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決勝トーナメント1回戦-トルコ戦を前に

2002-06-17 12:49:07 | サッカー
[44] 決勝トーナメント1回戦-トルコ戦を前に   (2002年06月17日 (月) 12時49分)

 W杯は決勝トーナメントとなり1回戦8試合中4試合が終了し、64試合中10試合残すのみとなり、佳境に入ってきた。予選リーグは、フランス、アルゼンチン、ポルトガルなどの、旨くて内容のあるサッカーをするチームが敗れて大荒れであった。これは、ヨーロッパのシーズン終了後まもないことから、チームとしてつくりあげる途上にあったのも一因と考えられる。
 決勝トーナメントとなると、各国チームの戦い方は、後がないだけに壮絶なものとなり、内容としても見ごたえあるものである。昨日のセネガル×スウェーデンは、日本チームの当たる可能性があるので、そんな観点で見た。
 セネガルは、勢いに乗る若い選手の個人技で勝利したといってよい。その前提となる組織性を底流にしつつ、身体能力の高さからプレー開始の一瞬のスピードはすごく、スウェエーデンのDFを3人ぐらいをも抜き去るプレーが何回か見られた。それに意表を突くようにさえ見える、一瞬のミドルシュートである。気になったのは、とくに前半ボティコンタクトの際、本来反則なのだが判定しにくい肘を使った激しいプレーである。これを受けた場合精神的ダメージだけではなく、徐々に疲労の蓄積にもなっていく。
 反則といえば今回のW杯の審判課題は、シミュレーション(審判を欺く行為)である。反則を受けたとしてフリーキックをもらうための、オーバーアクションである。それにユニホームを引っ張る行為もである。前回のフランス大会では、背後からのボディコンタクト(バックチャージ)とタックルを課題とした。このようにW杯での審判の課題が、その後全世界の試合での審判の判定基準になっていく。私はやがて肘を使うプレーも課題になるのではないか、と思ったものだった。
 さて日本チームは、明日決勝トーナメント1回戦をトルコと対戦する。予選リーグの日本チームの戦い方は、どちらかというとトーナメントのようでもあった。1勝もしたことがないため、挑戦者としてとにかく勝利するという試合である。課題でもあったリーグ戦突破と、Hグループ1位によりブラジルとの対戦を避けたいということもあっただろう。
 ロシア、チュニジアと試合を進めながら、チームとしての完成度が非常に高くなってきたことが、容易に理解できるほどである。縦のポジションチェンジ、DFのフラットスリー弱点といわれていることの克服、そして精神的充実からくる集中が途切れないでする、攻撃的プレス(ディフェンス)などである。
 トルコは、プレーオフで勝利してW杯出場を決めたほど苦しんだが、ヨーロッパではこのところ進境著しい国である。00年のUEFAカップを、国内リーグのクラブであるガラタサライが制したし、ナショナルチームは00年のEURO(欧州選手権)でベスト8まで進出した。上昇の背景は、旧西ドイツを中心に各地に移住し、そこのサッカー環境で育ったいわば二世がそのままトルコ人として、あるいはトルコへ戻っているためである。
 もともとイスラムを国教(現在は違うが、現政権はイスラム色を打ち出している)としていたアジアだっが、政策としてヨーロッパに位置づくべく近代化路線を進めている。サッカーは文化として深く根づいているが、国の政策としてのヨーロッパ化のために大きな役割を果たしていると思われる。
 日本チームは、これまでのような試合ができたら上昇中であり、勝機はないわけではない。注目点は、これまでは対戦チームを研究し尽くしてそれに対応する戦い方をしたが、トルコ戦でも十分できているだろうか。トルコに対応したメンバー選出と戦術は、どのようになるだろうか。また選手の疲労は、どうだろうか。
 だんだん欲が出るわけではないが、22日(土)の大阪でのセネガル戦、あるいは26日(水)の埼玉まで、ジャパンブルーの声援で日本中が沸き立つことを期待したい。


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