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イタリアより

滞在日記

フェッラーラへ

2014年12月31日 | フェッラーラ

サン・ジョルジョ大聖堂


■2014年12月30日

いよいよイタリア旅行最後の日になりました。今日一日、どう過ごすか、とても迷いましたが、ボローニャからベネチアに来る途中、行くはずだった、そして雨のため断念したフェッラーラへ行くことにしました。

迷ったら原点に返る、私の旅の鉄則です。旅行ごときでちょっと大げさですが、どちらかに決めなくてはならない時、即決で回答が出ればいいのですが、迷って決めかねる時は、予定通りに行動する、私はそう決めています。

折角好きなベネチアに来ているのに、最後の一日をこの町で過ごそう、いや、フェッラーラに行きたい、この二つの思いの狭間の中での、フェッラーラ行きでした。


工事中だったエステンセ城


ベネチアの駅から、レッジョナーレ・ベローチェと呼ばれる快速列車に乗って、ボローニャ方向へ引き返すこと約1時間半。遅れもなく無事に着いたフェッラーラ駅の前は、世界遺産のある町らしからぬ、何の愛想もない雑然とした広場でした。



そんな駅前のカステッリーナ広場に入り、まっすぐカルバルディ通りを歩いて、エステ城を目指す。またまた歩き通しになる一日です。お城の前では、サヴォナローラが迎えてくれました。



という訳で、彼とのツーショット(*^_^*)




このちょっと怖い顔をしたサヴォナローラは、メディチ家が没落後、フィレンツェの政権を握った政治の実力者であり、フィレンツェのサン・マルコ修道院の院長でもあった人。いわば時の権力者だった訳ですが、この町の出身者でもあったので、こうして銅像が建ってるのでしょうね。


生後8カ月だというゴルパピ(ゴールデン・レトリバ犬ーのパピー子供の意)


話は変わりますが、このフェッラーラでは、3頭ものゴールデン・レトリバー犬に次々と会って、ワンコ好き、特にこの犬種には特別の思いがある私は嬉しい気持ちでいっぱいになりました。特にこの子は、先年亡くした愛犬の子供の頃にそっくりな顔をしています。ちょっと偉そうで生意気そうで~^^;



今日は、故あって、この子を頂きました。とっても美味しかった・・・(^o^)


このお話の続きは、又後日したいと思います。


ホテルの窓から見えるお月様


今、ベネチアの午後10時。窓を開ければ、空にはお月様が出ています。明日の朝はきっと良いお天気になると、ほっとしています。もしもアックアアルタになれば、このエリアも水に浸かって、空港まで行くのに大変な思いをするところでした。

そうそう毎年、UPしようと思いながら、写真が撮れないでいたために、先延ばしになっていた鉄道の自動券売機の扱い方、今日その写真が撮れたので、帰国したら、最新の切符の購入の仕方とちょっとしたコツをお知らせしたいと思います。一人旅の方の参考になれば幸いです。

明日の帰国に向かって、そろそろ帰り支度をしたいと思います(*^_^*)
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ヴィチェンツァの世界遺産

2014年12月30日 | ヴィチェンツァ

威風堂々のパッラーディオの「バシリカ」


■2014年12月29日(月)

ベネチアは晴天です。今日は、フェッラーラに行こうと思っていましたが、ふと気が変わって、近郊のヴィチェンツァに行って来ました。ネットで列車の時刻表を見ていたら、あと30分で発車する急行があったのです。駅までは5分もかからない、ホテルを飛び出ました。


ヴィチェンツァ駅前

さぶーっ雪が残ってる・・・


駅の電光掲示板では、この急行列車に20分もの遅れが出ていて、結局、先に発車する普通電車に乗車することになりましたが、それでも無事にヴィチェンツァの町に着くことが出来ました。


カステッロ広場

12世紀の頃、この辺りにお城が築かれていて、その名残が今も残っています

この中世の門をくぐれば、パッラーディオと彼の影響を受けた弟子達の建築群が現れる


ヴィチェンツァの町の下調べは、それほど詳しくは出来ていなかったのですが、地球の歩き方の本に目を通しても、やはり希有の天才建築家パッラーディオが建てた宮殿群の説明に終始しています。これらの見どころは町の中心にあるので、見て回るのはそれほど難しくはないだろうと踏んで、出かけて来たのでした。


ヴィチェンツァのドォーモ


ヴィチェンツァの町が歴史に登場するのは結構早くて、紀元前150年代にはローマ人により統治されていました。以降は近隣諸国との熾烈な戦いに明け暮れ、15世紀の初め、ヴェネツィア共和国の配下になったのでした。


シニョーリア広場、バシリカの横にある円柱

ベネチアのサン・マルコ広場を思い起こさせる

円柱の上からは獅子が人々見下ろす


ちょうど時はルネッサンス真っ盛り。貴族の莫大な財力を背景に、壮麗な宮殿群を次々建設したのが、アンドレア・パッラーディオその人でした。


コルソ・パッーラーディオにあるパラッツォ・ダ・スキオ(別称カ・ドーロ)


当時、独自のルネッサンス芸術を育んでいたヴェネチアに対抗意識を燃やし、パッラーディオとその弟子達は、宮殿づくりに没頭していました。それまでの平凡でどこにでもあるゴシック様式から優雅さを加味した独創的なこのパッラーディアン建築は、やがてイギリス始め、遠く離れた日本の建築スタイルにも影響を及ぼしていきます。

しかしなぁ~こんな狭い道路にぎっしりと宮殿を詰め込んだ形になって、全景が見えない・・・もっとも、それでも中世のこの町の裕福さと精神的な余裕が伺えて、恐らくその歴史は、今も受け継がれていると思われる品の良さが町の随所に感じられました。他の町とはちょっと違う不思議な感覚・・・又、後日お話したいと思います。


月曜日は休館だったオリンピコ劇場

多くの見学者が残念そうに中をのぞく・・・私もその一人


残念だったのはオリンピコ劇場が休館で入れないことでした。共通券で横のキエリカーティ美術館と共に入場が可能でしたが、誤算でした。海外を旅していると、日にちや曜日が分からなくなって、ついこんな失敗をしてしまいます。


キエリカーテ美術館


折角だからと美術館に入場しましたが、この美術館の前に置かれた巨大な幼児の頭。館内に同じ小さな頭部が展示されていて、その拡大版なのだけれど、ちょっと不気味で・・・^^;



郊外にあるパッラーディオの傑作「ロトンダ」(12月は閉館している)と共に、オリンピコ劇場の見学は、次回の宿題にすることにして、寒風吹くヴィチェツァの町を後にしたのでした。
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リアルトへ

2014年12月29日 | ベネチア

駅前のスカルツィ橋より、カナルグランデを望む

左に見える緑色の屋根を持つのは、サン・シメオーネ・ピッコロ教会

右は、鉄道のサンタ・ルチア駅


■2014年12月28日(日)

昨日は雨が降っていたベネチアでしたが、今日は午後になると青空が見え始めました。部屋でダラダラしていましたが、お天気に誘われて、リアルトまで歩いてみることにしました。昨年、同じ道を、どこでどう間違ったのか、途中で迷子になったので、ちょっと確かめてみたくなったのです。

ホテルの小道を出ると、すぐ前にスカルツィ橋があります。リアルト方面に行くのはこの橋を渡るのが近いので、地元の人やヴァポレットに乗らない旅行者は、駅を出るとこの橋を渡ります。



こんな細い道をあっちこっちと曲がりながら、リアルトを目指します



時には、カンポ(広場)がぽっと現れる、薄暗い小道とこんな日の当たる広場が交差する、ベネチアが光と影の町と言われる、これが所以(ゆえん)です。


サン・ザンデゴラ広場

順序とすれば、青い矢印方向へ行くのだけれど、右方向黄色の矢印のカッレ(小道)を入るのが近道です。左側の壁の案内標示は、「Fondaco dei Turchi」となっています。これから入る通りの名前ですが、「リアルト→」の標示は見あたらない。

カッレを行くと、一人のおじいさんが玄関の扉を拭いているのを見かけました。私は思い当たって、「こんにちは。今朝は、アックアアルタだったのですか」と聞いてみました。すると「そうだよ、この時期は大変だ」と笑って答えてくれました。

町のあちこちに、パッサレッレと呼ばれる渡し板が積み上げられているところを見ると、もう何度もアックアアルタが起こっているのは想像にかたくはありませんでした。この時期の水との戦いは、ベネチアに住み続ける限り、逃れることはできないのですよね。



「リアルトへ」の標示を見つけるとほっとするけれど



多分・・・あの先の橋を渡る・・・よね?



小さな橋の上から見える景色にも足をとめる


今日のことなのに、思い出そうとしても、道の順序はもう頭に浮かばないほど、あっちこっちと角を曲がった。

そうして、出た場所は・・・


えっ?




「ビーニ・ダ・ピント」のお店の前

つまり、リアルトの魚市場!?


昨年と全く違う場所に出た・・・勿論リアルトには違いないのだけれど。結局昨年はどこでどう間違ったのか分からないまま、というよりも、間違いようがないのだけれどな・・・うーん・・・張り切って歩いたけれど、狐に化かされたような気分を味わいました。もしかして去年歩いた道は消えた?

ひとつの島となっているこのエリアは、突き当たりの道にも出合いながらも、きっとどこからでもリアルトに達することが出来るのでしょうけれど、この町の道を熟知するには、まだまだ通い足りないというとなのですね^^;

余談


昨年出来た新しいスロープ


サンタ・ルチア駅を降りて、駅を背にすると右側に、新しくスロープができています。重いスーツケースなどは、このスロープを利用すると便利なのですが・・・

それよりも



駅構内1番フォーム側に出口がある


構内の1番フォームの角に、外に出る通路があります。この通路は石畳ながら、スロープになっていて、そのままヴァポレットの乗り場まで通じています。



勿論、駅の構内に入るのにも、階段を使わずに済むので、便利です。



荷物を持った旅行者を待ち受けるポルタ・バガーリ

黄色の矢印のところにあった小さなスロープはなくなっています。


この人たちはポルタ・バガーリと呼ばれる荷物の運び屋さん。この町の列記とした職業で証明書を持っています。

実は、少し前のこと、旅行者のコロの付いたスーツケースのベネチアへの持ち込みが禁止されるというニュースが流れました。違反すると高額な罰金が科されるとまで、新聞にも報じられたのです。随分と物議を醸しましたが、結局、この町の行政長官が、誤解だと発表して決着をみたのでした。

それほど、スーツケースのコロがベネチアの道を痛め、朝早くから響くコロの音は住民の方達の安眠を妨げている、ということなのだそうですが、これをきっかけに、自転車のタイヤのように柔らかく音も静かになるようスーツケースが改良されればいいと、この長官は弁明したとか。

もしも、スーツケースの持ち込みが禁止になったなら、旅行者はこの町に宿泊することを敬遠するし、そうなるとホテルは大打撃、でも上記のポルタバガーリさんたちは、きっと需要が増えて繁盛する。光と影の町の諸事情は、旅行者も巻き込んで、瞬時、一喜一憂することになったのでした。
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ベネチア2014

2014年12月28日 | ベネチア

今年も来ることが出来ました!


ボローニャからベネチアに来ています。昨年も同じ場面を写真に撮りました。ベネチア通いをしてもう何年になるでしょうか。海の上に町がある特異な地形は、見ているだけでも飽きなくて、迷路をさまよう魅力は尽きることがありません。今年も又来ることが出来たと感無量の思いです。


リアルトのにぎわい


実は、ベネチアに来る途上にあるフェッラーラを途中下車して訪ねようと考えていたのですが、雨が随分降り出したので日を改めることにしました。フェッラーラは、ベネチアから日帰り圏内だし、今日は少しのんびりすることに決めました。


雨のカンナレッジョ


と言いながら、ホテルに荷物をほりこんで町を散策~何だか時間が惜しくてなりません。今回のホテルは鉄道の駅からすぐの場所なので、リアルトやサンマルコまでは遠いのですが、それでも歩いていると心が弾むのでした。


雨にもかかわらず沢山の人が行き交うベネチア


そうそう、今年は、修道院を改築したというホテルに泊まります。駅から近いことを条件に探した結果、宿泊者の評価が高いこのホテルがヒットしました。


レセプションから続くサロン


ベネチアではクリスマスが過ぎた辺りからホテルの宿泊料金は一気に跳ね上がり、昨年泊まった「アイレアーリ」やその前の年に宿泊した「ルッツィーニ」などは、とてもとても手が出ませんでした。4泊するとなると、あと二回、イタリアに来ることができてしまう・・・


いかにも修道院といった風情


そんな事情もあってのホテル選びになった訳ですが、前述したように近郊の町を訪ねたい思いもあったので、駅近のこのホテルになったのでした。


清潔な雰囲気は気に入りました




ここから中庭に出る



庭も手入れが行き届いている様子がうかがえて



こんなところに、評価が集まるのでしょうか


でも、たった一つ難がありました。このホテルにはエレベータがないのです。元修道院だっただけに、改築をしてもエレベータは設置出来なかったのでしょう。重いスーツケースは、ボーイさんが運んでくれましたが、三階の部屋だけに、外出するのもちょっと億劫になる・・・贅沢ですよねぇ。



しかし、それだけではない、重厚な木の扉の鍵が上手く扱えなくてひと苦労です。ちょっとした要領があるようなのですが、ドアを開けるのに随分手間取ってガチャガチャ言わせている様子がレセプションのモニターに映っていたみたいで・・・扉を蹴らなくて良かったわ^^;。

スタッフのお兄さんがやってきて、いっぱい練習を付けてくれました。「ティラーレ、ティラーレ」(自分のほうに引きつける)と言いながら、要領を教えてくれましたが、鍵は左に一回まわすと同時に、もう一方の手でノブを手前に引きつけるのがコツなのだそうな。そんなこといきなり言われても、分からんし。

ボローニャのホテルは、カードをドア横にピっとかざすだけで開いたので、このホテルの不便さは余計に感じる。


私の部屋


それでも、特別オファーをしただけに、wifiの入り具合はすこぶるいいし、部屋も暖かい。32平米あるらしい部屋は、ゆったりとしていてまずまずです。旅の印象を大きく変えるホテル選び、特にベネチアでは宿泊先の選択はほんとに難しいのだけれど、今年は成功したといえるかな(*^_^*)。
コメント (12)
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サンマリノ共和国へ

2014年12月27日 | サンマリノ共和国

サンマリノの塔巡り・第一の塔

ロッカ・グアイタに上がりました


■2014年12月26日(金)

ボローニャを、8時ちょうどのインテルシティに乗ってリミノまで、そこから更にバスに揺られて山の町、いや、国であるサン・マリノ共和国へ行って来ました。世界で5番目に小さい国、そしてもっとも古い共和国であるサンマリノ。町はすっかり観光化されていて面白みに欠けるけれど、古い町並みは、さすが歴史を感じさせました。



到着した当初は、↑こんな風に霧が出ていて、周辺の景色は冴えませんでした。「霧のサンマリノかぁ」とがっかりもしましたが、いや、山では、朝、霧が出ると昼からはお天気になると聞いたこともあるし、気を取り直して、取りあえず、歩みを進めたのでした。

と・・・どこからか、陽気なバグパイプの音が突然鳴り響きました。もうびっくり。そして、霧の中からだんだんとこちらに近づいてきます。


サンマリノの音楽隊♪


勿論、これは偶然ですが、周辺には、私以外に誰も居ないし、彼らは、私への歓待に演奏してくれていると勝手に思い込むことにして、すっかり嬉しくなったのでした。

サンマリノに来れば、町の散策はともかくも、何としてもこの国のシンボルである、三つの要塞を回りたいと思っていました。晴れてくれたらいいのになぁ・・・折角来たのにぃブツブツ


アドリア海が見えそうに晴れ間が広がり始めました


一人でぶつぶつ文句を並べながら歩いていると、少しづつ空は明るくなって、やがて山を覆っていた蒸気が流れ始めました。心配事が無くなる例えに“霧が晴れる”とよく言いますが、まさくしその光景が目の前にありました。


バシリカを通って、この階段を上がって第一の塔へ


下調べでは、要塞の回り方がよく分からなかったのですが、現地に来れば、標示がちゃんと立っていて、方向音痴の私でも迷うことなく回れそうだ・・・ちょっと元気が出てきました。


霧がかき消されていく


晴れ間が広がることがこんなにも嬉しいなんて、小学校の遠足みたいだと苦笑いもしながら~


恐る恐るの自撮りもしましたよ

黄色の矢印にカメラを置いて、セルフタイマー10秒

はい、にっ(^_^)v


まだまだ道は続いて、次はここから第二の「チェスタの塔」を目指します。



カステッロ・チェスタ


第二のチェスタの塔に到着


この辺りの標高は、700メートル以上あって、さすがに空気は冷たい。風がないのが幸いですが、雨が降ったりしていたら、もう心が折れていたに違いありません。あちこちに水たまりがあることを思うと、今朝方あたりまで雨が降っていたのでしょう。ほんとにラッキーでした。

このお城をぐるりと要塞が囲んでいる様を見て思うのは、サンマリノが何故これほどまで長く国として成り立ってきたか。周辺の国との戦いに明け暮れていただろうに、難攻不落のまま今に至るその理由。現地でこの光景を見ればそれは一目瞭然で、城塞はもとより、この大パノラマこそが、サンマリノを守ってきた、いわば永遠の要塞。3つの塔と眼下に広がるこの圧倒的な景観は、サンマリノの人の宝物ですね。


次はいよいよ第三の塔「ロッカ・モンターレ」を目指す


ロッカ・グアイタを訪ねれば、道は第二の塔、そして第三の塔と続いていて、勝手に足が前を向く、疲れたからといって、引き返す選択肢はありませんでした。だってこんなにいいお天気になったのだもの。

さて、いよいよ最終のロッカ・モンターレへの小道を行きますが、さすがに息が上がってきました。この第三の塔は、ただの見晴台。13世紀に使われていたらしいのですが、現在の塔は、20世紀に入ってリノベーションされたものなのだとか。まっこの場所にあったのには違いないし、頑張って行ってみる。

そして・・・



到達記念ー☆

単なる見晴台ですが、それでもこの達成感!


サンマリノの旗には、三つの塔が描かれていますが、成る程そのワケがよく分かりました。町は小さくて、迷いようもなくあっという間に回れます。やはり思った通り、一番の見どころは要塞でした。ボローニャから往復約5時間、帰りのバスと列車の中ではくたびれて爆睡しましたが、やはり訪ねる価値はあったと一人合点をしています。

余談

ランチに選んだレストランが大正解でした。ロープウエイを使って下の町ボルゴ・マッジョーレまで降りますが、このレストランは地元の人が通うお店らしく、昼時とも重なって、店内はほぼ満員。それでも私一人が幸いして、予約なしでテーブルに座れました。そのお味はもう絶品。もちもちとしたニョッキの歯ごたえとヒレ肉やルッコラ、パルメザンチーズがトマトの酸味と合わさってほんとに美味しかった。食べきれないと思ったけれど、ほぼ完食。満足なランチなのでした。

このお話は又後日したいと思います(^^)


サンマリノのランチ

メニューには「Strozzapreti al filetto」とある

お店の人にお勧めを聞いたところ、このニョッキがいいと


ヒレ肉とルッコラ、パルメザンチーズ、トマトなどが入った熱々のパスタでした


コメント (6)
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