Me & Mr. Eric Benet

私とエリック・ベネイ

金子三勇士 リスト 巡礼の年 「オーベルマンの谷」

2010-06-09 01:21:29 | ピアニスト 金子三勇士
金子三勇士が日本に帰国してまもなくの2007年の年始に、
日比谷 松尾ホールでリサイタルが開かれている。

そのプログラムの中の一曲にFranz Liszt フランツ・リスト
"Annees de Pelerinage" 「巡礼の年」より"La Vallee d'Obermannn" 「オーベルマンの谷」
が含まれていた。
残念ながら生で聴く機会は逸したが、新たに演奏したものが録音されたディスクを頂いた。

まずこのタイトルだけで想像力を掻き立てられる曲だ。
そしてなぜフランス語で表題がついているのか。
リストはハンガリーでもドイツ語を話す地域でオーストリア系の両親に
ドイツ語で育てられたが、10代からフランスで音楽教育を受けたため、
後年までフランス語がリストにとっての日常語だったようだ。

「巡礼の年」とはリストが20代から老年に至るまで書き続けた作品集で、三部作となる。
この「オーベルマンの谷」は第一集に収められている。
リストが20代の時の作品だ。
「旅人のアルバム」1835~6に掛けて作曲され、出版は42年。
"Pelerinage"確認のために仏和辞典を引くと、「巡礼、巡礼地」
その他に「有名な場所を訪れること、文学名所巡り」とある。

フランスの作家、セナンクールのやはり20代の時の作品「オーベルマン」"Obermann"に触発されたリスト、
その一節を引用しつつ作曲したと書かれている。
リストにインスピレーションを与えた原作とも言える小説とはいったいどういう内容なのか。

当時はベストセラー的な人気の作品だったようだが、今の日本では翻訳書が入手困難のようだ。
内容は青年の心の悩みと旅路を綴った書簡形式の物語だそうだ。
こちらの出版年は1804年。

そこでふと思ったのは、バルザックの「谷間の百合」"Le Lys Dans La Vallee"
こちらは調べると1835年に出版されている。
この時、伯爵夫人と恋に落ち、スイスに移り住んだリスト、
この作品も読んで作曲に臨んでいたと空想するのは私の深読みだろうか。

金子三勇士の「オーベルマンの谷」
重くのしかかるテーマが続いた後、いきなり光が鮮やかに差し込んでくるような優しさに満たされる。
そしてまた暗闇に引き込まれたかと思うと、その中に仄かな明かりがさしてくる。
最後は光明が暗黒を包み込んでいくが、最終的には両者が溶け込み境界がなくなったような余韻を残す。

三勇士の演奏は情感豊かだと思っていたが、
最近、良い意味で「淡々としている」と書かれた批評を読んだ。
確かに金子三勇士の演奏は抑制が効いていて、
大げさで空振りするような感情表現はコントロールされ、
こちらにいつも想像の余地を残してくれている。

私は金子三勇士がこの曲を弾くのを最初に聴いたのが映像や生ではなく、
録音に耳を澄ませイマジネーションを膨らませながら聴ける幸運に感謝したのだった。

セナンクールが20代で書いた作品からインスパイヤーされたリストがやはり20代で作曲し、
その曲を20才になったピアニスト 金子三勇士が演奏している。