とうちゃんのぷらぷら日記

アウトドア系の日記及びうんちく

春の嵐

2014-03-30 20:30:21 | 日記
桜が咲き始めたところで春の嵐となってしまった。
今週末が見納めとなりそうな桜もありそうだ。

夕方近くになって晴れてきたので
あわてて写真に収めたのだが、
桜のように散るとは、よく言ったものだ。
もののあわれを感じる。

咲いてしまうと華やかさの中にかえってさみしさを感じてしまうのは、
私だけであろうか。







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桜の季節

2014-03-29 21:59:54 | 日記
上、高遠小彼岸桜 <3月29日の桜の開花状況>

諸葛菜と桜




旗桜








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横浜緋桜めぐり 2014年3月29日

2014-03-29 21:28:30 | 近所の旅
<横浜市内、スーパーカブで行く横浜緋桜めぐり>

コース
①新横浜駅前公園→②岸根公園→③本牧山頂公園→④本牧神社→⑤横浜公園→
⑥横浜ランドマークタワー前→⑦清水ヶ丘公園→⑧三ツ池公園

①新横浜駅前公園 9時着
ワールドカップ大橋を挟んで左右の堤防沿いにあります。満開でした。




②岸根公園 9時30分着
岸根公園は広々としていてとても大きな公園ですが、こちらは一転、まだつぼみの状態です。




③本牧山頂公園 10時30分着
ここは満開です。今がピークと咲いていました。


本牧山頂公園は、市内の大きな公園のなかでは新しい公園です。
公園の一番東側(海側)の広場を囲むように横浜緋桜が植えられています。




④本牧神社 11時着
本牧山頂公園近くの神社です。
社務所の下の斜面(駐車場の前)に植えられています。
こちらは7分咲きぐらいでしょうか。


スーパーカブのバックミラー越しに写してみました。


⑤横浜公園 11時30分着
ここの公園の横浜緋桜は、早咲き、遅咲きとその中間咲きの種類が植えられています。
早咲きはもう散っていましたが、中間咲きのものが満開です。


⑥横浜ランドマークタワー 11時40分着
ここは日本丸とランドマークタワーの間にあって、桜木町駅からの2階通路からもよく見える桜でしたが
今は、枝をだいぶ剪定されてしまったようで、見栄えが悪くなっていました。
一分咲きといったところでしょうか。


⑦清水ヶ丘公園 12時30分着
10本ほどがプールの建物の前あたりに植えられています。
ここも早咲き、遅咲き、その中間があるようです。中間咲きは満開でした。




⑧三ツ池公園 13時30分着
池のまわりに植えられていますが。3分咲きといったところでしょうか。
三ツ池公園は、もともと桜の名所なので今日の暖かさで染井吉野もいっきょに開花しそうです。


明日からは天気が悪くなる予報なので、すこし早いと思いましたが駆け足で桜の様子をみてきました。

追伸
4月5日岸根公園、満開です。




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倫敦巴里 和田誠

2014-03-23 06:43:14 | 本、作家
倫敦巴里 和田誠 話の特集 昭和52年

本屋で和田誠の倫敦巴里を初めて手にしたとき、
それはそれは衝撃的だった。
こんな緻密なパロディがあるだろうか。
作家の似顔絵はともかく、文章までをも似せてパロディとしている。
しかもその手法がすばらしい。
だれもが知っている川端康成の雪国の出だしの部分、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった・・・・・」のところを
もし、星新一だったら、もし、永六輔だったら、もし、野坂昭如だったら、どう書くか、
現実にはありえないことだが、
それを空想して書くことで、作家ごとの文章の違いがよくわかるように出来ている。
歌手の物まねと同じに、
その作家の文章やものの考え方をいくぶん強調して書くわけだが、
この作家であればこう書くであろうという、読者の期待にみごとに応えるパロディとなっている。
非の打ち所のないゴーストライターぶりだ。
恥ずかしながら、本屋の立ち読みで笑いをこらえるのに必死であった。

小説家のパロディだけではない。
この本ではいろいろな表現の実験を試みている。
画家のパロディもまたすばらしい。
もしも、パブロピカソが「ちび太」を描いたら、ダリが「イヤミ」を描いたら、レジェが「鉄腕アトム」を描いたら・・・・・
着想がとてもすばらしい。
この本を読んだ誰もが、
巨匠たちの絵の特徴を面白おかしくわかるようになる。
そんなカラクリになっている。
ちょっと古い本だが和田誠さんの才能があふれ出ている一冊で、
とてもすばらしい本だ。
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姉崎一馬の雑木林 別冊山と渓谷 1994年

2014-03-17 19:13:40 | 我が家に残したい本
姉崎一馬 の雑木林 別冊山と渓谷 1994年

これは私の郷愁の極致とも言える写真集なのだ。
武蔵野の
故郷の
自然そのものの世界なのだ。
肌に感じる空気や匂い、
移ろう日の光までも
その場すべての情景を感じ取れる写真集なのだ。

写真の力とはすごいものだ
自分が写真の風景の、
その場所に佇んで
周りを見回しているような錯覚をいだく。
そして写真には写っていないところまで
自分にははっきりと見えるのだ。

この写真集は普及版で、正編の「雑木林」の写真集もあるのだが
手にとって見るにはこちらの方が具合がよい。

ただし現在はいづれも絶版のようだ。
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びんぼう自慢 古今亭志ん生

2014-03-15 19:55:16 | 本、作家
古今亭志ん生の破天荒な半生の物語

落語の世界を地で行くような人生は、すごいと形容すべきか、
あきれると言うべきなのか。

無類の酒好きの師匠は、
戦争末期に満州の大連へ慰問の仕事で行くことになった。
理由は、
本土では手に入らなくなっていた酒が、満州にはまだあるらしい。
どうせ死ぬなら満州へ行って、
好きな酒をたらふく飲んで死にたいものだ。
というもの。

そして敗戦の混乱の中、志ん生は、
6本のウォッカをいっぺんに飲んで自殺をはかったという有名なくだりがある。

どこまでが本気なのか、
それとも洒落や勢いでのことなのか、
人は理屈では測れない。


そんな志ん生を
落語家の宝として支持した当時の人達は、
ものの考え方が大らかだったのかもしれない。

落語の世界では、
まともな人間は、長屋のご隠居さんぐらいなもので、
とんちんかんな八っつあん熊さんに、
放蕩息子や与太郎といった、なまくら者など
あまりまともな人間は登場しない。
そんな連中でも、
ご隠居さんに文句を言われながらも、
しかたがない、そういう奴だと、
みんなから認められている雰囲気がある。
落語の世界のような人付き合いが出来れば
もっと人間らしく生きられるのかもしれない。




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たちばなの散歩道(川崎市) 関東甲信越 近所の旅

2014-03-10 09:43:52 | 近所の旅
橘樹神社
この橘樹神社があるので一帯が橘樹郡と呼ばれるようになったそうだ。
由緒正しき神社の祭神は日本武尊と弟橘姫(オトタチバナヒメ)。
古代の川崎市役所ともいうべき橘樹郡衛跡も程近い。


このあたりが橘の産地であったというのも聞いたことがある。
毎年朝廷へ献上していたが、中国からもっとおいしい温州みかんが入ってきたのでもういらないということになったとか。

もっと昔の遺跡では子母口貝塚が近所にある。

この近くの場所で、今も発掘調査が行われていた。

さらに進むと弟橘姫の古墳と伝わる富士見台古墳が住宅街にあります。

能満寺も立派なお寺です。

そして、なんといってもこの辺は影向寺(ようごうじ)が有名。

お寺の祭りには近郷の若い衆が押しかけたとか、
私のおばも若いころは、よく行ったものだと話していました。

格調高い西脇順三郎さんの文学碑もある。 西脇さんは慶応の先生でしたが、
詩の分野で日本初のノーベル賞候補となった作家でもあります。


西福寺古墳
わりと大きな円墳です。生垣で囲われていて本当は立ち入ってはいけないんでしょうが、子供たちの遊び場になっているようです。

(ここからは、たちばなの散歩道とさよならしました)

馬絹神社

立派な灯篭が、すごい数並んでいる神社です。

神社の石段を悠然と横切る近所のねこ。この後いっしょに遊んでくれました。
「こまねこ」のポーズ

ねこ、ねころぶ

このすぐ裏が馬絹古墳
まるで神社のご神体のような場所にある古墳です。(古墳は立ち入り禁止)


旅行というと、どうしても神社仏閣を訪れることが多くなりますが、
昔の人もこうして巡礼だとか、お参りだとか言って気晴らしに旅行をしたのでしょう。
とくに当時は今のような公園もないから、どこかに行くときには、お寺や神社が公園代わりだったんでしょうね。わらべ歌は、お寺や神社の境内で歌われたイメージがありますね。
みんなが気兼ねなく集まれる場所でもあったのでしょう。
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久末義民地蔵(川崎市高津区久末) 関東甲信越 近所の旅

2014-03-09 18:45:22 | 近所の旅
イノ木の義民地蔵

江戸時代の初めのころ、各地の領主の治世は強権的であり、
多くの農民は塗炭の苦しみにあえいでいました。
慶安のおふれが示すように、
農民は最低の生活に甘んじて生きるよう、義務付けられていたのです。
それでも生きることが可能であれば、ぎりぎりまで我慢をするのが農民です。
それも限界を超えた時、農民は法度である直訴を行ったのです。
直訴は、死罪です。
それを犯してまでして村人を救った人達のことを
後世の人々は義民と呼び、長くその徳をたたえました。

有名な人々には、
若狭の松木荘左衛門
佐倉惣五郎こと木内惣五郎
磔茂左衛門(はりつけもざえもん)こと杉本茂左衛門
などの人達がいますが
この村の義民には、そんな逸話として残るような有名人はいません。
それでも今でも子孫や縁者の人々によって感謝と徳を讃えられ、
供養が続いているのです。


それにしても19人とは凄惨です。
蓮花寺では戦没者の慰霊碑と同列で供養塔が並んでいます。


こちらは妙法寺の義民地蔵
もとは別の場所にあったものを移設したとのこと。

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稲荷前古墳群 市が尾横穴古墳群 関東甲信越 近所の旅

2014-03-08 11:16:57 | 近所の旅
稲荷前古墳群や市が尾横穴古墳群は、この地域では特に有名な古墳だ。
両方の古墳が近いので、まとめて訪れる際には便利だ。

本格的な調査をしたのは、住宅開発に伴うもので最近の話だ。
市が尾古墳群は昭和8年に発見され発掘調査は昭和31年ごろから始まっている。
稲荷前古墳にいたっては昭和42年の発見だ。
古墳自体は他にも市内に沢山あるが、
この二つの古墳群は、古墳そのものに容易に立ち入ることが出来るのが魅力だ。
(普通は柵などがしてあり、遠くから眺めるようなケースが多い)

横穴古墳ならまだこれからも見つかるかも知れない。
中学生のころ地形図を眺めては、
まだ発見されていない城跡や古墳があるのではないかと、
ひそかに新発見の野心に燃えていた。

日吉にある箕輪洞谷横穴墓群は平成13年の発見だ。


稲荷前古墳群 16号墳(前方後円墳)

稲荷前古墳群は、前方後円墳や円墳、方墳、横穴式古墳となんでもそろっている。(保存されたのは前方後円墳と方墳の3基のみ)



市が尾横穴古墳群は思ったより、丘陵の上の方にある。

横穴古墳群の中央には広場がありそこで祭事を行ったそうだ。
実際に公園のこのあたりが、それに該当する場所なのだろう。


縄文時代から脈々と続く、この地域の人達の暮らしの跡なのだ。
もしかしたら自分の中にも、この遺跡を作った人達の血が何百分の1でも流れているのではないかと、ふと思ったりする。
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池辺(いこのべ)富士 横浜富士山めぐり

2014-03-06 18:40:30 | 近所の旅
池辺(いこのべ)富士
直登ルートと山塊をぐるりと回る2つの登山ルートがある。

畑の中にあまり違和感なく存在する池辺富士は、地元密着型の村の富士だ。
区画整理事業を行った市街化調整区域内にあるため周りは畑だが、以前は不届き者の不法投棄に悩まされたと見え、今でも通行止めにしている道がある。
地元の富士講により江戸時代から守られてきた富士塚だ。
歴史を感じさせる石の祠が山頂にある。

当時、富士講はブームであった。それで村々で競うように富士塚が築かれたようだ。
私の家では、昔の家を解体するとき鴨居から沢山の金剛杖が出てきた。(たぶん曾爺さんあたりが富士登山へ行ったものであろう)

山頂からは富士山が綺麗に見える。
富士塚は富士山を見るための展望台でもある。
昔はこんなふうに何処からでも富士山がよく見えた。
この辺の者にとって富士山は身近な存在なのだ。
畑仕事の手を休め、ふと顔を上げればそこに富士山があった。(ただし雑木林越しのことが多いが)

富士に似せた小高い山をみんなで築き、
そこから富士を眺めるというのは、
はるかな富士をこの場所に同化させることで、
富士の霊験にあずかることが出来ると考えたのであろう。
当時の人達の考えが、よくわかるような気がする。
ここから見る富士山は、
丹沢や箱根とは一線を画す、まったく別物の聖なる山「真白き富士の嶺」なのだ。

こうして西の方を見れば自然と目線は富士へ行く

追伸
青葉区の大場富士にも行ってみたのだが
こちらはいまいちよくわからない状況であった。



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中学校の絶対評価の危うさ

2014-03-06 09:54:05 | 主張 感想
横浜の公立中学校の評価方法は、絶対評価だ。
われわれのころは相対評価で、
テストの点を主にして評価していたと思う。
体育だって100m何秒で走ったとか、バレーボールのスパイクがすばらしいとか、
実技が主体の評価だった。
今は実技が劣っていても、日ごろの態度や筆記試験の成績が良ければ5の評価が付くようだ。
勉強は出来なくとも、体育ならクラスで1番というような昔のわんぱく小僧の立つ瀬がない。

一番大きな問題は先生の主観による評価の部分が大きくなったことだ。
いったい一人の先生が、
多くの生徒達に対して公平な評価を下すことが可能なのだろうか。

一度レッテルを貼られてしまうと容易にそこから抜け出せなくなる。
人のイメージとはそんなものだ。
また、人には相性というものがある。
一癖あるような生徒は、どうしても合う先生、合わない先生というのがはっきり分かれる。
本来個性の強い生徒の方が人としては面白いと思うのだが、そういう生徒は現在のシステムでは不利だ。
ひたすら、先生に対して良い子をアピールすることのできる子だけが成績優秀となるのか、
まるで営業のようだ。
親も生徒もそんなところばかりを気にしている。
生徒会長や、各種の役どころが取り合いになるというのも、われわれのころとは、
隔世の感がある。

思春期の子供の中には根暗な子がいたり、神経質な子がいたりするのが当たり前だと思うのだが、
それが積極性がないとか、反抗的だとか、先生の主観だけで評価されてしまうのには違和感がある。
もっと生徒の多様性が認められる評価になってほしい。

むしろ絶対評価は、普段の努力がテストの成績として現れなかった生徒や、
点数では推し量れないユニークな生徒を押し上げる為に使ってもらいたいものだ。
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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 東京オペラシティ 3月5日

2014-03-06 00:55:06 | 音楽 美術

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番
チャイコフスキー 交響曲第6番 悲愴
東京フィルハーモニー交響楽団
東京オペラシティコンサートホール 3月5日



今日のコンサートを選んだのはチャイコフスキーの悲愴があったからでした。
一曲目のラフマニノフのピアノ協奏曲第3番は、あまり聞いたこともないので、
実は期待していなかったのです。

ピアニストはアレクサンダー・コルサンティアさん
コンサートが始まるまでピアニストが誰なのかも、気にしていませんでした。
(グルジア出身の方だそうです)
ところが演奏が始まるとすぐに、このピアニストはただ者ではないことがわかりました。
胸のすくような潔い演奏で、テクニックもすばらしいし、オーケストラとの息もよく合っていました。
こんなハイレベルなピアノ協奏曲を生で聞くのは初めてでした。
演奏が終わると万雷の拍手で、なんと1曲目からアンコールなのでした。

さすがは東京フィルの定期演奏会、
平日だというのにほぼ満員の観客に
この演奏。
レベル高いです。

この日のオーケストラは正面左にコントラバスがあるクラシックな配置でした。


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卒業式の思い出

2014-03-05 08:38:50 | 日記
卒業式の最後、
みんなで応援歌を歌って閉めということになり、
学部長のK先生は、前の方の列の学生達を手招きでホールの檀上に上がるよう促しました。
K先生の音頭取りで、みんなで肩を組んで応援歌を歌うということになったのですが、
ぐうぜんにも私の隣はK先生でした。
クラブの行事などで応援歌を歌うことは多かったのですが、これが本当に学生生活最後の応援歌となりました。
卒業式の内容のことは、もうすっかり忘れてしまいましたが、ホールの檀上でK先生と肩を組んで歌った応援歌のことだけは、今も覚えているのです。

式の後
お世話になった先生方へ卒業の報告に伺うと
T先生は、差し出した右手を両手で強く握りしめ、
上下に打ち振る熱い握手をしてくださいました。

国際学会の司会も務められるT先生ですが、
日本からの海外留学がまだ珍しかったころ、先生は、国費でドイツやスウェーデンへ留学され、東洋人にまだ違和感のある現地の学生を前に、ドイツ語でゲーテやハイネの詩をそらんじて見せ、いっぺんに打ち解けることが出来たという豪快な逸話をお持ちです。

また、K先生は、正規の授業と関係のない勉強会を独自に開いていただき、いたらぬ学生でも根気よく指導してくださる温厚な先生でした。
卒業してからも、先生の別荘へ厚かましくもお邪魔させていただいたことがありました。

不思議なことに最近そんな先生方と
30年ぶりぐらいにお会いする機会がありました。

あらためてお礼申し上げる次第なのです。

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川和富士 横浜富士山めぐり

2014-03-04 20:45:15 | 近所の旅
凱風快晴

川和富士の秀麗な姿
川和富士は現代の富士塚だ。


おらがの富士山へ登ると、さすがの展望
やはり独立峰は違う。
今日は、もやがかかってわかりにくいが、
川和富士の山頂からは、丹沢連峰の後方に本物の富士山がくっきり見えるはずだ。

ご愛嬌で小富士(愛鷹山?)があるのもいい。
個人的には遊歩道をもう少し控え目にしてもらいたいのだが


六根清浄と登る人はいなくなってしまっただろうが、
子供たちには、絶好の遊び場となっていることだろう。


昔の川和富士は別の場所にあったとか
何れにしても、私は初めて訪れたのだ。

正面から見るとマヤのピラミッドのようにも見える。
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山田富士 横浜富士山めぐり

2014-03-04 18:23:38 | 近所の旅


山田富士は地元の名所だ。
いったいだれが作ったのか、
現在の形になったのは何時なのか、
そもそもこの土地はお寺や神社ではなさそうだから、
誰のものであったのだろうか、(調べたら近くの長泉寺の土地だったそうです)
よくわからないことが多い。

今は公園となっているが、かつては道中坂下のあたりから、
10,000歩コースというハイキングコースが山田富士まで続いていた。
指導票も完備されていた。
もっとも私は、自分の家から直接歩いたので優に20,000歩は越える
ハイキングであった。
お菓子やお弁当を持って出かけたものだ。

登山口?
桜の樹海を抜けて登ります


山頂よりの展望



ウーン富士山
噴火口もある山田富士 お鉢めぐりも出来ます。


遊歩道ではない正式な登山ルートは、各地の権現様、明神様をお参りしながら登ることになります。
 
箱根大権現 鹿島大明神 白山大権現 三島大明神などの石碑があります。


麓から見た富士山

山麓の樹木は、昔は松だったのですが、今は植生が変わり桜となっている。
地球温暖化の影響か?(笑)
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