ゼカリヤ書 8章
勇気を出せ。あなた方は、万軍の主の家である神殿を建てるための礎が据えられた日以来、預言者たちの口から、これらのことばを日ごろ聞いているではないか。(8・9 新改訳)
イエス・キリストを信じた当初、心は熱く燃えていても、歳月が流れると冷めたり弱ったりすることがあります。神殿再建の使命に燃えていた人々も、様々な困難や世の煩いの中で弱さを覚えていました。ですから、ゼカリヤは神殿再建の向こう側に用意されている祝福を預言し励ましたのです。
完成した神殿で真実な礼拝がささげられるとき、そこは神が共におられる祝福の場所なのだと言われるのです。出エジプト以来、イスラエルの民が求めてきた安息の場所とも言えるでしょう。
まず第一に、神殿の建つ都エルサレムは真実の町となります(8・3)。町の広場には老人や子どもたちが平和に暮らす様子も描かれています(8・4~5)。
今まで戦乱に次ぐ戦乱で、流血の町エルサレムしか知らない人々にとって、このような平和に満ちた町の姿は安息の世界です。神はそのような町を目指しておられるのです。「『その日には、たとい、この民の残れる者の目に、不思議な事であっても、それはわたしの目にも、不思議な事であろうか』と万軍の主は言われる」ように神には当然の帰結です(8・6)。
第二に、私たちの信仰は喜びに溢れたものになると預言されています(8~23)。
先の7章では「断食はもういいじゃないですか」と質問したことが記されていました。それは人々には信仰は苦行に感じられたからです。喜びではなかったのです。しかし、まことの神殿と礼拝が完成すると、断食は「ユダの家の喜び楽しみの時となり、よき祝いの時となる」のです(19)。
「断食」とありますが、信仰生活のことです。礼拝のことです。私の心の内に神殿が再建されたら、礼拝は喜びです。楽しみです。でも、内なる神殿が壊れている人にとっては、礼拝とか信仰生活は苦行に感じることでしょう。
さらに、そのように喜んで礼拝する姿を見て、異邦人が「ひとりのユダヤ人の衣の裾をつかまえて『あなた方と一緒に行こう。神があなたと共にいますことを聞いたから』と言う」のです(23)。これこそ究極の伝道です。
これが、神殿再建の向こう側に用意されている世界です。だから勇気を出して、神の御言を信頼して、神殿再建工事を熱心に進めよと主は命じられます。冒頭の御言の通りです。
やがて終わりの時に完成するこの約束を想い出してください。その約束を忘れてしまうので、世のわずらいによって惑わされるのです。さあ、思い起こそう。「預言者たちの口から、これらのことばを日ごろ聞いているではないか」(8・9)。
日頃、聖書を読む中で、聖霊はあなたに御言を語っておられるではありませんか。毎週の主日礼拝で、牧師の口を通して神の約束を聞いているではありませんか。そこが、私たちの寄って立つべき所です。
勇気を出せ。あなた方は、万軍の主の家である神殿を建てるための礎が据えられた日以来、預言者たちの口から、これらのことばを日ごろ聞いているではないか。(8・9 新改訳)
イエス・キリストを信じた当初、心は熱く燃えていても、歳月が流れると冷めたり弱ったりすることがあります。神殿再建の使命に燃えていた人々も、様々な困難や世の煩いの中で弱さを覚えていました。ですから、ゼカリヤは神殿再建の向こう側に用意されている祝福を預言し励ましたのです。
完成した神殿で真実な礼拝がささげられるとき、そこは神が共におられる祝福の場所なのだと言われるのです。出エジプト以来、イスラエルの民が求めてきた安息の場所とも言えるでしょう。
まず第一に、神殿の建つ都エルサレムは真実の町となります(8・3)。町の広場には老人や子どもたちが平和に暮らす様子も描かれています(8・4~5)。
今まで戦乱に次ぐ戦乱で、流血の町エルサレムしか知らない人々にとって、このような平和に満ちた町の姿は安息の世界です。神はそのような町を目指しておられるのです。「『その日には、たとい、この民の残れる者の目に、不思議な事であっても、それはわたしの目にも、不思議な事であろうか』と万軍の主は言われる」ように神には当然の帰結です(8・6)。
第二に、私たちの信仰は喜びに溢れたものになると預言されています(8~23)。
先の7章では「断食はもういいじゃないですか」と質問したことが記されていました。それは人々には信仰は苦行に感じられたからです。喜びではなかったのです。しかし、まことの神殿と礼拝が完成すると、断食は「ユダの家の喜び楽しみの時となり、よき祝いの時となる」のです(19)。
「断食」とありますが、信仰生活のことです。礼拝のことです。私の心の内に神殿が再建されたら、礼拝は喜びです。楽しみです。でも、内なる神殿が壊れている人にとっては、礼拝とか信仰生活は苦行に感じることでしょう。
さらに、そのように喜んで礼拝する姿を見て、異邦人が「ひとりのユダヤ人の衣の裾をつかまえて『あなた方と一緒に行こう。神があなたと共にいますことを聞いたから』と言う」のです(23)。これこそ究極の伝道です。
これが、神殿再建の向こう側に用意されている世界です。だから勇気を出して、神の御言を信頼して、神殿再建工事を熱心に進めよと主は命じられます。冒頭の御言の通りです。
やがて終わりの時に完成するこの約束を想い出してください。その約束を忘れてしまうので、世のわずらいによって惑わされるのです。さあ、思い起こそう。「預言者たちの口から、これらのことばを日ごろ聞いているではないか」(8・9)。
日頃、聖書を読む中で、聖霊はあなたに御言を語っておられるではありませんか。毎週の主日礼拝で、牧師の口を通して神の約束を聞いているではありませんか。そこが、私たちの寄って立つべき所です。
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