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イタリアより

滞在日記

カモッリの教訓

2013年01月29日 | カモッリ

矢印のピンクの建物がホテル「Hotel Cenobio Dei Dogi」


■2012年12月24日(月)

カモッリの宿泊先をどこにするか、ここは夏になれば海水浴客が沢山訪れるはずだから、ホテルはそれなりにあるとは思うものの、具体的なホテルの情報はなかなか得られませんでした。ネットでどうにか知ったホテルの写真と名前だけを頼りに私が予約したのは「Hotel Cenobio Dei Dogi/ホテル・チェノビア・デイ・ドージ」でした。グーグルアースで探すと駅に近いし、それなりの設備もあって女性の一人旅には安心だと考えたのです。そして現地に着いて分かったのは、このホテルはカモッリで一番大きいリゾートホテルで、シーズンならとてもとても予約は取れないし、料金も倍以上になるとのこと。やはり、オフシーズンの今だからこそ泊まれるホテルなのでした^^;。


荷物がなければ黄色の矢印のところから階段で降りられます


ホテルに行くには、上記の写真(カモッリの駅前)、駅前に市庁舎があるのですが、荷物がなければ、その市庁舎の横、黄色の矢印から下に階段があって降りられます。結構急な階段だし長いので、私のような大きな荷物があれば、青い矢印の方向にゆるやかな坂を下りていきます。


「Hotel Cenobio Dei Dogi」の入り口


オフシーズンはこんなリゾートホテルでも閑散としていてさすがに寂しい雰囲気でしたが、成る程格式もあって落ち着いているし、何よりも十分な安全が保たれていることに安堵したのでした。なにしろ女性の一人旅、一に安心、二に清潔、三に駅近~等と何かの標語ではないですが、ホテル選びにはいつもこの三つの条件を思います。


フロントから続くホテル一階の廊下


チェックイン後、日の明るいうちに、ホテルのサロンやテラスにも出て、海を眺めたり、写真も撮ろうと、思いの外立派なホテルの仕様に私はウキウキとしていました。ホテルステイも旅の楽しみの一つですものね。お天気は今一つでしたが、こんなにいいホテルならもう一泊もするのだったなぁとちょっと残念にも思いながら。


ホテルのサロン


ホテルにはこの時期だから宿泊客も少なくて、サロンには誰も居ませんが、海に向かっているテラスに出ればカモッリの海岸がずっと見渡せました。曇り空の冬のリビエラ~それでもこれほどの景観が望めるのだから、季節の良い晴天の日ならどれほど素晴らしい景色が広がることだろうと、予想以上に温かなこの地方の気温も手伝って、私のホテルの内外の散策は続いていました。


プールとプライベートビーチに下りられるテラスに出るドア


このホテルには中二階のテラスにプールも備わっています。そのテラスからはプライベートビーチにも行けるし、滞在するファミリーやカップルがこのホテルで過ごす夏のバカンスはどんなに優雅で楽しいことでしょう。私もテラスに出て、季節はずれではあるけれど、リゾート気分をちょっと味わってみようと思ったのは、今でも無理からぬことだったと思うのです。


プールとプライベートビーチにも下りられるテラス


テラスに出られるドアを確認をすると、ドアは簡単に開いてテラスに出られるようになっているし、ドアの外側にも内側と同じ形の取っ手が付いている、大体がこうしたテラスに出るドアは安全上、外側からは開かないのが通常なのだけれど、チェックイン時に、「Posso andare in terazza?」(テラスに出られますか)と聞いたら「si,certo」(はい、勿論)とのことだったし、サロンからは同様の形をしたドアから出て入ってこられた…、一瞬迷いはしたものの、例によって「ちょっと行ってみよう」の好奇心が湧いて、気がつけばドアを開けてプールのそばに立っていた私なのでした(^^)。

季節はずれでもプールの水は満々と張られ、枯葉一葉落ちていません。周辺も掃除と管理が行き届いているのには、さすがだと一人で感嘆の声を上げました。ビーチに続く階段を下りたり、遠くに見える教会や海、そして夏のバカンスを過ごす人たちの様子を思い描きながら、そこに20分ほど居たでしょうか。さて、中に戻ろうとしたとき、ドアが開かないのです。えーっうっそーまじ?と思いながらも、やっぱりなぁ…やられたーと冷静に考える私も居ましたが、人の気配がしないこのホテルの雰囲気から、このまま誰も私に気付いてくれなかったらと思い始めると、すっかり怖じ気づいてしまいました。そして、ホテルのテラスから…



「Aiuto-(たすけてー)」と叫ぶ羽目になったのです。旅行中、何かの連絡の為に、宿泊するホテルの電話番号はいつも携帯電話に登録しているのですが、たまたまこのホテルだけは指定されたチェックインの時間に到着するし一泊ということもあって携帯には登録していませんでした。もし電話が掛けられたらフロントに連絡できるのにと思ってもこれぞ絵に描いたようなあとの祭り。テラス中、中に入れる場所を探しましたが、どこにもありません。イタリア語なら、こんな時「オーマンマミーア」、英語なら「オーマイガーっ」、日本語なら「偉いこっちゃ~どないやねんっ」よねぇ、とか一人でブツブツ言いながらもだんだんと不安は募ります。その不安が絶好調、じゃなくて、絶頂に達したとき、やっと一人の宿泊客がテラスに居る私に気がついてくれたのでした。

このテラス、夏はきっと解放されているだろうし、冬は最初からオートロックにしてあるか、あるいは時間が来たらロックが掛かるのか、今となっては分からないことですが、例え鍵がなくてもどこかからか家に入れる我が家の暮らしぶりと私の危険予知能力の貧しさが露呈した一件でもありました。そして…

ホテルのドアは外からは開けられない!」 カモッリで得た教訓なのでした^^;。
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カモッリの衝撃

2013年01月19日 | カモッリ

カモッリの町並み

お天気ならあの屋根の向こうにコバルトブルーの海が見えます


カモッリは小さくて可愛い町です。は山の手側にあるのですが、その山の手側の東西に道路が一本伸びていてそれがメイン道路になります。そして一段下がった海側に、メイン道路と平行してもう一つ道があって商店街になっています。元々が漁師町なのですが、夏になると海水浴客であふれるリゾート地に変わり、どんなににぎやかになることか。オフシーズンの今はひっそりとしていますが、それでもお店もそこそこに開いているし、散策もしやすくて私はすっかり気に入ってしまいました。


サンタ・マリア・アッスンタ教会の横にある城壁


時を告げる鐘が教会から鳴り響きますが、私の宿泊するホテルにも勿論聞こえてきて、大いに旅情をかき立てられました。そんな教会にも入ってみたし、城壁のにも上ってみました。塔の上には大きな大砲が海に向かって2台備え付けられてあって、恐らく当時を模したレプリカだと思いますが、このカモッリもその昔、他国からの侵略に抗った歴史があるのだとしみじみと眺めました。


駅から一本下がった商店街

町の散策~何度もこの道を行ったり来たりしました(*^_^*)



とてもアバウトなのですが、ちょうど矢印の当たりに海に面してフォカッチャ屋さんが…


カモッリやお隣のレッコは、フォカッチャが名物なのですが、なかなか食べる機会がなくて、ジェノヴァでも結局あの有名なジェノベーゼを食べられなかったしなぁと、食いしん坊の私はそんなことを考えながら歩いていました。その時、なんとタイムリーにもフォカッチャのお店を見つけたのです。

イタリアではピザのお店のことをピッツェリアといいますが、フォカッチャのお店もフォカッチェリアと呼びます。舌を噛みそうですが、そのフォカッチャ屋さん、狭い店内には地元のお客さんがいっぱい居て、焼きあがるそばから熱々のフォカッチャが次々と売れていきます。私は店から出て来たご婦人に、「このお店は有名なのですか」と聞いてみました。すると「そうよ、とても美味しいのよ」と言って買ったばかりのフォカッチャを見せながら、チーズのフォカッチャがお勧めよ、と親切に教えてくれたのです。そうなると黙ってはいられない、俄然張り切る私なのでした(^^)~☆。


店内ではお兄さん、懸命にフォカッチャを焼いていました


お腹もちょうど空いてきたし、それでなくても地元の人が美味しいという食べ物屋さんにはいつもピキッと反応するのです。国内外を問わず、旅行先や出張先では、出来るだけ地元の人に美味しいお店を教えて貰って訪ねることにしているのですが、これまでの経験から、地元の人が勧めるお店は十中八九ビンゴです。間違いなく美味しい。


焼き上がるはたから売れていくフォカッチャたち


クリスマスなので、きっとこのフォカッチャも食卓を飾るのでしょうね。できたての熱々を皆さん買って行かれます。私もまずはお店の人が勧めてくれたシンプルなフォカッチャを一つ買いました。



焼き上がったばかりのフォカッチャ~私には少々塩辛い味付けでしたが、成る程香ばしくてなかなかイケる、何だかくせになりそうです。次に食べたのがチーズのフォカッチャ、これはストラッキーノというそうで、その名前のチーズが溶け込んでいます。件のご婦人が教えてくれた通り、チーズがとろりと口の中で広がってほんとに美味でした。海辺の椅子に座って、のんびりと一人で熱々のフォカッチャを頬張る~なんて幸せなんだー♪、と、その時、私を襲った衝撃は…
なんですとーっ!!



包装紙には…


どうもこのお店で修業した日本人女性が東京にお店を出したらしいのですが、しかし、こんなまだ日本にもそう知られていない小さな町の小さなお店の包装紙に日本語を見るなんて、それも漢字と平仮名で普通に表記されている…「レベッロららぽーと豊洲店」…びっくりすると共に、こんなところにまで日本が…なんとも衝撃的な出来事でした。


お店の名前は、「RevellO」(レベッロ)

カモッリの海辺に面した小さな店構えです


あとで知ったことですが、このお店「レベッロ」はやはり有名店で、東京に出たお店は世界で唯一のこのお店のいわば“支店”。しかしながら、この辺りのフォカッチャは、小麦粉、エクストラバージンオイル、ストラッキーノなどを主原料にエリカなどの独特のハーブの香りを持たせた伝統的な作り方で、東京のそれは「似て非なるモノ」らしいのですが、それにしてもこんなところに日本との接点があるなんて…帰国した今でも、あのリグーリアの海辺で受けた衝撃は消えません^^;

追伸:2013年6月現在、東京のお店はなくなっているようです。
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カモッリの出会い

2013年01月12日 | カモッリ

駅前の市庁舎横のプレゼーピオ


私がこの町、カモッリを知ったのは迷宮都市ベネチアの魅力を教えて貰った篠利幸さんが、リグーリア海岸で一番好きな町はカモッリだ、ベネチアに雰囲気が似ていると書かれたウェブサイト「イタリア紀行」を読んだのがきっかけでした。そして時を同じくして、キリストの像が海に沈められている島があるとテレビで放映されているのを見て興味を持ったからでした。何しろ二つの情報がカモッリで交錯しているのですから、いつか行きたいとずっと思っていたのです。そして地図を広げてみると、なんと今回行くチンクエテッレへの鉄道路線上にカモッリの町がある。「いつか行きたい」が「行こう」に変わったのは言うまでもありませんでした。


船乗りのプレゼーピオ

カモッリは漁師町~なのでこんなプレゼーピオも…


キリストの像が沈められているのはカモッリから船で行くサン・フルットゥオーゾ修道院のある島の海で、キリスト像はこの海域で亡くなった人の魂を慰めているのだそうです。日本では、特にお盆近くになると海は死人が足を引っ張るから近づくなという言い伝えがありますが、それとは何だか対局にある気がして、死者への深い思いを感じました。もっとも日本のその言い伝えは、お盆になると海が荒れて危ないから警告のためのようですが、それでも死者が現世の者をあの世に連れて行くとはなんとも恐ろしいお話ですよね…。


海岸の突端にある聖マリア・アッスンタ教会


さて、そのサン・フルットォーゾ修道院行きの船の乗り場は見つけましたが、切符売り場は閉まっていて、近くの人の聞くと、「船専用の案内所」があるからそこで聞けといいます。船着き場の端っこにあるその案内所を訪ねてはみたものの、天候次第で船の出航はどうなるか分からないということに変わりはなく、そんな中、真夜中のミサのポスターを見つけたのでした。詳しい話を聞こうと思い、再度案内所を訪ねようとしていたとき、ある日本人のご夫婦に出会ったのです。


カモッリの船の専用案内所


最近のイタリアでは、どこに行っても韓国や中国の人たちを見かけるようになりましたが、さすがにこのカモッリでは一度も会うことはなく、このご夫婦と会った時も直感ですぐに日本人だと分かりました。お二人も私を見て、同じ思いを抱かれたようで、「日本の方ですよね?」と声を掛けて頂きました。この町で日本人と会うのは初めてだと言われるので、ご旅行ですか、と聞くと何とこのカモッリに住んでおられるとか。もう驚きました。後でそのいきさつなど詳しいお話を伺うことになりましたが、とりあえず私の目的を聞いて、そんな船が出ていることは知らない、もっと詳しいことを聞いてあげようと、わざわざ一緒に案内所を訪ねた下さったのです。


ご夫婦とお会いした場所


そして分かったのが、件のミサの詳細でした。時間が遅いのを心配して、私なら聞いてもとてもとても理解できなかったことまで担当者に質問して、説明して下さいました。最終的に午後7時の天候で催行を決めるとのこと、もし、中止なら私の宿泊するホテルに電話を掛けて知らせるということまで交渉して下さって、ほんとに助けて頂きました。結局船は出ませんでしたが、このご夫婦から受けた温かい親切が胸に響きました。誘って頂いてコーヒーもごちそうになったのですが、話は尽きず、すっかり日が暮れてしまいました。旅行中何か困ったことがあれば何でも相談するように、車もあるから行けるところならすぐに駆けつけるからと連絡先まで教えて下さってどんなに有り難かったことか知れません。たった一日しか滞在しなかったリグーリアの小さな町が、こうして思い出深く、忘れられない土地になったのでした。


日本人のご夫婦と(*^_^*)


お互いにメールアドレスや電話番号を交換して名残を惜しみましたが、お二人が、「イタリアに住んで一番良かったことは何ですか」という私の質問に、「日本にいる時のようにあくせくせずに済むこと。出来ないことはそれでいいと思えること」とおっしゃったのが、お二人の優しい笑顔と共に今でも心に残っているのです。
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カモッリのナターレ(クリスマス)

2013年01月10日 | カモッリ

カモッリのメインストリート


2012年12月24日(月)
カモッリの町もナターレ(クリスマス)の飾り付けがキラキラと可愛く綺麗です。ヨーロッパのクリスマスはどの町も派手さはないけれど、とても静かで私はその雰囲気が大好きです。日本のように町中にジングルベルが鳴り響くなんてことはなく、皆それぞれ家庭でキリストの生誕を祝います。遠く離れている人たちもこの時ばかりは家に帰り、親戚一同が介し盛大なパーティをしたりもします。なので私のように一人で居るナターレなんてイタリアの人たちには考えられないことかもしれません。しかし、この時期しか出来ない一人旅なのでこれも仕方のないことですよね。



カモッリのプレゼーピオ

果物屋さんのお店の前に飾られていました


イタリアではクリスマスツリーよりもこのプレゼーピオの方がナターレによく使われるようで、この町にもあちこちに「プレゼピオ」と書かれたお人形が立っていました。よく見るとその場所その場所にふさわしい飾り付けがなされていて、一つ一つに番号が付けられています。全部で幾つあるのか、町を歩きながら私が最後に見たお人形には27の番号がふってありました。きっと町で話し合い皆で協力して作ったプレゼーピオなのでしょう。薄暗い角を曲がってこの人形たちに出くわすとびっくりしますが、でも様々に工夫があって楽しかったです。


結局中止になりました

そうそう、この町を訪れた目的、サン・フルットゥオーゾ修道院へ行くと意気込んでいましたが、結局全ての船が天候不良で出航が中止になりました。この修道院のある小さな島は浅瀬で、今日のように波が高いと船が着けられないのだそうです。午後4時に出る予定の船も勿論出ず、それでは、と上記のパンフレットにある修道院で行われるミサにも申し込みを入れましたが、これも天候が影響して行くことが叶いませんでした。    


黄色の矢印:サン・フルットゥオーゾ行き乗り場 赤い矢印:本来の切符売り場 青い矢印:全ての船の案内所

驚いたのは、上記のパンフレットで案内されている修道院行きの船には、申し込みが既に110名もあることでした。夜中の22時に港を出発して、教会のミサに列席、そして参加者全員で軽食(パンとワインくらいでしょうか)を頂いて、カモッリに帰ってくるのが午前1時。信じられないようなスケジュールでしたが、折角の機会だし、異文化を体験してみようと思い切って予約を入れたのでした。残念ながら目的は達成できませんでしたが、この時、思いも掛けない出会いがあって、今回の旅行の中でもカモッリは思い出深い町になったのでした。
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アリタリア機内にて

2013年01月05日 | 旅行

ローマ・フィウーミチーノ空港のアリタリア機

国内線から国際線へ乗り換える途中にいつも見えるAZ便、今年も同じ光景を見ました


広島からローマに行くのに私はいつもアリタリア航空を利用します。新幹線で大阪まで行って関空発となるのですが、それでも直行便でローマまでの所要時間12時間というのは最短で身体が楽なことがその理由です。知人から「広島空港からローマまで行けるよ。新幹線代と前泊のホテル代がもったいなくない?」と言われるのですが、調べてみると、広島→台北→バンコク→ローマ便が飛んではいるものの、現地までどうも24時間かかるようで、更にはその運航が時には間際になって福岡発着に変わることもあるらしいと知ると、飛行機代が安くてもやはり躊躇してしまいます。そんな訳で今回もアリタリア機に乗りました。


2012年12月22日午後9時

アリタリアの国内線、ここで乗り換えてジェノヴァへ


これまでのアリタリア航空の評判は余り良くなくて、機体は古いしサービスは悪いし、おまけに遅延は日常茶飯事。ツアーの添乗員さんの間でも旅行中の困りごとの一つのようでした。実際、私も経験しましたが、ローマからフィレンツェに行く便がボローニャに到着し、スタッフからは何の説明もないままに置いてきぼりにされました。もっともこれは私の語学力が足りないせいだったのだろうと思うのですが、それでも余りにも不親切な対応でした。又一昨年は出発が大幅に遅れたばかりではなく、水を積み忘れたとかで飲み物はジュースのみ、トイレの水も出ませんでした。こんなことが続いていたら、いつかきっと大きな事故につながると少し怖くなったこともありました。



2012年12月30日午前10時ベネチア・マルコポーロ空港

アリタリアのカウンター前、矢印のところに並びました(*^_^*)


ところが昨年あたりから、様子が少し変わってきて、機内にはそれまでいなかった日本人の客室乗務員さんが搭乗し、機内のアナウンスも日本語で流れるようになりました。又たどたどしいながらも機長の挨拶もイタリア語、英語に続いて日本語でも為されて驚きました。更には機体も一新されて、足元も広くなり、背もたれに付いているテレビもすっかり新しくなっている、男性のスタッフも増えて日本語で話しかけてくれたりもする、こうして仕事場がリニューアルされて綺麗になると、働いている人がこんなにも明るくなるものかと私は内心感嘆の思いでいました。いくら陽気なイタリア人といえども、4、5年前に倒産の憂き目をみたときは、機材のみならず、機内の客室乗務員たちの表情も暗くサービスも実におざなりでした。アリタリアはこれが普通で、この会社にサービスを求めるなんて…というのがその時の風潮だったのです。


国内線も一新されて、それまで狭くてガタガタしていた座席がまるでビジネスクラスのような座り心地でした


あれからアリタリアの社内が一体どのように再生されたのか、勿論知る由もないのですが、今回機内で少し驚く出来事がありました。年に何度もこの国際線に乗っている方たちにとっては、なーんだ、そんなことかと思われることを承知でお話するのを了承して頂いて…


客室乗務員さん(赤色)とチーフパーサー(青色)さんが…


2012年12月30日、ローマから関空に帰国する便は、日本の何組かのツアーの方たちでほぼ満席でした。皆さん、それぞれの観光地を回られて楽しい思い出話をしておられます。最初はよそよそしくても一緒に旅を続けていると次第に仲良くなって、これがツアーの良さだなぁと思いながら、私は関空に到着するまで、日本の時間に合わせて寝ようと思っていたのです。すっぴんでコンタクトも外しています。それでも映画もみたいしと、鼻眼鏡で、プログラムを広げていました。予約した私の席はいつも通りの通路側。そこに、日本人の客室乗務員を伴ったイタリア人の男性スタッフがやって来ました。私の席までくると、「きゃずみぃ(和美)~しゃんですかぁ~」と日本語で話しかけるではありませんか。見ればアリタリアの立派な制服を着た、恐らくチーフパーサーとおぼしき男性です。ショーン・コネリーに似たその男性は手に名簿のような紙を持ち、私と該当者が一致するか、客室乗務員に確かめています。私は、一瞬、自分が何かやらかしたか、えっ?乗り間違った?などとあり得ないことまで考えて、「何か問題でも?」と質問を発していました。すると客室乗務員の日本人女性が、「いつもご搭乗頂いて、わたくしどもの代表者がご挨拶に上がりました」と答えたのです。その言葉と同時に、ショーン・コネリーさんは早口で「¢£%#&*@∂≪・」とイタリア語で言いました。その間、数秒でしたが、聞き取れた「 cortesia」や「ringrazio」で成る程、いわば感謝の表敬訪問の形で私の席まで来てくれたことがやっと理解出来たのでした。

そういえば、アリタリアの国際線に毎年連続して搭乗したのは今回でちょうど10回目。もしかしたらこの数字がネックになっているのかとも思いますが、それでもファーストクラスやビジネスクラスに乗っている訳でもないのに、こうしてわざわざ席まで挨拶に来るというのは、近年激しさを増している格安航空会社を見据えての「顧客満足」への対策か、まさしく同業者の「真実の瞬間」を実践しているのか、はたまたこれはアリタリアでも以前から慣習として行われていることなのか、いずれにしても機内の設備やサービスと共に目線がわずかでも顧客に向いている、向こうとしているのは確かなことで、アリタリア航空の企業努力を垣間見た思いでした。

それにしてもなぁ~折角ご挨拶に見えたのに、すっぴんで鼻眼鏡とは…(-_-;)
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