とうちゃんのぷらぷら日記

アウトドア系の日記及びうんちく

今日のえもの

2014-09-28 19:10:25 | 料理 食 道具
今日は関内駅近くの「豆はな」さんへ(落花生などの豆がしの専門店)
オートバイをとばして行ったのだが
店の前に着くと、店の中がどうも暗い、
いやな予感がしたが
はたして
お休みだった。
なんたるぬけさく
ホームページを見てからいけばよかった。

腹いせにカモシカスポーツで冬用のグローブと辻まことの本を購入。




つづいて、デパートへ行ってキムチのチンジャを購入
チンジャはけっこうなお値段のする高級キムチだが
勢いで買ってしまった。
チンジャは好きだがそのへんの店では売っていない。
また、作る人によっても味が違うので信頼できるお店でないと買えない。


昔、家の近くで韓国のオモニのやっているキムチの専門店があった。
種類が多いので、いろいろためしてみたらチンジャが一番美味しかった。
それ以来キムチを食べるならチンジャということになった。
(これは名店街で見つけた関西のお店のもの)
日本酒にもいける。

これは香住鶴(兵庫県の酒蔵)よいお酒だ。
今日はキムチで一杯


<参考>
豆はな 
 神奈川県横浜市中区尾上町3-30
本店は小田急渋沢駅近く

落花生の名店
私は甘納豆購入の目的が多い

盆おどる本

2014-09-26 23:00:19 | 独り言
渋谷文化村のブックショップ ナディッフモダン
この本屋さんは近くに用があるときには、ふらりと立ち寄る。

「盆おどる本」はそういえば前回来たときにも、
タイトルを見ておっと思い手に取ったのだが、
漫画ばかりで文章短か!と思い
やめてしまったのだ
今回も前のことはすっかり忘れていたのだが、盆踊りのエッセイとは面白いと思い
やはり手に取って見ていたのだ。

おまけに、
おまけでお買い上げの方にはオリジナルの手ぬぐいが付いてくるという。
う~ん物で釣るとはちょこざいなとも考えたが、これもなにかの縁と思い購入したのだ。
(本当は天才アラーキーの写真集の方を買いたかった)



だが兎にも角にも
盆踊りを応援する本とは殊勝である。

日本の3大イベントとといえば
新年の初詣と秋祭りに、この盆踊りだ
ところがどうだろう、最近は焼きそばなどの屋台がメインとなり
踊っている人もまばらな盆踊り会場もすくなくない。
まっこつ嘆かわしいかぎりだ

という自分もよその町の阿波踊りには参加しているが、地元の盆踊りには久しく参加していない。
炭坑節に東京音頭ならなんとか踊れるが、最近は地元のなんとか音頭とか、もっとマニアックな一部団体さん専用の音頭なども多く、なかなか踊りの輪に入れない。
それも問題だ。

みんなで知恵を出し合って、盆踊りぐらいは盛大にやりたい。

チャイコフスキー交響曲第4番 オーチャードホール 9月23日

2014-09-23 22:09:57 | 音楽 美術
今日は、大御所の外山雄三さんの指揮で
チャイコフスキー 幻想的序曲「ロメオとジュリエット」
リスト ピアノ協奏曲第1番
チャイコフスキー 交響曲第4番
の3本立てを聴いてきました。

3曲とも情感豊かな演奏で
ふくよかな温かみのある演奏でした。

外山さんの老巧な指揮に
東京フィルの演奏力が応えていました。
東京フィルは指揮者の要求するかなり微妙なニュアンスでも
見事に演奏して見せてくれる頼もしい楽団です。


特に今日は
1曲目の「ロメオとジュリエット」から、
いきなり気合の入った演奏です。

交響曲第4番の
第4楽章まで情熱的な演奏は続き

外山さんも80を超えたお歳とは思えない集中力でした。


続、忘れられぬ山

2014-09-20 20:43:17 | 山行
ほとんど道のないルートを踏破した日高の夏合宿は過酷なものだった。
八ノ沢カールから中札内の駅に無事にたどりついた時には
合宿をやり遂げた心地良い充実感と、
やっと緊張から解放され、安全な場所へとたどり着いた安ど感から
心底ほっとしていた。

私たちはその日、中札内の駅にステーションビバークと決め込んでいたので、
駅前で思い思いにくつろいでいた。
そんな我々に、地元の奥さんと思われる人が声を掛けてきた。

「あんたらなにやってるの」
「ぼくら、山から下りてきたところで、今日は駅に泊まろうかと思っているんです」

「行くところがないならうちに来て泊まっていきなさい。」
「いえいえ、とんでもないです。こんな汚いなりですから。」

「いいから」
「いいから」
「泊まってきなさい」

初対面のわれわれに、
しかも1週間も風呂にも入っていない、
浮浪者のような集団に、
家へ泊まっていけとはどういうことなのか。

それでも我々のことを簡単に説明すると、
それでは恐縮ですが、ごやっかいになりますということになった。

6人がザックを背負って
その奥さんの後ろをぞろぞろと付いていく。
ちょとへんな光景だ。

駅からほど近いその人の家に着くと
もっと驚いたことには、
「私はこれから、入院している家族の付き添いで病院へ行ってしまうから、
あんたら、勝手に風呂入って、
そこのお菓子でも食べてって。」

「今夜は帰らないから、朝になったら、勝手に出て行ってね。
鍵は掛けないから、そのままでいいよ。」
と言いうなり、さっさと病院へ行ってしまったことだ。

どういうことだろうか
入院している家族がいる、普通ではない事情の家庭なのに・・・・
しかもさっき会ったばかりの人間を自分の家に残して
出かけてしまうとは、
北海道の人は、心が広いとは聞いていたが
今もって驚く心の大きさなのだ。

あれから、30年以上が経つが
今でも北海道の人というのは、こんな感じなのだろうか。

海沢探勝路から大岳山 鋸尾根 9月14日

2014-09-15 10:28:03 | 山行
白丸の駅から多摩川左岸の道を進む。
数馬峡だ。
多摩川の中でも特に美しい渓谷だ。


ここから海沢へのコースは見どころが多い。
個人的には奥多摩で最も魅力的なコースだと思う。

まずは昭和レトロな水力発電所「氷川発電所」が見えてくる。
昭和6年に作られたそうで、文化財に指定したいような発電所だ。


つづいて「東京都奥多摩おさかな養殖センター」が見えてくる。
やまめかなにかの魚が水面から飛び跳ねている。見学施設もあるようだが、土日祝日は閉館と書いてある。



少し進むと完成間近なトンネルがある。
古里と鳩ノ巣の間からここへ新しいトンネルが伸びてくるようだ。
この先海沢への道は、アメリカ村と看板のある古びた方の道へ進む。

海沢はすばらしい沢だ。
これがもし、林道もなく昔のままの天然林が広がる沢だったら、本当によい所だと思う。
中流域から、断崖の迫る函のような所もあり、沢の流れも変化に富んでいる。


途中こんな地層も見れます


林道から天狗岩ノ滝


登山道に入るとさっそく三つ釜の滝が現れる。


この滝壺の釜がいい


大滝は立派な滝だ。
正攻法で堂々と水流を落としている。


この先少し早いが二股の所でお昼ごはんにする。

今日は「北海道秋鮭弁当、卵焼き付き」
卵焼きは昆布だしで上品な甘口に仕上げました。ウミャー


山頂の天気はこんな感じでした。
すぐに鋸山へ向かう


鋸尾根には途中726Mぐらいの所に小さな祠があり
愛宕神社の奥ノ院なのか、カラス天狗様が鎮座している。

愛宕神社からの下りは目もくらむような急こう配な階段となる。
ここに匹敵するような階段は、妙義山の中の嶽神社ぐらいしか知らない。

<コースタイム>
白丸8:20 ― 登山道10:15 ― 大滝10:45―
大岳山12:35―奥多摩駅16:10

故宮博物院展行ってきました

2014-09-07 22:17:02 | 音楽 美術
中国美術の展覧会でこれまでに最も印象に残っているのは、
10年以上も前に横浜のそごう美術館で行われたボストン美術館所蔵の東洋美術コレクション展でした。
その展覧会を観ようと市営地下鉄の横浜駅を降りたところ、
外人さんが私に話かけてきました。

チョットイイデスカ
ボストンビジュツカンテンヲ、ミニイキタイノデスガ
ドウイケバヨイノデスカ
市営地下鉄の横浜駅から、そごう美術館へ行くのはかなりややこしい。
ちょうど私も行くところだったので、一緒に行こうということになった。
聞けばアメリカ人だという。
貴国の美術館展なのに、なぜわざわざ日本に来てまでして行くのかと訊ねたところ
今回の展示作品は本国でもめったに見られない逸品ばかりだという。

美術館に入ると、なるほど群を抜いた名作ばかりで、
衝撃は今でも忘れられません。
中国の作家はあまりわからないので、作品の名前も今では覚えていませんが、
いくつかの作品はいまだに印象にのこっています。

北宋画や南宋画、理宋や徽宗などの書もあり、
本物であればこその迫力に満ちていました。
一度通しで見てから、気に入った作品はもう一度見ようと美術館の中を何度もいったりきたりしました。

ところで、今回の故宮美術院の展覧会
正直そこまでのインパクトはありませんでしたが
散氏盤、徽宗の楷書牡丹詩帖貢、蘇軾の行書黄州寒食詩巻、
そしてこれは乾隆帝の心意気に感動してしまうのですが、四庫全書、
これはすごい。

忘れられぬ山 日高 ナメワッカ沢

2014-09-06 18:16:28 | 山行
日高の山へ行ったことは
これまでの登山の中でも忘れられない山行の一つとなった。

日高山脈の中央に
春別岳から主稜線を外れ西に延びる大きな尾根がある。
尾根の中ほどには
ひときわ立派な山がある。
1752mのイドンナップ岳だ。
その南側の沢を集めて流れているのがシュンベツ川で、
大学生のころ、そのシュンベツ川から支流のナメワッカ沢を経てナメワッカ岳、春別岳、カムイエクウチカウシ山、八ノ沢カールへと
日高山脈を東西に横断する夏合宿をしたことがあった。

春別ダムを越えた所までタクシーで入り、ダム湖の東の林道からシュンベツ川へ降りた。
中流域のシュンベツ川は水量も多く、遡行するには川を左右に渡渉を繰り返しながら進むことになる。
いきなり腹まで浸かるような渡渉が始まった。
夏とは言え雪解け水のシュンベツ川は、息が止まるような冷たさだった。
大きな川原石にも足を取られる。まだ山に慣れない体にはこたえた。

この合宿でパーティの先頭を歩くのは私の役割だった。
川の左右は急峻な崖や斜面である。右に左に流れを変える川を歩いて行くには、この先がどうなっているかを目で確認することは出来ない。先の地形を予測して、渡渉ポイントを歩きながら判断する必要があった。
ポイントを見誤ると、もう一度後へ戻るか強引に泳いで突破するかの判断になる。何れにしても体力と時間をロスする。

この時、私の山カンはさえまくった。
通過してから改めて判断しても、常にベストのポイントを渡渉していた。

ナメワッカから春別岳への這松こぎの判断でも然り。
自分で言うのもなんだが、この合宿中の私のルートファインディングは手慣れたガイドよろしくほぼ完ぺきであった。

ところで、ナメワッカ沢は、計画当初からクラブの沢の力量では遡行は困難ではないかと心配されていたのだが。
はたして実際に来てみると、やはり、われわれの予想を超える険しい沢であった。
ゴルジュには高さ20m以上の険悪な滝が垂直に落ちており、
一目見ただけで、われわれの技術では登ることは不可能と判断できた。
このため滝のはるか手前から大高巻をして、滝の落ち口へと降りたのだが、
滝一つを越えるのに丸1日をついやした。

参加メンバーも危なっかしいものだった。
大学生のクラブなので1年生は初心者も同然
そんなメンバーで、この沢に挑んだのだ。

極限の緊張の中、
一日の行動が終わりキャンプサイトで焚火を囲むと、
今日の沢での健闘をお互いに讃えあった。

この時みんなで歌った
「かまどの歌」は、この合宿を象徴するような山の歌であった。

・・・・・・・・・・・・

食事が終わった後は
束の間の憩いさ
たばこの煙は遠く空へ帰ってゆく

長い一日だった
ほんとにつらかった
だけどこうしていると
今じゃうそみたいだ

夏の陽はすでに落ち
山は深く黒く
西の空を縁取る峰の名も知らず

明日もザックを背負って
どこまでゆくんだろう
苦しいことなど忘れて
いまはただ眠りたい

・・・・・・・・・

合宿最後の幕営地は有名な八ノ沢カールで
最終日の夕飯は
夏合宿恒例の闇鍋であった。

我々の合宿では合宿の食糧計画とは別に、
いざというときの予備の食糧にも使えるようにと
「各自一品ずつザックの中になにか食材を入れてくるように」
という決まりがあり、
無事合宿の最終日を迎えられた日の夜には、
その食材を使って
鍋をつくるという伝統があった。

どんな味になるのかは見当がつかないから闇鍋と言った。
食事の当番は1年生で、味付けもすべて当番に任される。
ベースは大抵醤油か味噌味となるが、
食材には何を持ってきたらよいというような決まりはないので、
各自のセンスが試された。
同じ食材が重なるようなことがあるとブーイングだ。
ただし、戦前の闇鍋に入っていたような「たわし」などのようなギャグ物はNGである。

玉ねぎなどは何の料理にでも合い重宝するが、
1年生で切干大根を持ってきた者がいた。(軽いからだろう)
切干大根なんかを入れると
鍋がみんな切干大根味になってしまう。

だがそれも一期一会で、後でいい思い出にはなる。
それは、それでよかったのかもしれない。

八の沢カールでの闇鍋は、もっとまともなものであった。
ひさしぶりの御馳走にみな満足した。
おまけに八の沢カールの水はうまかった。

食事が終わると カムイエクウチカウシの肩の辺から月が昇った。
月はカールの底を明るく照らし、
合宿最後の夜を、美しく演出してくれた。


12月21日第九のコンサートの予約をしました

2014-09-03 21:19:49 | 独り言
今年はついにやりました。
何をって第九のコンサートのチケットを予約したのです。
しかも東京フィルです。
このところ毎年12月になると後悔を繰り返していました。

まともなコンサートのチケットは12月になってからではどこも売り切れ。
いつも失敗したと思うのですが、
なにしろそんな先のこと
今から行けるかどうか
わからないじゃん
というわけで
優柔不断さを繰り返しては
結局
あー!どこも売り切れ
ちぇー、来年こそ。
というのを繰り返す学習能力のなさ。
しかたなく毎年手持ちのレコードを聴いて我慢していました。

・・・・・・・・

第九はすごい曲です。
フルトヴェングラーがレコード史上の記念碑的名演で伝説を作ったかと思えば
日本では、毎年市民合唱団が歓喜の歌を歌い
あらゆる階層の人達を巻き込んで演奏される。
多くの人達が第九の演奏を楽しみにしている。
そんな交響曲はありません。

ベートーベンは天才というより、人類の宝
よくぞこんな交響曲を作ってくれました。