ナホム書 3章
これは皆あでやかな遊女の恐るべき魔力と、多くの淫行のためであって、その淫行をもって諸国民を売り、その魔力をもって諸族を売り渡したものである。(3・4)
ニネベの滅亡にともなう悲惨な情景が描かれています。このような事態になったのは、冒頭の聖句のように、「彼女」と称されるニネベ市民の淫行の結果であると述べられています。
町が「女」として描かれています。「乙女イスラエル」とか「シオンの娘」という表現も思い出されます。しかし、どのような娘なのか。それが問題です。
ニネベは「遊女」と言われています。これは道徳的に乱れていたことも意味していますが、同時に偶像礼拝に明け暮れた町という意味でもあります。
まことの神を知りながら……つまり、ヨナの宣教によって一時期は神である主を知ったのですが、その後、偶像の神々に再び心奪われ、心酔していったニネベの姿が描かれています。これは、神から見れば「遊女」です。霊的な姦淫です。
いま、私たちの住む日本の宗教事情はどうですか。まことの神を礼拝しようともせず、神ならぬ神々を拝んでいます。そして、その神々に何を祈願しているのですか。それは地上の繁栄と富です。世界有数の経済大国ではありますが、当時のニネベと変わりがありません。
最近やたらと日本を称賛するテレビ番組が増えています。日本の技術ってスゴイねとか、おもてなしや優しさってイイね等々。でも、だからといって、真の神をないがしろにする罪が帳消しになるわけではありません。日本人の良い点が活かされて経済的繁栄を謳歌していますが、だからといって永遠につづく真の豊かさを得ているわけではありません。
もう一度、冒頭の聖句に戻りましょう。
彼女と称されるニネベは「遊女の恐るべき魔力と、多くの淫行」によって、諸国民をも誘惑し、富の魅力とか魔力によって富の虜になっていました。そのような姿は、神の目には淫行を重ねる遊女として映っていることを知るべきです。
これは皆あでやかな遊女の恐るべき魔力と、多くの淫行のためであって、その淫行をもって諸国民を売り、その魔力をもって諸族を売り渡したものである。(3・4)
ニネベの滅亡にともなう悲惨な情景が描かれています。このような事態になったのは、冒頭の聖句のように、「彼女」と称されるニネベ市民の淫行の結果であると述べられています。
町が「女」として描かれています。「乙女イスラエル」とか「シオンの娘」という表現も思い出されます。しかし、どのような娘なのか。それが問題です。
ニネベは「遊女」と言われています。これは道徳的に乱れていたことも意味していますが、同時に偶像礼拝に明け暮れた町という意味でもあります。
まことの神を知りながら……つまり、ヨナの宣教によって一時期は神である主を知ったのですが、その後、偶像の神々に再び心奪われ、心酔していったニネベの姿が描かれています。これは、神から見れば「遊女」です。霊的な姦淫です。
いま、私たちの住む日本の宗教事情はどうですか。まことの神を礼拝しようともせず、神ならぬ神々を拝んでいます。そして、その神々に何を祈願しているのですか。それは地上の繁栄と富です。世界有数の経済大国ではありますが、当時のニネベと変わりがありません。
最近やたらと日本を称賛するテレビ番組が増えています。日本の技術ってスゴイねとか、おもてなしや優しさってイイね等々。でも、だからといって、真の神をないがしろにする罪が帳消しになるわけではありません。日本人の良い点が活かされて経済的繁栄を謳歌していますが、だからといって永遠につづく真の豊かさを得ているわけではありません。
もう一度、冒頭の聖句に戻りましょう。
彼女と称されるニネベは「遊女の恐るべき魔力と、多くの淫行」によって、諸国民をも誘惑し、富の魅力とか魔力によって富の虜になっていました。そのような姿は、神の目には淫行を重ねる遊女として映っていることを知るべきです。
このことは、ニネベだけのことではありません。
世の終わりについて預言したヨハネの黙示録によれば、最後に滅ぼされる都「大バビロン」は遊女の町として描かれ、彼女は「大淫婦」と呼ばれていることを忘れてはなりません。「地上の王たちは、この女と姦淫を行い、この女の姦淫のぶどう酒に酔いしれた」としるされ、また、この女の「魔術にだまされていた」とも記されています。
世界中は大淫婦と呼ばれる〝彼女〟に魅了され、その富と淫行によって滅びて行く様は、このニネベの滅亡の最終的な姿であろうと思われます。
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