彼は「少なくとも自分が世にある間(あいだ)は太平と安全があるだろう」と思ったからである。(39・8)
瀕死の病を癒されたヒゼキヤ王の晩年のことです。バビロンからの使者がエルサレムにやって来ました。
この時のバビロンはアッシリヤの後塵を拝する小国です。そのバビロンの使者が何のためにエルサレムを訪れたのか。その目的は、使者を出迎えたヒゼキヤ王の対応から読み解くことができます。
「ヒゼキヤは彼らを喜び迎えて、宝物の蔵、金銀、香料、貴重な油および武器倉、ならびにその倉庫にあるすべての物を彼らに見せた。家にある物も、国にある物も、ヒゼキヤが彼らに見せない物はひとつもなかった」のです(39・2)。つまり、南ユダの機密情報を提供したのです。普通ではあり得ないことです。裏をかえせば、バビロンとユダは普通ではない関係になったことを意味しています。
つまり、バビロンからの使者がやって来たのは、南ユダと同盟を結ぶためでした。
どちらが先に提案したのか分かりませんが、南ユダにとって、バビロンと同盟することは、直近の敵であるアッシリヤに対抗するには得策と判断したのでしょう。こうして同盟は成立し、国内の機密をバビロンに見せたというわけです。
そのことを知ったイザヤは、ヒゼキヤに神の御言を伝えました。
「見よ、すべてあなたの家にある物およびあなたの先祖たちが今日までに積み蓄えた物がバビロンに運び去られる日が来る。何も残るものはない、と主が言われます。また、あなたの身から出るあなたの子たちも連れ去られて、バビロンの王の宮殿において宦官となるでしょう。」(39・6~7)
これは、百余年後に起こるバビロン捕囚の預言です。同盟を結んだ国がやがて支配者となるのです。
しかし、この時のヒゼキヤは、自分の生きている間が平和で安全であれば良いと考えたのです。このバビロンとの同盟が、後に起こる悲惨なバビロン捕囚の遠因になることについて無関心でした。
南ユダの宗教改革の先頭に立ち、アッシリヤの攻撃に対しても、ひたすら神を信頼し祈って難局を乗り越えてきたヒゼキヤ王でしたが、どうしたことでしょうか。悲しい結末です。
私たちは人生の晩年を迎えようとするとき、このことを考えなければなりません。若いときは信仰熱心で活躍した経歴があっても、はたして晩年にどのような遺産を子孫に残すのでしょうか。
ヒゼキヤは今さえ良ければよいと考えました。彼の主への熱心は衰えてしまいました。これが旧約の限界なのかもしれません。「走ってもたゆまず、歩いても疲れない」という力……。それは主を待ち望む者に与えられるのですが、主である聖霊が来られるまで難しいことなのかもしれません。
新約の時代に生きる私たちは何を残しますか。後生に禍根(か こん)を残すのでしょうか。いいえ、私たちが残すべき最大の遺産は主イエスを信じる信仰です。神を愛し仕える忠実です。
そして、祈りもまた大きな遺産です。後生の救いのために祈り、執り成して祈ることは、どんなにか大きな遺産でしょうか。自分が生きている間だけの平安のために祈るのではありません。
目先の平安にとどまらず、神がやがてくだす世の終わりのさばきと御怒りを覚えて、人々が悔い改めるようにと祈らなければなりません。私だけが知って、私だけが救いを受ける福音ではありません。
私が生きている間に、その祈りは実現しないかもしれません。祈りは遺産です。水の上にパンを投げるような取り組みですが、後の時代になって刈り取るようになるのです。
いまだけ良ければよい、自分だけ良ければよいという小さな世界から飛び出して、周りの人々のために、後の時代の人々のために、そして、神の御心が完成するために祈り続けよう。

