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イタリアより

滞在日記

グッビオのオオカミ伝説

2017年04月11日 | グッビオ

ヴィットリーナ教会そばのフランチェスコとオオカミの像

グッビオ市のホームページより


■2016年12月24日(土)

アッシジの裕福な織物商の家に生まれ育ったフランチェスコは、当時の若者が皆そうであったように功名心からペルージャとの戦いに参加しますが、病に倒れ、心身とも傷ついて帰還します。死の淵をさまよいながらも奇跡的に回復するのですが、健康を取り戻した時、キリストの信仰に目覚めるのです。次第に修道の道にのめり込むフランチェスコは、やがて富や財産を拒絶し、親から与えられし物として、着ている衣服さえも脱ぎ捨て、故郷を去る決意をします。1207年、フランチェスコが25才の時でした。


ブラザー・サン シスター・ムーンより

着ている服を脱ぎ捨て、両親の元を去るシーン


アッシジを出たフランチェスコが最初にたどり着いたのがグッビオの町でした。この地で彼を受け入れ、のちの清貧の象徴となる修道服を与えたとされるのが、友人であったスパダロンガ家なのだそうですが、周囲には少しづつ、こうしてフランチェスコの教えに共鳴して、手助けをする者や“兄弟”たちが現れ始めます。


テアトロロマーノ付近からグッビオの町を望む


ベルナルドをはじめ、エジディオやピエトロなど12人の兄弟達とローマに赴き、時の教皇に謁見するのが1209年のこと。故郷のアッシジにあるサン・ダミアーノ聖堂やポルチウンコラ聖堂の修復もこの頃に重なっていることを思えば、グッビオに滞在したのはわずかな期間だろうと推測しますが、歴史的事実云々はさておいて、この間に町で起きた出来事こそが、聖人のエピソードとして書物「イ・フィオレッティ」に綴られ、後世伝承されるとになる当地の、オオカミとの和睦の物語でした。


大きな交差点にあるヴィットリーナ教会

向かいの芝生の上に像が建っています

ストリートビューより


フランチェスコがグッビオに滞在していたとき、町の人たちは野に現れるどう猛なオオカミに悩まされていました。時には町に出没して家畜や人を襲うので、誰も町から外へ出ることが出来なくなっていました。フランチェスコは、こうした町の現状に心を痛め、オオカミと話をしようと、皆が止めるのも聞かず、たった一人で彼らのすみかに出掛けます。

フランチェスコがオオカミに出会ったとき、オオカミは襲いかかろうとしますが、フランチェスコの掲げる十字架と優しい口調で話しかける聖人の様子に、彼はフランチェスコの足元にひれ伏しました。


リュック・オリヴィエ・メルソン作「グッビオのオオカミ」(Le Loup d'Aggubio)


それを見たフランチェスコは、オオカミに言います。『我らが兄弟たるオオカミよ、おまえはこの地で、神が造られ給もうた家畜や人々に害を与えた。彼らを殺し、食べるという大きな罪を犯したのだ。故に絞首台に上がらせることは当然のことだ。人々はおまえを許さず、ののしり責め立て憎んでいる。いまや、全ての村人がお前の敵だ。犬でさえおまえを嫌い、吠え掛かっている。しかし、私は、町の人たちとお前を和睦させたいと思う。おまえがこうした罪を犯すのは、ひとえに空腹のせいだと私は知っている。今後、おまえは町で悪さはせず、人にも家畜にも決して危害をくわえないと約束してくれるならば、私もおまえに恵みを与えよう。』

フランチェスコがこう言うと、オオカミは頭を垂れて、この約束を守ることを誓いました。更にフランチェスコは続けます。『兄弟オオカミよ、キリストのみ名の元に、町の人たちとおまえとの和睦を図ろう。おまえは町の人たちに危害を加えないと約束をしてくれたのだから、人々もこれからは、おまえの命をつなぐ食べ物におまえが生涯困らないよう与えることをわたしが保証する。』この言葉を聞いたオオカミは、前足をフランチェスコの手に置きました。全てを受け入れて、彼も又その保証をするというしるしでした。フランチェスコは、人々にもオオカミの罪を許すように、犬たちにも、今後オオカミに吠えたり追いかけ回さないよう言い聞かせるのでした。


人々は訪ねてくるオオカミに食べ物を与え
犬さえも彼に向かって吠えることなく居る


こうして、町の人たちとオオカミは、互いにフランチェスコとの約束を守って仲良く暮らし、オオカミはこの2年後に天国に召されますが、人々は彼の死を悼み深く悲しみました。上記の絵画の中、オオカミの頭に光輪が描かれていますが、これはフランチェスコの尊さを表しているのでしょう。オオカミが町の中を歩いているのを見ると、人々はフランチェスコの徳や教えがよみがえり、対峙する相手と和を結ぶ大切さを思い出すのでした。
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ヴィットリーナ教会へ/その3

2017年04月09日 | グッビオ

綺麗な公園の中に立つ教会の全景


■2016年12月24日(土)

この町の市長さんが発信したブレゼピオを見たさに、海の向こう、平たい顔族が住む国から旅人が訪ねたのに、実は期待したプレゼピオはありませんでした。通年は設置されていて、何らかの理由でこの年だけ飾られていなかったのか、今となっては分かりませんが、ちょっとがっかりではありました。


公園の中のモニュメント



サン・フランチェスコとオオカミの物語が生まれた時代のヴィットリーナ教会は、勿論人々が憩うようなこんな広々とした場所ではなく、木々の生い茂る寂しい村はずれにぽつんと立っていたはずで、今の場所は、後世、整備され作られたのだろうけれど、それにしても、物語にそぐわない、余りにも明るいエリアにあって、こちらも少々気持ちが削がれました。もっとも山の中のうっそうとしたところに教会があれば、こうして訪ねては来られなかったので、私の言い分はなんと身勝手なのでしょうね。



さて教会は、20人も入ればいっぱいになるほどの小さな内部でしたが、それでも信仰にまつわるフレスコ画が壁面に描かれていて、ほのかに浮かび上がる正面のキリストの像を目にすれば、信者ではないものの、敬虔な気持ちにさせられました。

フランチェスコがグッビオに滞在したのは、1207年からのわずかな期間でしたが、それまでの自らの行いを悔い改めて出家をし、故郷のアッシジを出たフランチェスコが最初にたどり着いたのがこのグッビオの町でした。当時人々は、近くに出没するオオカミに悩まされていましたが、家畜のみならず人間まで襲うこの獣を恐れて、人々は町の外へも出ることが出来ず、獰猛なオオカミ相手に為す術もないままでいました。そこでフランチェスコが身を挺してオオカミに会い、とつとつと説教をして彼を回心させるのですが、その場所がこのヴィットリーナ教会のそばでした。




サン・フランチェスコとオオカミ


オオカミがフランチェンコに手を掛けるこの動作は、フランチェスコの説得に対するオオカミのいわば、あなたの言うことに逆らいませんという“保証”を表しています。尻尾を垂れていることでも分かるように、平たく言えば、相手に畏敬の念を抱き、服従する姿勢でしょうか。

こうして、ようやく私は長年思い続けた目的の教会にたどり着いたのですが、フランチェスコとオオカミのこのエピソードは、単なるキリスト教伝道のための物語にとどまらず、オオカミを現代の、例えば、ミサイルや核実験をし続ける国や内戦で互いにいがみ合う人々に置き換えてみれば、何を為せば、安寧の秩序を保てるか、自ずと見えて来る気がするのでした。
コメント (4)
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ヴィットリーナ教会へ/その2.

2017年04月03日 | グッビオ

ヴィットリーナ教会


■2016年12月24日(土)

実は、グッビオの町巡りをした23日の夕方から、このヴィットリーナ教会へ行こうとしたのですが、既に日も落ち始めていて迷いました。道行く人に聞けば、どの人も、中心地からはとても遠いと言います。しかし、インフォで貰った地図を見て、あっらー行けるじゃないのっと簡単に考えてしまったのは、地図の読めない女の浅はかさ。距離感がつかめていない、いわゆる机上の空論で、いつも夫から言われる言葉、地図は現地ではないよ、の典型でした。


黄色い囲みがサン・フランチェスコ教会
青い囲みが、目指すヴィットリーナ教会


それでも、山にはクリスマスツリーが点灯し始め、当たりも暗くなってきたので、この日23日の道行きは断念しましたが、これは、これまでの轍を踏まない良い判断でした。いい加減痛い目にあっている経験則が功を奏したということか、このまま敢行していれば、電灯のない、人っ子一人居ない真っ暗な道で泣きべそをかいていたに違いありません。

翌朝は、午後遅くのバスに乗ることにしているので、ホテルに荷物を預けて、気持ちも新たにこの教会を目指しました。地図にあるとおり、町の中心地サン・フランチェスコ教会のあるレッブッブリカ通りからカンポディマルテ通りへ素直に進めばいいものを、ちょっと行ってみよー精神がむくむくと湧きあがり、脇道にそれてしまった・・・というのもあるのですが、車が行き来する大通りに嫌気がさして、というのが本音でしょうか。


こんな雰囲気のある住宅も見つけたけれど・・・


行けども行けども、道は続くし、観光地図は、夫が言うとおり現地ではない。それでも、引き返す選択肢はなくて、こんなに私を駆り立てたのは、この教会に、サン・フランチェスコとオオカミの物語を描いたプレゼピオが飾られている、というこの町の市長さんの談話を読んだからでした。何度も記しているので、恐縮ですが、この季節にしか見ることの出来ないクリスマスの飾り付けであるプレゼピオは、どの町にも置かれていて、これまで各地で見てきましたが、それぞれ特色のある風情を感じて、プレゼピオを見ることは旅行の楽しみの一つでもあるのでした。

しかし、ここだけの話・・・ヒソヒソ・・・これまでで一番がっかりしたプレゼピオは・・・サン・フランチェスコの地元アッシジの大聖堂前にセットされたプレゼピオでした。デパートのマネキンと同じ人形がそれっぽい服を着ているだけ・・・お顔は、よく手入れされたっぽいつるつるの現代風のイケメンで、絶対に背広の方がよく似合う・・・2012年のことでした。あっ内密に・・・^^;


民家の私道らしい道も通らせてもらって・・・スイマセンお邪魔します


話がそれましたが、グッビオの町の市長さんが肩入れする、サン・フランチェスコとオオカミのお話は、どんなストーリーでプレゼピオが飾られているのか、とても楽しみにしていました。グッビオの見どころは、旧市街に集まっているのですが、このヴィットリーナ教会だけは、町の外れに、そして、サン・フランチェスコのイメージからどこか寂しいエリアに、質素にポツンとたたずんでいるのだろうと勝手な想像をして、歩いて行きました。


ピアッジョラ通りからフラテ・ルーポ通りへ

ここを真っ直ぐ行くと教会です


一つ通りを外れたために、一時は不安にもなりましたが、良いお天気に恵まれたためにさして不安にも思わず、この時は珍しく勘も働いて、教会にたどり着くことが出来ました。が、しかし・・・えっ?こんなところに?私の想像は大きく外れて、なんと明るく綺麗な公園の中に、その教会は立っていました。


Parco della Vittorina(ヴィットリーナ公園)

コメント (2)
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