ねーさんとバンビーナの毎日

「静」→ 「淡」→ 「戻」→ 「無」→「休」→「解・涛」→「涛・停」→「抜」→24年「歩」 最終章序章スタート!

長崎いろいろ。

2016年12月12日 14時14分10秒 | 味わうねーさん
長崎土産の定番、福砂屋のカステラ。

東京や横浜に進出してきてからも何度か食べてますが、本店までわざわざ出向きました。

ここも高校3年の修学旅行以来。
タクシーの運転手に「まずは文明堂以外。それと関東に進出してないカステラ屋さん!」と伝えたら連れて行ってくれたお店。




松翁軒が洋風ならば、やはり福砂屋は日本っぽい。




眼鏡橋。
ちょうど眼鏡に写せました。




中華街。
ブラブラしただけでおしまい。
生まれ育ちが横浜だとどーしても中華街の特別感は薄れてしまいがちなんだなぁ。

思案橋界隈で。

2016年12月12日 13時57分10秒 | 味わうねーさん
長崎思案橋界隈。
「食べる!」はとにかくここ中心を回りました。


初日の晩は思案橋の康楽で一口餃子と皿うどん。

美味しいっ!!
グタグタ評論は無し。旨い!


夜食に白家園の焼き小籠包と胡麻餡が入った白玉団子。

白玉団子、これは旨し!!


2日目昼はツル茶んでトルコライスとミルクセーキ。

美味しいっ!!





サクランボ食べる前に撮るの忘れた。

横の席の方が試していた「ラム肉のトルコライス」がかなり美味しそうだったなぁ。


夕飯は吉宗(よっそう)の名物・茶碗蒸しとばってら。



これもとにかく美味しい。
真面目に作られてるのが安心感から安らぎへと続く感じ。
お店のドアをガラガラガラ〜と開けると、そこに番頭さんが立ってて気さくに客さばきしてる粋な感じも良いです。


お腹いっぱいの長崎だったけれど、まだまだ入ってみたいお店がたくさん。
金沢と並んで食でリベンジしたくなる長崎なのでした。

コチ、コチ、コチ、コチ、、、長崎原爆資料館・浦上天守堂・平和公園へ、、

2016年12月12日 13時10分16秒 | 味わうねーさん











長崎は高校の修学旅行以来。

あの時(昭和60年だっけ?)私(達)は自由行動(事前にグループで計画立てて先生に提出して行動するやつね。)をタクシー観光にその場で急遽変更して(バスや電車、タクシー利用は禁止と言われていたのに。あーこりゃこりゃ。笑)、原爆資料館抜きにしてしまったから、これが初めての長崎原爆資料館だった訳だ。


じっくり見ました、読みました。


真っ先に直感したこと。


長崎と広島に落とされた原子力爆弾は、

戦争の一環ではありませんね?

ってことです。


理由づけに利用されただけ。
戦争と日本と人間が。


これは単純明快「爆弾の威力とそれによる影響を観察するための実験」ですよね??


企てた人たちはすでにおりませんが、恐ろしいというより、ただただ狂ってますな。


戦争の年表に平行して、反対運動の年表が並べて展示されているんですが、とにかく「あーあ、人間って本当に弱い生き物だし、馬鹿丸出しね。」というヤレヤレ感にとらわれまくりでした。

反対運動すら虚しいというか、これだって共産国(中国・ロシア)から金が出ててやってるだけでしょ、首謀者は。
反対運動が過激になればこれだって何をしでかすか手に取るようにわかるもんです。


仮に反対運動が良からぬことの抑制になろうが、決して狂った暴走を止めさせることには繋がらないんだよなぁ。ただの綱引き。


私はとにかく「どっちにも加担できないわ」という思いを固く心に誓ったのでした。


いまだアメリカなどで原子力爆弾の実験は続いてる訳で、なんでかってこれでおまんま食べてる(何代にも渡って)人がいるからだよね。

「これには協力しない、できない。
加担もしたくない。」

って言えない人たちがゴマンといる訳だよね。

これもまた「あーあ、なんだかな。」って思わされるだけ。


人よ、強くなろーぜよ。
大事なのは金じゃないよ?
プライドや見栄だけで金は稼げなかろうが、生きていけるよ、自由に楽しく豊かに!!

っていうぼやきが心に渦巻いて資料館を後にするのでした。


その足で、浦上天守堂〜平和公園へ。


平和公園は原爆が落とされる前は刑務所だったのですね。

落とされた時に収容されていた囚人は81人とありました。
但し、うち中国人が30数名、朝鮮人が20人弱。
半分以上が中国人と朝鮮人だったあたり、気になる要素でした。
それはこれらの国に対する偏見が芽生えるということではなくて、これらの国の人達が日本を反日の目で見る要素になっているよね、、、という意味で。

しかしダメなことはダメなわけです、、、
ならぬことはならぬのです、、、