英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

ある渡辺ファンによる「羽生名人と渡辺棋王の比較」

2015-12-01 16:59:03 | 将棋
 先日、「第65期 王将戦挑戦者決定リーグ ~最強リーグ戦、残念な日程~」において、九鬼さんから力の入ったコメントを頂きました。
 あまりの力作なので、コメント欄に埋もれさせておくのはもったいないと、ご紹介させていただきます。
 ついでに、私の考察も書き加えます。

【以下、九鬼さんのコメントです】(全文は上記記事のコメント欄をお読みください)

今年度の両者の比較
(1)両者共に早指し棋戦で決勝進出前に敗退している。そのことと関係するが、両者とも、中盤から終盤にかけての捻じりあいで他を圧倒するケースが減ってしまっている印象を受ける。その点で昨年度までとかなり異なる印象を受ける。

(2)羽生名人はそうした中でも名人防衛を果たし、その後も有力な若手の挑戦を次々と退けて、四冠を堅持している。そうして王将リーグもプレーオフに絡むところまで来ている。(その後、最終戦に勝ち、プレーオフに進出している)

(3)渡辺明も、今年に入って(昨年度末に)羽生名人を退けて棋王防衛を果たしているし、今年度は竜王戦で挑戦権を獲得して、番勝負をかなり優位に進めている。ただし、年初時点で二冠だったのが、3月に王将を失冠し、さらに今年度の王将リーグでも星を悪くして、すでに陥落が決まっている。また、この間、他棋戦で挑戦者に名乗りを上げることが出来ていない。

(4)今年の両者が一番違っているのは、今年一気にブレイクした感のある佐藤天彦八段とのめぐり合わせと、対局結果かもしれない。
 羽生名人は銀河戦で佐藤八段に敗れたものの、王座戦では絶好調の佐藤八段を挑戦を退けた。その他の棋戦では(軒並み冠位保持者であることもあって)佐藤八段と当たっていない。
 渡辺明は、王座戦と順位戦、いずれも波に乗りかけたところで佐藤八段に当たり、痛い敗戦を喫している。昨年度末(今年2月26日)には棋聖戦(本戦1回戦)でも佐藤八段に敗れている。渡辺明は今年度、しきりに若手台頭を気にする発言をしているが、一番気にしているのはやはり佐藤天彦八段の勢いだろう。ひょっとすると、棋聖戦と王座戦で佐藤八段に立て続けに敗れたことが、その他の棋戦の戦い方(特に若手との戦い方)にも微妙な影響を与えているかもしれない。

ここまでの考察のまとめ
 羽生名人も渡辺棋王も今年度は絶好調ではなく、むしろ両者とも『不調』に近いのかもしれないが、今年度の成績には表面的にかなり開きが生じている(王将リーグの星取にそれが象徴的に表れている)。
 けれども、もう一歩踏み込んで考えてみると、両者の差は意外と小さいのかもしれない。両者の差を実際以上に大きく見せているのは、佐藤天彦八段とのめぐり合わせなのかもしれない。

羽生渡辺戦(王将リーグ最終局)の考察
 羽生名人にとっては王将挑決プレーオフ進出をかけた戦いですが、既にリーグ陥落が決まっている渡辺明にとってはほぼ完全な消化試合、しかも竜王戦番勝負の最中で、できれば手の内は隠したい状況と思われます。
 それならば、「米長哲学」の否定者である渡辺明は、この対局に本気で挑まないのでしょうか? そうかもしれません。しかし、そうでないのかもしれない、いや私はそうでない気がしています。

 その理由は、渡辺明にとっての羽生善治は特別な存在であり、渡辺将棋の全体が「羽生善治に如何に勝つか」をテーマとして形作られてきたもの、少なくともそうした性格を色濃く有しているもの、だからです。渡辺明自身、ところどころで、「羽生さんと5割に戦えれば、他の結果も自然とついてくる」という趣旨の発言をしています(引用省略すいません)。
 私は渡辺ファンであるにもかかわらず、この手の発言にはちょっと複雑な感情を抱いているのですが、それはともかく、王将リーグ最終局に関する限り、このところ調子を崩しがちなだけに、かえって渡辺棋王にとって羽生名人との対局が重要になるのではないか、また本人もそのように認識しているのはないか、何となくそんな気がしています。王将リーグの日程、英さんがご指摘の意味では確かに「残念」なのですが、それでも羽生渡辺戦がこのタイミングに来たのに、改めて何か因縁めいたものを感じた次第です。
【引用 ここまで】

 このまま記事を終えても良いほど、詳細で鋭い考察です。
 でも、九鬼さんの熱い気持ちには応えねばなりません。
 上記の九鬼さんの考察は、ほとんど納得のいくもので、反論する意思は全くありません。違う見解の部分は、並列して存在する解釈だとお考えください。


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 まず、ここ一年の両者の成績についてですが、九鬼さんの考察順とは異なり羽生名人、渡辺棋王の順で考察します。それと、本来は年度単位で考えるところですが、今日で11月も終わり、2015年もあとひと月だけとなったので、今年の1月からを考察範囲とします。

羽生名人
 タイトル戦関連では、棋王位挑戦失敗(0勝3敗、対渡辺)、名人位防衛(4勝1敗、対行方)、棋聖位防衛(3勝1敗、対豊島)、王位防衛(4勝1敗、対広瀬)、王座防衛(3勝2敗、対佐藤天)、竜王挑戦トーナメント準決勝敗退(対永瀬)、棋王位トーナメント準々決勝敗退(対阿部健)、王将リーグプレーオフ進出(5勝1敗)。

 棋王位挑戦に関しては、前年が敗者戦決勝で永瀬六段に敗れて挑戦権を得ていないので比較できないが、0勝3敗で敗れてしまったことは、印象としては悪い。
 名人、棋聖、王位、王座と連続防衛は昨年と同等、棋王トーナメントはややダウン(昨年は敗者戦決勝敗退)だが、王将リーグのプレーオフ進出は昨年と同じ。
 まあ、タイトル戦関連では昨年とほぼ同等と考えてよいだろう。

 一般棋戦は、朝日杯優勝(年度としては前年度)、銀河戦本戦ブロック決勝敗退(初戦敗退)、NHK2回戦敗退(初戦敗退)、日本シリーズ2回戦敗退(初戦敗退)。一般棋戦は今年度に限ると、なんと0勝3敗と未勝利。
 ちなみに昨年は、朝日杯優勝、銀河戦決勝トーナメント準決勝敗退、NHK杯3回戦敗退、日本シリーズ準優勝と上々の成績。昨年も4月以降の3棋戦では6勝3敗とやや物足りないが、今年は未勝利、後退感が著しい。

 九鬼さんも指摘しているが、早指し棋戦(上記3棋戦)が振るわない。このことは、読みの反射神経については落ちている(不調)ではないかという可能性が考えられる。
 ただ、NHK杯の北浜戦の将棋は、精密な指し手を積み重ねておきながら、最後の最後で着地を失敗したのであって、北浜八段の快勝譜ではないことを、声を大にして言いたい。確かに北浜八段の攻めを凌いでいる局面が続いたが、きっちり余しての一手勝ちの局勢だった。屋敷九段のどっちつかずの解説(形勢判断を明示しなかった)もあり、専門誌においても「北浜八段の会心譜」のような表現があったのは残念である。
 それより気になったのは、王座戦第2局、第3局での完敗(惨敗)など、良いところなく敗れてしまう将棋が増えてきたこと
 しかし、強力メンバーに対して4連続防衛し、勝局(他の棋戦を含む)の内容は素晴らしいので、“取りこぼし”の範囲で、“やや不調かも”ぐらいが妥当であろう。

 そもそも、羽生名人の“例年並み”というハードルが高すぎるのである。11月現在の今年度(“今年の”ではない)の成績が22勝11敗、勝率.667は通算勝率.721の羽生名人にとっては、“不振”レベルだが、トップ棋士(特にタイトル挑戦者は最強レベル、また王将リーグもA級+竜王)を相手にこの成績を誰が挙げられるのだろうか?……佐藤天八段がいるなあ。
 とにかく、「4連続防衛+王将リーグ5勝1敗でプレーオフ進出」で不調と言われるのは、酷である。


渡辺棋王
 タイトル戦関連では、棋王位防衛(3勝0敗、対羽生)、王将位失冠(3勝4敗)、順位戦プレーオフ2回戦敗退(昨年=前々期は3位)、棋聖戦本戦1回戦敗退(対佐藤天、昨年=前々期も1回戦敗退)、王座戦本戦準決勝敗退(対佐藤天、昨年は本戦1回戦敗退)、王位戦リーグは前年の予選3回戦敗退で不参加(昨年のリーグは3勝2敗で陥落)、来期のリーグ入り予選3回戦勝利(昨年は予選3回戦敗退)、竜王位挑戦中(1組から2組に陥落)、王将リーグ1勝5敗(王将位在位中)、今期順位戦3勝2敗(2敗は佐藤天、森内によるもの。昨年は3連敗後2連勝の2勝3敗)。
 王将位失冠でタイトルは棋王のみとなったが、竜王位挑戦権を獲得し、現在3勝1敗で復位まで1勝となっており、復位を果たせば王将戦主催者には申し訳ないが、お釣りがくる状況。
 棋聖、王座、王位をひとまとめに考えると、出入りはあるがプラスマイナスゼロ。王将リーグの1勝5敗で陥落はマイナス材料。
 総合すると、王将リーグの分だけマイナス(イメージはかなり悪い)だが、竜王位を奪取すれば、プラスに転じる。

 一般棋戦は、朝日杯準優勝(年度としては前年度、その前の年も準優勝)、銀河戦決勝トーナメント1回戦敗退(昨年は準優勝)、NHK2回戦敗退(初戦敗退、昨年も同様)、日本シリーズ準決勝敗退(昨年は優勝)。
 今年度の3棋戦に関しては、羽生名人ほど顕著ではないが、かなりの退潮傾向。

 以上までを考えると、渡辺棋王も「やや不調」と言えよう。
 しかし、新年度に入って15勝4敗と好調だった渡辺棋王が、九月下旬から王将戦で3敗、順位戦、日本シリーズ、竜王戦第1局、順位戦、NHK杯で敗局が続き、自己ワーストの7連敗を記録。王将リーグも1勝5敗と陥落。ここら辺りは、“はっきり不調”と言っていいように思う。
 NHK杯の対局日は不明であるが、7連敗について分析してみると、王将リーグの糸谷戦は手の内を明かしたくないという意識があったと考えられる。その次の深浦戦(王将リーグ)も若干の同様な意識あったかもしれない。三浦戦(日本シリーズ)は公開対局の早指し将棋なので、指運がなかっただけと言える。竜王戦第1局は、糸谷竜王の指し回しに幻惑され、負けが続いたところで、順位戦の佐藤天戦を迎えた。この将棋、逆転負けを喫してしまったが、直前の連敗、佐藤天戦の連敗、竜王戦の最中、順位戦との相性の悪さなど、マイナス要素の多さが関係していたように思う。
 その後4勝3敗と復調してきているが、そのうちの3勝が対糸谷戦(竜王戦)ということ、さらに、連敗脱出後の敗局の内容も悪いことを考慮すると、復調説の信用度も割り引きたくなる。
 ただ、竜王戦での勝ち方は、乱調気味の糸谷竜王であると言え、あの竜王を完封勝ちしてしまうのは渡辺棋王しかいないのではないだろうか?


対佐藤天彦八段
 今期30勝10敗、勝率.750。対戦相手のほとんどがA級棋士、元A級棋士(しかも長期A級在籍者が多い)、若手強豪。
 A級順位戦5連勝と独走状態、王座戦挑戦、棋聖戦本戦決勝進出、棋王戦本戦準決勝進出、銀河線準優勝と、まさに“勝ちまくり”状態の佐藤天八段


渡辺棋王
 その佐藤天八段に、棋聖戦本戦1回戦で敗れ、王座戦本戦準決勝で敗れてしまった。
 この時期、既に勝ちまくっていた佐藤天八段であるが、まだ“勢いで勝っている”という評価であり、渡辺棋王も「あれ?」という感じでやられてしまったという感じではなかったか?
 とにかく、九鬼さんの仰るように佐藤天八段に活躍の場を刈り取られ、渡辺棋王が好調だった流れに乗り切れなかった要因だったと考えられる

 そして、互いに3連勝で迎えたA級順位戦4回戦。
 角換わり腰かけ銀で、後手番の渡辺棋王が桂銀交換の駒損を敢行し、先攻、主導権を握る。終盤、緩急をつけた指し回しで優勢になる(勝勢に近かった)。「佐藤玉を上から抑える△8四桂」or「下から追う△6九角成」……≪どちらを指しても良さそう≫と、安易に上から抑えたが、玉を引いてその押さえに打った桂の勢力から遠ざかられてみると、意外に決め手がなく、混戦に。
 逆転負けを喫した渡辺棋王のダメージは相当のモノだったはずだ。
 ただ、心に隙が生じた敗局で、力負けしたわけではない点が救いとも思える


 参考記事はこちら(二者択一の局面は、この記事の第7図より△7七歩成▲同玉と進んだ局面)


羽生名人
 羽生名人も佐藤天八段には、王座戦で苦しめられた。
 しかし、タイトル戦というじっくりした環境で、作戦的や精神的な備えもできた点が大きかったと考えられる。
 佐藤天八段が、このまま名人挑戦権を獲得したら、名人戦七番勝負が楽しみでもあり、脅威でもある。


渡辺棋王にとっての羽生名人
 九鬼さんのコメントそのままでいいように思います。
『渡辺明にとっての羽生善治は特別な存在であり、渡辺将棋の全体が「羽生善治に如何に勝つか」をテーマとして形作られてきたもの、少なくともそうした性格を色濃く有しているもの』

 羽生ファンの私が言うのもなんですが、現代棋士すべてが、≪羽生名人に自分の将棋を全力でぶつけてみたい≫はずである。
 ≪強者と将棋を指したい≫というのは、棋士の本能である。

 また、渡辺棋王は≪羽生名人の独走を許してはいけない≫という使命感に似たものを持っており、如何に消化試合で竜王戦七番勝負の最中とは言え、全力を尽くさないはずはないのである。まあ、多少、戦法の選択はすると思われるが。
 それに、羽生名人の大事な一局に勝てば、自分の信用度もアップするはずと思いそうだ。



渡辺棋王が竜王位を獲得し、来年、羽生名人が挑戦権を獲得し、渡辺竜王と竜王位を争うのが、今から楽しみである。
コメント (2)
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