とうちゃんのぷらぷら日記

アウトドア系の日記及びうんちく

歳の心配

2022-10-30 19:07:19 | 独り言
秋の剪定を始める。

ところが、たいしてやっていないのに疲れる。
歳だな~と感じる。
やはり60を過ぎると衰えはかくせない。

最近歳だなあと感じること

1.頭がまっ白(動揺しているわけではない。)よく見ると髭も白くなってきている。

2.物忘れがひどい というか思い出せない。どこに置いたかにはじまり、今日が何曜日だったかまであやふやになるときがある。集中力も散漫。危険を察知する力も弱くなっている。大切なことは、後から確認できるよう決められたルールでメモを残すなど意識しないとだめになった。

3.体調の変化 トイレが近くなる。我慢ができなくなる。1時間ぐらいで危なくなる。
最近電車で遠方へ出かける時には、乗り継ぎ時間にトイレへ行く時間を考えて計画を立てるようにしている。

4.目が見えない
  近くも遠くも見えない。本が読めない。書類を読むのも一苦労。

5.仕事で疲れやすい 文章を読み込んで判断するような仕事など、せいぜい1日2、3時間ぐらいが限界だ。あとはあまり頭を使わなくてもいい仕事や、仕事をしているふりをしてやりすごす。

6.長い時間話をするのが厳しくなった お客さんの対応でもせいぜい10分。昔みたいに30分、1時間の対応なんてできなくなった。息が上がって、しゃべれなくなってしまう。

ということで、やりたいことは今のうちにやらないとますます出来なくなってしまう危機感を感じている。
積極的に動こうと思う。

しかし計画は無理なく。
山へ行く時も、昔はガイドブックに書いてあるコースタイムの3分の2ぐらいのペースで歩けたが、今は2割増しぐらいに考えないとだめになった。歩行時間も1日6時間ぐらいがいい所だ。
若い頃みたいに1日8時間、9時間歩くのなんて夢の話だ。

よくばらずに、謙虚な気持ちで計画を立てる必要がある。



山用具を買いにモンベルとゴローへ行く

2022-10-23 18:11:41 | 日記
「冬ものを買いに行ってくる」と言ったら、
うちの奥さんに、「またモンベルへ行くの」とバカにされる。
それでもダウンジャケットに通勤用の手袋を購入。

支払いには、この間作った楽天カードを使ってみる。
最近ポイントに目がくらみマイナカードや楽天カード、PayPayカード、(むろんモンベルカードも持っている)など、やたらカードが増えた。

その後、登山靴用の保革油が無くなっていたので、登山靴職人の店ゴローさんへも行く。
せっかくだから池袋の駅からウォーキング。(渋谷や池袋はすっかり元のような人出に戻っている)

護国寺の前を通り、千石のゴローさんの店へ。



「靴のふちの柔らかい皮のところにはミンクオイルを塗った方が良い」とのアドバイスをもらい。合わせて購入。(前に使っていたトップ靴店の登山靴は、長年使い続けていたせいか、その部分の皮が確かに硬くなっていた。)保革油は、今ではゴローさんのような本革を使用した登山靴が無くなってしまったせいで、もう製造されていないそうだ。(それで保革油もオリジナルブランドとなっている。)

ガンコ職人の店、ゴローさんは、ますます貴重な店になった


大倉から塔ノ岳 鍋割山 10月22日

2022-10-22 23:00:25 | 山行
大倉7時15分発。
やはり秋は早立ちが肝心。
大倉のバス停には、すでに警察官がスタンバっていて、登山届の提出を促す。

大観望経由のルートを行くと。大倉高原山の家が無くなっていた。
大観望から伊豆大島を望む。


キャンプサイトは健在。


花立のあたりから展望が良くなり。


塔ノ岳山頂から

山頂の温度計

鍋割山方面へ向かう


花立山荘と大山


江の島


鍋割山

鍋割山はなべ焼きうどんに長蛇の列。鍋割うどん店と化している。

帰りは大倉発15時の臨時便のバスに乗る。




九鬼山へ登る

2022-10-16 19:21:05 | 山行
猿橋駅に7時に着く。
今日はやけに早い。
秋の日はつるべ落としだし、早いに越したことはない。
今日は曇り空の予報だ。

神楽山、御前山から九鬼山へ向かう。


御前山のあたりは岩峰

実はこのコース、中学2年生のころ、同級生達3,4人と登った思い出のコースだ。
当時は誰もカメラなんか持っていなかったので、記憶だけだが頼りだ。
山つつじが沢山咲いていたので、5月ごろのことだったと思う。

友人の一人はチャールズブロンソンのモノマネが得意だった。
「ブロンソンさん、この景色いかがですか。」
「ウ~ン マンダム」


最近、西穂の尾根から滑落して足の骨を折ったAの持ちネタだった。
(「ウ~ン マンダム」をブロンソンさんのように低音のしゃがれ声で決めるのがうけていた。)みんなでワッハハと笑った。



秋はきのこがいっぱい
つちぐり

こんなのがいっぱいはえている。


九鬼山到着


リニア実験線を山から見下ろす。


秋の山を歩くと、あの頃の中学生の声が聞こえた気がした。

そのまま大月駅まで歩く。
13:15発の高尾行に間に合った。


再びウクライナ戦争に思う

2022-10-15 17:23:26 | 日記
ウクライナへ侵攻したロシア軍は、当初9万とも15万人とも言われていた。
今では、ロシア軍の損傷も激しく、侵攻時と同じぐらいの9万人の将兵が死傷したと言われている。数字からみれば壊滅状態だが、むろん補充部隊が次々と送り込まれているのだろう。それでもロシアは、優秀な将兵を相当数失っているのではないかと思う。

日本の帝国陸海軍も、戦争の長期化で優秀なベテラン兵士を次々と失っていった。
特に問題となったのが直接部隊を指揮する少尉や中尉といった士官の不足だった。日本軍では、身を挺して最前線で指揮官が指揮するので、戦死する確率も高かったようだ。
士官を補うためには、育成が急務だが、士官になるには優秀な人でも2,3年はかかるのが普通のようだ。
手っ取り速く穴埋めをするには下士官を昇格させるのが一番だろうが、9万人の死傷者が出ている中では、限界がある。
それに、軍隊経験があると言っても、簡単には作戦の指揮などは出来ないのである。

ロシア軍は予備役を動員しているようだが、そうした指揮官が確保できているのかは疑問だ。日本軍では、軍備や人材不足を精神論で補おうとした。上官からは「死して護国の鬼となれ」、戦友からは「靖国で会おう」そんなキャッチフレーズが横行した。
それも祖国防衛戦争でもないロシアには無理であろう。


招集した兵にも限界が来る。ロシアの状況を見ると、交代出来る要員は来そうにないので、当初から戦闘に参加している兵士達は戦いっぱなしということになる。
それに加え、最近ではロシアもウクライナも弾薬不足が著しいようだ。
凄まじい戦争であることを証明している。

日本とロシアの日露戦争は1904年2月から1905年9月の1年半の期間であった。戦争は、ロシア帝国崩壊のきっかけとなった。
日露戦争でも日本軍は弾薬不足となったが、今は当時とは比べ物にならない火力が使用されている。

ウクライナの国土の荒廃は、すでに取り返しのつかない所まできている。
ロシアにとってもウクライナにとっても、今後に待ち受けるのは悲惨な現実だけだ。
特にウクライナでは、生き残った人も住む家を失い、街のライフラインも破壊され尽くした所も多い。この冬をのりきることも困難な状況に置かれている。
いかなる天災も及ばない大災害。
21世紀に戦争を起こすことが、如何に無意味なことか、せめてこの戦争がその教訓になればと思う。

THE 京浜工業地帯 小島新田駅~浮島町公園

2022-10-10 19:45:06 | 神奈川散歩

天気が悪いので、近場を散歩。
昔、川崎から日向まで高速カーフェリーが就航していた。(高千穂丸に美々津丸)

(高千穂丸)


浮島のフェリーターミナルが懐かしいのだが、新しい工場群で海側が見えない。今ではフェリーのターミナルが何処であったのかもあやふやだ。

京急大師線の終点、小島新田駅より歩く。

こういう中小企業群が日本を支えている。

貨物線は、それぞれの工場群へ引き込み線が延びており、かつての工業地帯で、物流の中心的役割を果たしていた。


泣かせる標識。




工場群の様子がアートだ。

どことなく時代も感じさせる。







浮島町公園到着。
このあたりであったと思うのだが、あまり自信がない。



羽田空港が目の前なので、離陸する旅客機が頻繁に飛び立つ。

ハマナスが咲いていた。

ハマナスの咲くころ~♪ 思い出してみれば~(森繁)



今日は干し柿作り

2022-10-09 16:25:06 | 庭、花木、畑、ガーデニング
街道の坂に 熟れ柿 灯を奌す

この季節になると、馬篭宿にある虚子の句碑を思い出す。

きっとこんな柿だったんだろう。

そんな季節だ。

それで、今日は干し柿作りの作業。
柿でもなんでも、いっぺんにあかるんでしまうと食べきれない。
渋柿のいい所は、干し柿に出来るところだ。
手間はかかるが、甘いものが貴重だった江戸時代には、そうとう貴重な保存食だったろう。

旅で見た、会津と甲府の干し柿も見事だった。
すだれ状に干す干し柿作りは、風物詩だ。


笹子駅から滝子山 初狩駅へ

2022-10-04 22:08:51 | 山行
笹子駅より歩きだす。


大鹿川沿いの林道を進み、すみ沢へ

すみ沢は、意外と明るい楽しそうな沢だ。
三丈の滝自体は小さい。

全体的に白砂の穏やかな流れで、夏ならば水流沿いを沢登り気分で歩くのによさそうだ。

かなり上の方まで水流がある。

山頂直下の白縫神社のすぐ脇からも湧き水が流れ出す。



山を降りて来たらカンバンがあった。

「登山者各位に告ぐ」と大仰なタイトルだが、この山の源為朝伝説のことを解説しているようだ。
そういえば、韮崎の武田八幡宮の隣りにも為朝を祭る為朝神社があった。伝説とはいえ、甲州と為朝は何らかの関係があったのかもしれない。

為朝は、保元の乱で活躍した伝説のスーパー武者だ。背の高さ2.1m、生まれながらなのか、鍛錬の賜物なのか知らないが、左手が右手より12Cも長かったそうだ。為朝の弓は、誰も引くことが出来なかったとも言われている。
源氏にとっては、鬼神のような存在だったのだろう。

滝子山は50年近く前に登って以来となる。
滝子山から下りてくると、谷間の民家から規則正しい織機の音が鳴り響いていたことを思い出す。
当時大月周辺は織物工場の集積地だった。こんな山奥の谷間でも機織をやっているのかと、ひどく感心したものだった。(今でも織物はこの地の地場産業であり続けているようだ。)



あんときの猪木

2022-10-03 23:07:47 | 昔の話
昔はテレビでプロレス中継をやっていた。

四の字固めに、まんじ固め。
コブラツイストなんかもよく友達とじゃれ合った。

日本勢ではジャイアント馬場の他、サンダー杉山、大木金太郎なんていうレスラーを思い出す。
外国人勢では人間風車のビルロビンソン、ボボブラジルなんかが印象にのこっている。

さすがに私は力道山の時代ではないが、
力道山の歌なんていうのも歌っていた。

おーもいだすのはルーテエズ
恐怖の脳天逆落とし
とっさの返し技力道山

少年時代の僕たちに
夢と力を与えてくれた
カーラテチョップに黒タイツ
あーあ僕らの力道山

もう一部分しか思い出せないが。

W.Cニコルン アンファンの森

2022-10-01 19:55:57 | 山行
今日は中央線沿いの山へ行ってきた。

秋の山というのは、刺激に溢れている。
熊でなくともきょろきょろしてしまう。
あの実はなんだ。
このキノコは食べられるのか?

山栗もたくさん落ちている。

縄文人の本能か、素通りできない。少し拾っていこう。
こうやって足でムニュムニュ         

だけど小さい。
縄文人から何百年(何千年か?)かけて、今みたいな大きな栗の品種を育てあげたんだろう。

猿梨があった。

「ウッキイ」
四つぐらいは熟して柔らかくなっていた。
いただきます。(猿梨は和製キウイと言われている)


ブナの実もだいぶ落ちている。

ブナの実も焼いて食べると美味しい。

どんぐりなんてしばらく立ち止まっていると、見る間に落ちてくる。
あっちでぽとり、こっちでぽとり。

この黒ボールキノコはなんだ。

白ボールキノコもある。


何処かの学校の校章のようなどんぐり


山からおりてきたら沢蟹もいた。

今日の収穫(普通に歩いていて目についたのだけでこんなに取れた。)
まさに宝の山、日本の自然はすばらしい。