
切符売り場のある博物館の中庭
こうしてすったもんだの末、見学時間の予約をすることになりましたが、思いも掛けなくロビーには結構人が居てびっくり。これまでも、オフシーズンのこの時期においては、ウフィツィ美術館初めアカデミアやボルゲーゼなど予約は日本から必須だといわれている美術館に当日でもすんなり入れているので、この礼拝堂もそのつもりでいましたが、今日は三時間もあとの時間でしか予約は取れませんでした。きっとクリスマス休暇で観光客が一気に増えたのだろうと思います。

予約完了のバーコードの入った書面
この礼拝堂は一度に入場できる人数は限られていて、しかも事前に、別室で礼拝堂に関するビデオを見ながら“体温の調整”をすることになります。これはフレスコ画保存の為に見学者が出入りすることによる室温の変化を防ぐ処置ですが、実際に入場してみると、管理はとても厳重で驚きました。

内部を埋め尽くすジョットのフレスコ画には圧倒されました
凄いっ
1301年に出現したハレー彗星をキリストの誕生をいうベツレヘムの星としてこのフレスコ画に描いているとか
吸い込まれるような“青”は天空だったんだ…
砂と石灰を混ぜて作ったモルタルで壁を塗り、その上に水だけで溶いた顔料で絵を描くフレスコ画は、絵の定着のための溶剤を一切使いません。なので描かれた絵画は油絵や水彩画と違った独特の色と表情を醸し出します。石灰が作り出す結晶に顔料の微細な粒が一粒一粒封じ込められるので色も鮮やに長期間保たれるのだそうですが、それでも何百年と時が経てば修復や管理なしでは当時の状態を維持できないのは火を見るより明らかで、この絵も700年の時を経ても未だ完全には乾いていないのだとか。小さな聖堂内、なんだか息さえもこの絵画に影響を与えそうで、密やかに吐いて吸って…ケホッ みんな静かに静かにたたずみました。

オフシーズンにもかかわらず見学者は沢山いる
左下の青いケープをまとった年配の女性が、予約のあるなしをチェック。
「Ha un bglietto?」「Ha un bglietto?」“切符は持ってんの?”と手当たり次第聞いていました(^^)

ジョットの肖像画
1266年フィレンツェ生まれ/1337年70才で死去…らしい
この礼拝堂のフレスコ画の作者ジョットについては意外に知られていることは少なくて、イタリア・ルネッサンスの先駆けとなった偉大な芸術家というのがもっとも一般的な彼への評価ですが、その名声はゆるぎなく一貫していたことを思うと、まさしく比類なき天才だったのだろうと思います。有名なフィレンツェのジョットの鐘楼は、この礼拝堂の絵を描いた後の彼の作品だそうですが、その記録のほかには、生まれた年月日や亡くなった日などの確たる詳細は残っていず、革新的な芸術を生んだ彼の生涯は結構謎に包まれていることを知りました。

ユダの裏切りなんてなかったことにしよ~
左下、黄色い服を着て、頭にわっかのないのがユダ
礼拝堂に描かれているのは「キリストの生涯」と「聖母マリアの生涯」です。上記はその中の「最後の晩餐」
ダ・ヴィンチが描いた同じモチーフでは、裏切り者は誰か、猜疑心に満ちた弟子たちの表情が窺えますが
ジョットの作品にはそれがない…
食卓には温かな雰囲気さえ漂って、ジョットの世界観が垣間見えました
なお、スクロベーニ礼拝堂は、高利貸しだったエンリコ・デッリ・スクロヴェーニが建てたお堂です。
当時高利貸しで財を築いた者は罪人とされるため、お堂の建設はその償いなのだとか
ヨーロッパにおける中世の美術では絵画のほとんどが宗教画でした。その手法にはじめて自然で人間的な表情を与えたのがジョットです。彼はそれまでの判を押したような神秘的で象徴的、かつ平板な表現を打破し、人を人として描き、奥行きのある現実的な空間を作り出しました。キリストだって例外ではありません。スクロベーニ礼拝堂に描かれているキリストは、もはや神の世界ではなく、聖書から抜け出た現実の魂あふれる人間として描かれています~とここまで事前学習して、入場しました(*^_^*)。

入場時間午後5時40分を待つ
実は待ち時間は、約3時間~パドヴァの町の散策と由緒あるカフェ「ペトロッキ」で時間をつぶしましたが、パドヴァの町は思った以上に小さいエリアに見どころは収まっていて、ベネチアを午後から出かけた割にはまずまず効率はよかったと思います。行き当たりばったりの旅は、少しばかりドジったものの、でもそれだけにジョットのフレスコ画への感動と共に、一年経っても印象深く残っているのは面白いです。

事前のビデオ鑑賞/25名限定
ビデオを見ながら礼拝堂の中と私たちの身体の体温を一定にして、フレスコ画へのダメージを防ぐ
そうそう、ジョットのフレスコ画は以前アッシジの大聖堂でも見ましたが、「ほんとにジョットが描いたのか」と、なんとこの真偽が問われているとか。何しろアッシジの大聖堂は広すぎるので、二つを比べると、この小さなスクロベーニ礼拝堂を埋め尽くすフレスコ画の方が何と言っても感動的で軍配は上がるのだけれど、作品の善し悪しは、もしかすると建物の大きさのせいばかりではないのかもしれません。アッシジでは真偽のほどを巡って、専門家たちが現在論争中なのだとか。
余談
フレスコ画を案内してくれたお姉さんに、公園内の礼拝堂を最初に訪ねたことを言いました。どこから入るのか分からなかったと。するとお姉さんは、礼拝堂の正面は開けることがないと教えてくれました。でもこうして見学できて良かったねとも。ハイ、終わりよければ全て良し…この言葉はこんなときに使うのでしょうね(^^)♪。