ゼパニヤ書 3章
その時わたしはもろもろの民に清きくちびるを与え、すべて彼らに主の名を呼ばせ、心を一つにして主に仕えさせる。(3・9)
ゼパニヤをはじめ多くの預言者たちは「主の日」の到来を預言しました。それは、主がこの地をさばかれる「その日」です。しかし、そのさばきの後にもたらされる、新しい世界についても預言しました。
ゼパニヤもさばきの後に完成する新しい世界を預言しています。そしてその世界は、冒頭の聖句にあるように、まことの礼拝の回復です。
神は「まことの礼拝者」を求めておられます。しかし、それを妨げるのが「偶像礼拝」です。だから、預言者が告げる主の日におけるさばきは、この偶像礼拝に対する激しい神の御怒りとして描かれています。
ゼパニヤが預言した「まことの礼拝」は、人々の「くちびるをきよめる」ことから始まります。
私たちの口は何を語っていますか。不平の言葉、呪いの言葉、さげすみの言葉、時々感謝の言葉……。聖書は、この言葉を発する「舌」は、船を操る舵のようだと言っています。つまり、この口が何を語るかによって、人生という船の行き先を決めるのです。
私たちの人生の行き先は、運命に引きずられるようにして否応がなしに進んでいるのではありません。各自のくちびるから出る言葉によって舵を切っているのです。
問題は、そのくちびるからどんな言葉が出されているのかです。
神は、さばきの後に私たちのくちびるをきよめてくださいます。私たちの口から神を讃美する言葉が出るようにしてくださいます。私たちの口が主の御名を呼ぶようにしてくださいます。
それは聖霊の働きによるのです。
こうして、私たちは主の御名を呼び、主を礼拝する民として回復されます。礼拝の中で、私たちの口は、主を讃美する言葉で溢れます。このようなことは、救いを得る以前にはなかったことです。
さあ、主を礼拝しよう。霊とまことをもって礼拝しよう。私の内に住まわれる聖霊によって、新しい言葉を語ろう。呪いの言葉ではなく、祝福の言葉が湧き出るのです。不平の言葉ではなく、感謝の言葉が私の口から出るようになるのです。ゼパニヤが預言した新しい世界は今や始まっています。
その時わたしはもろもろの民に清きくちびるを与え、すべて彼らに主の名を呼ばせ、心を一つにして主に仕えさせる。(3・9)
ゼパニヤをはじめ多くの預言者たちは「主の日」の到来を預言しました。それは、主がこの地をさばかれる「その日」です。しかし、そのさばきの後にもたらされる、新しい世界についても預言しました。
ゼパニヤもさばきの後に完成する新しい世界を預言しています。そしてその世界は、冒頭の聖句にあるように、まことの礼拝の回復です。
神は「まことの礼拝者」を求めておられます。しかし、それを妨げるのが「偶像礼拝」です。だから、預言者が告げる主の日におけるさばきは、この偶像礼拝に対する激しい神の御怒りとして描かれています。
ゼパニヤが預言した「まことの礼拝」は、人々の「くちびるをきよめる」ことから始まります。
私たちの口は何を語っていますか。不平の言葉、呪いの言葉、さげすみの言葉、時々感謝の言葉……。聖書は、この言葉を発する「舌」は、船を操る舵のようだと言っています。つまり、この口が何を語るかによって、人生という船の行き先を決めるのです。
私たちの人生の行き先は、運命に引きずられるようにして否応がなしに進んでいるのではありません。各自のくちびるから出る言葉によって舵を切っているのです。
問題は、そのくちびるからどんな言葉が出されているのかです。
神は、さばきの後に私たちのくちびるをきよめてくださいます。私たちの口から神を讃美する言葉が出るようにしてくださいます。私たちの口が主の御名を呼ぶようにしてくださいます。
それは聖霊の働きによるのです。
こうして、私たちは主の御名を呼び、主を礼拝する民として回復されます。礼拝の中で、私たちの口は、主を讃美する言葉で溢れます。このようなことは、救いを得る以前にはなかったことです。
さあ、主を礼拝しよう。霊とまことをもって礼拝しよう。私の内に住まわれる聖霊によって、新しい言葉を語ろう。呪いの言葉ではなく、祝福の言葉が湧き出るのです。不平の言葉ではなく、感謝の言葉が私の口から出るようになるのです。ゼパニヤが預言した新しい世界は今や始まっています。
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