民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「戦場の虫の音」 笠原 政雄

2012年07月05日 12時06分44秒 | 民話の背景(民俗)
  戦場の虫の音 「雪の夜に語りつぐ」笠原政雄 1918年、新潟県柏崎市生まれ、1994年没。

新潟県の語り部、笠原政雄さんがしていた話。 

 おれがさ、戦場に出てるとき、それはものすごい攻撃にあったことがあるの。
耳をつんざくような大砲の音がして、砲弾がつるべ打ちに飛んでくるんだ。
そうして、砲弾が一つ撃ち込まれて炸裂すると、それが安全カミソリぐれえの刃になって飛び散るんだ。
もう、壕から頭なんか出されるもんでない。
二日も三日も壕野中にしゃがまって、じっとしてなきゃならんかった。
 そんときさ、大砲の音に追い払われて 鳥の声もしないのに、虫だけが「チーチーチー」て、
草ん中で 鳴いているのが 聞こえたんだ。
虫は耳がないんだかなあ、なんて思うたりしてるうち、時分が小さいとき、
「こおろぎてやな、こんげに鳴くがんだ」て、母親が言うて 聞かした話を思い出してくるわけなんだ。

 秋仕事(稲の穫(とり)入れ)が終わってね、そろそろ涼風がたつころになると、こおろぎが鳴くんだ。
「つづりさせ、つづりさせ、はさみ切って、つづりさせ。
餅ついて、隣の権兵衛さんと 酒五合とって、きな粉でやらかせ、やらかせ。」
って、鳴くんだって。

 つづり てやさ、夏のうちは、そこらが切れてても 寒さを感じないども、
これから寒くなるから、早く切れた着物の始末をしろ、って言うているんだと。
 そして、それを終えたら、夏のうち、仕事に追われて 近所にもご無沙汰がちだから、
おやじは酒五合買(こ)うてきて、隣のおやじとその酒を飲みながら、ゆっくり世間話でもしれ。
母(かあ)ちゃんたちは餅でもついて、きな粉で食え、って、鳴くがんだと。

 こんな話を、母親の声とともに思い出したの。
そうしると、今まで 張りつめていた気持ちがさ、なんだか なごやかに 変わってくるんだね。
親の話はありがたいと思うたよ。