"四季折々 この一枚″

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忙しかった9月も去り、「秋」本番へ

2015年09月30日 15時50分36秒 | 日記

10月を前に、関西地方はおもわぬ暑さになりました。

9月28日(月)は、朝から尼崎市東難波町(なにわちょう)にオープンしたばかりの
兵庫県立尼崎総合医療センターへ出かけました。

これは自宅近くの皮膚科医ので紹介で、「アテローム(粉瘤)」というコブ状のものを
とってもらうために訪れたものです。

7月1日にオープンしたばかりの新しい病院は、建物は立派でしたが、
館内は、初診受付から大混雑。

たどり着いた担当医は、「紹介状はもらったが、しばらくは、
そのままで様子を見ましょう」と、治療はなし。

新しい診察券をつくりに出かけたようなもので
病院の混雑ばかりが気になりました。

病院の玄関前には、あの、村山 実投手の像が飾られていました。

そして、29日(火)は、中学、高校時代から親友だった友人の葬式が
正午前から、神戸長田区の斎場でありました。

午前9時に家を出て、神戸の最寄り駅から友人の車に同乗させてもらいました。

同年齢の友人の死に、「安らかに眠ってください」と手を合わせましたが、
やはり、「人間、死んだらおしまいかなあ」、とおもいました。

そして、翌、30日(水)。

今度は、予約されていた隣の市にある病院へ、「前立腺検査の採血」に
8時過ぎに家を出ました。

PSAの数値は、10.018 で、前回の6月にくらべて「2」ほど上がっていました。

過去の経過から見ると、数値は上がったり下がったりで、従来どおりの
「経過観察」を続けることになりました。

三日前の27日(日)には、広くもない我が家の庭の植木の刈り込みに、
造園の人が来て、年に一度の手入れをしてもらいました。

これも、それなりに、我が家にとっては大騒動でした。

しかも、この4日間は、真夏をおもわせる暑さ、
ようやく、一連の行事?がすみ、ホッとしたところです。

10月の声を聞いて、体力を養いたいとおもっています。


好天のシルバーウイーク・萩の寺

2015年09月23日 16時25分37秒 | つぶやき

「シルバーウイーク」の名前までつけられて、5連休となった今年のお彼岸。

関西地方は、真夏をおもわせる暑さに高齢者の外出は、いささか、
二の足をふまざるを得ませんでした。

それでも、21日には、豊中市桜塚にある、「萩の寺・東光院」へ出かけました。

ご承知のように「萩の花」は、花が小さく、カメラ写りはよくありません。

このお寺も30年ぐらい前だったでしょうか、一度、きましたが、肝心の「萩」が、
あまり見栄えがしないので、久しぶりに立ち寄った次第。

幾つかの句碑はあるのですが、「萩の寺」と呼ぶには、いささか寂しい感じでした。

 

豊中市桜塚といえば、高級住宅地。

最近は大きな家ばかりでなく、小さな家も並んでいました。

近所で「萩の寺はどこですか」と
聞いても満足に答えられる人は数えるほどしかいませんでした。

 

入口で、萩の花のおまつりの期間だけ、「参拝料」、500円をいただいています。

と参拝料をとられましたが、いまや、「萩」の花では、
参拝者は呼べないようにおもいました。


工事進む 第2名神「川西 I C」

2015年09月19日 11時37分55秒 | 画像

このブログで、ときどき取り上げていますが、大阪の高槻から「名神」「中国道」のバイパスとして

神戸北ICへ繋がる「第2名神」のICは、工事が着々と進んでいます。

ここ、兵庫県の「川西IC]も通るたびに姿が変わっています。完成するまで生きているでしょうか。

写真は、9月18日に撮影しました。


初秋の空に「ヘリコプター」の編隊

2015年09月13日 11時52分19秒 | 画像

9月13日(日)、夜来の雨もあがったのか、日が高くなるにつれ空は晴れ、

入道雲のような積乱雲もわいてきました。

突然、聞こえてくるヘリコプターの編隊の響き。

近くの樹に止まっていた鳥が、ヘリの音に驚いて一斉に飛び立ちました。

毎年、春と秋の2回、いつも、ヘリコプターが頭上に飛来します。

そんなとき、手許にはカメラがありません。

今年こそはと、2階からカメラを取りに降り、ベランダに飛び出しました。

デジカメを空に向けても何も写りません。ファインダ-は、光の関係で真っ黒です。

さあ、何回、シャッターを切ったでしょうか。

ヘリの編隊は、3~4回は周辺をまわったようにおもいます。

最後の南下してゆくときに、ようやく、9機編隊の全貌を捉えることができました。

災害時に役立ってくれるヘリコプターです。やかましいや、うるさい、
といって忌避できません。

訓練を重ね、腕を磨いて、いざ、というときに役立てて欲しい、と願いました。

 

 

 


夏から秋へ ノウゼンカヅラの花

2015年09月12日 10時51分34秒 | 画像

      

 昨日11日、所用があって大阪の梅田まで出かけました。

         その帰途、我が家まで帰ってきたところで、お向かいさんの生垣に咲く、
                  「ノウゼンカヅラ」が夕日に映えて美しい柿色を
                        見せているのに驚きました。

  

ノウゼンカヅラは中国原産の花で、わが国に渡来したのは
平安時代といわれています。

夏から秋にかけて花を咲かせます。
漢方薬にも使われているそうです。

      

 

 

 


谷崎潤一郎の「倚松庵」を訪ねて(2)

2015年09月08日 10時34分10秒 | 紀行

谷崎が小説「細雪」の執筆をはじめたのが、1942年(昭和17年)、
56歳のときでした。

この間、1938年(昭和13年)7月5日には、この地で神戸の大水害にも遭遇しています。

 

 

  

神戸に「大水害」が起ったとき、私は小学校の1年生になったばかりでした。
学校から手を引かれて帰宅したことを鮮明に覚えています。

神戸の灘区岩屋に生まれ、戦後は、六甲高羽、東灘区の岡本や御影に住んだ私は、

昔の日本家屋、その佇まい、庭の緑、付近の環境などを懐かしく見ました。

 

倚松庵の150mほど南に「魚崎村」と住吉村」の境界の標識が建っています。

倚松庵も、六甲ライナーの魚崎駅付近にあったそうですが、
モノレールの建設にともなって、1990年(平成2年)、現在地に移築したそうです。

おかげで、阪神大震災にも耐えられたということでした。

 (この項、おわり)


谷崎潤一郎の「倚松庵(いしょうあん)」を訪ねて(1)

2015年09月07日 16時59分49秒 | 紀行

9月5日、谷崎潤一郎が1936年(昭和11年)から1943年(昭和18年)の7年間、

松子夫人らと住んだ神戸市東灘区住吉東町の「倚松庵」を訪ねました。

阪神電車「魚崎駅」から北へ約450m。倚松庵は住吉川の右岸にありました。

(画面は魚崎駅から北方向を見たところ。左に見えるのは「六甲ライナー・魚崎駅」です。
倚松庵はその北方向、白い橋の先、左手にあります)

現在は神戸市が管理しており、週のうち土曜、日曜日の2日間だけ見学ができます。

周辺は緑が美しく、閑静な住宅地。

住吉川も整備されて、昭和初期の大水害など起こりそうにはありません。

 

家屋は木造2階建瓦葺。1929年(昭和4年)の竣工です。

1階は洋間と和室が、それぞれ二部屋、それに台所や風呂がついています。
2階は和室が三部屋あり、作家の直筆の手紙や写真が展示されていました。

                                                          (つづく)


大阪スティションシティの夕景

2015年09月04日 14時56分12秒 | 画像

JR大阪駅のノースゲートビル入口から見た沈んでゆく夕日です。

建物の陰に落ちようとしているのが夕日。

梅田スカイビルに映っているのは、その夕日がグランフロント大阪に反射したものです。

8月27日の夕方の風景です。