歴代志上14:10 ダビデは神に問うて言った、「ペリシテびとに向かって上るべきでしょうか。あなたは彼らをわたしの手にわたされるでしょうか」。
ダビデが全イスラエルの王として就任したニュースは、近隣諸国に伝わりました。それに対する諸国の反応はそれぞれ異なりました。ツロの王ヒラムは、ダビデ王に就任の祝いを届けるほどに親イスラエル外交です(14:1)。
逆に、ペリシテはこれを機会に攻撃に撃って出てきました。
「さてペリシテびとはダビデが油を注がれて全イスラエルの王になったことを聞いたので、ペリシテびとはみな上ってきてダビデを捜した。ダビデはこれを聞いてこれに当ろうと出て行った。」(14:8)
王になって安泰かと思いきや、攻撃が激しくなることもあります。
私たちも、あやふやな信仰の時は何となく平穏であったのに、イエスを信じて旗印を明確にするや、何かと戦いや葛藤が生じるという経験をします。
ツロの王ヒラムのように信頼を寄せてくれる人もいれば、ペリシテのように敵愾心をあらわにする人もいることでしょう。でも、私たちの主イエス・キリストが味方です。
ダビデは、そんな事態に至ってもあわてず、主に祈ってたずねています(14:10)。この時は「攻め上れ」との御言があり大勝利を得ました。
二度目の戦いの時も、再びダビデは神に問うて祈っています(14:14)。この時の神の御言は「待て」です(14:14)。
神と共に生きることは、儀式を行うようにして、いつも同じことの繰り返しではありません。時に、「行け」と言われ、時に、「待て」とも言われます。なぜなら、主は生きておられるからです。なぜなら、主と私たちの交わりは、いつも生きた交わりだからです。
イエス・キリストに問いながら生きよう。主に祈りながら進む時、主はその課題の先を進んでおられることを知るでしょう。
ダビデに対しも、「神はすでに、ペリシテ人の陣営を打つために、あなたより先に出ているから」(新改訳14:15)と応えられたように、私たちの祈りに対しても、主は先だって戦われるからです。(Ω)

