"四季折々 この一枚″

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船場周辺を訪ねて 3

2012年03月31日 11時13分40秒 | 画像

豊臣秀吉が大阪城を築いたころから町づくりがはじまったと言われる「船場」周辺。
400年余りのの歴史を刻んできた、その船場は、いま、大きく変りつつある。

町中を歩くだけで、大阪の中心として栄えてきた船場の歴史を目にできる。

三休橋筋と高麗橋通の角地には明治時代に建てられた洋館が残っている。
東京駅などで知られる建築家、辰野金吾の大阪事務所の設計によるもの。
明治45年(1912)に保険会社のオフイスとして建てられたそうです。
赤いレンガに白い帯、にぎやかな屋根は辰野式。
現在は、結婚式のパーティなどに貸し出されている。

その南隣。日本基督教団浪花教会。
ゴシックスタイルの教会堂で大きなアーチ窓の色ガラスはほとんどオリジナルと言う。

こちらは、1930年に建てられたもので、
設計は、あの、有名な建築家、W.M.ヴォーリズの監修という。

入口横の「定礎」石に「昭和五年五月、紀元千九百三十年」と刻まれており、
「紀元」とは、80年余り前の建設当時をしのばせてくれる。

(つづく)


大阪・船場周辺を訪ねて 1

2012年03月29日 17時00分35秒 | 画像

船場の道修町(どしょうまち)と言えば「薬」の町。

その道修町にある少彦名(すくなひこな)神社は、神農さん(しんのう)とも呼ばれ、
秋の祭礼は「神農祭」として大阪の人たちに親しまれてきた神社です。

神社は周囲を高層ビルに囲まれて、社殿も押しつぶされそうに見える。

船場は、北は土佐堀川から南は、長堀川の間。東は、東横堀川から
西横堀川(埋め立てられている)の間、東西、約1キロ、南北2キロを言った。

昔から大阪の町人文化の中心として発展してきました地域です。

いま、この付近は新しいビルが立ち並び、昼間は大勢のサラリーマンが行き交う。

その新しいビルの合間に、昔の栄華をしのばせる洋風建築が
ひっそりと胸を張って建っていました。

今回は、地下鉄淀屋橋駅の東側、堺筋まで、南は道修町通りまでの間を散策しました。

(写真は、3月29日 撮影) つづく

 


梅林、その後

2012年03月16日 14時22分11秒 | 画像

池田市内の「水月公園」に梅の開花を確かめに行ってきました。

3月3日に出かけたときは、まだ、梅が咲いていなくて、撮影に苦労をしました。
あれから、ほぼ、2週間。もう咲いたかとおもい、きょう、再び出かけてみたのです。

2週間前よりも花が開いているのは、なんとなく判ります。しかし満開とはいきません。

一本だけ、「藤牡丹シダレ」の短冊をつけた「シダレ梅」が、満開の花を
開いていたのが目立ちました。

それにしても、今年は寒さが厳しい。
この分だと、桜の開花もぐんと遅れそう。
春は、来るのだろか。

(写真は、16日、正午ごろ写す)