ヨシュア記24・23 あなたがたのうちにある、異なる神々を除き去り、イスラエルの神、主に、心を傾けなさい。
ヨシュアの遺言説教は続きます。
父祖アブラハムから今日に至るまで、主なる神が成してくださった恵みを顧みています。今あるのは、主が与えて下さった恵みであることを忘れてはならないと語られています(24・1~12)。
自分たちが労しなかった土地を受け、自分たちが労しなかった家、作物、富を得ている。これは主が与えて下さったのだと語られています(24・13)。
この恵みを忘れて、自分の力で成し遂げたと思う傲慢から堕落が始まります。
新約聖書でも、こう告げられています。「あなたの持っているもので、もらっていないものがあるか。もしもらっているなら、何故もらっていない者のように誇るのか」(Ⅰコリ4・7)。
すべてを与えてくださっている神を忘れることが傲慢です。
だから、私たちはすべての根源である神を礼拝します。礼拝とは、すべてが神のものであるとの告白です。自分さえも自分のものではなく、神よ、あなたものですと告白するのが礼拝です。この礼拝を忘れると人は傲慢におちいります。
だから、主なる神への礼拝を第一としよう。
ヨシュアは、何度も偶像礼拝を警告しています。神ならぬものを神として礼拝すること……これが偶像礼拝です。そしてヨシュアは、「あなたがたのうちにある、異なる神々を除き去り、イスラエルの神、主に、心を傾けなさい」と命じました(24・23)。
今日のクリスチャンが神社・仏閣に詣でて意図的に拝むことなどしないでしょう。むしろ気をつけるべきは、冒頭の聖句が指摘しているように、私の内にある偶像(異なる神々)です。
主イエス以上に頼りにしているもの。主イエス以上に愛していて、それとイエスとどちらを選ぶのかと問われたら、主イエスを捨てて選んでしまいそうなもの。それは偶像であり、異なる神々です。
ヨシュアは、そのような異なる神々を捨て去れと命じました。そうすることによって、心を主に傾けるのだと教えました。つまり、私の中に偶像があると、主イエスに心を傾けなくさせるのです。
祈りましょう。主イエスに心を傾けることを妨げている偶像があるなら、主よ示してください。そして、それを捨て去ることができるようにして下さい。
ヨシュアの遺言説教は続きます。
父祖アブラハムから今日に至るまで、主なる神が成してくださった恵みを顧みています。今あるのは、主が与えて下さった恵みであることを忘れてはならないと語られています(24・1~12)。
自分たちが労しなかった土地を受け、自分たちが労しなかった家、作物、富を得ている。これは主が与えて下さったのだと語られています(24・13)。
この恵みを忘れて、自分の力で成し遂げたと思う傲慢から堕落が始まります。
新約聖書でも、こう告げられています。「あなたの持っているもので、もらっていないものがあるか。もしもらっているなら、何故もらっていない者のように誇るのか」(Ⅰコリ4・7)。
すべてを与えてくださっている神を忘れることが傲慢です。
だから、私たちはすべての根源である神を礼拝します。礼拝とは、すべてが神のものであるとの告白です。自分さえも自分のものではなく、神よ、あなたものですと告白するのが礼拝です。この礼拝を忘れると人は傲慢におちいります。
だから、主なる神への礼拝を第一としよう。
ヨシュアは、何度も偶像礼拝を警告しています。神ならぬものを神として礼拝すること……これが偶像礼拝です。そしてヨシュアは、「あなたがたのうちにある、異なる神々を除き去り、イスラエルの神、主に、心を傾けなさい」と命じました(24・23)。
今日のクリスチャンが神社・仏閣に詣でて意図的に拝むことなどしないでしょう。むしろ気をつけるべきは、冒頭の聖句が指摘しているように、私の内にある偶像(異なる神々)です。
主イエス以上に頼りにしているもの。主イエス以上に愛していて、それとイエスとどちらを選ぶのかと問われたら、主イエスを捨てて選んでしまいそうなもの。それは偶像であり、異なる神々です。
ヨシュアは、そのような異なる神々を捨て去れと命じました。そうすることによって、心を主に傾けるのだと教えました。つまり、私の中に偶像があると、主イエスに心を傾けなくさせるのです。
祈りましょう。主イエスに心を傾けることを妨げている偶像があるなら、主よ示してください。そして、それを捨て去ることができるようにして下さい。
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