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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

光が見えた原発裁判

2015年04月15日 11時06分30秒 | えいこう語る

▼ 2014年5月21日、福井地裁は大飯原発3・4号機の運転差し止めを認める歴史的な判決を行い、我が国の原子力政策に一石を投じた。その時と同じ樋口英明裁判長が、昨日、今年2月に高浜原発3・4号機に出した原子力規制委員会の新基準審査を、安全とはいえないとし、運転禁止の仮処分を言い渡した。これにより高浜3・4号機は、次の裁判で判決が覆されない限り、全てがストップになる。

▼ 原発問題は、福島第一原発事故後、司法の判断にも大きな影響を与えている。昨年の大飯原発での判決は「15万人もの住民が避難生活を余儀なくされ、この避難で少なくとも入院患者60名が命を失っている。大きな自然災害や戦争以外で、生命を守り生活するという根源的な権利が、極めて広汎に奪われるという事態を招く可能性があるのは、原子力発電所の事故のほかは想定しがたい。具体的危険性が万が一でもあれば、その差し止めが認められるのは当然である」とした。

▼ 福島の事故前の、女川原発一審判決に関わった塚原朋一裁判官は、事故後こう述べている。「当時は科学技術には多かれ少なかれ危険はともなうもので、これを否定して原発に絶対的安全を求めることは非科学的であるといった判断があった。しかし、それは当時の私の社会観念です。私はこれについて反省する気持ちがあります。当時の私の感覚は相対的なもので、今後、女川一審判決を前提とするような判断の枠組みを用いることは、時代錯誤になるだろう」と発言している。

▼ 昨日の高浜原発の判決は、世界最高の厳しい基準と政府や規制委員会が豪語する新基準を、真っ向から合理性に欠くと判断した。つまり欠陥だらけの基準ということだ。規制委員会は「顔をつぶされた」というところだ。我が国の原子力研究の最高権威者と自負した斑目氏の発言を借りるなら、規制委員会の田中委員長も「私っていったい何なのでしょう」といいたい気分に違いない。菅官房長官の談話も、沖縄の基地問題での反省の色がまったくない。「世界で最も厳しい基準なので“粛々”と行いたい」と、また、禁止用語の伝家の宝刀“粛々”を抜いてしまった。菅さんにとって「粛々」とは、象の足で蟻を踏み潰すぐらいの意味なのだろう。

▼ 裁判内容については新聞に詳しく出ているので、粛々と塾読して欲しい?!。私は単純にこう喜んでいる。関西電力が、裁判長の交代を請求しているというが、その前に関電社長の交代のほうが先ではないか。判決に慌てふためき、関電だけに、本社ビル自体が感電しているに違いない。いや、もしかして、関電の上層部は放電状態かもしれない。

▼ 函館市町会連合会・大間原発反対実行委員会事務局長の私は、この程度の喜びようだ。だが、内心では相当喜んでいるのだ。昨日の高浜原発の原告弁護団は、函館市の大間原発裁判の河合弁護士たちだからだ。河合氏の言葉を思い出した。「原発裁判は相手が嫌がることをしつこく追求することだ」と。

▼ 市町会連合会の会長さんたちは、高齢者が多い。総じて、市長や国会議員や経済産業省に対しては、失礼に当たらぬようにという、常識のブレーキが効いているようだ。それでは戦いにならぬという、若干、若手会長の意見の対立もある。裁判官でも、福島原発以後は考え方を変えた。正しいことを実行する勇気を、今回の裁判長は国民に知らしめたのだ。この勇気を国民全体が共有し、脱原発の国家をめざしたいものだ。

▼ 今回の判決も前回の判決同様、原発エネルギーという経済行為より、国民の人格権・生命権が勝っているという、実に正義感溢れる人道的判決だ。一方、安保法制をめぐり自公が勝手に動き出している。裁判官も考え直したのだから、内閣法制局も自らも反省し、憲法解釈の拡大解釈は違法だと従来の正しい判断に戻してもらいたいものだ。

▼ それにしても、知事選の前にこの判決が出ると、相当影響があったに違いないと思う。私たち町会連合会も、昨年12月1日から反対署名運動を開始する予定でいたが、突然の衆議員選挙で、終了後に開始してしまった。今考えれば「自主規制」してしまったのだ。もし、実施していたら、相当影響を与えていたに違いないと思っている。

▼なんだかんだと喜びすぎて、ついついおしゃべりが過ぎてしまったことをお詫びしたい。市町連、次回の原発反対運動作戦会議は5月1日だ。戦いに弾みがつくだろう。作戦テーマは「相手が嫌がることを」だ。だが、これがまた問題になる、函館市町会連合会だけど。


選挙なので取材が

2015年04月14日 06時43分11秒 | えいこう語る

▼ 選挙が始まり、新聞の取材が二つ入った。なぜ私にと思うが、理由は私が函館市町会連合会の大間原発担当事務局長だからだ。今回の北海道の選挙は、原発問題が争点になっているというのがあったからだ。もう一つは、小さな地区に住んでいる町内会長で、人口減少や過疎の大波をまともにかぶって、悩み抜いているからだと思う。それにブログで、それらの問題も取り上げているのも、ちょっぴり関係があるようだ。

▼ 市町連が、14万人を越える大間原発反対署名を、経済産業省と電源開発に持っていったこともあり、脱原発を掲げる「赤旗」の記者が、本社から来ての取材だ。記者は私とほぼ同年代だったので、アベ総理の話に花が咲きすぎた。取材というより、戦後70年のお互いの思いの丈を話し合ったという感じだった。そんな状態だったので、ベテラン記者がミスったのだ。

▼ 私の名前「英孝」を「英寿」と書いてしまったのだ。私の妻の名が「寿美子」だ。二人を合わせた名前なので、私も気に入っているので、たいした問題でもない。謝罪の電話があり、函館に来た時はもう一度取材したいと言っていた。掲載された記事内容は、私は共産党の候補を支持しているというような内容ではないのが、さすがベテランの筆力だと感心した。

▼ もう一つは地元の「函館新聞」だ。若い女性記者なので、私はついついおしゃべりが過ぎたようだ。これならまとめるに大変だと思ったが、さすが無駄話は処理して、簡潔な文章になっていた。「未来へ託す。道南有権者の願い」という、女性記者3人で取材した選挙特集記事だが、私ともう一人、市内の繁華街の、老舗主人の談話も載っていた。私の地域も市内から遠く離れた過疎地域だ。老舗主人も住宅の郊外への移動で、商圏が広がりドーナツ化現象に陥って、街中の過疎だと話したという内容だ。

▼ 私はその対比が、函館の人口減を見事に書き出したと、お礼かたがた記者に電話した。数日後、彼女からこのような手紙が届いた。「私たちの記事を確認していただいて、お褒めの言葉もかけてくださり、とても嬉しかったです。他の記者にも伝えましたところ、大変喜んでおりました。機会がありましたら地域のさらなる問題点や現状を詳しくお聞かせいただければさいわいです」とあった。

▼ この新聞社の私の記事は、こんな書き出しで始まっている。「今の地方は若者が住む環境ではない。『人が生きる』とはいかなることか、根本から考えるまちづくりをしていかなけれならない」。そんな大胆なことを言ったのかと私も半信半疑でいる。赤旗の取材の延長で、そうなったのかもしれない。

▼これからは原発に関する取材が増えてくると思う。『人が生きる』ということはどういうことなのか、この視点は欠かせないと思う。これが、今回の二つの新聞取材で改めて実感したことだ。


沖縄からのメッセージ

2015年04月12日 15時37分54秒 | えいこう語る

▼ 沖縄県の米軍基地問題は、若い頃から気になっていたが、二つの講演会が関心を深めさせてくれた。元沖縄県太田知事と琉球大学保坂教授の講演会からだ。保坂さんは二度函館市内で聞いたが、その参加者の中に私の高校時代の親友がいたのだ。実はその友達の大学の1年後輩が保坂さんだったのだ。そんな偶然も、私と沖縄が身近に感じられる要因のひとつだ。その後、ある団体での沖縄行きの機会がやってきたが、メンバーの顔ぶれに拒否感を持ったため、私だけが参加しなかった。まだ見ぬ沖縄というのも、関心が薄れぬ要素になっているのではないかと思っている。それに太田さんから聞いたのだが、沖縄戦での北海道出身の兵士の戦死者が、1万人と多いのも沖縄に関心を持つ、理由のひとつだ。

▼ 沖縄国際大学の佐藤学教授が4月10日の北海道新聞で「普天間基地問題『事実』と沖縄の主張」で、こう記している。中谷防衛庁長官が「沖縄県民も日本の安全保障を考えてもらいたい」という発言に対し、辺野古基地移設を反対する翁長知事は、沖縄本土最大の基地である嘉手納基地は、閉鎖も返還もまったく主張してないという。普天間基地は町の真ん中にあるので、危険回避のためにも辺野古移設というが、普天間と辺野古は直線距離で、36キロだという。ずいぶん近いものだ。さらにオスプレーが沖縄を守ってくれるという期待を持たれているが、現時点では武器搭載はしていないという。中国の脅威から沖縄を守るという作戦などとは、無関係な機種であるという。

▼ アベ政権は、我が国を「戦う国」にし、米国との同盟強化のため新基地を提供しようとしているのだろうか。嘉手納基地の面積は、本土にある「横田・厚木・横須賀・佐世保・三沢・岩国」の合計面積の1,5倍の広さだという。沖縄の事実を知り、あらためて沖縄が日本にとってどのような位置づけにあるのかを私たちは考えなければならないようだ。沖縄県は米国の植民地であり、日本の植民地でもないだろうか。「粛々と工事は進める」という、官房長官の上から目線の考えは、そのことを裏付けていやしないだろうか。

▼ 基地問題は一沖縄県が主張すべき問題ではない。原発再稼動や建設、放射性廃棄物処理の問題も、自治体が主張すべき問題ではない。どちらも国家が決めるべき問題だという、態度が見え始めているのがアベ政権だ。私が沖縄基地問題が気になるのは、大間原発に反対する函館市も、沖縄と同様の仕打ちを受けるのではないかという懸念からだ。

▼ 間もなく始まる函館市長選、自治体初の原発建設差止め訴訟を起した現職の工藤市長に対し、国との反発を繰り返していれば、地域の振興にはつながらないと、控訴を取り下げ話し合いに持ち込みたいという対立候補が登場した。昨年11月の沖縄知事選での、翁長VS仲井間の対決のような、函館市長選挙になってきたような感じもする。どちらが函館市長として適任なのか、今回もJC(青年会議所)による公開討論会が行われるだろう。前回の市長選での、JC主催の討論会の司会は、外部から頼んだためピントの合わぬ質問も多かった。ここは地元のJC会長が司会をし、市民の目線で市長候補の政治哲学を引き出してもらいたいものである。


理研とJA全中

2015年04月11日 11時21分48秒 | えいこう語る

▼ 理研(理化学研究所)の前身といえば、戦時中に原子爆弾を研究していた所だ。戦後はノーベル賞の受賞者を輩出している。STAP細胞事件の時の野依理事長もノーベル賞受賞者の一人だ。日本の最高頭脳者が集まる研究所といっても過言ではない。つまり、日本がいかに優秀かを、世界に発信し続ける存在なのだ。国家の威信そのものを背負っているという自負が、その研究所のプライドであろう。理研そのものが“国体”のような存在になっているのだろう。絶対壊せない、壊してはならない、国家を構成する重要な要素なのだ。

▼ そんな厳粛で神聖な場所で、STAP細胞事件が発生した。結果は「小保方研究員のウソ」という、なんとも割り切れぬ内容だ。なぜこのような単純なウソが、国家最高頭脳集団内で発生したのかということが、解明されていない。取調べの最中に、小保方さんの辞表を認めたため、解明は事実上打ち切りとなった。さらに最高責任者の野依理事長が辞意を表明した。責任を取っての辞意ではないと、ノーベル賞受賞者としてのプライドを保ちながらも、関係者の自殺まで出した事件は,どうやら化学反応を起させ、消滅させてしまったようだ。

▼ 我が国の農業に大きな影響を与えるTPPや農協改革は、政府の圧力に押し切られた感がある、JA 全中(全国農業協同組合中央会)の万歳会長が辞任を表明した。自民党の集票マシンといわれたJAも、もはや集票への魅力も薄れてきたのだろう。政府による解体が始まり、さらに政府の直轄にさせられる存在になりそうな気がする。沖縄の基地問題と同様、政府に抵抗を示すものは、政府の強力な指導で、支配下に置こうとするように見えてならない。

▼ 万歳会長のみならず、事務方トップも辞任したというから、政府への抵抗を示したものだという見方が正しいだろう。JA自体も体質が古いといわれてきた。TPPはその古い体質に風穴を開ける、黒船の襲来のような存在だったのだろう。それを契機に、政府はJAの改革に走ったのだろう。今まで一心同体でやってきた政府とJA。それなのに、JAを軽視する政府の強硬な改革「それはないよ、アベさん」という、万歳会長の涙ではなかったかと、胸中を察する。

▼ 「理研とJA全中」。このトップの辞任で感じたものは、理研は国の威信と自らのプライドを守るため、理事長自らA級戦犯となり、真実を曖昧にして幕引きを図ったような気がする。JA全中は、国策に従い政府を擁護してきた組織が、国に抵抗する状態が見えてきたため、邪魔者扱いにされ組織の改革を迫られた。その陰には多くの農民の血と汗が流され、涙を流して来た日本農業の歴史があるのだ。一矢報いたいというのが、万歳会長の無言の辞任劇のように思う。

▼ 「♪義理がすたればこの世は闇だ」という「人生劇場」という歌があるが、野依氏は涙も見せず淡々と「日本理研劇場」の意味不明の演技力で、存続を確保した。男・万歳会長は日本農業劇場」という、古い映画の終わりを演じた。そんな、二本立ての場面を、私は観客席でそんな想像をめぐらせながら観ていた。

▼ 国策に反するものへの、アベ政権の圧力劇場は、今後も続くだろう。「沖縄基地編」「大間原発編」。「国対国民の仁義なき戦い」は、今後ますます目を離せないものになるに違いない。


教育と戦争

2015年04月07日 12時17分00秒 | えいこう語る

▼ 私は、学生時代に日本史が好きではなかった。たぶん漁村生まれで、狭い範囲での生活圏に圧迫感を感じていたせいによるものだろう。反面、世界史が好きだった。目の前に太平洋が広がっている環境が、無限大の開放感を与えてくれたのが、世界史に惹かれる要因だったと思っている。こんなことを初めに書いたのは、北海道に生まれながら、アイヌ民族の歴史を勉強しなかったことへの弁解なのだ。

▼ この頃のアベ政権、旧帝国日本に先祖帰りをするのではないかという危惧を国民に与え続けている。そんなアベ政権の意向を国民に浸透させるには「教育」がもっとも有効だ。戦争中に学校内まで軍人が居座り、軍国主義を徹底強制し生徒を戦場に送り込んだ事実は、低学年からの教育が人格形成にどれほど左右するかということを物語る。

▼ 終戦直後、学校で子供たちに作文を書かせた或る学校の教師の話だ。「絶対敵討ちをしてやる」というように書いた男子生徒が、多かったということを聞いている。「国家のために命をなげうつという思想の定着には、まず教育から」というのが政府のキホン的な考えのようだ。それを「教育基本法」という、などとはいわないだろうけれど?!。

▼ 教科書検定にも、強制力がかかって来たようだ。私が特に注目するのが、アイヌ民族に関する記述だ。1899年(明治32年)制定の、アイヌ民族に和人との同化を強いた「北海道旧土人保護法」の記述に関し、現行教科書は『アイヌの人々の土地を取り上げ、農業を営むようにすすめた』を『土地を与えて』に修正したという。これは改正ではなく改竄ではないか。

▼ 普天間基地移設は、まちの中心地にあるので危険を回避するためと菅官房長官は主張するが、翁長知事は、敗戦後、銃剣を突きつけブルトーザーで土地を取り上げたものだという、認識の違いを強調した。収奪した土地であるという歴史的事実を歪曲化させ、危険回避の為に速やかに返還し、安全を与えるというのは、アイヌ民族に関する記述に似ているような気がする。

▼ 「取り上げる」と「与える」は正反対のことで、政府は教科書に嘘を書かせたということになる。先の戦争を自衛のための戦争という人もいるが、日本軍に攻め込まれたアジアの国々は、侵略というだろう。このアイヌ民族への教科書への記述は、国際的な人権問題と領土問題に発展しそうな恐れを感じる。

▼ 琉球王国は、日本が攻めて自国の領土とした土地だ。その土地を外国の軍隊に無償提供し、危険な軍事基地を固定化しようとする。そこの住民が基地に反対している。アイヌ民族には、奪った土地を与え農業を奨励したと、教科書に書き込んだ。沖縄県民には、土地収奪の代わりに「振興資金」で、県民に豊かな暮らしを保障したと、後世の歴史に記述するのだろうか。

▼沖縄の米軍基地問題、原発問題、さらに、アイヌ民族の今回の教科書問題は、共通性があるように感じる。そこには「国民主権」ということを完全に無視しようという、アベ政権の高慢で強硬な姿勢が見えるからだ。