ハガイ書 2章
さあ、あなた方は、今日から後のことをよく考えよ。すなわち、第9の月の24日、主の神殿の礎が据えられた日から後のことをよく考えよ。(2・18 新改訳)
先の第1章では、「現状をよく考えよ」と主は言われました。そして、第2章では、「今日から後のことをよく考えよ」と言われます。
第1章では、本来の使命である神殿再建を後回しにして、自分の生活のことだけに明け暮れている現状を考えるように導かれました。そして、人々は悔い改めて神殿再建に着手したのです。
時に、ペルシャの王ダリヨスから神殿再建の承認がなされました。それを不服とするサマリヤ人たちからの妨害は相変わらずあったものの、人々は勇気を得て再建工事に着手したのです。その時の励ましが2章1~9節です。
神殿再建は進むものの、かつてのソロモン王が奉献した神殿の規模からすれば、いま自分たちが再建している神殿はあまりにも見劣りしています。
それはそうですよね。あの栄華をきわめたソロモン王が、当時の莫大な財力をもって奉献したのが第1神殿でした。かたや、自分たちは奴隷の地からようやく戻ってきたのです。自分の生活ですら、やっとのことなのに、神殿再建のために用意できる財力も資材も、あのソロモンの神殿には到底かないません。
バビロンからの帰還民の中には、かつての第1神殿の荘厳な姿を知る長老もいて、それと比較して落胆することもあったようです。その様子が次のように語られています。
「あなたがた残りの者のうち、以前の栄光に輝く主の家を見た者はだれか。あなたがたは今、この状態をどう思うか。これはあなたがたの目には、無にひとしいではないか。」(2・3)
荒廃したエルサレムにおける再建工事ですから、何もかもが劣っているのは明白です。見た目にはみすぼらしく、かつての栄光が薄らいでいるようにも見えたことでしょう。しかし、主が励ましてくださるのは、再建する神殿の栄光は、以前の神殿の栄光にまさっているのだと言われるのです。
「主の家(宮・神殿)の後の栄光は、前の栄光よりも大きいと、万軍の主は言われる。わたしはこの所に繁栄を与えると、万軍の主は言われる。」(2・9)
新約の時代にイエス・キリストを信じた私たちはどうでしょうか。イエスを信じる以前の方が物質的には富んでいたかも知れません。世の栄華に輝いていたかも知れません。
しかし、イエス様を信じて世の富や栄華よりも、天における富や栄光を求めるようになりました。見た目には、劣っているかのようです。クリスチャンの姿を見て嘆く人もいるかも知れません。
ある牧師の話です。東京大学を卒業して前途有望な将来を約束されていたのに、牧師に転身しました。周りの人々は、それを勿体ないと批判したのです。その人々には、東大出身の肩書きが栄光に富んでいると思えたからです。
しかし、主は言われるのです。「この宮のこれから後の栄光は、先のものよりまさるのだ」と。そのような後の宮である神殿再建に着手した「今日から後のことをよく考えよ」と主は言われます。しかも2回にわたって言われます(2・15、18)。
神はその後の祝福を約束なさっているからです。
まず神の国と神の義を第一にしようと決断し、着手した後に用意されている祝福を考えよというのです。「それらの必要は与えられるのだ」と言われた主の約束を信頼せよと言われるのです。
旧約の人々も神殿を完成させるために苦労しました。その苦労は新約のクリスチャンも同様です。ハガイが語る預言は、そんな私たちに対するエールでもあります。
「主は言われる。ゼルバベルよ、勇気を出せ。ヨザダクの子、大祭司ヨシュアよ、勇気を出せ。主は言われる。この地のすべての民よ、勇気を出せ。働け。わたしはあなたがたと共にいると、万軍の主は言われる。
これはあなたがたがエジプトから出た時、わたしがあなたがたに約束した言葉である。わたしの霊が、あなたがたの内に宿っている。恐れるな。」(2・4~5)
さあ、勇気を出して雄々しくあろう。主は共におられるのですから。しかも、罪の奴隷から〝出エジプト〟した時に働かれた聖霊が、今も私たちの内におられるのですから……。
このようにしてハガイ書は、現状をよく考え、悔い改めよ。そして、その後の栄光のことをよく考えよと命令しています。
さあ、あなた方は、今日から後のことをよく考えよ。すなわち、第9の月の24日、主の神殿の礎が据えられた日から後のことをよく考えよ。(2・18 新改訳)
先の第1章では、「現状をよく考えよ」と主は言われました。そして、第2章では、「今日から後のことをよく考えよ」と言われます。
第1章では、本来の使命である神殿再建を後回しにして、自分の生活のことだけに明け暮れている現状を考えるように導かれました。そして、人々は悔い改めて神殿再建に着手したのです。
時に、ペルシャの王ダリヨスから神殿再建の承認がなされました。それを不服とするサマリヤ人たちからの妨害は相変わらずあったものの、人々は勇気を得て再建工事に着手したのです。その時の励ましが2章1~9節です。
神殿再建は進むものの、かつてのソロモン王が奉献した神殿の規模からすれば、いま自分たちが再建している神殿はあまりにも見劣りしています。
それはそうですよね。あの栄華をきわめたソロモン王が、当時の莫大な財力をもって奉献したのが第1神殿でした。かたや、自分たちは奴隷の地からようやく戻ってきたのです。自分の生活ですら、やっとのことなのに、神殿再建のために用意できる財力も資材も、あのソロモンの神殿には到底かないません。
バビロンからの帰還民の中には、かつての第1神殿の荘厳な姿を知る長老もいて、それと比較して落胆することもあったようです。その様子が次のように語られています。
「あなたがた残りの者のうち、以前の栄光に輝く主の家を見た者はだれか。あなたがたは今、この状態をどう思うか。これはあなたがたの目には、無にひとしいではないか。」(2・3)
荒廃したエルサレムにおける再建工事ですから、何もかもが劣っているのは明白です。見た目にはみすぼらしく、かつての栄光が薄らいでいるようにも見えたことでしょう。しかし、主が励ましてくださるのは、再建する神殿の栄光は、以前の神殿の栄光にまさっているのだと言われるのです。
「主の家(宮・神殿)の後の栄光は、前の栄光よりも大きいと、万軍の主は言われる。わたしはこの所に繁栄を与えると、万軍の主は言われる。」(2・9)
新約の時代にイエス・キリストを信じた私たちはどうでしょうか。イエスを信じる以前の方が物質的には富んでいたかも知れません。世の栄華に輝いていたかも知れません。
しかし、イエス様を信じて世の富や栄華よりも、天における富や栄光を求めるようになりました。見た目には、劣っているかのようです。クリスチャンの姿を見て嘆く人もいるかも知れません。
ある牧師の話です。東京大学を卒業して前途有望な将来を約束されていたのに、牧師に転身しました。周りの人々は、それを勿体ないと批判したのです。その人々には、東大出身の肩書きが栄光に富んでいると思えたからです。
しかし、主は言われるのです。「この宮のこれから後の栄光は、先のものよりまさるのだ」と。そのような後の宮である神殿再建に着手した「今日から後のことをよく考えよ」と主は言われます。しかも2回にわたって言われます(2・15、18)。
神はその後の祝福を約束なさっているからです。
まず神の国と神の義を第一にしようと決断し、着手した後に用意されている祝福を考えよというのです。「それらの必要は与えられるのだ」と言われた主の約束を信頼せよと言われるのです。
旧約の人々も神殿を完成させるために苦労しました。その苦労は新約のクリスチャンも同様です。ハガイが語る預言は、そんな私たちに対するエールでもあります。
「主は言われる。ゼルバベルよ、勇気を出せ。ヨザダクの子、大祭司ヨシュアよ、勇気を出せ。主は言われる。この地のすべての民よ、勇気を出せ。働け。わたしはあなたがたと共にいると、万軍の主は言われる。
これはあなたがたがエジプトから出た時、わたしがあなたがたに約束した言葉である。わたしの霊が、あなたがたの内に宿っている。恐れるな。」(2・4~5)
さあ、勇気を出して雄々しくあろう。主は共におられるのですから。しかも、罪の奴隷から〝出エジプト〟した時に働かれた聖霊が、今も私たちの内におられるのですから……。
このようにしてハガイ書は、現状をよく考え、悔い改めよ。そして、その後の栄光のことをよく考えよと命令しています。
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