とうちゃんのぷらぷら日記

アウトドア系の日記及びうんちく

駅そばの思い出

2015-08-29 18:40:04 | 日記
マクドナルドやコンビニもなかったころ
駅の立ち食い蕎麦は、
唯一小学生でも入れる食べ物屋だった。
席に座らなくてもいいので、気が楽だったからだ。

旅へ行くと
列車の待ち時間には、とりあえず食べた。

高校生のころは学校帰りに食べた。
ともすると、乗った駅と降りた駅とで、2度食べた。
むろん今でも食べている。
私の人生、立ち食いそばがなくては生きていけなかった。
20歳ぐらいまでは、汁の一滴まで飲み干していた。

それでは、塩分の取りすぎになるというので、
今は、やむなく残すようにしている。
食べ物を残すのは、どこか罪悪感がある。
少しうしろめたい。

忘れられない駅そばは、青森県のかわべ駅。
駅のホームに小さな店があって
地元のおばちゃんが一人でやっていた。
閉店間近で売り切れ直前
おばちゃんは、切れ切れになった半端のそばまでかき集め
一杯のかけそばを作ってくれた。
雪の降る寒い晩であった。

すきっ腹にそばの温かさが身にしみた。
13歳の冬の旅
少し冒険のような、少し心細かった若いころの旅の思い出だ。

エビン(YABIN)ヘカレーを食べに行く。

2015-08-22 15:59:09 | 日記
近所のカレー屋さんでお昼ご飯を食べた。
家にいて外食は贅沢だと思うのだが、
あまりカレー好きでない娘がこの店で食べて
美味しいと褒めていたので食べに来た。

お店の人はネパール人であるようだ。
私は通ぶってダルカレー(豆のカレー)を頼んだ。
ランチメニューを頼んだのだが、いろいろ選ぶことができる。
基本はサラダ、カレー、ナン(ごはん)に飲み物
カレーは10種類ぐらいから選べて、飲み物の種類も多かったように思う。

ナン(ごはん)はおかわりができる。
もともと自分はネパールカレーがどのようなものなのか知らないが
この手の店の違和感のないカレーの味だった。
なにより美味しい。
カレーの素人の娘でも、
ちょっと小うるさい私でも、
納得できる間口の広さだ。

辛さは辛口を選んだが、まあ、普通の辛さだった。
お店の人が辛さはいかがですかと聞いてきてくれたが、
諸君、ここで粋がって、現地のカレーの辛さでお願いしますなどとは
けして言ってはいけない。

以前スリランカカレーで有名な中目黒のセイロンインで
お店のコックさん達の食べる賄いカレーをいただいたことがあった。
味は無論美味しいが、ふたくち食べると、涙が出てきた(美味しさのあまり涙が出てきたわけではない)三口食べると鼻水がとまらない
何食わぬ顔でたべても、体の方が言うことを聞いてくれぬ。

そのとき悟った。いくらカレーに自信があっても、
日本人はゆめゆめ本場のカレーを食べたいなどとは思わぬことだ。

エビンはチェーン店なのか、横浜北部地域には何店舗もあるようだ
私の行った店は、内装にはあまりお金をかけていない感じで
その分、料理にお金をかけている。
好感のもてる店だった。



サンダーバードのブレインズの前髪は三戸なつめちゃんといっしょ

2015-08-22 11:42:45 | 日記
テレビでサンダーバードをやってました。
今オリジナル版と、リニューアル版との二通りをやっているようです。

私らサンダーバード世代なので
当時はサンダーバードのモノマネもはやりました。
全身の力を抜いて、自分が操り人形のように糸で操られているイメージで歩くのですが、少し挙動不審な感じで歩くと雰囲気が出ました。

プラモデルもよく作りました
なぜか一番大きそうな、宇宙ロケットの3号のプラモデルが一番小さく、
たしか先端が外れるようになっていて、
鉛筆立てになるように出来ていた気がします。

一番の見せ場は、サンダーバードの出撃シーンです。
1号、そして特に2号へ乗り込むシーンに、少年たちは感動しました。

音楽もすばらしいですね。
当時の子供向け番組は
なんであんなに名曲が揃っていたのでしょうかね。


八ヶ岳 桜平から天狗岳 家族登山 8月14日

2015-08-15 17:41:07 | 山行
8月14日
桜平7時10分発-夏沢鉱泉-オーレン小屋-夏沢峠
-根石岳-東天狗岳11時50分
-箕冠山(みかむり)-オーレン小屋-桜平14時30分着

今日は珍しく車で出発です。
同行者は娘二人
一人は血の繋がった実の娘、一人は血の繋がっていない自称娘です。
午前3時前には自宅を出て7時ごろに桜平到着
天気予報では、あまり良くないとの予報でしたが
さすがにお盆、車でいっぱいです。

天狗岳へ向けて北八ヶ岳の森を進みます。


私は夏沢峠から箕冠山へ向かう道が好きです。

途中、這松、石楠花も多く、岩を配した庭園のような所も通ります。

お天気はやはりこんなもの、気温も16度前後で涼しいです。


東天狗岳山頂で記念写真


実の娘も、なんだかんだで小さい時から山へ登らせていているので
下りの岩場でも普通に歩いてくれます。


お天気も昼ごろには若干回復
何とか我慢できるレベルの展望となりました。


帰りはさすがのお盆渋滞
高速へ乗る前にごはんを食べようと思ったのですが
お店は、どこも休憩時間で営業していませんでした。
(この辺のお店は、事前調査が必要です)

追伸
娘は基本、おやじギャグに寛容なのですが
私が、オーレン小屋の前後で、
オーレン、オーレン、オーレンと歌いだし
正→ローハイド(ローレン、ローレン、ローレン)

帰り路
雨が降り出すと
リュック、リュック、サック、サック、ランランラン
正→(ピッチ、ピッチ、チャップ、チャップ、ランランラン)
と歌いだすと

さすがに、私たちの前後に登山者はいないかと
はらはらしていたそうです。







佐原観光 8月12日

2015-08-15 13:16:45 | 旅行
佐原駅は豪壮なお屋敷風です。
佐原観光のおもてなしのシンボル


駅の正面の道を進むと
まずは、佐原の偉人、伊能忠敬像へ表敬訪問


駅からの道を左へ曲がり
突き当りを左へ、造り酒屋の東薫酒造があります


東薫酒造前の信号を右に折れると
通り沿いに古い町並みが残っているので
往復してから忠敬橋へ向かいます。


忠敬橋は、佐原観光のへそのような場所で
前後の道と小野川沿いには、古い店構えの商家が軒を連ねます。

伊能忠敬旧宅とその前にある小野川のだし
注:カツオだしにあらず
(船の荷物の運び口)大きな商家の前にはこの「だし」があります。




<感想>
今日は銚子へ行った帰りでしたので
15時ごろから1時間半ほどの観光でした。
初めて訪れたのですが
横浜から佐原へは2時間程度で行けるので
十分日帰りが可能です。
(あまり観光地として考えたことがありませんでした)

本日は行けませんでしたが
高台にある佐原公園からは
佐原の街を見下ろすことができるそうです。
小野川沿いの古い町並みも利根川まで続いているようなので
次の機会には、見学したいものです。




銚子駅から銚子港、君ヶ浜、犬吠埼、犬若食堂へ

2015-08-13 12:42:30 | 旅行
コース
銚子駅10:00発-銚子漁港-君ヶ浜-犬吠埼-犬若(犬若食堂)13:20
戸川駅14:00着

今日は夏休みなので、ふんぱつして特急しおさいで銚子へやってきました。
銚子駅から犬吠埼を経て犬若にある犬若食堂を目指します。

夏の炎天下、銚子の町はずれをとぼとぼと一人歩きます。

銚子大橋を望む公園から右へ折れると利根川沿いに漁港施設が延々と連なっています。


漁村のそれとは違い一大産業エリアといった感じです。

この地区を歩くには高いグレードのマニア度?が要求されます。
近代的な漁業関連施設に関心のある人
利根川河口部の様子に関心がある人など
こだわりの知識と探求心が必要です。
(でないと、ちょと単調なのです)


古銅輝石安山岩(コドウキセキアンザンガン)も高マニア度の一つ、マントル内で形成された、太古の岩盤の標本です。(元々は利根川河口域の海底にあったもの)
2億1千年前に形成されたものだそうです。


一般的には君ヶ浜から歩き始めるのが良いでしょう。

小川芋錢の句碑のある小高い丘の上から銚子港方面


同じく犬吠埼方面


君ヶ浜のテトラポットは、波のため岩礁のように削られています。


犬吠埼の前後には遊歩道が整備されています


うちわサボテンと長崎鼻


犬若食堂到着



犬若食堂はクーラーもなく店内も暑いので
テーブルに座っても、汗が噴き出して止まりません。

それでも、この食堂が人気なのは、
この地らしい地元の食堂の感じがするからだと思います。
銚子電鉄のイメージがそのまま海までやってきて、
犬若食堂で終わっているといった雰囲気です。

帰りはもと来た道を少し戻り
坂道を登って銚子電鉄の戸川駅へ。


サントリー美術館 藤田美術館の至宝を見に行く

2015-08-10 17:33:36 | 音楽 美術
なかなか良いものが並んでいました。

両部大経感得図は、2面の大きな密教画で
なぜか正面から見るより、やや斜め方向から見た方が
絵の立体感が引き立ちます。
3、4歩下がった斜め位置から見るとベストです。

大燈国師墨跡は、個人的に好みの書です。
力強い文字は魅力です。
他にも一休さんの書だとか
中国の宋代の水墨画などもあり、とても質の高い作品ばかりです。

目玉の窯変天目茶碗は、写真やテレビでは見たことがありましたが
なるほど、摩訶不思議な輝きです。
たとえれば宝石のよう。
いろいろな角度で輝きが違うので、
鑑賞には、茶碗の周りをぐるぐると回ることになります。

見る時には斜め上方向だけではなく、
真横からも見るといいですよ。

(窯変天目茶碗には一部剥離したような箇所があるんですね、少し残念)

他の茶碗も素晴らしいものばかり、
やはりこちらも、少ししゃがむくらいの横方向から見ると
茶碗の品がより一層分かります。

馬上杯などもありましたが、横から見ると杯に描かれた金文様が一段と美しい。
そういうお茶碗は、照明も絶妙に照らしてくれているので、
これらの作品をセッティングしたスタッフは、作品をよくご存じと見える。
あたり前か。

漆黒の黒楽茶碗、太郎と次郎など
重厚で頑丈そうなので、普段使いの茶碗にいいかな
なんちゃって、おこられてしまう。

終戦記念日近し2

2015-08-10 00:06:28 | 日記
終戦記念日間近の8月
父の運転する車で、群馬県の新鹿沢へと出かけたことがあった。
新鹿沢は浅間山に近い嬬恋村の中心地である。
一面のキャベツ畑と
温泉で有名な所だ。

出かけたのは、純粋に観光という目的だけではなかった。
父は終戦のその日、新鹿沢にいたのだ。

終戦間近の昭和20年8月、父たちは新鹿沢から鳥居峠にかけての一帯で
軍事訓練を行っていた。
鳥居峠を越えると信州の松代へと抜けることができる。

戦局がひっ迫していた当時、
天皇陛下、そして日本軍の中枢であった大本営は、
東京から信州の松代へ疎開しようとしていた。
松代大本営である。
父たちは松代防衛のため
米軍を迎え撃つ訓練をしていたのだ。

幸運なことに本土決戦は回避され
父たちも生き延びることができた。

この時の父の同期の人達とは、
戦後も長く交流が続いていたようだ。
その中には、後に政治家や大学教授など、
ひとかどの人物となった人達が
数多くいたようだ。
偏屈者の父にはもったいないような、
羨ましい人脈だった。

しかしながら、父より上の代の人たちでは、
数多くの戦死者を出しており、
その中には、父の仲間達と同じように、
あるいはそれ以上の人物が
数多くいたことだろう。
戦争は人材の浪費でもあった。

終戦記念日近し

2015-08-09 20:54:09 | 日記
阿川弘之さんが亡くなられましたね。
小説家と名乗れるような人もなんだか少なくなりましたな。
さみしいかぎりです。

阿川さんは海軍出身で、そういう小説を
多くお書きになりましたが
「国を憂いてなぜ悪い」という言葉
(本)が忘れられませんな。

昨年は、小野田少尉に李香蘭も亡くなりましたね。
戦後70年ですね。

ペヤングソース焼きそばを食べる

2015-08-02 16:16:05 | 日記
インスタント焼きそばのペヤングが復活した。
いまさらの話題だろうが
行きつけのスーパーでは、
ようやくペヤングが並んだのである。

特に思い入れがあるわけでもないが、
これまで焼きそばを買うなら、ペヤングを買っていた。

味は良いのだが、
食べた後のゴミの量が多いのが難点だった。
リニューアルでこの点が改善されたようだ。

いくぶん麺が細くなったようだが、
味そのものに変わりはないようだ。

安売りではないので、2つだけ買ってきた。
買ってきたそばから、一つを娘に食べられてしまった。
このままでは、もう一つも息子に食べられてしまうのは火を見るより明らか。

そこで慌てて食べた。
血圧高めの私には、
塩分も高いし、体にはあまりよくないのだろうが
なぜか、ふと食べたくなる。

日本民族の魂

2015-08-02 00:33:16 | 日記
この季節、恵比寿と自由が丘の駅前には共通したことがある。
おわかりだろうか
どちらも駅前のロータリーで盆踊りをやっていることだ。
日本を代表するようなトレンドな街の駅前で、
盛大に盆踊りを踊っているのだ。
これにはきっと外人さんも驚きだろう。

いったい全体、観光客目当てでもないのに、
大都市の駅前で伝統文化の音楽と踊りが繰り広げられているのである。
こんな国はない。
日本民族のパワー炸裂といったところだ。

そういう私も今日は阿波踊りの本番だった。
この日の為に、何日も練習した。

やっぱり外人さんには珍しいのだろう、
パチパチ写真を撮っている人も沢山いた。

ということで、さっき家に帰ってきたばかりだ。

ちょっとおつかれだ。

ちょっとおつかれ
ちょっとおつかれ
ちょっとおつかれ ごろん。
(マッハGO、GO、GOの曲で)

ブルーナイル コーヒー

2015-08-01 14:09:16 | 日記
ブルーナイルという、ちょっと珍しいコーヒーを買ってきた。
ブルーナイルだなんて、なんだか艶めかしい名前のコーヒーだ。

日本語で、青ナイル、白ナイルと言うと、ちがったイメージになる。
青ナイルぷりーず、白ナイルぷりーずとやれば、
東京コミックショーだ。

不思議少女、ナイルなトトメスというテレビ番組もあった。
B級コメディー特撮番組の傑作で
女子高生が突然、古代エジプト王朝のトトメスに変身して
悪魔を倒していくというストーリーで、
鈴木清順監督なんかも出演していたような気がする。



ナイルの奥地という本は1935年(昭和10年)に、
イギリス人のリチャード・ウインダムという人がナイルの上流を旅した記録の本だ。
古き良き時代のスーダンは、
異文化の侵入を容易に許さなかった当時のアフリカの方が、
今よりよほど暮らしやすい場所であったことを教えてくれる。
他国や他民族の文化が急激に流入すると、地域のアイデンティティが破壊され
人々の価値観を狂わせる。
日本の文明開化が比較的スムーズだったのは、
奇跡的なことなのだろう。

ところで
このブルーナイル
すっきりめな味で飲みやすい。