とうちゃんのぷらぷら日記

アウトドア系の日記及びうんちく

山道具の相棒たち エスパーステント

2018-08-09 11:36:42 | 山行
             エスパーステント
南アルプスの三伏峠
単独だったのでエスパーステントに調理道具一式も一人で持ち上げている。大分疲れた顔をしている。(高校生のころ)

エスパーステントを使用していたのは主に高校1年の夏から20代ぐらいまでの間だった。通算すれば1年以上エスパーステントで暮らしたことになる。

今でこそドーム型テントは主流になっているが、当時はカモシカスポーツしかなかった。
ポールを一本一本つなげていくやりかただったが、一人でもあっという間に設営できるのが画期的だった。強風にも強く居住性も優れていた。

このテントしかないと思い、雑誌の地図を頼りに高田の馬場のカモシカスポーツへ向かった。
店にはゴッツイ体格の店員さんがいた。いま思えばダンプさん(高橋和之さん)だったのだと思う。
エスパーステントでその後の私の登山は飛躍した。
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家族登山の記3 浅草岳

2018-07-14 22:20:28 | 山行
時が経つと記憶もいい加減になる。
やはりなんらかの形で記録に残しておいた方がよいだろう。
私の家族登山は以下のとおりだった。
一番年下の娘の年齢を基準に考えるとわかりやすい。

娘4歳 霧ヶ峰キャンプ場・美ヶ原(山本小屋-王ケ頭)-・八島湿原一周
娘5歳 霧ヶ峰キャンプ場・美ヶ原(山本小屋-王ケ頭)・霧ヶ峰キャンプ場-クルヌプヒュッテ-蝶々深山-車山-コロポックルヒュッテ-霧ヶ峰キャンプ場・踊り場湿原

娘6歳 ネズモチ平-浅草岳-カエヨボッチ-林道―ネズモチ平
娘7歳 大白川登山口-三ノ芝-守門岳(往復)
池ノ平湿原-三方ヶ峰-見晴岳

娘8歳 車坂峠-黒斑山-蛇骨岳-車坂峠(浅間山外輪山)
    五味沢-八十里越-田代平(往復)
娘9歳 ヤビツ峠-大山(往復)
    十里木高原-越前岳(愛鷹山)(往復)
娘10歳 伊吹山
娘12歳 八方尾根-唐松岳-五龍岳-遠見尾根

浅草岳は娘が6歳のときだった。
前回4歳と書いたが、さばをよんでいた。

車で出かけたが、子供が飽きないよういろいろイベントを用意した。
小出に着くと、駅前のますだやさんでへぎそばにカツどんを食べる。
小出から大白川へは、わざわざ只見線で移動。(私ひとり車で移動)



浅草岳へは最短ルートだが
こんな所もある。


山頂付近には大きな雪田が残っている。
8月の残雪は、インパクトがある。


山頂からの展望も豪快


鬼ヶ面の岩壁に田子倉湖



翌日は、破間川の支流で沢遊び。
 


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家族登山の記2 五味沢から八十里越 田代平

2018-07-01 11:39:38 | 山行
家族そろって山に登ることは、もうないだろう。
親に言われるまま何処にでもついて行くのは、ギリギリ中学1年ぐらいまでだ。
それで、自分がどこへ行ったのかくらい最低分かるよう書いておこうと思う。

只見線、大白川駅からさらに奥の五味沢より破間川沿いに林道を歩く。(五味沢には大きな無料駐車場がある)

8月の夏休み。天気は小雨でいまいちだった。
ところが雨より始末の悪いことがあった。
めじろアブの大発生だ。
この時期、東北地方の谷沿いでは、しばしばめじろアブが大発生する。めじろアブは人を襲い、血を吸う。少し歩いただだけで息子は泣きべそをかきながら撤退してしまった。
それで娘と私だけで田代平へ向かった。

私が娘より数歩先を進み、押し寄せるめじろアブを引き受けた。
アブにかみつかれないよう、雨合羽を着て、うでや足をばたつかせながら、へんな恰好で歩く。
これが八十里越の道


「八十里 腰抜け武士の越す峠」北越戦争で重傷を負った河合継之助は、戸板に乗せられ八十里越から会津を目指したが、この峠を越えた入叶津(只見)の地で亡くなる。
この景色からは想像できない歴史ドラマがあった街道だ。江戸時代には越後と会津とを結ぶ交通の要所であった。


田代平到着




めじろアブにもひるまなかった、勇敢な娘(当時6歳)に拍手。



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家族で守門岳へ登ったこと

2018-05-13 20:32:18 | 山行
今日の新聞で「輝く新緑 散策したいブナ林」というのがあった。
1位は白神山地であったが、8位に越後の浅草岳がランクインしていた。

浅草岳は、娘が6歳の時に家族で登った思い出の山だ。
浅草岳へ小さい子供連れで登れたことは嬉しかった。
翌年には、その向かいの守門岳へも登った。

守門岳は、今思っても本当によく行けたと思う。
大白川の登山口から山頂まで、大人でも3時間はかかる。

登山道の状況は浅草岳よりさらに悪く、娘はまだ小さかったので道に大きな段差があると乗り越えることが出来ず、そのため登山道に難所があると娘を抱きかかえて一つ一つ越えていった。
ようやくのことで、守門岳からの尾根上にある三の芝に到着したが、そこで天気が暗転。急に霧に視界が閉ざされた。

すると家族から次々に不満が出てきた。
なんでこんな所に来たの。
小さい子には無理よ。
特に娘は、三の芝にたどりつくまで「もう帰る」などとだだをこねていたので、ここまでだましだまし登らせていた。
うーんいかん。
撤退すべきか悩んだ。

豪雪地帯の越後の森はすばらしいが、
小さい子にはそれを感じる余裕はないか。
とりあえず冷静になるため、休憩しておやつを食べさせ、いろいろ考えた。
時間はまだ早い。
道はここから緩やかになる。
もう少し進んで判断しよう。

しばらく進むと晴れ間が広がってきた。
展望があると心も晴れる。子供にも笑顔がもどる。
なんとかなりそうだ。

ようやくたどりついた山頂。
家族で守門岳に立つことができた。
うれしかった。



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草津白根山でスキーしたなあ

2018-01-28 10:46:00 | 山行
白根山が噴火した。
気象庁は、白根山には強力な監視体制を敷いていたらしいが、本白根の方は手薄だったそうだ。災害が起きる時というはそんなものなのだろう。

被害にあったスキー場にも行ったことがあるが、近くの万座スキー場の方ならもっとよく行った。ちょうど「私をスキーに連れてって」の映画が流行っていたころでスキー場はどこも混んでいた。
万座のスキーに行くのは、仕事上のお付き合いの所もあったのでいつもプリンスホテルに宿泊し豪華だったが、さほど積極的に行っていたわけでもなかった。

「一日券を買っても、10回ぐらいしかリフトに乗らないんじゃ元がとれないよ。」
「こんなちまい所でスキーなんかやってられないよ。」

参加者には私と同じ意見の人がいて、「来年はゲレンデなんかやめて白根に登ろうぜ。」と話し合った。それで翌年は山の装備でゲレンデにやってきた。
朝一番にリフトが動き出すと同時に出発し、
ゲレンデの喧騒から遠ざかると山スキーモードになった。
「やっぱスキー場の100倍は感動するな。」スキー板にシールを付けて歩き出すとお互いに盛り上がった。

白根山へ登ると、夏には一般の人でも登れるような観光地とは思えない冬山の景色が広がる。眼下のお釜の景色もとても美しい。
曇り空だったがよい天気だったので、ホテルの朝食バイキングでくすねてきたパンと牛乳を山頂で食べ優越感にひたった。

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御岳山 七代の滝 大岳山 鋸山 氷川神社へ

2017-08-14 08:19:12 | 山行

御岳山ケーブル駅8:35発
御岳神社到着9:00
 

大口真神

大口真神のお札は、盗賊除けとして家の入口あたりに貼っておく。



御岳山は、横浜あたりの農民にとっては富士山、大山とならぶ三大登山聖地だ。
各地に御岳講もある。
参道にある寄進者の碑を見ると、近所の村も多い。
私も小学校の学校行事で大山と御岳山へ登った。
山頂の宿坊にも泊った。
残念ながらどの宿坊であったのか忘れてしまったが、近くに小学校があったのを覚えている。

七代の滝もその時に行っている。


綾広の滝


大岳神社12:00
天気がかなりあやしくなってきた(この後すぐに雨が降り出した)


海沢の分岐でしばらく考えたが、あまりに霧が濃かったので行くのをやめることにした。(今日は、御岳山、大岳山の滝廻りのつもりで来たが、海沢ルートはやめて鋸尾根から下山した)

愛宕神社のキャラクターのカラス天狗


愛宕神社の階段は、めまいがしそうなぐらい急で長い。


途中、奥多摩駅の方からお囃子が聞こえてきた。

今日は氷川神社のお祭りだった。




奥多摩着15:30
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麦草峠から高見石 ニュウ 白駒池 8月10日

2017-08-11 10:10:40 | 山行
麦草峠(6:00)-丸山-高見石-中山-にゅう-稲子湯分岐-白駒池-麦草峠(14:00)


午前3時、小雨降るなか中央高速を走る。
小仏トンネルの辺りから、流れ来る霧に車が揉まれるかのような不穏な天気となる。
予報では、今日は曇り、午後から時々雨、明日は雨の予報でやはり登山には厳しいかと思われた。
ところが、笹子トンネルを抜けると天気は急回復。
八ヶ岳に近づくにつれ上空には青空が広がる。麦草峠に着くと、完全に登山日和な天気になっていた。

麦草峠の駐車場(茅野方面からだと道路右側、麦草ヒュッテ近くにある)


振り返れば茶臼山もくっきり


高見石では、北八ヶ岳の実力を見せつけるかのような展望が広がる
 

岩の上では、アキアカネが乱舞(アキアカネは、いたるところで北八ヶ岳の森の上を飛び交っている)

自然の造形美 おとぎの国の森のきのこ


中山の展望 
さらにすばらしい




これから行くニュウの岩峰
(登山道の道標には「にゆう」「にう」「ニュウ」の表記があった)


稲子岳下の火山性の窪地と天狗岳 硫黄岳が美しい。
この辺は八ヶ岳の巨大な火口壁が続く豪快な火山地形(爆裂火口)


ニュウからの展望は最高 
ニュウの岩の上に立つと、北八ヶ岳の景色を全身で感じることが出来る。奥深い自然の息吹を感じる。
どれをとっても、ここに来なければ感じることが出来ない感動だ。


ニュウからの尾根をそのまま進み、稲子湯への分岐を左へ白駒池方面に進むと
北八ヶ岳一美しい苔の群落が見られる。


この先コメツガの叢林も美しい。
花でもない植物の群落は、山頂からの展望とは異なり、やや通好みな趣味となる。うちの奥さんに言わせると、「今までの森と大して変わらないじゃない」ということらしい。



今回は、おおよそ20年ぶりぐらいに同じコースを2人でまた歩いてみた。
北八ヶ岳は、難易度の低いコースの割には、すばらしい景観が続くお値打ちものの登山コースだ。
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鍋割山荘で今井さんに怒られた話

2017-07-16 20:16:25 | 山行
昔の山のバッジを見ていたら、鍋割山荘の今井さんのことを思い出した。
今井さんは、今の鍋割山荘の草野さんの前に鍋割山荘の小屋番をされていた方だ。

すでに同級生などと一緒に丹沢へ出かけていたころだったが、
ある秋に、塔ノ岳から鍋割山の稜線で紅葉のきれいな葉っぱを拾って歩いていたことがあった。
押花ならぬ押し葉を作るためだった。
黄色の落ち葉はけっこういいのが拾えたが、赤いのがあまりない。
鍋割山に着くと、赤く紅葉したどうだんつつじがみごとだった。

私は、どうせ一週間もすれば落ちてしまう葉っぱだからと、まだ木から落ちていないのを2、3枚失敬してしまったのだが、それを後ろから見ていた今井さんに「こら、むしるんじゃないぞ」と怒られてしまった。
髭をはやした今井さんは、ちょっと気難しそうに見えるところがあった。
自分もああしまった、申し訳ないという気持ちがあったのでいまだに覚えている。
その後大倉尾根で今井さんとすれ違ったりすると、なんだか気まずかった。

昭和50年11月の新聞に今井さんが亡くなられたことを知らせる記事が載っていた。
今井さんは傷病軍人であったそうだ。
気が付かなかったが、そんなハンデを持ちながら小屋番をされていた方だった。
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丹沢の登山記念バッチ 

2017-07-16 11:09:31 | 山行
暑いですのー
・・・・・・
暑くても昔は、丹沢あたりへよく出かけていた。
夏でも秦野や渋沢あたりのバスは、満員になるくらい混んでいたし
昭和40年代ころの山小屋は、今よりよほど盛況で、数も多かった。

山小屋には「私登りました」的登山記念バッチが多数売られていた。
今では、こういう実用性のないものはあまり売れなくなってしまったのではないかと思う。

図柄を考えるのが大変なのだろう、丹沢なんかでもピッケル、ザイルのデザインが入っているのが笑える。
檜洞丸(青ヶ岳山荘)のものはカラー塗りでおしゃれ、


丹沢山(みやま山荘)はランプのデザインでかっこいい。


表尾根には、山百合の花が入っているのがポイントだ。


鷹の巣山は奥多摩で、山頂には有人小屋はない。駅前あたりの土産物屋で買ったものだろう。(昭和46年ごろのこと)


バッチを見ると、それなりに当時のことが思い出されるので、やはり買ってよかったのかもしれない。
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山道具の相棒たち トップ靴店の登山靴

2017-03-18 18:31:36 | 山行
トップ靴店は、登山靴の専門店だった。
オーダーで職人さんが作ってくれるちょっと贅沢な登山靴だった。
高校生の時だったが、それから20年現役で使い続けた。

ビブラムの張り替えは、トップ靴店が閉店した後はゴローさんにお願いした。
(ゴローさんは、他店の靴の張り替えだというのに、傷んだ箇所の補修まで引き受けてくれた)それで、今ではゴローさんの登山靴を愛用している。

靴の内側部分の補修は、ゴローさん


買った当初は、オーダーメイドというのに、足に合わず、山に行くたび豆だらけになって帰って来た。
が、いつの間にか足にぴったりするようになった。
山スキーもほとんどすべてこの登山靴で滑った。(靴のヘリの部分があまりないのでビンディングを付けるのに苦労した)
苦楽を共にした登山靴なので、今でもこの通り。
いざとなったらまだ使えると思う。


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山道具の相棒たち ハンガリー手袋

2017-03-12 18:20:01 | 山行
安くてあったか、優れもののハンガリー手袋は冬山の必需品だった。
ハンガリー手袋にオーバーミトンをすれば完璧だった。
手袋が雪や氷でガチガチになっても、雪が溶けてぐちょぐちょに濡れても、ハンガリー手袋は暖かかった。



今では売っているのを見たことがない。
これはかろうじて我が家に残っていた20年以上前のものだ。
手袋は毛糸なので、濡れて乾くと縮んでしまう。枝などに引っかかればほつれてしまう。
それで、通算するとかなり沢山買ったと思う。
登山用品店でもシーズンには店頭に山積みになっていた。
それが、いつの間にか店頭から無くなっていた。

ああ残念だ。
またほしいものだ。
それでこの最後の手袋は使わずにしまってある。
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山道具の相棒たち スベア(石油ストーブ)

2017-03-12 13:03:31 | 山行
日帰り登山からスタートした山登りも、山小屋泊りの登山へとステップアップし、次には、もっと自分なりの登山スタイルが作れるテント泊まりとなった。
そんな登山に前のめりになったころに購入した山道具は、今でも捨てずに取ってある。



こんなに小さな火器でも、ごはんは炊けるし、カレーだって作れる。魔法の道具だと思った。
今ではもっと便利なイワタニのプリムスなど携帯用ガスコンロが主流となったが、石油ストーブには、名工が作った包丁のように、道具としての美しさがある。
それで石油コンロのスベア(スウェーデン製)は、使わなくなっても捨てることが出来ない。



正直スベアは、重かった。


大学を卒業したころには、ガソリンストーブのフォエ―ブス725を買ったが、後輩達の合宿に貸したらそのままクラブの物となってしまったようで、いまだに戻ってきていない。(ひどい奴らだ)
クラブの備品の火器はフォエ―ブスの625で、725より大きい火器だった。(私らは略してブスと呼んでいた)


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永遠のキャラクター金太郎と金時山を歩く

2016-12-11 20:36:03 | 山行
金時と名前の付く農産物には、
金時まめ、金時いも、金時にんじんなどがある。
金時の名前が付く品種はみな赤みが強く、
力比べで力んだ時の、金太郎の赤い肌のイメージがあるらしい。
それと、五月人形に代表される健康優良児のイメージもあるのかもしれない。
今日は金太郎の聖地、南足柄市の地蔵堂から金時山、足柄峠、足柄駅へと歩く。
新松田発8:10のバスで地蔵堂へ

歩きだしてすぐ、記念写真用の真新しい絵がある。(まだ新しいので綺麗だ)


夕日の滝の先の二股は左ルートから登る。(沢を渡るのに橋はなく飛び石だった)


猪鼻砦跡で足柄峠からのルートと合流

その先、足柄駅分岐にある指導票上の金太郎マスコット


富士山、やや雲多し


箱根も寒い曇り空だ
山頂から折り返して足柄峠へ

足柄城址は明るい芝の公園で快晴なら富士山の眺めはバッチシです。
こんな看板が(今年はどちらの領地なのか)


すぐ下にある聖天堂前の金太郎像


赤坂古道(足柄古道)は、普通の登山道。
ただし、本物の金太郎も歩いたであろう、由緒正しき古道なので、おろそかには歩けない。


峠道につきものの追いはぎの犠牲となった甲州商人の慰霊碑。


足柄駅前にもお約束の金太郎像が(どうも地元の子供たちが作った金太郎像ようです)

金太郎ブランドは永遠だ

追伸
以前、金時山の山頂には、記念写真用のまさかりが置いてあった。
今もあるかは知らないが、それを利用して富士山をバックに仲間と記念写真を撮ったことがあった。
私が白いタオルでほっかむりをしてまさかりを担いだのだが、なんだか大変似合っていて今見ても笑える。
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矢倉沢から矢倉岳、洒水の滝、河村城跡へ

2016-11-20 21:59:17 | 山行
矢倉沢-矢倉岳-浜居場城跡-洒水の滝-河村城跡-山北駅

新松田を8:10発の地蔵堂行バスに乗る。

日当たりのよい斜面をヒーフー言いながら登っていると集落の方から鉄道唱歌が流れてきた。みんな10時だよー!「ちょっと休まない」というお知らせメローディーのようだ。(午後3時にも同じメローディーが街中に響いていた)

茅の広がる矢倉岳山頂に到着10:30

お約束の富士山の展望だ (ベリーグット)


金時山と愛鷹山


「ほんとうは火山なんだぞ」と大涌谷の噴煙がアピールしている。


今日のお昼は洋風弁当。


続いて浜居場城跡へ向かう。
案内板がなければそのまま通り過ぎてしまいそうな所にある。
足柄峠(足柄之関)に続く国境地帯の番所のような所だったようだ。


この先、洒水の滝方面への林道は工事のため平成29年3月末まで通行禁止とのこと。

洒水の滝遠望 秋の洒水の滝は綺麗です。


続いて河村城跡へ向かう。

天然の要害、酒匂川を南にした小高い山の上にある。


この辺りの中心的な城だ。
城跡は公園として整備されている。


本丸北側にある茶臼廓(なんだか小さな真田丸みたいだ)本丸との間の堀には桝形の畝堀が復元されている。


この時期は午後3時を過ぎるとなんだか夕方ぽくなってくる。
山北の駅には3時30分ごろに到着した。


(切符を買うところがなかったのでそのまま乗ったら、清算は、降りた駅(横浜駅)でやってくださいと言われた。けっこうアバウトだ。)

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塔ノ岳 鍋割山 トレーニング登山

2016-08-15 09:58:09 | 山行
大倉-大倉高原山の家-見晴茶屋-堀山の家-花立山荘
塔ノ岳-鍋割山-後沢乗越-二俣-大倉


本当は、日本アルプスみたいなメジャーな山へ行きたいのは山々だが
このところ運動不足で体の調子も今一だ。
そこで現在の自分の体力と体のバランス感覚はどうなのか、勝手知った大倉尾根から塔ノ岳-鍋割山へ行って確認した。


大倉7:10発

大倉高原山の家
この小屋の魅力は水が豊富なことだ。
キャンプサイトもあり他の丹沢の小屋とは異なる魅力がある。


常連さんが多い堀山の家


ほとんど休まず登ってきたが。まるで20キロの荷物を背負って登っているかのようなペースだ。後から登ってきた人達に次々と抜かされて行く。

氷の看板が笑わせてくれる、花立山荘。


後ろから「こんにちは」と言って追い抜いて行った人を見て驚いた。
金髪の外人さんだった。驚いたのは、発音があまりにきれいな日本語であったからだ。「コンニチハ」ではなくあくまでも「こんにちは」だった。

この後も、続々と登ってくる外国人を見かけたが。
手元の昭文社の地図にも、Mt.Tonodakeと、外国人を意識した表記が入っている。


やはり最近は外国人の登山者も多いようだ。
しかも今日見る限り、下界よりその比率ははるかに高い。

塔ノ岳の山頂にいる猫。「塔ニャン」?


山頂到着11:00でだいたい4時間かかった。


鍋割山へは、西丹沢のような森の中の道を進む。


鍋割山荘の裏手に咲いていたマルバダケブキ


後沢乗越に置いてある鍋割山荘用の水(二股にはこれの50倍ぐらいのペットボトルが置いてある。学生山岳部のみなさんトレーニング用に山荘まで水を持ち上げよう)


秦野ブランドの落花生畑
神奈川でピーナツと言えば昔から秦野だ。


大倉へは16:00到着。
大倉の主のおニャンコ(ベンチの隣に登山者が座っていても堂々と寝転がっている)

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