きょうは比較的、暖かなクリスマスになりました。
ターミナルは買い物客で大にぎわい。
地元でも、学生たちのハンドベルに
買い物客が耳を傾けていました。
暖かい「Xマス」に、買い物客の表情も明るく、
お正月も、こんな天気であってほしいと願いました。
きょうは比較的、暖かなクリスマスになりました。
ターミナルは買い物客で大にぎわい。
地元でも、学生たちのハンドベルに
買い物客が耳を傾けていました。
暖かい「Xマス」に、買い物客の表情も明るく、
お正月も、こんな天気であってほしいと願いました。
22日は「冬至」。
夜が一番長く、昼間が短い日でした。
昔から柚子湯やカボチャが人気ですが、
今の若い人には、どうでしょうか。
工事中の阪神百貨店東側の壁面です。
大きく見えますが南北には、それほど長くありません。
右の奥が工事が始まっていない阪神百貨店の正面です。
阪急梅田のコンコースです。
クリスマスが近づくにつれ、賑わってきました。
グランフロント大阪北館には、
大きな赤いバラのツリーが飾ってありました。
平日とあってか、ここの人出は今ひとつ。
冬至も過ぎ天気も良し、繁華街は
これからが勝負のかけどころでしょうか。
昨日の朝、一面に降り積もった雪は時間とともにとけ、
作業をする人には、よい休養になったかもしれません。
15日は朝から、比較的、暖かい太陽の下で
作業がすすみました。
塗り残していた部分も順調で、午後には完成。
これまでの色に比べて、青が入り趣が変わりました。
(塗装の終わった大屋根)
さあ、いつまで続くかわかりませんが、
わが家の懸案事項は、これで、ひとまず終わり。
来年も元気でいたいものです。
現在の家に引っ越してきたのは
昭和45年(1970年)の12月13日でした。
千里丘陵で「日本万博」が開かれた年です。
あれから47年、
今日からは48年目に入りました。
「新しい造成地」とは言いながら、近所には家が
ありませんでした。
少し離れたところにはチラホラと。
ご近所の方から、当時の写真を持っておられたら
見せてほしい、と言われて
家探しをして引っ張り出しました。
同年、7月に建築をお思い立ち、12月には
引っ越してきました。
うれしかったです。
「1戸建ちの家が持てた」。ーー満足感に浸りました。
世の中、変わりますねえ。今や空き家が一杯です。
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入居してから5度目ぐらいでしょうか?。
いま、屋根の塗装に追われています。
11日から、業者の手で塗り替えられつつあります。
上の写真は新しい塗装がそこまで来たところです。
ところが、一夜明けた今朝は、一面、雪化粧。
隣の屋根も真っ白でした。
水色のペンキも、まっ白になっていました。
明日は塗装が完了する予定です。
続きはあらためてご紹介します。
グランフロント大阪南館の9Fから
JR大阪駅方向を見ています。
師走に入ったとたんの寒波ですが、
こどもからもらった食事券のプレゼントで
予約がしてあったので家内と出かけてきました。
この日、12月7日(木)は、
幸い、天気は晴れて、冬の光線がまぶしい程、
ランチのステーキもおいしかったです。
レストランが若い女性でにぎわっていたのに
驚きました。
ウメキタ広場には、今年もスケートリンクができていました。
クリスマスには少し早すぎ、人出も、今ひとつ、
といったところだったでしょうか。
サラリーマンへのボーナスもこれからです。
街の景気はどうなんでしょうか。
ビルの飾りつけに追われる梅田周辺も
まだ、「これから」と、いった表情でした。
師走に入ったとおもったら、寒さが厳しくなりました。
いつものターミナルの大銀杏ですが
きょうは、半分以上の葉が散っていました。
昨日、たまたま、友人のご子息が亡くなった話を聞き
わが身をかえりみました。
こういうものは、やはり順番があるのですね。
若い人の死はこたえます。
今年も、あと、わずか。
今年の年賀状はメールで届けたいとおもっています。
年賀状は52円だそうですが、これは、12月15日から
来年の1月7日までの投函分だけだそうです。