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朝マナ

人はパンだけで生きるのではなく、神の御言によって生きる。
聖書を一日一章、読んでみませんか。

ブログ移行のお知らせ

2025年05月26日 | 教会の様子

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移行先
アメーバブログ版【朝マナ】
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歴代志上 8章

2025年05月26日 | 歴代志
歴代志上 8・34 ヨナタンの子はメリバアル。

第8章はベニヤミン族です。新約の時代に至って活躍した使徒パウロはこのベニヤミン族の出身です。

さて、ベニヤミン族は12部族の中では小さな部族ですが、イスラエル初代の王サウルを生み出しました。就任当初のサウル王は謙遜な人柄でしたが、後には高ぶり、神の道から離れて行くようになりました。その経緯が、彼の生んだ息子たちにつけた名によって現れています(8・33)。興味深い記録です。

サウルの長男はヨナタンで神の賜物という意味です。ヨナタンは信仰にあつく、後の王となるダビデの良き友人でありました。

次男はマルキシュアで主なる王は救いという意味の名です。ここまでは、サウル王の神への誠実さがうかがえます。

しかし、三男はアビナダブでわが父は高貴であるという意味の名です。この「わが父」とは、主なる神を指しているのではなく、名付け親であるサウル王自身を指していると思われます。このあたりから、サウルの高ぶりが見られます。

そして、四男はエシバアル。「バアルは居ますという意味の名です。カナン人の間で崇拝されていた異教の神バアルはここに居るというのです。イスラエルの民は、このバアル崇拝にどれほど惑わされたことでしょう。大変な霊的混乱を招いたことはよく知られているとおりです。なのに、「バアルは居ます」という名をわが子につけるほどに、サウル王は偶像礼拝に傾斜していったのです。

しかし、長男のヨナタンは違いました。父の変質ぶりを牽制するかのように、わが息子に「メリバアル」と名づけました。これはバアルに反対する者という意味です。

ヨナタンは父サウルを愛し仕えましたが、信仰においては父とは異なりました。

わが子に「バアルに反対する者」と名づけることによって、自らの信仰の立場を明確にしました。このヨナタンの子メリバアルが別名「メヒボシェテ」です。

メヒボシェテは父ヨナタンが戦死した後、ダビデ王によって救い出され、愛された人物です。信仰によって歩んだ家系を、神はお忘れにならず、よき報いをもって応えてくださることを教える事例です。

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【一日一章】 朝マナ 歴代志上 8章 【聖書通読】

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歴代志上 7章

2025年05月24日 | 歴代志
歴代志上 7・23 そののち、エフライムは妻のところにはいった。妻ははらんで男の子を産み、その名をベリアと名づけた。その家に災があったからである。

ユダ族、レビ族の系図に多くの紙面を割いていたのですが、第7章になるとイッサカル、エフライム、アセル等の紹介はわずかです。 ※6節からのベニヤミン族はゼブルン族の誤写ではないかと見られている。ベニヤミンについては第8章で詳しく記述されている。

なぜ、こんなに少ないのか。

ソロモン王の死後、北イスラエル王国と南ユダ王国と分裂したわけですが、エフライムとマナセといえば、北王国の中心的部族です。袂を分かった北イスラエルは偶像礼拝で堕落し、早々に滅びてしまったために、彼らの系図を残すことができなかったのではと思われます。 ※聖書では、エフライムといえば北イスラエル王国の中心的部族。そのため、「エフライム」という呼称は一部族の名の他に、北イスラエル王国を指す場合が多い。

さて、そんなエフライム部族ですが、父祖エフライムの悲惨な事件から始まっています。

エゼルとエレアデはガテの土人らに殺された。これは彼らが下って行ってその家畜を奪おうとしたからである。父エフライムが日久しくこのために悲しんだので、その兄弟たちが来て彼を慰めた。(7・21~22)

無残な死を受けた息子たちのことで、エフライムはひどく悲しみ、長い期間を喪に服したのです。

その後ようやく授かった息子がベリアです。災いとか悲しみを意味するベラアが語源の名です。

エフライムの家族が受けた悲しみが、この名に込められています。そんなベリアから、すなわち〝災い〟から年月を経て、ヌンが生まれ、ヌンの子ヨシュアが誕生しました(7・27)。モーセのあとを継いだ偉大な指導者のヨシュアです。彼の活躍は民数記とヨシュア記に詳しく記されています。

さて、エフライムの父はヨセフです。このヨセフは、兄弟たちに裏切られ奴隷としてエジプトに売られ、様々な苦難を経てエジプトの統治者になったのですが、そのことでイスラエルの長子の権は、長男ルベンからヨセフに受け継がれました(歴上5・1)

さらに、ヨセフの長男であるマナセではなく、次男のエフライムに祝福の流れは移ります。ヤコブが孫にあたるマナセとエフライムの祝福を祈るとき、長男のマナセに右手が置かれるはずが、ヤコブは意図的に腕を交差させ、弟のエフライムに右手を置いて長子の権があるように祈ったからです(創48・13~20)

ところが、その後のエフライムに起きた悲惨な事件は、祝福を打ち消すほどの悲しみをもたらしました。しかし、視野をもっと広げて見なければなりません。この〝災いの子孫〟からヨシュアが誕生し、約束の地に民を導く立役者として用いられたのです。

ヨシュアの存在は、エフライム族にとっては誇りであり自慢だったでしょう。ただ、注意しなければなりません。この誇りがやがて高慢へと展開して行ったからです。

その後、エフライム部族は何度も主導権争いに絡むことで、イスラエルの中にたび重なる混乱をもたらしました。そして遂に、ダビデ王家に対抗して、彼らは北イスラエル王国を起ち上げ、偽りの神殿を建立したのです。

災いから誇りへ、誇りから驕りへ、そして再び災いへと揺れ動くエフライムの歴史に学ばなければなりません。

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【一日一章】 朝マナ 歴代志上 7章 【聖書通読】

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歴代志上 6章

2025年05月23日 | 歴代志
歴代志上 6・32 彼らは会見の幕屋の前で歌をもって仕えた。

第6章はレビ部族の系図が記されています。

レビ族はゲルション」「コハテ」「メラリの3つの氏族からなっており、その中のコハテからモーセとアロンが生まれています。

すでに、レビ記や民数記で見てきたように、レビ族は神の神殿に仕えるべく聖別された部族です。他部族のような所有地はありませんが、神に仕える仕事……これこそがレビ人が受け継ぐ嗣業(所有地)でした。

神殿の奉仕には様々な分担がありました。アロンの家系は祭司職に就きました。また、神殿の器具を扱う家系もあれば、建物の部位ごとに担当も割り当てられました。

そして、冒頭の聖句のように讃美を歌う働きもありました。それは、コハテ族の中のヘマンの家系の者たちが奉仕しました。

歌をもって仕えると記されています。讃美は自分が楽しむための歌ではなく、神に仕える務めであることが記されています。神を讃美し、神の御名をあがめる。讃美の歌をもって神の御教えを宣布する。

このように讃美の歌は「神に仕える」ことなのです。讃美の歌を歌うこと、これこそ礼拝です。


歴代志上 5章

2025年05月22日 | 歴代志
歴代志上 5・1 イスラエルの長子ルベンの子らは次のとおりである。――ルベンは長子であったが父の床を汚したので、長子の権はイスラエルの子ヨセフの子らに与えられた。それで長子の権による系図にしるされていない。

イスラエルの系図は、基本的には長子(長男)が長子の権を継承します。「長子の権」とは、単なる家督相続ではなく、神の祝福とか、神の聖なる働きのために用いられることを意味しています。

イスラエル(ヤコブ)の12人の息子たちの中でルベンは長男でしたが、冒頭の聖句が示すように、彼は父のそばめ(側室)ビルハとの姦淫のため、長子の権から外されたと記されています。 ※創世記35・22参照。

長子の権が移されるということは、ルベンの父ヤコブとその兄エサウの場合もそうでした。ヤコブとエサウは双子でしたがエサウが兄でした。しかし、エサウは長子の権を軽んじたために弟のヤコブが引き継ぎました。

そして、ここで取り上げているルベンも同様でした。それで、長子の権はヨセフに移ったと記されています(5・2)。12人の兄弟たちの11番目です。では、このヨセフの家系からイスラエルの王が誕生するかと思いきや、実際はユダ族からでした。そして、イエス・キリストもユダ族の子孫として来られたのです。

話しは変わるようですが、聖書には兄と弟の話が幾つも記されています。父のもとで仕えた兄と放蕩息子の弟の話。父には面従腹背の兄であったが、弟は心を入れ替えて父に従った話。

そして、全人類の中では長子の立場であるイスラエル民族はキリストを拒みましたが、弟の立場である異邦人はイエス・キリストを迎え入れたという出来事も同じモチーフです。

いったい神の祝福は、どこに流れて行くのでしょうか。原則は「長子に……」ですが、失敗したり放蕩した者であっても、悔い改めのある所に流れるというのが、さらに重要なことのようです。

丁度、川の水が低いところに流れて行くように、悔い改めて身を低くする者の所に、長子の権は注がれるというのが、神さまの方法です。

ですから身を低くすることです。「悔い改めと謙遜」とはまさに身を低くした者の姿です。
 

歴代志上 4章

2025年05月21日 | 歴代志
歴代志上4・10 私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。( 新改訳)

第4章からは、各部族のおもだった系図が記録されています。まず、最初にユダ部族です。筋道が分かる系図もあれば、途切れて不明なものもあります。

そんな名前が連なる中で、9節からはヤベツという人物について、ほんの短くではありますが紹介されています。そのところだけスポットライトが当たるようにして、他と記述が異なります。

ヤベツの母は彼を出産するとき大きな困難があったようです。夫との死別なのでしょうか。経済的な破綻だったのでしょうか。それとも重い病気のゆえに難産だったのかも知れません。詳しい理由は分かりません。こう記されています。

彼の母は、『私が悲しみの内にこの子を産んだからと言って、彼にヤベツという名をつけた」。
(4・9)


ヤベツとは「悲しみ」という意味です。名づけられたヤベツも、まさに名のごとく、悲しみを背負った人生を歩んだことでしょう。しかし、彼は祈ったのです。四つのポイントからなる祈りでした。

(1) 私を大いに祝福してください。

自分の祝福のために祈るなんて自己中心だと思われるでしょうか。しかし、それはまだ恵まれた環境にある人の話です。

「ご自身の栄光の富の中から、あなた方の一切の必要を、キリスト・イエスにあって満たしてくださる神」に向かって、神の子どもたちは、天の父に大いに呼ばわることができるのです(ピリピ4・19)

もちろん、神がくださる祝福とは、単なる自己充足や自己実現の次元のものではありません。神のご計画は、私を大いに祝福し、「祝福の基」とすることによって、私の周囲に、私の住む地域に、私の出会う人々に祝福を拡大させようとご計画なさっています。

(2) 私の地境を広げてください。

ヤベツの時代は、ヨシュアに率いられたイスラエルの民が約束の地に入り、領土を分割されたばかりですから、具体的な所有地が広がるようにという意味もあります。その他に「神の霊的支配の領域」という意味合いを持っています。 ※「地境」は口語訳では「国境」、新共同訳では「領土」と翻訳。

私たちは「主の祈り」で「御国を来たらせてください」と祈っています。それは、神の恵みが支配する領域をもたらしてくださいという祈りです。

私が祝福を受けたら、その祝福は周囲に広がり、神の恵みにあずかる人々や地域や、生活の場面といった「地境」が広がるようにと祈ります。

(3) 御手が私と共にあるようにしてください。

このような祝福の働きは、私の力では到底不可能です。しかし、人にはできないが神にはできるのです。

神の御手が共にあるので可能です。5つのパンと2匹の魚が少年の手にあるときは、彼ひとり分の食事でした。しかし、それがイエスの御手に渡されたとき、5千人以上の人々の空腹を満たしたことを思い出そう。
主イエス様、あなたにはおできになります。どうぞ、あなたの御手が私と共にあるようにしてください。

(4) 災いから遠ざけてください。

私たちの闘いは霊的な闘いです。しかし、現実は、勇ましく立ち向かうものの、かえって悪魔の罠に落ちてしまう場合も少なくありません。

災いに打ち勝つ力を祈り求めるべきで、災いを遠ざけてくださいと祈ることは弱気な祈りでしょうか。そんなことはありません。自分が弱っている時、また逆に、成功して高ぶっている時、私たちは面と向かって悪魔と闘う力を失っています。イエス様も40日の断食を終え、悪魔の試みの中で、最後には「サタンよ退け」と言われました(マタイ4・10)。悪魔の策略に翻弄されたペテロも、「神の力強い御手の下で自らを低くしなさい」と教えています(Ⅰペテロ5・6)

神の御前での謙遜と従順こそが、悪魔に対する最高の力であることを忘れてはなりません。自分の知恵や経験に溺れることなく、「主よ、私を試みに合わせないでください」と祈ることは、老練な信仰者の祈りです。

さあ、ヤベツのように祈ろう。神は、ヤベツの祈りを聞き入れられて、兄弟たちの中で彼を最も尊ばれた者となさいました(4・8、4・10)
 
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【一日一章】 朝マナ 歴代志上 4章 【聖書通読】

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歴代志上 3章

2025年05月20日 | 歴代志
歴代志上3・17~19 捕囚となったエコニヤの子らは……中略……ペダヤの子らはゼルバベルとシメイである。

第3章は、ダビデ王からバビロン捕囚に至り、さらに、解放後の系図へと書き進められています。

冒頭の聖句に捕囚となったエコニヤとあるように、彼はバビロンへ捕囚として連れて行かれました。

エコニヤは幼名で後の名はエホヤキンです。彼が王として立ったのは8歳であったと記されています。そして、王位に就いて3ヶ月後に捕囚となりました。 ※新改訳では18歳と翻訳。また、列王紀では18歳であったと記録。この違いの意味するところは不明。

いずれにしても、 妻をめとり子孫を残す前に、若くしてバビロンへ連れて行かれ投獄されたわけですから、ダビデ王家の血筋は絶えてしまう状況です。しかし、神の約束は、ダビデ王の家系からキリストをお遣わしになることです。

捕囚の地でエコニヤ(エホヤキン)は結婚し、その孫にあたる人物のゼルバベルがバビロンからの帰還民の総督として戻ってきています。何という神のご配慮。神の約束は確かなことの証しです。

天地が滅んでも、神の御言は滅びることがないとは本当です。神の御言、神の御約束を信頼しよう。

さて、もうひとりの人物に注目しましょう。それはダビデの子ナタンです(3・5)。ダビデ王家の家系はソロモンに引き継がれたので、ナタンは忘れ去れたかのような存在でした。

しかし、このナタンは、ルカの記した福音書の系図に登場します(ルカ3・31)。ルカは、キリストを生んだマリヤに綿密に取材を重ねたと思われます。だからこそ、ルカ福音書にはキリストの出生から幼少期にかけて詳しい記述がなされています。

ルカが記したキリストの系図とマタイ福音書の系図が異なっていることはご存知でしょう。

マタイは、ダビデ王からソロモン王へと系図がつながれ、その子孫であるヨセフの子としてイエスが誕生したと記しました。神の国の王として来られるキリストを紹介するにはふさわしい王の系図です。

しかしルカは、王位には就かなかったが、ダビデの子であるナタンの子孫としてマリヤが登場します。

とはいえ説明が必要です。ルカ福音書では、ヨセフの父の名が「ヘリ」と記されています(ルカ3・23)。マタイではヨセフの父は「ヤコブ」です(マタイ1・16)。このヤコブはヨセフの実父ですが、ヘリはヨセフの義父です。つまり、ヨセフと結婚したマリヤの実父がヘリです。 ※新改訳ルカ3・23の欄外注を参照。ヨセフはマリヤの夫であるので、「ヘリの子」と表記されている。

ルカは、系図にマリヤの名こそ記しませんが、イエスを生んだマリヤの家系を記しました。それは、キリストが女のすえ(創世記3・15)として来られるとの預言の成就と見なしたのでしょう。

また、キリスト誕生預言はダビデの若枝と記されていますが、この場合、ダビデ王家の流れが強調されており、マタイが記した系図がそれを表しています。

もう一方で、キリスト誕生預言はエッサイの根株から生まれるとの記録もあります。エッサイはダビデの父。その家系の切り株の根元から生え出るようにして生まれるという意味です。

エッサイからダビデとつながったものの、亜流であるナタンの家系は歴史の表舞台から消えて、根株のように、その芽を出すのを待ち望んでいたかのような系図です。

しかし、そんな死んだも同然の根株の系図からマリヤが生まれ、そのマリヤはダビデ王家の子孫であるヨセフの許嫁となりイエスを出産したのです。どちらの系図にせよ、神の大いなる御手の中で育み、キリストを世に送り出したのです。

名のある家系だろうが、無名であろうが、神の御前には関係ありません。あなたに神の約束がとどまっているなら、必ずその御言どおりに実現するのです。

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【一日一章】 朝マナ 歴代志上 3章 【聖書通読】

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歴代志上 2章

2025年05月19日 | 歴代志
歴代志上2・7 カルミの子アカル。アカルは奉納物について罪を犯し、イスラエルを悩ました者である。

先の1章ではアダムからアブラハム、イサク、イスラエル(ヤコブ)につながる系図が記されていましたが、第2章ではイスラエルの子孫、特にダビデに至る本流の系図です。

本流とはいえ、それは清い流れとは言い難いものです。イスラエルの息子のユダ。そのユダは自分の息子エルの妻タマルとの間に子を生みました。その経緯は創世記38章に記されているとおりです。そのタマルが生んだペレヅからダビデ王が誕生しています。

その家系の中にはカルミの子アカルも名を連ねています。ヨシュア記では、彼の名はアカンと記されています(6~7章)。滅ぼしつくすべき敵の所有物を惜しんで、ひそかに隠し持っていた事件です。

この事件は、罪を言い表さず、ひそかに隠し持っているなら、やがて私たちの霊的闘いは滅びに至ることの教訓となりました。

このように、王に至る家系は華麗な流れではありません。罪によって濁った流れです。しかし、聖書はそれを正直に記録し、後生の教訓としています。私たちの生き様もそうでありたいと願います。

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【一日一章】 朝マナ 歴代志上 2章 【聖書通読】

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歴代志上 1章

2025年05月17日 | 歴代志
歴代志上1・34 アブラハムはイサクを生んだ。

「歴代志」はアダムからダビデに至るまでの系図、ダビデ王朝からバビロン捕囚、そしてバビロンからの帰還について記されています。 ※口語訳では「歴代志」、新改訳では「歴代誌」と表記。聖句はおもに口語訳からの掲載のため表記は口語訳とした。口語訳では上巻と下巻に区分。新改訳は「第一」と「第二」と区分。「歴代志上」とは、「第一歴代誌」のこと。

内容の多くはサムエル記および列王紀と重複していますが、歴代志の記者はある意図をもって、記事を省略し、また逆に追加もしています。その意図は、神殿に関する記録にスポットを当てることです。

サムエル記と列王紀は王の歴史であり、王座が強調されています。それに対して、歴代志は神殿が強調されています。なぜ神殿なのか。それは歴代志が編纂された時期と深く関わっています。

ユダヤ人はバビロン捕囚から解放され祖国に戻ってきました。そこで、まず着手したのは神殿建設でした。それは、神へのまことの礼拝こそが、祖国復興の鍵であると考えたからです。

そのような時期に歴代志は記されました。

かつての神殿は如何なる経過を経て建設されたのか。そして、如何にして堕落し、滅ぼされたのか。その歴史を記すことによって、真の神殿建設と復興を目指して歴代志は記されました。

さて、第1章はアダムからイスラエルまでの系図、第2章からはイスラエルからダビデにいたる系図です。その本流はダビデ王につながる系図なのですが、それ以外の系図も差し挟むように記録されています。

その中で区別されていることがあります。それは、ダビデ王につながる系図では、生まれたと記されているのに対して、第1章後半のエドムの地の王たちはみな死んだと記されています。

「キリストはダビデの子孫として来られる」。これが神の約束です。世の王たちはやがて死んで行きます。向かう先は死です。しかし、キリストは、いのちをもたらすために世に生まれるのです。そんな希望と期待を込めて、歴代志の記者は「生まれた」と記録したのではないかと思います。

キリストを待ち望む者にとって、その人生は「死んだ」で終わるのではなく、「生まれた」という、いのちへの希望と期待に溢れています。
 
 
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列王記下 25章

2025年05月16日 | 列王紀
列王紀下25・1 ゼデキヤの治世の第9年の10月10日に、バビロンの王ネブカデネザルはもろもろの軍勢を率い、エルサレムにきて、これにむかって陣を張り、周囲にとりでを築いてこれを攻めた。

ヨシア王の子(エホヤキンのおじ)ゼデキヤは、バビロンの傀儡(かいらい)政府の王としての立場を得ていましたが、ついに反旗を翻したため、バビロン軍はエルサレムを完全包囲しました。

この戦いの結果、ついにエルサレムは陥落し、人々はバビロンに捕囚として連れて行かれる事になります。これが第二次バビロン捕囚です。

聖書は軍隊に包囲された日を記録しています。ゼデキヤの治世の第9年の10月10日です。

神は、罪に対しては容赦なく滅ぼされますが、悔い改める者には驚くほどの恵みをもって報いてくださいます。この日を、神の慈愛を示す日として、人々は記録しました。

バビロンが自分たちを滅ぼすために街を包囲した日が、恵みの日になるとはどういう意味でしょうか。自分たちにとって最悪と思える日が恵みの日です。

この日のことは、預言者エゼキエルも重視しており、次のように記録しています。

第9年の10月10日に、主の言葉がわたしに臨んだ、『人の子よ、あなたはこの日すなわち今日の名を書きしるせ。バビロンの王は、この日エルサレムを包囲した』」エゼキエル24・1~2)。神ご自身が、この日を記録せよと命じておられます。

また、預言者エレミヤも「この日」を記録しています。重要な日付です。

ゼデキヤの治世の9年10月10日に、バビロンの王ネブカデレザルはその軍勢を率い、エルサレムにきて、これを包囲し、周囲に塁を築いてこれを攻めた。」(エレミヤ52・4)

聖書はなぜこんなにも「この日」に注目しているのでしょうか。それは、最悪の日でありますが、そこから神の恵みが始まった日でもあるからです。どのような恵みが始まったのでしょうか。

エレミヤはさらにこう預言しています。長くなりますが引用します。

「見よ、わたしは北の方のすべての種族と、わたしのしもべであるバビロンの王ネブカデレザルを呼び寄せて、この地とその民と、そのまわりの国々を攻め滅ぼさせ、これを忌みきらわれるものとし、人の笑いものとし、永遠のはずかしめとすると、主は言われる。

またわたしは喜びの声、楽しみの声、花婿の声、花嫁の声、ひきうすの音、ともしびの光を彼らの中に絶えさせる。この地はみな滅ぼされて荒れ地となる。そしてその国々は70年の間バビロンの王に仕える。

主は言われる、70年の終った後に、わたしはバビロンの王と、その民と、カルデヤびとの地を、その罪のために罰し、永遠の荒れ地とする。」(25・9~12)

神は、ユダを見捨てられたかのようではありましたが、そうではありませんでした。神の御怒りは筆舌にし難いほどに激しいのですが、神の愛もそれと同じように深く偉大です。

バビロンによって滅ぼされたかに見えたユダヤ人でしたが、そこには70年の計画の始まりでもありました。悲しみの出来事にも70年の計画があることを忘れてはなりません。「70年の計画」を経て、神は素晴らしい出発を用意なさっているのです。

もちろん、新約の私たちにとって、それが文字通りの70年とは限りませんが、「70年の計画」に相当する期間を経て復活の出来事が用意されています。十字架の死という悲しみは、3日間の死を経て復活へと至るのが神の方法です。

では、ユダヤの民には、この日から70年を経て何があったのでしょうか。

ユダヤ人はバビロンへ奴隷として連れて行かれましたが、その後、ペルシャがバビロンを滅ぼしペルシャ帝国が誕生しました。そのペルシャの王クロスは神の不思議な導きを受けて、ユダヤ人を解放し、祖国に戻るように命じたのです。

人類史上、このようなことがあったでしょうか。前代未聞の出来事です。神がクロス王の霊を奮い立たせ、ユダヤ人解放の志しを起こさせ、かつ実現に至らせたのです。

ユダヤの民は祖国に戻って、まず何をしたかご存知ですか。彼らが最初に手がけたことは神殿の建設でした。神への礼拝を第一にしたのです。

もちろん、神殿の建設はスムーズに進んだわけではありませんでした。挫折あり、妨害あり、民の心がくじけたこともありました。しかし、ついに、民は神殿建築に着手し、神殿の基礎工事を始めた日のことが、ハガイ書に記録されています。

「あなた方はこの日より後、すなわち、9月24日よりの事を思うがよい。また主の宮の基をすえた日から後の事を心にとめるがよい。種はなお、納屋にあるか。ぶどうの木、いちじくの木、ざくろの木、オリブの木もまだ実を結ばない。しかし、わたしはこの日から、あなた方に恵みを与える。」(2・18~19)

バビロンがエルサレムを包囲した「日から70年後が、この神殿建築の基礎工事を開始したに相当するのです。

何と意義深い日ではありませんか。最悪と思える「日」に、70年後のこんな恵み深い再出発の「日」が定められていたのです。

先のエレミヤも、神が計画なさっているのは、単なる災いを与える計画ではない。希望と将来を与える計画だと預言したとおりです。

ですから、どんな困難な日の中にも、神の恵みが盛り込まれていることを信じて乗り越えます。主を信頼しよう。


列王記下 24章

2025年05月15日 | 列王紀
列王紀下24・12 ユダの王エホヤキンはその母、その家来、そのつかさたち、および侍従たちと共に出て、バビロンの王に降服したので、バビロンの王は彼を捕虜とした。これはネブカデネザルの治世の第八年であった。

ヨシア王によって大胆な改革がなされたのですが、ヨシヤ王の死後、エホアハズが王となると、再び偶像礼拝の方向に大きく舵(かじ)を切りました。一体どうしたことなのでしょう。ヨシヤ王の改革が不徹底だったからでしょうか。

いいえ。ヨシヤ王は持てる力の限りをつくしました。偶像礼拝の様式を排除し、まことの神への礼拝形式へと改革しました。しかし、外側の改革は徹底しましたが、民の心の中身までは改革できませんでした。そこに旧約の限界があります。

民の心の中身まで造りかえることのできるのは、聖霊が内住してくださる時代を待つしかありません。それは新しい契約の時代です。聖霊が内住されて、神の律法をその心に書き記してくださる時代です(エレミヤ31・31/エゼキエル36・26)

旧約の預言者たちは、この素晴らしい約束を預言し、自分の時代には成就するのを見ることなく死んで行きました。それが今や、イエス・キリストを信じる私たちに実現しています。

さて、大国の狭間で翻弄される小国ユダにとって、現実派の人々はヨシア王の改革に不満をいだいていたことでしょう。

「信仰を第一にしても、現実はそんなに甘くない」。「近隣諸国との同盟関係を重視すべきだ」。「宗教的にも解放路線を取れ。そうすれば経済交流も盛んになり、商売繁盛にもつながるではないか」。

近隣諸国と交易を盛んにすることで経済的に豊かになれる。その為には、近隣諸国の偶像礼拝も受け入れて、人やお金の流れを盛んにすべきだ。そう考える現実主義者も多くいたのです。実際にヒゼキヤ王の宗教改革をひるがえしたマナセの時代は、解放路線に変更したことで、あの55年に及ぶ安定政権が生まれたではないか……というわけです。

そんな現実派の人々からすれば、信仰を第一とする純粋派の生き方は愚かに見えたことでしょう。

このような対立は昔も今もくり返されています。イエスを信じることは、まさに愚かなことです。クリスチャンはその愚かさを承知の上でイエスに従います。十字架の言葉は滅び行く者には愚かですが、救いにあずかる者には神の力です。

さて、そのようなわけですから、ヨシア王亡き後は、現実派の人々によって舵が大きく逆に切られてしまいました。こうして、ヨシアの子エホアハズ以降、南ユダは急速に堕落して行きました。

神は、ついに、ユダ王国さえも滅ぼすことになさったのです。

ことの経緯を整理しておきましょう。ヨシア王の子エホアハズはエジプトに幽閉され、エジプトは、ヨシアの子エホヤキムを王として立てて間接的に支配しました。その後バビロンの勢力下に移り、エホヤキムの子のエホヤキンが王となったのですが、エホヤキンの時代に、バビロンの王ネブガデネザルはエホヤキン王とその侍従たちを捕囚としてバビロンに連れて行きました(列王下24・12~16)

これが第1回目のバビロン捕囚です。

バビロンは、エホヤキンの代わりに叔父のゼデキヤを王に立てて間接的な支配を続けます(24・17)。しかしその後ゼデキヤが裏切ったために、バビロンはユダを徹底的に滅ぼし、その住民たちをバビロンへ捕囚として連れて行きました(25・1~12)

これが第2回目のバビロン捕囚です。

聖書は、厳しい宣告をしています。これは全く主の命(めい)によってユダに臨んだもので、ユダを主の目の前から払い除くためであった。主はその罪をゆるそうとはされなかった。」(24・3~4)

エルサレムとユダにこのような事の起ったのは主の怒りによるので、主はついに彼らを御前から払い捨てられた。(24・20)

何という厳しい宣告でしょうか。ヨシヤ王があんなに頑張ったのに、神は顧みてくださらなかったのだろうかと、神の愛を疑問視する人もいることでしょう。

でも、間違わないでください。神の愛は薄っぺらいものではありません。人間が少しばかり熱心に悔い改めたから、可哀想に思って良くしてあげる……。私たちの罪はそんな生半可な重さではありません。

神のひとり子が十字架で壮絶な死をとげなければならなかったほどに、人類の罪は深く、重く、広く、大きいのです。神は、人類の罪がいかに重いものであるかを示すために、神の愛するイスラエルの民さえも、このように滅ぼしてしまわれました。

そのような激しく厳しいさばきがあるが故に、神のゆるしの大きさ、神の愛の広さ、高さ、深さが意味をもつのです。

神は、この後、ユダヤ人を約束の地に再び帰還させられました。その記録がエズラ記、ネヘミヤ記に記されている次第です。

神は滅ぼされますが、そこから新しいいのちを得るようになさいます。これは神の法則です。死を通していのちを得る……これは神の法則です。

あのノアの洪水の時にすべてを滅ぼされましたが、ノアの家族から新しいいのちを始められました。ユダヤ人をバビロンによって滅ぼされましたが、そこから新しいいのちを始められました。

十字架で全人類の罪を滅ぼして、新しいいのちを始めるのは神の法則です。つまり、イエス・キリストを信じるとは、あの十字架で「過去の古い自分」はキリストと共に滅んだことを受け入れることです。そして「新しくされた自分」がキリストと共に復活したことを認めることです。

私たちは、神の懲らしめの下で滅びるかのような試練にあったとき、この法則を忘れないでください。主にあっては、死はいのちに至る道であることを。十字架を負うことはいのちへの道であることを。

列王記下 23章

2025年05月14日 | 列王紀
列王紀下23・25 ヨシヤのように心をつくし、精神をつくし、力をつくしてモーセのすべての律法に従い、主に寄り頼んだ王はヨシヤの先にはなく、またその後にも彼のような者は起らなかった。

神殿で発見された「律法の書」を読んだヨシヤ王は胸が引き裂かれる思いでした。それは、自分たちがあまりにも聖書に反する生き方をしていることが分かったからです。

そこで、王は改革に乗り出しました。それは聖書に帰る運動でした。聖書の通りにやろうと決断し、それをユダヤの民にも知らせ、断行しました。

最初に手を付けるべきことは神殿の回復でした。

神殿とは「神の家」と呼ばれ、神が住まわれる所です。といっても、天(宇宙)にも諸天の天(霊界の天)にも入れることのできない神は、この神殿にご自身の御名を置かれました(列王上8章)

神の御名があるところ……そこは神が共におられるのと同じです。イエスは、わたしの名で二人、三人が集まるところに、わたしも共にいると言われたとおりです。

神を信じるとは、神の御名を受け入れることです。神を愛するとは、神の御名を大切にすることです。神に仕えるとは、神の御名を讃美し礼拝することです。「イエスを信じる者、すなわちその名を信じた者たち」とある通りです(ヨハネ1・12)

旧約の時代は石造りの神殿に神の御名が置かれましたが、新約の時代は、イエスを信じる者たちの霊魂にイエスの御名が置かれています。

ところが、ヨシヤ王の時代の神殿は、神の御名を置くべき所にバアル像やアシラ像やそれに関わる祭壇が同居するという醜態をさらしていました。

日本の状況はどうでしょうか。同じ家の中に神棚も仏壇があり、結婚式はキリスト教式、子どもが生まれたら神道式、葬式は仏教式。年末にはクリスマスを祝い、年始には複数の神社をはしごして初詣。たくさん拝むほど御利益があると思っているのです。

こんな日本人の姿は、神の御言に照らし合わせれば狂気の沙汰です。ヨシア王は、このような神殿の姿を見て服を引き裂いて悲しみ、悔い改めました。果たして日本に住む私たちはどうだろうか。

私たちの心の中心にイエスの御名が置かれているでしょうか。イエスの御名を汚すものが私の家から、私の心から取り除かれているでしょうか。憎しみや恨みの思い、盗み・姦淫・殺人などの思い……これらが、かつてのエルサレム神殿を汚していたように、私自身を汚していないでしょうか。

次に取り組んだことは礼拝の回復でした。

旧約における礼拝は「祭」と呼ばれる形態でした。これは日本人が持っている祭のイメージとはずいぶん違います。律法では7つの祭が定められているのですが、歴史的な出来事に端を発し、神のなさった御業を思い起こし、子々孫々に語り継ぐものです。

この祭の中に神の壮大な計画が予告されています。神の御心をコンパクトに、しかも印象深く語り継ぎます。ユダヤ人をユダヤ人たらしめているのは、この祭があるからです。

その祭の中で第一かつ最も重要な祭が「過越(すぎこし)の祭」です。ところが、ユダヤではその祭が長年なされていなかったというのです。聖書はこう記しています。

「さばきづかさがイスラエルをさばいた日からこのかた、またイスラエルの王たちとユダの王たちの世にも、このような過越の祭を執り行ったことはなかった」というのです(23・22)。「さばきづかさ」の時代からとは、聖書の「士師記」以後からです。

ユダヤ民族の原点である「過越の祭」をこんなにも長い間おろそかにしていたのです。これでは迷走するわけです。 ※捕囚の地バビロンから帰還して後、ユダヤ人は律法に厳密に従うようになり、その頃に、ユダヤ教として体系化されたといわれる。

過越祭とは、民族がエジプトから救い出されたことを覚える祭です。ユダヤ人のアイデンティティーとなる出来事です。

新約の時代のクリスチャンにとって、それはイエスの十字架の死と復活の出来事です。礼拝ではいつもこの十字架の死と復活を記念します。その時のイエスの引き裂かれた肉と流された血を記念して「パンと杯」を受けます。

これが、クリスチャンとしてのアイデンティティーです。これを疎かにするなら、クリスチャンをクリスチャンたらしめるものを失います。

ヨシア王によってなされた聖書に帰る運動が、① 神殿の回復と、② (礼拝)の回復であったように、今日の私たちも同じことが言えます。イエスの御名が置かれている私たちの心から偶像を取り除くこと ――神殿の回復――と、霊と真実によってなされる礼拝の回復がなされることです。

列王記下 22章

2025年05月13日 | 列王紀
列王紀下22・8 そのとき大祭司ヒルキヤは書記官シャパンに言った、「私は主の宮で律法の書を見つけました」。そしてヒルキヤがその書物をシャパンに渡したので、彼はそれを読んだ。

主の目の前に悪を行ったマナセの治世は55年に及びました。その子アモンも引き続き2年間、父と同じ道を歩んだので、合計57年に及ぶ神殿荒廃と霊的堕落が続きました。

57年という年月は、ユダヤの敬虔な信者たちには暗黒時代でした。しかし、そのような圧政は永遠に続きません。夜は必ず朝を迎えるように、必ず主の時代がやってます。トンネルには必ず出口があるように、必ず解決の時がやってきます。 ※世俗主義者にしてみれば繁栄の長期政権であったであろう。

ついにその時がやってきました。

ヨシア王の時代のことです。神殿の中で、主の律法の書が発見されたのです。たぶん、マナセ王の時代に多くの信仰書は処分されたり、封印されたのではないかと思われます。その難を避けて、信仰者たちは律法の書を神殿に隠したのでしょう。

かつて王母のアタリヤがダビデ王家を滅ぼそうとしたとき、ひとりの信心深い婦人によって王子ヨアシが神殿の内部で匿(かくま)われたように、神の御言を滅ぼそうとしたマナセの手から逃れて、律法の書は神殿の中で匿われたのです。

しかし一体、祭司たちは、律法の書も知らずに、どうやって神殿の祭儀を執り行っていたのでしょうか。想像するに、伝統や言い伝えによって礼拝の体裁は保っていたのでしょうが、それはやがて聖書から大きくかけ離れて行きました。

それでも人々は、習慣的に祭儀を行っていることで、自分は熱心に神に仕えているのだ、神に喜ばれる礼拝をしているのだと自負していたことでしょう。こうしていつしか形骸化し、内容の伴わないものになっていました。

このような事はいつの時代にも起きています。

神の御子イエスが来られた時代もそうでした。人々の信仰は形式だけのものになっていました。イエス様はそのことを、あなた方は、自分たちが受けついだ言い伝えによって、神の御言を無にしていると指摘なさいました(マルコ7・13)。 ※新改訳では「神の御言を〝空文〟にしている」。

「形骸化」とは、いのちのない状態のことです。本来いのちのあるべき御言が、いのちのない空しい言葉になっていたのです。

あのマルチンルターが宗教改革をなした時代もそうでした。彼はキリスト教の伝統に従って修行に励んでいましたが、いのちがありませんでした。形は整っていてもいのちがない。それが形骸化です。やがてルターがたどりついたのは〝聖書の再発見〟でした。

ヨシア王の時代に律法の書を再発見したように、ルターも聖書を再発見したのです。

ルターの時代、人々は聖書を読むことができませんでした。勿論、聖書は貴重な書物でしたから、人々が手にできなかったこともあるのですが、誰もが自分勝手な聖書解釈をしないために、信徒が聖書を読むことを教会が禁じていたからです。
私たちの信仰の基準は「聖書」です。

私たちの信仰は、習慣的になったり、伝統だからといって形だけになってしまい、いのちを失っていないだろうか。旧約の人々が律法の書を発見したように、私たちも聖書を〝再発見〟する必要があります。

聖書に帰ろう」。これが、いのちのある信仰を生きるために、くり返さなければならないことです。


列王記下 21章

2025年05月12日 | 列王紀
列王紀下21・2 マナセは主がイスラエルの人々の前から追い払われた国々の民の憎むべきおこないにならって、主の目の前に悪をおこなった。

悲しい結果です。先の王ヒゼキヤの晩年は、今の自分が良ければそれで良いと考え、後生のことを考慮しなかったことを見ましたが、信仰においても同じで、ヒゼキヤの信仰は、息子のマナセに受け継がれなかったのです。その結果、マナセが王になると、南ユダの状況は一変してしまいました。

彼は、父ヒゼキヤが取り除いた「高き所」を再建しました。バアル像、アシラ像をはじめとする偶像を国中に造りました。また、主の御名を置くべき神殿に、他の神々の祭壇を設けました。その他に、魔術・占い・口寄せなど神の忌み嫌われることをことごとく行いました。

しかも、このようなマナセによる統治が55年間も続きました。ユダ王国史上、最長政権です。なぜ、善人よりも悪人が栄えるのだろうか……そんな疑問符がつきます。

しかし、この世が悪魔の支配下にあることを知るなら合点できます。聖書はこう記しています。全世界は悪しき者の配下にあることを知っている(Ⅰヨハネ5・19)。悪しき者とは、神に敵対して堕落した天使であるサタン(悪魔)のことです。

サタンは、自らが神の地位につこうとした者です。創造主である神こそが礼拝されるべきお方であると知りながら、あえて敵対する者です。だから、彼の働きはいつも一貫しています。まことの神礼拝を破壊することです。

盗み、殺人、姦淫などの罪も悪魔のわざですが、それは枝葉の罪にすぎません。そのような枝葉が生じる元になっている「根っ子の罪」こそが問題です。真の神を否定し、自らを神とすることです。これが根っ子の罪であり、悪魔のわざの本質です。

この悪魔的な罪は、悪魔の支配下にある人類にも及んでいて、人は自らを神とする生き方を倣(なら)います。神を拝むにしても、真の神・創造主ではなく、自分に都合の良い偶像を拝みます。

このように根っ子の罪こそが問題なのに、枝葉の罪を何とかしようと躍起(やっき)になるだけです。法律の目を細かくして抜け穴を塞ごうとか、罰則を強化して犯罪を押さえ込もうとか、教育を充実させて良くしようとか、いずれも対症療法です。

でも、それら枝葉の罪は、根っ子の罪から出てくる「実」にすぎません。そんな実を結ばせる根っ子の罪から正さなければなりません。それは、真の神への礼拝を回復することです。

主への礼拝を第一とすることから始めよう。シャツでいえば第一ボタンです。最初のボタンを掛け違えたら、あとは次々とズレて行きます。そのような時は、面倒くさいと思わずに、第一ボタンからかけ直すように、主への礼拝から正すことです。

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列王記下 20章

2025年05月10日 | 列王紀
列王紀下20・19 ヒゼキヤはイザヤに言った、「あなたが言われた主の言葉は結構です」。彼は「せめて自分が世にあるあいだ、平和と安全があれば良いことではなかろうか」と思ったからである。

アッスリヤ軍に完全包囲された南ユダ王国でしたが、ヒゼキヤ王の切なる祈りと主のあわれみとによって勝利を得ました。天の軍勢の前にアッスリヤ軍は滅びたのです(19・35)

その後、ヒゼキヤは死に至る病をわずらって床に伏したのですが、涙を流して主に求めると、主は応えてくださり癒されました。その時の主からの応えはこうでした。

「わたしはあなたの祈を聞き、あなたの涙を見た。見よ、わたしはあなたをいやす。3日目にはあなたは主の宮に上るであろう。かつ、わたしはあなたの齢(よわ)いを15年増す。わたしはあなたと、この町とをアッスリヤの王の手から救い、わたしの名のため、またわたしのしもべダビデのためにこの町を守るであろう。」

主は、私たちの涙をもご覧になっているのです。神の御前には格好をつけないで、率直に申し上げ、悲しみを現し、涙を流してよいのです。神は、それを受け止めてくださるお方です。

さて、このような素晴らしい経験をしたヒゼキヤですが、彼の晩年は少し様子が違います。

ある時、バビロンからの使節がユダにやって来ました。当時はアッスリヤ帝国全盛の時代でしたが、そのアッスリヤの東に頭角をあらわし始めたのが小国バビロンでした。

ヒゼキヤ王はバビロンからの使節を歓迎し、国の財産や軍事力までも公開したのです(20・13)自分の腹の内を見せるなどあまりにも無防備です。なぜ、そんな愚行をおかしたのでしょうか。

当時の状況は、いつ再びアッスリヤが侵略してくるか分からない不穏な時代でした。それを回避するためにも、その東にあるバビロンと同盟を結び、国の安泰を画策したのだと思われます。

あれほどのヒゼキヤも、晩年は弱気になってきたのでしょうか。日毎に衰えて行く外なる人を頼りにするなら、私たちは落胆します。胆しない方法は、日毎に新しくされる「内なる人」に目を注ぐことです。しかし、ヒゼキヤはそうではありませんでした。

バビロンに情報公開したことが、後のバビロン捕囚につながるとは、この時のヒゼキヤには想像できませんでした。しかし、預言者イザヤはそのことを預言しました。

「主は言われる、見よ、すべてあなたの家にある物、および、あなたの先祖たちが今日までに積みたくわえた物がバビロンに運び去られる日が来る。何も残るものはないであろう。また、あなたの身から出るあなたの子たちも連れ去られ、バビロンの王の宮殿で宦官となるであろう。」(20・17~18)

しかし、それに対するヒゼキヤの返答は、あなたが言われた主の言葉は結構ですというものでした。神の御言を真摯(しんし)受け止める心ではありません。

その理由は、せめて自分が世にある間、平和と安全があれば良いことではなかろうかと思ったからです。自分の時代が上手く行けばそれで良いじゃないか……という考えです。

(ひるがえ)って私たちはどうだろう。イエスを信じて自分が幸せであればそれで良い、後の時代のことまで考えられないという視野の狭さはないだろうか

私の単なる幸せのためにイエスを信じたのではありません。後の時代のことを考えよう。後の時代に、信仰の遺産を残せるような生き方ができるように、主に願い祈るものです。

残念ながら、ヒゼキヤの息子マナセ王は、55年間もの長期政権の間に、父ヒゼキヤ王のなした改革をことごとくひっくり返し、以前よりも悪を増してしまうことになるのです。