
だがしかし、句友が療養を経て、早く復帰して欲しい気持ちは誰よりもある。
俳句とは「座の文学」であるからだ。
荒 野人