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イタリアより

滞在日記

パルマにて.その5

2019年07月11日 | パルマ

洗礼堂の中の洗礼の為の水槽


今ひとつ、洗礼堂の中で目を引くものがありました。堂内の中心に置かれた水槽です。洗礼を受けるときは、この水槽に身を沈めて、“汚れた身体”を清めます。しかし、汚れた身体とは~何日もお風呂に入っていないから、というのでは勿論ありません。復習すると、こんなお話が元ネタになります。

キリスト教では、人は誰も生まれながらにして罪を背負っているという考え方をします。これを原罪といいますが、旧約聖書に出てくるあの有名なアダムとイブのお話に基づきます。神の手によって作られた最初の人間達…神の庇護の元、何一つ不自由なく暮らしていた彼らは、ある日、蛇にそそのかされて、“知恵の実”を食べてしまいます。その結果、“知恵”を得て、自分たちが裸の姿で居ることに気付き恥を抱きます。彼らのその様子を見た神は、食べてはいけないと言い渡していたのに、彼らか約束を彼破ったことを知るのです。激怒した神は、彼らを楽園から追放してしまいました。


ティツィアーノ作/アダムとイブ


この知恵の実は、りんごであるとかブドウであるとか諸説は様々ですが、とにもかくにも、禁断の果実に手を出し、しかも互いの罪をなすりつけ合うという愚かな行為までしてしまった彼らの、この旧約聖書に基づくお話をもって、キリスト教徒として清廉潔白に生きていくために我が身を清める、洗礼にはこうした意味があるのでした。


公式サイトより


他の洗礼堂では余り見たことのない、バラ色のハートマークを2つ重ね合わせたような可愛い水槽です。今は、子供達が洗礼を受けるときは、教会の洗礼盤で儀式がなされますが、遠い昔では、男女別にも水槽が設けられていたとか。

そうであるならば、この洗礼堂のピンク色の水槽は、きっと女性用だ、と独りごちた私なのでした。ちなみにこの可愛いハートマークを重ねた~と思った形状は、どうも四つ葉のクローバーを模した形で、十字架を象徴したものらしい。後世、ハートマークだとか、女性用だとか、はたまたインスタ映えするだとか、こんな俗っぽい見学者のつぶやきを聞かされては、アンテラーミさん、天国できっと苦笑していることでしょうね。


余談

この広場で、一人の日本人女性に会いました。そういえば、ミラノからの列車の中で見かけた人だ、相手の方も私に気付いておられました。最近は、中国や韓国などの平たい顔族にもよく出会うのですが、日本人かそうでない国の人なのか、どことないその雰囲気にも国柄が出ていて見分けが付くのです。


Oさんのご了解も得て載せさせて戴きます

旅慣れたご様子のOさんでした
夫へのお土産パンツが入った袋をぶら下げる私と大違い

果たして、お互いどちらからともなく挨拶と言葉を交わし、聞けば、この方も一人でイタリア各地を回られているとのことでした。デイバックを背負い、立派なカメラも携えて、随分旅慣れされているご様子でした。私がチケットを買って洗礼堂に入って行くのを見て、このお堂が有料だと分かったとか。8ユーロって高いですよねぇなどと立ち話をしましたが、これも何かのご縁だと、自己紹介もして記念写真を撮りました。Oさん、その後、旅は順調に続けられたでしょうか。いつかどこかで又お会いできたらいいですね。
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パルマにて.その4

2019年07月01日 | パルマ

ドゥーモ通りに入るとすぐに見えてくる洗礼堂


洗礼堂の内部は、一面キリストや使徒の物語が描かれたフレスコ画で埋め尽くされています。パルマの大聖堂の、これこそが見どころと言っても言い過ぎではないほど、それはそれは見事な装飾でした。実は後の世では評価の高いコレッジョの天井画聖母被昇天が、下から見上げると、足ばかりがぶら下がっていて、肝心のマリア様が見えない、大聖堂に描かれたこの絵画と作者コレッジョに、教会はこんな不評を突きつけたのだそうですが、彼のこの手法こそが、見る者に、昇天する聖母とそれを天国に迎えるキリストの神々しさを際立たせるものになったのでした。


改めて大聖堂のコレッジョ作「聖母被昇天」


一方、洗礼堂は、この町の出身である彫刻家でもあり、建築家でもあったベネデット・アンテラーミが、先の聖堂内の石彫が高く評価され、建設を請け負うことになります。件の石彫の素材と同じく、ベローナのバラ色の大理石をもって、洗礼堂を建てましたが、1196年着工とお堂に彫られているから、アンテラーミは弱冠21才でこの大仕事を引き受けたことになります。それから約20年の時を経て、洗礼堂は完成しましたが、後にリニューアルされたこともあって、聖堂との造形の違いは歴然としています。時代の流れが、どこかのっぺらぼうで、暖かみのないロマネスク様式を脱して、次世代の建築様式を求めたのだと、そんな風に感じました。


北入り口扉の上に彫られた「東方三博士の礼拝」

上部には12使徒が配されています

花を持つ妃とその腕に抱かれた子供への祝福が象徴として表されている


そうそう、聖堂や洗礼堂の建物の入り口上部に、半円形か三角形のかたちで、宗教上のレリーフが設けられていますが、これを専門用語でティンパヌムと言います。パルマの洗礼堂も、東方博士の礼拝に題材を得たティンパヌムが設けられていました。当時、文字の読めない人は、こうした壁画の装飾から、キリスト教への理解を得て信仰を深めたわけですが、今回このティンパヌムのレリーフに波形の装飾を見つけて、おー成る程と、小さな感動を覚えました。この波形は、ここが洗礼堂であり、清き水に身を沈めて神からの祝福を戴く神聖な場所だと言うことを人々に知らしめているのでしょう。アンテラーミの作品なのだそうですが、短足で頭でっかちながら、威厳あるその人の佇まいは、人々に畏敬の念を抱かせるのに十分なレリーフだったことだと思います。



洗礼堂の内部は、16角形で囲われていて、天井から降り注がんばかりの壮麗なフレスコ画は圧巻でした。傘の骨組みのような柱は勿論大理石。地上めがけて突き刺さるような造形にも圧倒されます。ここにもアンテラーミの石彫が並んでいて更に目を見張ることになりました。そこには四季折々の寓意像が彫られていて、それは畑を耕す農民の姿、収穫を得る季節やあるいは種まきの様子など、ひとつひとつを眺めていると、ここが洗礼堂であることを忘れそうです。春夏秋冬のこれらの様子には、人々の暮らしが平安であることを祈り、収穫する様々な農作物への感謝の思いが見て取れます。そればかりか、私には窺い知れないけれど、これらアンテラーミの精神世界には、もっともっと深い意味や暗示、更には彼の矜持までもが込められているのだろうと思います。


エジプトへの逃避行


話が錯綜しますが、上記のティンパヌムは、とても分かりやすくて、じっと眺めていました。聖母マリアが幼いキリストを抱えてエジプトへ逃げる様子ですが、これは言うまでもなく、新約聖書に出で来る幼児虐殺に続く聖家族の逃避行です。

ユダヤの王ヘロデは、東方の賢者からベツレヘムに新しい王が誕生したことを知らされます。ヘロデは、自分の地位が脅かされることを恐れて、この村に居る2才以下の幼児を虐殺するのです。有名な画家、ブリューゲルやティントレットやルーベンスたちがが描いたこの残酷な物語は、この洗礼堂にもこんな形でティンパヌムにありました。星空の夜道を逃避行する聖母達と彼らを誘う天使の彫刻はとても美しくて、ストーリーが分かるだけに、この洗礼堂の中でもひときわ目を惹きつけられたのでした。
-続く-

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パルマにて.その3

2019年06月25日 | パルマ

ピンク色した可愛い洗礼堂


話が前後しますが、ガリバルディ広場から、カヴール通りへ入り、FSの駅方面へ歩いて行くと、ちょうどピサカネ通りと交差する右側、その名称もドゥーモ通りになりますが、大聖堂の広場に行き着きます。前述したとおり、広場とはいうものの、そう大きくはない場所に、三つの建物が肩を並べて立っているので、写真の撮影はちょっと難しかったです。それより何よりカメラのバッテリーが切れそうで、せめてこの洗礼堂の撮影までは残量を保って欲しいとシャッターを切るのも気がきではありませんでした。(実は予備のバッテリー、あの国に取り上げられてしまった…ちょっと怖かったこのお話は後日)


パルマ/洗礼堂内部
素晴らしい装飾にラヴェンナを思い出しました

ここでも口をあんぐり開けて天井を見上げていました


洗礼堂は、キリスト教徒になるための儀式を行うお堂のことで、名前のとおりなのですが、それならば、聖堂や教会内部に作ればいいと思うのだけれど、中世以前のその昔、初期の頃のキリスト教の洗礼は、教会から独立した施設で執り行われていました。有名なところでは、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂に付属するサン・ジョヴァンニ洗礼堂が思い浮かびますが、洗礼堂の内部も聖堂に見劣りすることなく見事な装飾がなされています。サン・ジョバンニ洗礼堂では、当時の富裕層が町の威信と豊かさを誇り、直前に、ペストも流行していたから、この死病から逃れるべく、恐らくこの洗礼堂の造営や管理にはより一層の力を入れたことでしょう。

翻って、パルマの洗礼堂も、12世紀の頃、当時、彫刻で名を馳せていたベネデット・アンテラーミが聖堂内に手がけた石彫の功績を称えられ、洗礼堂の建築を任せられたのでした。彼が考えたお堂のデザインは、ピンクの色をした八角形。今で言うならインスタ映えするといったところでしょうか。近隣の町ヴェローナに求めた薄い桃色の堆積岩で表面を覆い、大聖堂と比べると、明らかに爽やかで洗練された感がありました。へぇこんなにも違うんだと、ここでも聖堂と洗礼堂の雰囲気の違いに感心しながら中へ入っていきました。


大聖堂にあるアンテラーミの彫刻/キリストの十字架降下

この石板もヴェローナの桃色をした堆積岩に彫られています

アンテラーミさんのお気に入りの素材だったのでしょうね


が、ちょっとミステイク。リサーチしていなかった私が悪いのですが、この洗礼堂に入るにはチケットがいるのでした。どおりで、入り口に向かった人が押し並べて踵を返し、洗礼堂から出てきます。皆、入場チケットを所持せず入ろうとしたようでした。私も入り口で、受付の係の人から冷たくあしらわれてしまいました。チケットが必要なら洗礼堂の受付で販売してくれればいいのに、観光客の動線を考えていないのですよねぇ…ブツブツ(最近文句が増えてきた)


洗礼堂の入場チケット売り場

洗礼堂とは真反対にある



「Museo Diocesano」/司教区博物館内
ここで博物館と洗礼堂の共通チケットを購入する



一人8ユーロでした


購入したチケットを、ははぁm(_ _)m と押し頂き、再び洗礼堂へ向かいました。

-続く-


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パルマにて.その2

2019年06月11日 | パルマ

三人揃ってハイチーズ!
みたいなパルマ大聖堂群

左から大聖堂、鐘楼 洗礼堂


これまで沢山のイタリアの都市を廻ってきましたが、その町の豊かさは、いかに多くの有名な産物を有しているかということに尽きると思います。パルマの町は自然に恵まれた中で熟成される香り豊かな生ハムや、パルメジャーノ・レッジャーノという、まさしくこの町そして地域の名前が付いたチーズの製造が町の発展を支えてきました。

当然、町の象徴たる大聖堂の建設にも拍車がかかったことだろうと思います。が、見たところ外観はロマネスク様式で派手さはないし、鐘楼が横に立っているから少しは愛想があるけど、余りにも質素なファザードに、少しがっかり感を抱きながら中へ入りました。


可愛いイタズラみっけ

小さなライオンのぬいぐるみが口の中に入れられていました

ジャンボーノ・ダ・ビッソーニ作
聖堂入り口に対をなすライオンさんの一頭



聖堂内見事なフレスコ画で覆われています


中に入ってびっくり仰天。それはそれは見事なフレスコ画で内部は覆われています。そこには旧約聖書やらキリストの生涯やら聖人やらありとあらゆる宗教画が、これでもかと言わんばかりに描かれていて、何だかキリスト教の総合デパートみたいぃ~とすっかり度肝を抜かれてしまいました。これまでだって経験してきたことだけれど、教会や聖堂内部は外観からは分からない、このパルマの大聖堂も同様でした。


お説教台も豪華絢爛


しかし、残念なことに、この大聖堂、正式名称はサンタ・マリア・アッスンタ大聖堂といいますが、建築物はさておいて、聖堂内の絵画は何がどんな風に展開しているのか私には良く解りません。アッシジの大聖堂のようにフランチェスコの生涯やその関連する物語が順序よく羅列されているなら理解もしやすいし、絵画から受ける自分なりの物語が(妄想ですけど)心に刻んでいけるのに、この聖堂の装飾は、きらびやかなのだけれど、どこか雑然としているし、観覧後、外に出て改めて聖堂を俯瞰すれば、外観と内部の装飾の調和の無さに落ち着かない、違和感がある、そんな印象を持ちました。質実剛健の気風あるファザードとルネサンスの成熟した芸術品の数々で覆い尽くされた内部・・・聖堂の建築時期と内装の造形物にタイムラグがあるからか。それでも、この周辺出身の画家達が描いた力作に彩られた聖堂内部は見応え十分で、中でもこれだけは、と意気込んだコレッジョの『聖母被昇天』を思う存分見上げることができたのは嬉しかったです。


コレッジョ作/聖母被昇天

写真が上手く撮れずネットよりお借りしました


- 続く-
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パルマにて.その1

2019年05月12日 | パルマ

ジュゼッペ・ガリバルディ広場

イタリア統一の功労者ガリバルディさんの像が立っています


■2018年12月28日

前述通り、トレッキアーラ城見学の帰りには、FSの駅まで戻らずバスを途中下車してパルマの町を散策しました。降りたバス停Piazza Chiaia (キアイア広場)から先ずはガリバルディ広場を目指します(と言ってもすぐです)。


水が流れていないパルマ川


右手に干上がっているようなパルマ川を見ながら歩きましたが、この川に水がとうとうと満ちているなら、この町の景観はどんなに変わるだろう、フィレンツェのアルノ川のように、散歩をするのも、もっと豊かな気分になるだろうにと水のない川を少々残念にも思いました。もっとも、この川はポー川を源流としているはずだけれど、ここまで水がないのは、この時期だけかも知れないし、この様子が常であるならば、アルノ川のように、時として氾濫する危険もないのだろうけれど…


パルマ駅行きのバスを見つけた!

バス停の後ろにタバッキがあります

切符は買える時に買っておきましょう
気付いたらタバッキが閉まっているということも


すぐの曲がり角を左折して、ジュゼッペ・マッジーニ通りに入ります。広場に続くこの辺りは、いかにも町の中心地という雰囲気で、バスや車の往来も激しい。見れば、駅行きのバスが頻繁に走っているので、ここからバスに乗ることに決めました。パルマ市内のリサーチはほぼゼロなので、こうして帰りの駅行きのバスの目処がたったことは安心でした。やっぱり交通の便のいい都会はいいなぁ・・・これがへんぴな田舎町だと、又、迷走、爆走、混乱etcなわたしになるところでした。

パルマの町で、広場といえば、このジュゼッペ・ガリバルディ広場のことをいうのだそうです。これから向かうドォーモにも広場は勿論あるのだけれど、“Dove la Piazza?”広場はどこですか、などと聞こうものなら、例え、“Domo聖堂”と後ろに単語を付けても、パルマの人は、きっとここへ行く道を説明する、それほど、ガリバルディさんの広場は、市民に浸透しているのでしょうね。そうして、ここを拠点にして市内の見所は展開しています。


ジュゼッペ・ガリバルディさん

ガリバルディさんの生涯を辿ると彼の妻は女傑であったようで
歴史の影に女あり~追求すると、又々妄想ストーリーが展開しそう


それにしても、イタリア中、どこに行っても、ガリバルディ通りやガリバルディ広場など、ガリバルディさんの名前を冠とすることが多いことか。イタリアを統一した彼の功績を思うと無理もないのだけれど、日本では、家康通りや信長広場なんて、聞いたことないものなぁ~しょうもないことをブツブツ独りごちながら、広場からカヴ゛ール通りへ入りました。あっこのカヴールさんもそういえば、イタリア統一の立役者。

-続く-
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