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イタリアより

滞在日記

番外編の旅inロシア/ロシアのモナリザ その1

2014年04月26日 | 番外編の旅ロシア

ロシアのモナリザと呼ばれる

イワン・クラムスコイ作:「忘れえぬ人


■2014年3月28日


ロシアの画家たちだけの作品を集めたトレチャコフ国立美術館入り口


この日は、ロシアの旅行の最終日でした。午後にはモスクワの空港に移動して帰国の途に着くのですが、午前中は、トレチャコフ国立美術館へ行きました。1856年に開設されたこの美術館には、約5000枚のイコン(聖図)を始め、11世紀から現代に至るまで総計10万点にものぼる絵画が所蔵されています。それも、他国の画家による作品は一つも無く、全てロシアの芸術家たちの手で描かれた絵画ばかりだというから驚きました。実は、ホテルを出発してこの美術館に来るまで、私は大失敗を犯して、下手をすると観覧できない可能性もあったので、こうして無事にロシアのモナリザに会えたことは、生涯それこそ“忘れえぬ”思い出になったのです。


モデルは誰なのか、全く分かっていない

別名「見知らぬ女」ともいう


1800年代、当初この作品は、町で媚びを売る底意地の悪いふしだらな女性を描いたと、酷評を受けたのだそうですが、時代が変遷すると人の目も変わるでしょうか。やがてこの女性の持つ物憂げな瞳や濃く描かれた眉毛にみられる意志の強さや、眉間にしわを寄せた中に漂う高慢な雰囲気さえにも、人々は魅了されるようになっていきました。ロシアの文豪トルストイの描いた、あの「アンナ・カレーニナ」にも重ね合わせて、今ではロシアで最も有名な絵画の一つになっています。何年か前、私の住む町にも、この絵画がやってきたことがあるのですが、見に行けないままだったので感無量の思いがありました。


ガイドさんが大いに自慢した、ガイドさん好みの「ロシアのもう一つのモナリザ」

但し、これはガイドさんが勝手にそう思っているだけ


トロピーニン作:「刺繍をする人」


ガイドさんの名前が分からなくて、私は勝手にイワンと呼んでいたのですが、そのイワンさんは、愛国心のとても強い人で、ルーブルにあるモナリザよりも、このロシアのモナリザの方が数段美しく、気品があると言い張ります。特にこの「刺繍をする人」は、本場のモナリザよりも肌も綺麗だし若いし可愛いしと・・・「ハイハイ、イワン~分かったよ(^^)」と私は心の中で相づちを打っていましたが、自国の画家による作品をこんなにも愛し、熱く語れるのはなんと羨ましいことかと思います。



ワシリー・ペローフ作:「トロイカ-水を運ぶ子供たち」


この美術館には前述したように、膨大な数の絵画が所狭しと飾られていて、ガイドさん無しでは、とてもとても見切れませんでした。その中には、当時の世相や人々の暮らしが覗える作品も沢山あって、ロシアの歴史そのものが分かるなぁと私は簡単の思いでした。そんな中の一つ、「トロイカ-水を運ぶ子供たち」という絵を見た時、胸が詰まりました。実は、トロイカで、思い出したことがあったのです。

小学生の頃、音楽の授業で習った「走れトロイカ」。「雪の白樺並木、夕陽がはえる~」、この曲を音楽会で歌うとき、先生は、馬車が勢いよく、そして楽しく走っている様子を思い浮かべて、元気よく歌いましょう、と言いました。ところが、この歌は、そんな曲調で奏でるものではないことを随分後になって知ったのです。

ロシアでは、トロイカというのは、三頭立の馬車のことを言います。イタリア語で、数字の3は「トレ(tre)」といいますが、ロシアでもтри(トリー)と発音して、3でひとそろいのものをトロイカというのです。で、その三頭立ての馬車を引いていた貧しい青年が、ある日恋をしたのですが、相手の女性は金持ちの男を選んで青年から去ってしまいます。まっ早い話が、その女性は青年を捨てて玉の輿に乗った訳ですが、その時の彼の、悲しくてやりきれない切ない心情を吐露したのが「走れトロイカ」の歌なのでした。なので、原曲はゆっくりとしたテンポで、哀愁を漂わせて青年の悲しみを歌う曲調になっています。

少し話が横にそれましたが、イワンさんは、このトロイカと題された絵を、当時の貧しい人々の生活が垣間見えます、とだけしか説明はしなかったけれど、私は、馬車が描かれていない・・・トロイカって、この幼い子供たちのこと?と、胸が締め付けられました。どの国もどの時代にも底辺で生きる人々が居るのは事実だし、分かってはいるのだけれど、幼い子たちがこうした過酷な生活を強いられているのを絵画の中に見るのはなんと辛いことかと思います。もっとも、作者の貧しい生い立ちをからすると、これは、子供達を馬車のように扱う当時の悪政への抗議なのでしょう。


アンドレー・ルブリョフ 作:《至聖三者》


さて、上記の「至聖三者」は、この美術館の中でも特筆すべきイコン(イコンとは、イエス・キリストはじめ、聖人や天使や聖書における重要な出来事やたとえ話、教会史上の出来事を画いた画像のことで、ロシア正教では聖像として崇める)なのだそうで、イワンさんは、是非とも写真を撮っておくようにと言いました。何でも、画家ルブリョフは、ロシア正教から聖人とされていて、このルブリョフの図像は三位一体の唯一正当な聖像とされているのだとか。美術館には5000枚ものイコンがあるということですが、その中の頂点にあり、ロシア芸術の最高峰というのですから、皆、懸命にシャッターを押しましたが、いかんせん、窓から入る光でガラスケースは反射するし、上手く撮れませんでした。そして、正直な話、豚に真珠と言いますか、値打ちが今ひとつ分かっていないというのがこの時の私の悲しさでした^^;。(帰国後、イワンさんが言った通り、この作品は国宝級の大変貴重なイコンだと知り、ひれ伏しましたm(_ _)m)


ロシアが誇る文豪トルストイさんと記念写真

イリヤ・レーピン作:《文豪レフ・トルストイの肖像》


続く
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番外編の旅inロシア 豪華な歴史トイレがある!?

2014年04月14日 | 番外編の旅ロシア

ロシアで最も由緒ある高級百貨店「グム」

この中に豪華トイレがあるらしい


赤の広場でガイドさんが言った一言、「この百貨店に豪華な歴史トイレがある」、にすぐさま反応した私でした^^;。ツアーの女性は4人でしたが、そのうちの二人で行ってみました。


百貨店内階上部分

両サイドにカフェやレストランが並ぶ

明治時代にこんな大きなデパートがロシアにはあったなんて…

画像はWikipediaより


この百貨店の歴史は古く、帝政ロシア時代にさかのぼります。日本で言えば明治時代。建設当時店舗は1000店以上あったようで、“物資の欠乏しない店”として人々の生活を潤していました。やがてスターリンの独裁政権が始まり、国営事業になりましたが、1993年、急激な時代の流れと共に当時の経済改革の一環としてついに民営化され、現在に至っています。日本のデパートと同じく、ブランド店はもちろんのこと個人商店も合わせて総店舗数200店が入っているとのこと。今日はウィークデーでもあり、店内は閑散としていましたが、休日はきっと多くの人々でにぎあうのだろうと思います。

そうそう、“国営百貨店”と呼ばれるのは、どうもロシア語で、「国営百貨店」という言葉と「総合百貨店」という言葉の最初の文字が「G」で始まる為、混同されて使われているようです。ガイドさんは、しきりに国営と言っていましたが、もしかしたら、帝政ロシア時代の栄光の歴史を矜持を持って語りたかったのかも知れません。


トイレ入り口


さて、当の豪華な歴史トイレとは・・・ブルガリやディオールや名だたるブランドが並ぶ通路をまっすぐに行くと、トイレに降りる階段がありました。もうこの場所から雰囲気が違う^^;壁には有名な人たちが訪れたらしい写真や絵画がずらりと掛けてあって、何だかギャラリーに入って行くようでした。


正面は男性用トイレ


一段降りた正面は男性用で、女性は更に階下に降りて行きます


まさか、ロシアに来て、トイレレポートをするとは思いもよりませんでしたが、実は旅行に出て一番気を遣うのがトイレなのです。イタリアをはじめ、ヨーロッパは日本のようにどこにでも無料で入れるトイレなんてありません。バールやレストランで何か飲んだり食べたりして利用させて貰うか、デパートに行く、あるいは鉄道駅(ローカル線)の構内を訪ねる(主要駅では有料)、あとは有料トイレしかないのです。いつもいつも海外に出て思うのは、日本のトイレの素晴らしさ。町中の公園のトイレだって、イタリアの有料トイレには負けない。ましてや、便座も温かくお尻までお湯で洗って乾かしてくれるなんて、高級ホテルにだってそんなトイレはない、それも無料で・・・あっちょっと熱く語ってしまいました^^;


階段を降りた正面は待合室

ここから部屋は一層暖かくなって、革張りのソファの座り心地もすこぶるいい


大理石の床は磨き上げられていてピカピカです。顔さえも写るほど。ほんのりと花の香りが漂ってきます。海外で、こんなに清潔で綺麗なトイレは初めてだわ~とちょっと興奮気味でした。さすがにお茶のサービスはありませんでしたが、トイレという場所は、清潔というだけで気分は随分リラックスするものだと、今回つくづく思いました。


(*^_^*)


どちらにしても、トイレで記念写真を撮るなんて前代未聞ですが、取りあえずは来たぞーの一枚をカメラに収めました。そして、いざゆかむ。


トイレのクローク

ここで、荷物やコートを預かって貰います


入ると、受付兼用のクロークがあって、ここでトイレ使用料金を払います。ロシアのお金で一人84ルーブル。日本円にすると約250円くらいでしょうか。買い物をしたときの手荷物やコートなどかさばる物を預かって貰い、その荷物の番号札を受け取ります。


そして、“いたします”笑

便座はお尻に柔らかくフィットする木製

イタリアのトイレは、よく、“便座な-い”

トイレホルダーはじめ、サニタリーボックスまでキンピカ仕様


内外旅行はあちこち行きましたが、トイレの中を撮影するなんて・・・今回はたまたま他のお客さんが居なかったから写せましたが、日本人は、料理のみならずトイレにもカメラを向ける、とひんしゅくモンかも知れませんね。m(_ _)mペコペコ


洗面台には、ハンドソープ、ティッシュ、タオル、そしてハンドクリームまで置いてありました


お客さんが出ていくたびに、掃除をする人が入って来るようでしたが、薄いブルーの制服に白い小さなエプロンを着けて、まるでメイドさんのようでした。イタリアでは有料トイレの料金は年々値上がりして、場所によっては1ユーロを超えるところがあります。日本円にすれば、150~200円。この百貨店では無料のトイレも勿論あって、普通に使えるのですが、トイレの前に立てば、フタまでが自動で開く快適なトイレライフをしている身にとっては、トイレこそが文化だ、と思わずつぶやきそうになったのでした。

なお、この豪華歴史トイレには、ウォシュレットはないし、木の便座も温かくはありません。

やっぱり日本のトイレが世界一!!
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番外編の旅inロシア 赤の広場にて

2014年04月09日 | 番外編の旅ロシア

赤の広場にある「ワシリー大聖堂」

どう見てもおとぎの国のお城としか思えない

貧弱な私の脳みそ・・・(-_-;)


■2014年3月26日

サンクト・ペテルブルグからモスクワに移動して、まずクレムリンを訪ねましたが、見学後はすぐそばに位置する「赤の広場」まで歩いて行きました。この場所は旧ソ連時代、共産党の象徴である真っ赤な色をした広場だと思い込んでいた私は、この「赤の広場」をイタリア語なら「la piazza(広場) rossa(赤)」だよなぁ~等と思いながらいましたが、なんと大きな的外れといいますか、誤解といいますか、いや、きっぱりはっきりと無知そのものでした。赤の広場とは、古いロシアの言葉で「とても美しい広場」という意味を持つのだとか。ガイドさんからそう聞かされて、へえへえのトリビア(古っ)でした。


クレムリンから坂道を降りてきてこの門から入りました。

この風情、どこか遊園地にでも入場~みたい(^^)

今日はいいお天気でしたが、風が強くてとても冷たい一日で、震え上がりました。



赤の広場

赤くない・・・

右にそびえ立つのが時計を持つ「スパスカヤ塔」で、クレムリンの城壁が続く

あの塔のてっぺんには直径3メートルもある宝石のルビーが輝く

クレムリンと赤の広場を結ぶこの塔は最も重要な建物になっているとか


以前テレビのニュースで、『赤の広場では、なんちゃらかんちゃらの記念パレードが行われました~』と聞いた記憶がありますが、この広場のことだったんだ、と現地に立てば、一介のニュースでさえ急に身近に思えてくるから不思議です。

昔々の名だたる武将達が闊歩したであろう石畳は確かにそのまま存在しているし、今は観光地と化しているけれど歴史をたどってみれば、この場所は怖い話が見え隠れする。その中でも特筆されるのがイワン大帝で、16世紀の頃、大戦の勝利を祝って建てさせたのが“おとぎの国のお城”のようなこのワシリー聖堂でした。


この聖堂、別名をボロクソじゃなかったポクロフスキー聖堂ともいう

ロシア正教は、不思議なことにマリア様を礼賛する・・・でも拝むのではないらしい


カトリックでもなくプロテスタントでもない独自の道を歩んだロシア正教は、ガイドさんからどんなに聞いても理解できなくて、キリストの母マリアを決して神格化して拝みはしないが、生神女(しょうしんじょ)として尊敬するのだといいます。同じ女性として、悪い気はしないのだけれど、奥深か過ぎて、その真なる意味が最後まで分かりませんでした。

このカラフルな聖堂の色合いもそれに拍車をかけている訳ですが、実は前述の通り、聖堂を巡って残酷な逸話が残っています。先のイワン大帝が、できあがった聖堂を見て、こんなに美しい建物を二度と作ってはならんと、製作者の目をくりぬいてしまったとか。もっとも、これはまことしやかに流れた嘘が、元々幼少期から極悪非道な性格の持ち主だったイワン大帝のエピソードになってしまったようですが、嘘でもホントでも、こんなに可愛い教会なのに、伝承されるお話とのギャップはなんと大きいことでしょう。

なお聖堂は葱坊主を持つ8つの建物から出来ていますが、一見バラバラの寄せ集めのように思えるのに四方八方どこから見ても見事な調和を保っています。これこそがロシア統一を表しているのだとか。ガイドさんは、とても熱く、そして早口でまくし立ててくれました(^^)


国営百貨店「グムデパート」


この赤の広場で目を引いたのは、横に長い宮殿のような立派な建物です。この建物はモスクワでも異彩を放つ高級百貨店で、しかも国営だというからびっくり。

ここではわずか30分の自由時間しかなくて、広場の写真をあちこち撮っているうちに過ぎてしまいましたが、ガイドさん、もっと早くこの百貨店のことを話してくれたなら、中でお茶を飲むことも出来たのにと残念でなりませんでした。というのも、中に入ってみて、その斬新な造りに驚かされたのです。


グム百貨店の正面入ったところ、いわゆるインフォメーション


通路は高くて、吹き抜けになっています。二階にはずっと続くテラスもあってカフェやレストランもありました。なんともおしゃれな雰囲気で、他のヨーロッパのデパートとは明らかに違う。画一的でない、それでいてとてもリッチな気分にする雰囲気は独特でした。


通路にはブランドのブースも並んでいる

イケメンのお兄さん、テロテロの格好をしている旅行者の私たちには、声は掛けない^^;


ガイドさんが、この百貨店の説明をした時に言った一言

聞き漏らしはしませんでした

この百貨店の中には、豪華な歴史トイレがある


なんですとー

続く
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