イザヤ書 65章
見よ、わたしは新しい天と、新しい地とを創造する。さきの事はおぼえられることなく、心に思い起すことはない。(65・17)
いよいよ、イザヤ預言のクライマックスです。神のご計画は、新しい天と新しい地を創造することです。
先の64章では、神は、陶器師のように人間を新しく造りかえてくださることを見ました。そして、ついには、罪によって汚された世界をさばき、まことの礼拝者からなる世界を、神は目指しておられます。
65章の1~16節は、新しい天と地が実現する前の、全世界に臨むさばきです。その詳細は、ヨハネの黙示録でも語られているところです。
神のさばきは突然ではありません。神の忍耐強い呼びかけを無視した結果です。「わたしはここにいる」と呼びかけ(65・1)、「わたしは終日(ひねもす)手を伸べて招いた」のです(2)。
さて、厳しいさばきの後に、新しい天と地が完成します。その新しい世界では、地の産物、動物たち、自然環境などのすべてが回復されると預言されています。ちょうど、アダムが堕落する以前のエデンの園のような環境です。
その世界観の中心は〝喜び〟です。
神は民に向かって、「あなたがたはわたしの創造するものにより、とこしえに楽しみ、喜びを得よ」と言われ(65・18)、神はその創造した「エルサレムを喜び、その民を楽しむ。泣く声と叫ぶ声は再びその中には聞こえない」と言われるのです(65・18~19)。
神が私たちに「いつも喜びなさい」と命じているだけでなく、神もまた、私たちの信仰を見て喜ぼうとなさっているのです。新しい天と地の世界はこれから実現しますが、それに先だってイエスにあって「いつも喜ぼう」と思うのです。
さて、寿命は飛躍的に伸びるようです。「わずか数日で死ぬみどりごと、おのが命の日を満たさない老人とは、もはやその中にいない。百歳で死ぬ者も、なお若い者とせられ、百歳で死ぬ者は、のろわれた罪人とされる。」(65・20)
また、動物界には肉食はなくなり、とても穏やかな世界になるようです。「狼と小羊とは共に食らい、獅子は牛のようにわらを食らい、蛇はちりを食物とする。彼らはわが聖なる山のどこでもそこなうことなく、やぶることはない。」(65・25)
このような新しい時代が来るのだと、神は言われます。それは、神の子とされたクリスチャンたちの救いが完成されるのと、時を同じくするであろうと考えられます。そのような至福の時を自然界もうめきながら待っています。
そのことを聖書はこう告げています。
「実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき、共に産みの苦しみを続けていることを、私たちは知っている。それだけではなく、御霊の最初の実を持っている私たち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、体のあがなわれることを待ち望んでいる。」(ローマ8・22~23)
万物はうめいていますが、絶望的なうめきではありません。新しい天と地の完成という希望のあるうめきです。ですから、いましばらくは、うめきながら歩むことになるでしょうが、神のご計画を信頼して進もう。
<朗読配信_Spotify>
見よ、わたしは新しい天と、新しい地とを創造する。さきの事はおぼえられることなく、心に思い起すことはない。(65・17)
いよいよ、イザヤ預言のクライマックスです。神のご計画は、新しい天と新しい地を創造することです。
先の64章では、神は、陶器師のように人間を新しく造りかえてくださることを見ました。そして、ついには、罪によって汚された世界をさばき、まことの礼拝者からなる世界を、神は目指しておられます。
65章の1~16節は、新しい天と地が実現する前の、全世界に臨むさばきです。その詳細は、ヨハネの黙示録でも語られているところです。
神のさばきは突然ではありません。神の忍耐強い呼びかけを無視した結果です。「わたしはここにいる」と呼びかけ(65・1)、「わたしは終日(ひねもす)手を伸べて招いた」のです(2)。
さて、厳しいさばきの後に、新しい天と地が完成します。その新しい世界では、地の産物、動物たち、自然環境などのすべてが回復されると預言されています。ちょうど、アダムが堕落する以前のエデンの園のような環境です。
その世界観の中心は〝喜び〟です。
神は民に向かって、「あなたがたはわたしの創造するものにより、とこしえに楽しみ、喜びを得よ」と言われ(65・18)、神はその創造した「エルサレムを喜び、その民を楽しむ。泣く声と叫ぶ声は再びその中には聞こえない」と言われるのです(65・18~19)。
神が私たちに「いつも喜びなさい」と命じているだけでなく、神もまた、私たちの信仰を見て喜ぼうとなさっているのです。新しい天と地の世界はこれから実現しますが、それに先だってイエスにあって「いつも喜ぼう」と思うのです。
さて、寿命は飛躍的に伸びるようです。「わずか数日で死ぬみどりごと、おのが命の日を満たさない老人とは、もはやその中にいない。百歳で死ぬ者も、なお若い者とせられ、百歳で死ぬ者は、のろわれた罪人とされる。」(65・20)
また、動物界には肉食はなくなり、とても穏やかな世界になるようです。「狼と小羊とは共に食らい、獅子は牛のようにわらを食らい、蛇はちりを食物とする。彼らはわが聖なる山のどこでもそこなうことなく、やぶることはない。」(65・25)
このような新しい時代が来るのだと、神は言われます。それは、神の子とされたクリスチャンたちの救いが完成されるのと、時を同じくするであろうと考えられます。そのような至福の時を自然界もうめきながら待っています。
そのことを聖書はこう告げています。
「実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき、共に産みの苦しみを続けていることを、私たちは知っている。それだけではなく、御霊の最初の実を持っている私たち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、体のあがなわれることを待ち望んでいる。」(ローマ8・22~23)
万物はうめいていますが、絶望的なうめきではありません。新しい天と地の完成という希望のあるうめきです。ですから、いましばらくは、うめきながら歩むことになるでしょうが、神のご計画を信頼して進もう。
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