とうちゃんのぷらぷら日記

アウトドア系の日記及びうんちく

サントリーホール クリスマス オルガンコンサート2013

2013-12-25 21:46:27 | 音楽 美術
クリスマスの日にはクリスマスにふさわしい曲を聴きたいなと思い、
思いきって行ってきました。
仕事もこのごろは、クリスマスイブには早めに終わる習慣になってきているので
19:00に始まるコンサートでも間に合ってしまうのです。

ところが観客の多くは仕事モードのままで駆け付けた人も多いのか、
前半は、会場の一体感は今一なのでした。(コンサートは観客側の雰囲気も大切です)

特に今回のコンサートは、
本当は物音ひとつないような中で聞くと心に沁みるようなコーラスなのですが、
12月という季節もいけないのか、
咳をする人も多かったのです。

コンサートのメインは、後半のイエス誕生の物語です。
ダビデの星役(?)の幼子が、とてもかわいらしく、
長い時間の出番なので、途中きょろきょろしたり、つまらなさそうな仕草をするのが、なぜかホッとさせられ、舞台の雰囲気をクリスマスらしいホンワカとしたものにしてくれているのでした。
歌とオルガンも、もちろんとてもよかったですよ。
最後はパイプオルガンの演奏付きで、きよしこの夜を観客と一緒に合唱して終わりとなりました。

メリークリスマスです。

(普通の人がパイプオルガンの伴奏でクリスマスイブにクリスマスの曲を歌うのなんて、ありえない体験ですね)





冬の旅

2013-12-23 11:08:59 | 旅行
本当は北海道へ行くつもりだったのですが
ブルーガイドを毎日読んでは、
北海道の各地を旅する空想にふけっていました。
当時は、SLのC62が引く急行ニセコ(函館本線)や北海道の自然にあこがれていました。

それが北八ヶ岳の天狗岳へ登ったのと同じ年に、
北海道旅行の練習を兼ねて、
とりあえず東北へ行こうということになったのです。

旅行のテーマは蒸気機関車。
今思うとなかなかアクティブな中学生でした。

その年も暮れようという12月に、兄と二人で青森へ向け出発したのです。
寝台特急「ゆうづる」に興奮し、常磐線経由で青森駅に着いたのはまだ薄暗い朝のことです。
弘前城を見学した後
いよいよ五能線の川部駅から蒸気機関車に乗り込みます。
蒸気機関車は、ごく小さいころに鶴見の操車場にD51がいたのを
なんとなく覚えているくらいで、乗るのは初めてでした。
雪の降り積もるリンゴ畑の間をぬうように走るハチロク蒸気機関車。
車窓からは、津軽の冬景色がゆっくりと流れてゆきます。
蒸気機関車は無粋なエンジン音もなく、
旅情をかきたててくれる、
旅人向きな乗り物です。

青森に着いた初日
自分達はめいっぱい行動し、事前に予約しておいた深浦(日本海に面した青森の港町)の旅館、越後屋さんに着いたのは、夜の8時を過ぎたころとなっていました。
中学1、2年の兄弟には、旅館というものは遅くとも5時ごろまでには到着しておかなければならないという常識を持ち合わせていませんでした。

冬の遅い時間にひょこり現れた兄弟に、
もうキャンセルと思い込んでいた宿の女将さんはおどろきました。
当然食事のしたくもなく、不憫に思った女将さんに焼きおにぎりを作ってもらったことを覚えています。(あるいは朝ごはんとして作ってもらったものかもしれないが、そのへんはもう忘れてしまった。)

翌日はまた、始発電車に乗るべく薄暗い中、旅館を後にする兄弟でした。

この時の旅行は、初日を除いて夜行列車を乗り継いで移動するというハードなものでした。
青森から次ぎの目的地の福島へと夜行列車で移動し、福島でも夜になると夜行電車を乗り継いで仮眠をとるというスタイルで旅行をしました。
当時会津には、日中線にC11が走っていました。
会津滝の原線にも蒸気機関車が走っており写真を撮る目的で会津田島へと向かいました。

旅行のメインだった五能線は、この年の夏ごろに起きた豪雨で一部不通となっており、
鰺ヶ沢、深浦間がバスによる代行運行となっていました。
現在日中線はすでに廃線となっています。


2355列車で行こう

2013-12-21 19:56:47 | 山行
新宿駅23時55分発長野行き、
通称2355列車と呼ばれ、登山者に親しまれていた夜行列車だ。
なつかしく思う方も多くおられることだろう。

まだ新宿駅にアルプスの広場があったころのことだ。
北八ヶ岳の天狗岳へ、
この鈍行の夜行列車に乗って出かけたことがあった。
夜行電車に乗ったのは、この時が初めてであった。
こんなに遅い時間の電車は、
混んでいても最悪通路にでも座れるのではないかと軽く考えていたのだが、
出発の時間が近づくにつれ、どんどん乗客が乗り込んでくる。
しまいには通勤電車と変わらない満員状態となってしまった。

それでも八王子あたりで空くのではないかと期待したのだが、
とうとう目的地の茅野駅まで立ちん坊のままであった。
昔の長距離電車は、たばこは吸い放題、
夜遅い電車とあって酔っ払いも乗り込んでくる。
茅野駅に着いたころには(5時37分着)いい加減疲れはてていた。

登山客は今では考えられない人数だった。
渋の湯行のバスは何台も臨時便が出発し、
私が乗ったバスなどは、
普段は車庫にしまい込まれているのではないかと思われるボンネット型のバスであった。
さすがに当時でもそんなバスは、もう見たことがなかった。
それへ満員のお客と目いっぱいの荷物(リュックサック)を詰め込むのである。
急な坂では、バスのエンジンがうなり声をあげていた。

天狗岳は2645mで、私が初めて登った高山だった。
コイワカガミの可憐な花に黒百合平の黒百合が今でも忘れられない。
当時の北八ヶ岳の森は、今よりよほど苔が多かったように思う。

若いころに登った山は、強く印象にのこっている。
特に天狗岳は自分の登山の原点となった山だ。

それにしても親はよく、
当時まだ中学1年だった自分と、
同じく中学2年だった兄との、二人きりの登山を許したものである。

シンプルな考え

2013-12-21 16:52:16 | 主張 感想
公害がひどかったころのことだ。
工場からは煤煙が立ちのぼり、いたるところで森林伐採が進行していた。

森林が光合成により酸素を作り出すことは、中学生でも知っている知識だ。
ところが当時大気汚染は問題となっていたが、二酸化炭素の増加については、公害問題として取り上げているのを聞いたことがなかった。

中学生だった自分は、なぜ二酸化炭素の増加についてだれもなにも言わないのか不思議に思っていたのだ。
きっと自分の知識では足りない何かがあり、杞憂なことなのだと納得させていたのだが・・・
ところが、やっぱりだったのだ。
今になって大騒ぎをしているのである。


福島第一原発のことである。
震災が起こる何年も前のこと、詳しい番組名等は記憶にないが、
あるテレビ番組の中で、福島の原発について平安時代に起きた貞観地震による津波の到達点を示した上で、
テレビのレポータが東電関係者と思われる人に津波対策の実効性を問うていた。

印象に残っているのは、安全対策は万全ですと答えた後、1000年に一度のことにそんなにお金は使えないというようなニュアンスのことを話していたことだ。
地質学などの本を少しでも読んだことある人ならばわかると思うが、
1000年に一度という周期は何万年という単位が当たり前な地球の目線に立てば、しょっちゅうというレベルで考えなければならない単位だと思う。
その時、ちょっとカチンときたので未だに覚えているのだが
その後のことを考えれば
やっぱりだったのだ。

やはりテレビ番組だが、リーマンショックが起きる1年以上前だったと思う。
アメリカのサブプライムローンに関するデリバティブ商品について、システムの複雑さと危うさを解説する番組をやっていた。
そのときは、なるほどと思ったのだが、やはりよその国のこと、その後はすっかり忘れていたのだが、

その後まもなくリーマンショックなのだ。
だいたい金融工学とか、ごく一部の人にしか理解できないような仕組みで金融商品を作り、
途方もなく大きなお金を動かすというのが根本的におかしいと思うのだが、

やはり大切なことは、一旦シンプルな目線で見直すことが必要だ。
得てして大切なことは、
取り返しが付かない事態に陥ってから気づくものだ。

ゆずの砂糖漬け

2013-12-21 11:12:28 | 料理 食 道具
いよいよ12月も後半戦となり
今日の朝は一段と冷え込みました。
気になっていたゆずも早くなんとかしないと、もう時間の問題です。

そこで朝からゆずの砂糖漬け作りとなりました。
朝どりのゆずを水で洗い(べつに朝どりである必要はないが)
布巾で水気をよくふき取り、半分に切り、千切りに切っていく。
ゆずは種が多い。
種を取り除くのが一苦労だ。
後は砂糖をまぶして出来上がり。


言うのは簡単だがやはり手間がかかる。
出来上がったのはすぐに食べられるが、
2、3日置いておけばペクチンの作用か、ぷるぷるになり
味もいく分マイルドになる。

お正月のおせちの付け足しにもよい。


山之口貘没後50年に思う

2013-12-15 06:53:10 | 本、作家
                       山之口貘追悼掲載号

私と貘さんの詩とのお付き合いは40年近いものとなった。
このところはすっかりご無沙汰していたが、
新しい貘さんの全集の出版を期にまたぞろ
読み返しているところだ。
貘さんの本はどこの本屋でも売っている代物ではないので、ファンとなった当初は、古本屋を一軒一軒回るローラー作戦で集めた。当時貘さんの全集(旧全集)はすでに出版されており、早稲田の古本屋街へ行ってはバラで1冊ずつ買い求めた。(学生は貧乏なので新刊本では買えなかった)定価で購入したのは大学の生協で買った1冊だけだ。


自由が丘の古本屋
早稲田の古本屋街
渋谷古書センター
神田神保町の古本屋街
旅先でも購入している
現代日本名詩集大成には、山口県の金子書房 1980年8月9日と日付がある



先日高円寺の貘展へ行ってきた。
有名な貘さんの芭蕉布が展示されていた。

帰りに駅前の酒屋で泡盛を購入
貘さんへのお供えだ。



本棚を整理して手元の貘さんに関する本や資料を確認した

定本山之口貘詩集 原書房
鮪に鰯 原書房

山之口貘全集 詩集 思潮社
山之口貘全集 小説
山之口貘全集 随筆
山之口貘全集 評論
新編山之口貘全集 第一巻 詩編

山之口貘詩集(現代詩文庫) 思潮社
山之口貘詩集 世界の詩 60 弥生書房
現代日本名詩集大成 7 東京創元新社
日本の詩歌 20 中公文庫
歴程詩集 詩と詩論 1965 思潮社
父・山之口貘 山之口泉  思潮社
新版父・山之口貘 山之口泉  思潮社
山之口貘 詩とその軌跡 仲程昌徳  法政大学出版局
アルバム・山之口貘 沖縄タイムス社
詩の話 北川冬彦  実文館
世直しの倫理と論理 小田実  岩波新書
現代詩代表選集 1950 1    日本文芸家協会編纂 小山書店
現代詩手帳          思潮社
沖縄文学論の方法 仲程昌徳  新泉社
沖縄近代詩史研究 仲程昌徳  新泉社
国文学解釈と鑑賞1982年8月号 至文堂
彼らの第4コーナー 山之口貘 日本経済新聞
近代の詩と詩人 有斐閣選書
戦後詩史論 吉本隆明  大和書房
青春の詩 山之口貘の詩  上手宰  祖国と学問のために
日本の芸術について 金子光晴    春秋社
貘さんがゆく    茨木のり子   童話屋
山之口貘詩集    高良勉編    岩波文庫

山之口貘とドクトル・ジバゴ

2013-12-08 00:33:05 | 本、作家
新編山之口貘全集

山之口貘とドクトル・ジバゴ
どちらも自分が好きな作家に映画なのだが、その好きな理由には共通点がある。
ドクトル・ジバゴの主人公ユーリージバゴも、山之口貘の貘さんも
どちらも生涯を自分に正直に、まっすぐに生きたことだ。

自分が好きなんだから好きなんだ。
自分がそうしたいからそうするんだ。
隠さずそれを押し通した。

浮世の人間は多分にその時々の損得勘定や
一時の他人の言動に流されてしまうが
一見頑固とも思える二人は
自らの精神に忠実に、淡々と人生を全うした。

かたや架空の映画の主人公、かたや実在の日本の詩人
かけ離れた場所に存在する二人だが
その根本的な考え方、生き方は共通しているような気がする。
自分が強くひかれるのはそんなところだ。

ユーリージバゴが詩人であるという設定も
あながち偶然ではないのかもしれない。

市民交響楽団 東京オペラシティーホール

2013-12-05 22:38:46 | 音楽 美術
最近ある市民交響楽団の演奏会を聴く機会がありました。
驚いたのはホール一杯の観客で、満員御礼なことでした。
むろん演奏者の家族や友人といった人達も多かったのでしょうが、
みんなで音楽を楽しんでいるところがいいと思います。

私の弟なんかも市民楽団のようなところへ出入りしているようで、
2、3年前に東京オペラシティホールでコンサートをやるから聴きに来ないかと言われたことがありました。(普段は区民会館のような所でやっていたようです)
この時はさすがに自分の身内が東京オペラシティのようなメジャーな所で演奏するのなんてもう二度とないだろうと思い、
聴きに行くことにしました。

ところが当の弟の家族は誰も来ていないのです。
それもなんとなく解るような気がしました。
こちらも、自分と同じような顔なのが演奏席に座っているのを見つけると、
演奏が始まらないうちからドキドキしてしまいます。
家族ならなおさらです。

演奏ですか・・・・
それなりによかったですよ。