出エジプト記 40章
雲が幕屋の上からのぼる時、イスラエルの人々は道に進んだ。彼らは旅路において常にそうした。しかし、雲がのぼらない時は、そののぼる日まで道に進まなかった。(40・36~37)
荒野におけるイスラエルの旅路は、常に幕屋が中心でした。人々の宿営は幕屋を中心に各部族ごとに設営されました。つまり、幕屋に象徴される神が中心であり、その神への礼拝が彼らの旅の中心に位置づけられていました。
また、旅立つのも、留まるのも、幕屋に現れる〝雲〟次第でした。出立する時は、雲が幕屋の上から移動する時でした。雲が移動しない時は、先を急ぎたくてもそこにとどまりました。
このように、幕屋には「栄光の雲」とよばれる雲がいつもありました。夜になると、その雲の中に火がありました(40・38)。この雲は「神の臨在」を表していました。 ※この光景は天の御使たちが天と幕屋とを往来する様子が、雲のようにも見え、火のようにも見えたのであろう。
何もない荒野で、人々はこの雲を見てどんなにか勇気づけられたことでしょう。道に迷ったときも、この雲を目当てに宿営にもどることができました。こうして荒野における雲は、人々の生活の指針となりました。また、神が共におられることの励ましでありそのしるしとなりました。
この雲は、新約の時代の聖霊を表しています。聖霊は、私たちに神が共におられることを分からせてくださいます。現世という荒野を旅する私たちは、いつも聖霊に頼ります。
聖霊が私たちを進ませるとき、有無を言わず従います。聖霊がとどめられるとき、自分の考えでは進みたくても、とどまります。
そういえば、伝道者パウロもアジアへ進むことを聖霊が禁じられたことがありました(使徒16・6)。彼の宣教旅行は聖霊の導かれるままでした。
イスラエルの人々は荒野において「神に従う訓練」を受けました。私たちも、心をしずめて聖霊の導きを知る訓練が必要です。聖霊の声と自分の考えを区別できる訓練です。
そのためには、日々聖書の御言を読み、聖霊の語りかけに耳を傾けながら、天国を目指して旅をします。新約教会の旅が祝福されますように……。
雲が幕屋の上からのぼる時、イスラエルの人々は道に進んだ。彼らは旅路において常にそうした。しかし、雲がのぼらない時は、そののぼる日まで道に進まなかった。(40・36~37)
荒野におけるイスラエルの旅路は、常に幕屋が中心でした。人々の宿営は幕屋を中心に各部族ごとに設営されました。つまり、幕屋に象徴される神が中心であり、その神への礼拝が彼らの旅の中心に位置づけられていました。
また、旅立つのも、留まるのも、幕屋に現れる〝雲〟次第でした。出立する時は、雲が幕屋の上から移動する時でした。雲が移動しない時は、先を急ぎたくてもそこにとどまりました。
このように、幕屋には「栄光の雲」とよばれる雲がいつもありました。夜になると、その雲の中に火がありました(40・38)。この雲は「神の臨在」を表していました。 ※この光景は天の御使たちが天と幕屋とを往来する様子が、雲のようにも見え、火のようにも見えたのであろう。
何もない荒野で、人々はこの雲を見てどんなにか勇気づけられたことでしょう。道に迷ったときも、この雲を目当てに宿営にもどることができました。こうして荒野における雲は、人々の生活の指針となりました。また、神が共におられることの励ましでありそのしるしとなりました。
この雲は、新約の時代の聖霊を表しています。聖霊は、私たちに神が共におられることを分からせてくださいます。現世という荒野を旅する私たちは、いつも聖霊に頼ります。
聖霊が私たちを進ませるとき、有無を言わず従います。聖霊がとどめられるとき、自分の考えでは進みたくても、とどまります。
そういえば、伝道者パウロもアジアへ進むことを聖霊が禁じられたことがありました(使徒16・6)。彼の宣教旅行は聖霊の導かれるままでした。
イスラエルの人々は荒野において「神に従う訓練」を受けました。私たちも、心をしずめて聖霊の導きを知る訓練が必要です。聖霊の声と自分の考えを区別できる訓練です。
そのためには、日々聖書の御言を読み、聖霊の語りかけに耳を傾けながら、天国を目指して旅をします。新約教会の旅が祝福されますように……。
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<You Tube> 【一日一章】 朝マナ 出エジプト記 40章【聖書通読】 (youtube.com)
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