マルコ13:23 だから、気をつけていなさい。いっさいの事を、あなたがたに前もって言っておく。
当時のエルサレム神殿は、バビロン捕囚からの帰還民によって再建されたもので、その後、ヘロデ王の時代の大改修によって立派な神殿へと生まれ変わりました。それはユダヤ民族の誇りでした。弟子たちの言葉にもそれが垣間見られます(13・1)。
しかし、終わりの時代には、その神殿が跡形なく破壊される時が来ると予告されました(2)。それは、最初の神殿……ソロモン王の時代の神殿で「第一神殿」と呼ばれる……がバビロン軍によって破壊された時のことを想起させる驚きの預言でした。いつそんなことが起きるのでしょう。イエスは「いつ」とは言わず(32)、前兆となる出来事を提示されました。
①自称キリストと名乗る「偽キリスト」が出現する。
②戦争が頻発する。
③天変地異が起きる。
④キリスト者に対する迫害が強まる。
⑤福音が全世界に宣べ伝えられる。
①~④はすでに現在進行形で起きています。つまり、イエス・キリスト以後から今に至るまで、すでに「終わりの時代」です。そして、今やインターネットや情報革命によって、⑤「福音がすべての民に伝えられる」も実現しつつあります。こうして「終わりの時代」の最終段階になると、「荒らす憎むべき者※」が登場します(14節以降)。 ※「反キリスト」「不法の人」「獣」とも呼ばれ、終末の時代に登場するカリスマ的な支配者である。
だから、油断してはいけません。 13章では何度も「気をつけて」「目を覚まして」と記されています。この終わりの時代に起こる異変に慌てふためくことなく、全世界に福音を伝えます。それが私たちの任務です。そこで、イエス様は四つの「気をつけなさい」を教えられました。
(1) 人にまどわされないように「気をつけていなさい」。(13・5)
戦争によってまどわされる時が来ます(7)。民族が民族に敵対する時が来ます(8)。そのような中で、惑わされないように気をつけなければなりません。
近年、ナショナリズムが再び台頭してきました。日本人であることを強烈に意識させ、国のためにということで、ナショナリズムこそ最高の価値観のように宣伝されています。人間のための、人間による国家作りによって、まどわされてはなりません。神は、まことの礼拝者からなる神の御国を建てようとなさっているのですから。
(2) イエスの証しをすべき時に語れるように「気をつけていなさい」。(9)
なぜ、イエスを証しする者に迫害が起こるのでしょうか。それは、福音がすべての民に宣べ伝えられたら世(今の時代)が終わると預言されており、それを阻止したいサタン(悪魔)の働きがあるからです。
世の終わりは「救いが完成する時」でもあると同時に、「サタンが完全に滅ぼされる時」でもあるので、サタンは福音を伝える者たちを迫害します。
そんな時、私たちはどうやってイエスを証しすることができるでしょうか。人の熱心や知恵では太刀打ちできません。だから、聖霊が語らせてくれるのだ……とイエスは言われました。
「人々があなた方を連れて行って引きわたすとき、何を言おうかと、前もって心配するな。その場合、自分に示されることを語るがよい。語る者はあなた方自身ではなくて、聖霊である。」(11)
この聖霊はイエスが復活されて50日後、ペンテコステの日に降りました。この聖霊を受ける前のペテロは、大祭司の家で行われた裁判の席で、「イエスを知らない」と三度も証言を拒否してしまいました。
しかし、聖霊を受けてからのペテロは、大胆にイエスを証しして殉教の死に至りました。そうです。聖霊は、イエスを証しする言葉を与えてくれるのです。この聖霊をいつも信頼できるよう、気をつけていなければなりません。
(3) 偽キリストや偽預言者たちに「気をつけていなさい」。(22~23)
多くの偽預言者たちが自分がキリストだといって、人々をまどわすからです。自分がキリストだと言っている統一協会の文鮮明氏もいれば、キリストはすでに霊のかたちで来たとする「ものみの塔(エホバの証人)」の人々もいます。
霊的な現象ゆえにすごいと思わせるのも、人をまどわす力です。スピリチュアル云々(うんぬん)といって霊的な領域を扱っているようでも、イエスを主と告白しない霊は、神からのものではありません(Ⅰヨハネ4・1~3)。
(4)「気をつけて」目をさましていなさい。(33)
主イエスの再臨に焦点を合わせて生きることが、目をさましていることです。つまり、再臨から目をそらさないように「気をつけて」ください。
再臨のイエスは、善と悪に対して精算するために来られます。今は、善に対して何の報いもなくて、善を行うことが空しく感じられます。また、悪に対して何のお咎(とが)めもないので不公平に感じられます。
しかし、そんな矛盾を精算するために、主は再臨されます。善には祝福をもって、悪には滅びをもって報いられます。だから、その時が来ることに焦点をあわせて、善を行うことに疲れてはなりません。
当時のエルサレム神殿は、バビロン捕囚からの帰還民によって再建されたもので、その後、ヘロデ王の時代の大改修によって立派な神殿へと生まれ変わりました。それはユダヤ民族の誇りでした。弟子たちの言葉にもそれが垣間見られます(13・1)。
しかし、終わりの時代には、その神殿が跡形なく破壊される時が来ると予告されました(2)。それは、最初の神殿……ソロモン王の時代の神殿で「第一神殿」と呼ばれる……がバビロン軍によって破壊された時のことを想起させる驚きの預言でした。いつそんなことが起きるのでしょう。イエスは「いつ」とは言わず(32)、前兆となる出来事を提示されました。
①自称キリストと名乗る「偽キリスト」が出現する。
②戦争が頻発する。
③天変地異が起きる。
④キリスト者に対する迫害が強まる。
⑤福音が全世界に宣べ伝えられる。
①~④はすでに現在進行形で起きています。つまり、イエス・キリスト以後から今に至るまで、すでに「終わりの時代」です。そして、今やインターネットや情報革命によって、⑤「福音がすべての民に伝えられる」も実現しつつあります。こうして「終わりの時代」の最終段階になると、「荒らす憎むべき者※」が登場します(14節以降)。 ※「反キリスト」「不法の人」「獣」とも呼ばれ、終末の時代に登場するカリスマ的な支配者である。
だから、油断してはいけません。 13章では何度も「気をつけて」「目を覚まして」と記されています。この終わりの時代に起こる異変に慌てふためくことなく、全世界に福音を伝えます。それが私たちの任務です。そこで、イエス様は四つの「気をつけなさい」を教えられました。
(1) 人にまどわされないように「気をつけていなさい」。(13・5)
戦争によってまどわされる時が来ます(7)。民族が民族に敵対する時が来ます(8)。そのような中で、惑わされないように気をつけなければなりません。
近年、ナショナリズムが再び台頭してきました。日本人であることを強烈に意識させ、国のためにということで、ナショナリズムこそ最高の価値観のように宣伝されています。人間のための、人間による国家作りによって、まどわされてはなりません。神は、まことの礼拝者からなる神の御国を建てようとなさっているのですから。
(2) イエスの証しをすべき時に語れるように「気をつけていなさい」。(9)
なぜ、イエスを証しする者に迫害が起こるのでしょうか。それは、福音がすべての民に宣べ伝えられたら世(今の時代)が終わると預言されており、それを阻止したいサタン(悪魔)の働きがあるからです。
世の終わりは「救いが完成する時」でもあると同時に、「サタンが完全に滅ぼされる時」でもあるので、サタンは福音を伝える者たちを迫害します。
そんな時、私たちはどうやってイエスを証しすることができるでしょうか。人の熱心や知恵では太刀打ちできません。だから、聖霊が語らせてくれるのだ……とイエスは言われました。
「人々があなた方を連れて行って引きわたすとき、何を言おうかと、前もって心配するな。その場合、自分に示されることを語るがよい。語る者はあなた方自身ではなくて、聖霊である。」(11)
この聖霊はイエスが復活されて50日後、ペンテコステの日に降りました。この聖霊を受ける前のペテロは、大祭司の家で行われた裁判の席で、「イエスを知らない」と三度も証言を拒否してしまいました。
しかし、聖霊を受けてからのペテロは、大胆にイエスを証しして殉教の死に至りました。そうです。聖霊は、イエスを証しする言葉を与えてくれるのです。この聖霊をいつも信頼できるよう、気をつけていなければなりません。
(3) 偽キリストや偽預言者たちに「気をつけていなさい」。(22~23)
多くの偽預言者たちが自分がキリストだといって、人々をまどわすからです。自分がキリストだと言っている統一協会の文鮮明氏もいれば、キリストはすでに霊のかたちで来たとする「ものみの塔(エホバの証人)」の人々もいます。
霊的な現象ゆえにすごいと思わせるのも、人をまどわす力です。スピリチュアル云々(うんぬん)といって霊的な領域を扱っているようでも、イエスを主と告白しない霊は、神からのものではありません(Ⅰヨハネ4・1~3)。
(4)「気をつけて」目をさましていなさい。(33)
主イエスの再臨に焦点を合わせて生きることが、目をさましていることです。つまり、再臨から目をそらさないように「気をつけて」ください。
再臨のイエスは、善と悪に対して精算するために来られます。今は、善に対して何の報いもなくて、善を行うことが空しく感じられます。また、悪に対して何のお咎(とが)めもないので不公平に感じられます。
しかし、そんな矛盾を精算するために、主は再臨されます。善には祝福をもって、悪には滅びをもって報いられます。だから、その時が来ることに焦点をあわせて、善を行うことに疲れてはなりません。
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