Me & Mr. Eric Benet

私とエリック・ベネイ

フィリップ・ウ― Birthday Live @目黒ブルースアレイ 6/29

2011-06-30 23:40:35 | その他のライブ
まさかこれほどの素晴らしいライブになるとは行く前に予想もしていなかった。
往年のずっと聴いてきた懐かしくも愛すべき曲達と共に、
フィリップのアーティストとしての40年を振り返る。
フィリップが一緒に組んで仕事をしてきた数々のアーティストの楽曲と、
フィリップしか知らないそれらのアーティストとのエピソードが語られる。
貴重なR&B史の講義を聴いていると同時に、そこにオンタイムで参加し、
キーボードの演奏を実際にしてきたフィリップが生の曲を聴かせてくれる。
フィリップはR&Bの歴史におけるまさにリビングレジェンドだ。

Philip Woo “Roots Story”音楽活動40周年記念&Birthday Live
会場に6時半頃着くと席はキーボードから二列目。
目の前にはスタインウェイのAタイプ、YAMAHA MOTIF ES、ハモンドB3が
並べられている。その他中央にも別のキーボードが置いてあるようだ。

登場したフィリップはスライドショウを始める。
シアトルで5人兄弟で生まれ育ったこと、幼年期からピアノに親しんだ。
12歳の時、ベッドでペルシャ猫と眠っている写真が可愛い。
今もフィリップは愛猫を大切にしていて時々写真が出てくるが、
子供の頃からずっと猫と一緒だったようだ。
両親や兄弟の愛情を受けて幸せな子供時代だったことが伺える。

初めて親しんだ曲はビートルズ、その後、音楽部で、
それぞれが自分で習得した曲を皆の前で披露した。
その時の曲も。
ダニー・ハサウェイの曲との出会いはフィリップにとって決定的なものになった。
ダニーの音楽を知る前と後では自分は全く違ってしまったとフィリップは語る。

ハモンドB3、15歳の時に18才の女性から買ったのが一台目だったそうだ。
たいへんな重さで三人掛かりで部屋まで運び込んだそう。
高校は先輩や同級生に著名人がたくさんいる。
ブルース・リー、ケニーGなどの写真も出てきた。

フィリップはこの日に55歳になった。
芸歴は実際は41年だそうだ。
つまり14歳からコンサートなど公の場で演奏してきたことになる。
「僕はね、音楽しかしたことがないんだ。普通の仕事は一度も。
ずっとこういう楽器をいじってきているよ。」

以前、ロイ・エアーズのライブの時に語られた二人の出会いと歴史を、
ブログに書いているが、
10代後半でフィリップはロイに請われてニューヨークへと出て行く。
http://blog.goo.ne.jp/ak-tebf/d/20100318
ここで演奏された曲はロイ・エアーズの"Everybody Loves Sunshine"
ロイは自分に対して父親のような存在だった。
ロイのお陰で今の自分がある。
しかしその時、ロイと一緒にいる時にはどれほど自分が守られているか、
自覚していなかった。
3年後にロイの元を離れた時、世間の厳しさというものを思い知った。

その後、組んだのはAshford&Sympson。
ヴァレリーは音楽に長け、ニコラスは詩人だったとフィリップは語る。
彼らと組んで仕事していた時、フィリップは強盗にあい、家財を盗まれてしまったそうだ。
その時、二人はフィリップに金の延べ棒のような物を、
お金に替えるようにとプレゼントしてくれたそうだ。
そればかりか次の週にも、また同じ物をもう一本くれたそうだ。
この時はほんとうにありがたかった、二人は気持ちの暖かい人だとフィリップ。
そこで「この曲、わかるかな?」とグランドピアノへ向かった。
イントロを聴いた私は飛び上がった。
"Ain't No Mountain High Enough"この曲を聴くと条件反射で立って、
歌いながら踊り出してしまう。
続いて"Ain't Nothing Like The Real Thing"
「この曲は知っているかな?彼らの曲でチャカ・カーンが歌った・・」とフィリップが切り出したので、
"I'm Every Woman!"とシャウト。演奏が始まる。

今日が命日のフィリス・ハイマンの写真が出る。
「彼女の声は素晴らしかった。こういう人と組んでいると自分もひっぱられて、
どんどん深く、また高いレベルへと引っ張って貰うことができた。
今、彼女は天国にいるけれど。」

その他にもホイットニー・ヒューストンやステイービー・ワンダー、オージェイズ、マリーナ・ショー,
BBキング、アル・ジャロウ、ジャーメン・ジャクソン、ジェイムズ・イングラム。
これまで一緒に仕事したアーティストの名前をたくさんあげた。
「でも一回だけ一緒に組んだだけでその人と仕事したなんていうのは、『ずるい』よね。
それでいてスティービーと友達みたいに人に話すなんてね。
そういうのはあまり好きじゃないな。」

「グローバー・ワシントン・Jrともしばらく一緒に仕事をした。
彼の家族みんなと親しくさせて貰ったよ。
彼も今は天国だけど。」
このフィリップが「天国」という時の話し方がいい。
フィリップが少し上を見上げて「天国にいる」と言うと、
ほんとにちょっと上の世界からこっちを見てくれていて、
自分の曲が演奏されるのを楽しげに眺めていてくれる、そんな感じがするのだ。

「シンディー・ローパーとは今までの分野とは違うけど、
彼女とも良い仕事ができた。」
アシュトンのボーカルで、ジェフリー・オズボーン"Every time I Turn Around"
バンドがタイトでアシュトンの声もこの曲に合っている。

スタイリスティックスの"Betcha By Golly, Wow"
原曲は優しく流す感じなのに、ブレンダはこのロマンティックな恋のマジックを綴った曲を、
とろけるように歌い上げる。
客席もうっとりと聴いている。
ふと見ると最後の部分でマイクは膝の上。
エンディングが余韻を残して見事だった。
ブレンダ・ボーン、サム・ムーアの時もバックコーラスで参加している。

"Just The 2 of Us"、グラディス・ナイトの"On and On"

"Lady Mamalade"では、「ゲジゲジヤヤイ―!」
"Voulez vous coucher avec moi ce soir?"と絶唱。
隣にいる夫が引いている。
これは英語にすると"Would you like to make love with me tonight?"
初めて、ひょっとしてこの仏語変かな?と気づく。
「いたします?」「いただけます?」ではちょっと。
こういう内容ならvous voulezではなく、tu veuxが相応しいのでは?
これだけダイレクトに誘ってるなら"Would you like"ではなく"Do you want"であるべきだな。
曲に合わせて響きが良い言葉を選んだ結果なのでしょう。

1stだけで帰る予定が、まだMAZEを聴かずに帰るわけにはいかない。
"Joy and Pain"、一昨年のメイズ、フランキー・ビバリーの時のライブが蘇る。
"Joy and Pain, Sunshine and Rain"と皆でコーラス。
ここで声を枯らしてしまった。
そして「パーティーやバーベキューが終わった後は、
この曲を聴かずに帰すわけにはいかないね。」と"Before I Let You Go"
最後はオールスタンディング。
フィリップへのバースデイケーキのプレゼントもあり。
「願い事してから消すからね。」と嬉しそう。

フィリップは優しくて芸術家タイプ。
前半では緊張したせいか、「手が吊ってしまった。この中に鍼灸師の人いない?」
なんて言いながら辛そうに手を揉んでいた。
その後、セカンドでは「リラックスしようと思ってちょっとアルコールも飲んだよ。」
とほんとうに楽しそうだった。

おいてある楽器に次々と移り変わって演奏、中にはピアノとキーボードと一緒に弾いたり、
ハーモニカも聴かせた。
チューニングも自分でしているし、バンドの指揮も取っている。
最後に「おめでとう」と「ありがとう」の挨拶をした時に、
「先週、ボディーアンドソウルに名前があるから行ったのに、出ていなかったね。」と話すと
「来週は出るよ。」と言われてこちらも勢いで行く約束をした。

今までCDや映像で聴いてきた曲、そこに聴こえているキーボードの音は、フィリップのものだ。
それらの名曲を目の前で聴くことができて、数々のアーティストとの思い出が語られる。
フィリップはR&Bで第一線のアーティスト達と仕事をしてきた。
それは彼が才能豊かで努力家だっただけでなく、多くのアーティストから愛される人柄であったからだと
この日のライブを観ながら思ったのだった。

(Pf/HAMMOND B-3/Fender Rhodes/Key)Philip Woo (G)マサ小浜
(Ds)Jay Stixx (Vo)Brenda Vaughn、Ashton Moore、Tahirh Walker
(B)Cliff Archer (Sax)Andy Wulf

Eric Benet in BET Awards 2011

2011-06-29 14:17:34 | エリックベネイの日々&KyteVideo
エリック・べネイは婚約者のマニュエラ・テストーニと共に、
BET Awardsに出席し、レッドカーペット上でインタビューを受けている。
http://www.accesshollywood.com/bet-awards/2011-bet-awards-eric-benet-i-have-found-my-true-love_video_1337320

エリック、彼女を紹介してくれる?
「ミス・マニュエラだよ。」
彼女はあなたの・・・
「婚約者。」
結婚式の準備は進んでいる?
「マニュエラがほとんど決めてくれているけど、
料理に関しては僕も意見を言っているよ。」

二人とも出会うことができてほんとうに良かったわね。
エリック、彼女はあなたの人生をどう変えた?
「ほんとうの愛をみつけることができた。
彼女にいつも感謝しているよ。」
マニュエラ、エリックの知られてない一面、
教えてくれる?
エリック「実は普段はテレビを観ながらゴロゴロしているんだ(笑)」
マニュエラ「そうねー、ゲームとかで熱くなることかな?
遊びの部分で、意外に闘争心があるのよ。」

エリックのお嬢さんともあなたはとても仲が良いんですってね。
インディアはあなたを何と呼ぶの?ママ?
マニュエラ「まさか(笑)マニュエラと呼んでいるわ。」
エリック「『ねぇ、あの靴、貸してよ。』なんて調子だよ。」

エリックの結婚も真近。
2007年の来日ではマニュエラも同行し、
甲斐甲斐しくエリックの世話を焼いていた。
以前のブログでもその時のことを書いているが、
その様子に私たちはエリックの付き人かカメラウーマンかと思ったほどだ。
ブルーノートでマニュエラは私達とエリックの写真を撮ってくれて、
帰国後、私に送ってくれた。
こういうパーティーでのスナップを見ると華やかなセレブに見えるが、
普段は飾り気がなくて気配りのある親しみやすい女性だ。

9月の来日では既に妻になっているはずのマニュエラ。
当初予定されていた4月の来日ではマニュエラも同行する予定になっていた。
今回の9月のエリックのライブ、マニュエラも一緒にやってきて、
日本のファンの前で紹介があるのでは?

金子三勇士 and 大谷康子 サロンコンサート@山の上ホテル 6/25

2011-06-26 15:44:48 | ピアニスト 金子三勇士
梅雨時の真っ只中、お茶の水の山の上ホテルでのサロンコンサート。
山の上ホテル、私が子供の頃は都内にホテルも少なく、
ここはたいへん趣のあるホテルとして、また池波正太郎をはじめとして、
著名な作家達が篭って著作活動をしたことでも有名だった。
今は目の前に明治大学の高層の校舎が聳え、景観は残念ながら、
山の上、ヒルトップではなくなってしまったものの、
随所に小規模のホテルとしてのアットホームな雰囲気があり、
ホテルマン達にもサービスマンシップが感じられる。

場所はホテルの地下、南欧料理シェヌーにて。
6時15分からの開演、6時頃に会場に着くと白いグランドピアノを前に、
椅子がセッティングされている。
約80名程の客席。
集う方々は比較的ご年配の方が多い。
格式あるホテルでの定例イベントであり、またクラシックファン、
大谷康子ファンが中心ゆえだろうか。

ピアノの調律が開演間際まで続く。
金子三勇士のコンサートで度々見掛ける調律師、おそらくスタンウェイ専属の方が、
その日のピアノはYAMAHAにもかかわらず、黙々と作業を続けている。
ピアノの外部、内部を調整するいろいろな道具、
そして最後に布でまず鍵盤、そしてピアノの縁を拭き清めると、
その布を手持ちの道具入れに納め、ヴァイオリンの譜面台を正面に置き退場していった。
私はその仕事振りに見とれるとともに今日のピアノは手強そうだと予想する。
前日までの猛暑、そしてこの日は雨で湿度も高く、楽器の受ける影響も大きい。

定刻になると司会者の女性から、携帯はくれぐれもマナーモードではなく、
オフにするように、切り方のわからない方は申し出て欲しい、
こちらで教えますからと挨拶がある。
確かにこれくらいの規模のコンサート、携帯の着信音により、
雰囲気が損なわれることは大会場でのコンサートの比ではない。
わからないと挙手したご年配の方に司会者自ら切り方を指導している。
余談だがその後、コンサートが終わった後も司会者は電源の入れ方まで
優しく教えて差し上げていた。

前置きがだいぶ長くなってしまったが、この日のコンサート、
このように、それぞれの分野の方達の丁寧な仕事や心遣いから始まっていった。

大谷康子に続き、金子三勇士が室内へと登場。
大谷康子は目にも鮮やかな水色のベアトップドレス。
金子三勇士は薄手のシルクタフタ風の黒のタキシード。
襟とポケット、袖の返しの部分に光沢がある素材で清涼感がある。
バタフライと靴下は黒地にグレーのドット柄。
ライトグレーのポケットチーフ。
「今日の天候に合わせたんですよ。」とにこやかに話す大谷と共に、
一歩後ろにいた金子もさっと今日の服装をジャケットの裾に手を添えアピール。
演奏はこんな和やかな雰囲気の中にスタートする。

二人の演奏で
クライスラー「愛のよろこび」
ブラームス ヴァイオリンソナタ 第1番「雨の歌」より第一楽章

その後、大谷から「プログラムに載っていない作品、今日のサプライズがあります。」

いったいどんな曲が聴けるのかと思わず身を乗り出す。
ブラームス 「ハンガリー舞曲第5番」
前もって行なったリハーサルの時には予定になく、
この日の開演前のリハーサルで大谷から提案があり、
大谷のインスピレーションを受けて「ハンガリー物でしたら何でも対応できます。」
との金子の快諾で決まったらしい。

二人の息はぴったりと合っている。
もちろん、前述の二曲でも金子はところどころ、大谷と呼吸を合わせるために、
右後方のヴァイオリンを奏でる大谷の様子を目でも確認していた。
ハンガリー舞曲、このダイナミックな曲のハイライト部分では、
幾度となく金子は大谷を振り返る。
章節毎のクライマックスのタイミングが完璧に決まる。

R&Bでいうところのグル―ヴ感たっぷりの演奏。
金子三勇士の持つリズム感が躍動する。
私はクラシックの演奏会でこういう場面に出合ったのは初めてだった。
興奮の余り、終了後思わず"Yeah!"と掛け声を掛けてしまう。
おそらく、私の声が拍手にかき消され周囲には聴こえなかったことを願うが、
隣の席の夫に「これはクラシックだよ。せめてブラボーにして。」と笑われる。

その後、金子三勇士のソロで、
リスト 「ハンガリー狂詩曲第2番」
リスト 「ラ・カンパネラ」
ヴァイオリンとのデュオではコントロールされていた音量、
ソロでは一気に炸裂させる。
大谷のリードによる最初の三曲からの流れで
ハンガリー的なベースがこの日のコンサートのテーマともなり、
楽器の状態をカバーするのに充分なアピアランスと演奏で、
観客を多いに喜ばせた。
終了後、「ブラボー!」の声が飛び交う中、
したたる汗に目が霞んでいる様子で息を弾ませている。

大谷のトークも楽しく飽きさせない。
かつてハンガリーで演奏を行なった時、
その噂を聴きつけてきたロマ(ハンガリーのジプシー)達がホテルへやってきて、
朝食を食べていた大谷を一緒に演奏しようと誘ったそうだ。
その場で渡されたヴァイオリンでジプシーたちと演奏を共にしたと話していた。

その日の朝、大谷は郡山の小学校までチャリティー演奏会で行ってきたそうだ。
一見、普通に見える小学校の風景の中にも震災の爪後が残る。
子供達に夢を持ち続けて欲しいと前置きをして大谷と金子とのデュオで、
リスト 「愛の夢第3番」。
人間愛に溢れる素晴らしい演奏だった。
金子のソロで良く聴いているこの曲、主旋律はヴァイオリンの演奏になるが、
そこをピアノがしっかりと支えている。

それに続くサラサーティのチィゴイネルワイゼン。
先日のホテルオークラの音楽賞授賞式でも別のヴァイオリニストと金子は、
この曲を演奏しているが、今回はこの日のコンサート全体の流れで更に民族色が深く、
情感の込められた演奏となる。

アンコールはモンティ 「チャダルジーノ」(たぶん)。
大谷は客席の間をぬって廻りながらの演奏となる。
金子も大谷の姿を目で追いながら伴奏していく。

梅雨空の雨の日のコンサートを大谷康子と金子三勇士、
爽やかに演出してくれた。
いらしていた金子三勇士のお母様が「ハンガリーにホームシックになった。」と呟く。
それほど場内はハンガリー色に満ちていたのだった。

Nile Rodgers and Chic ベルギーのギターコンテスト

2011-06-22 16:57:28 | NILE RODGERS & the CHIC organization
ナイル・ロジャース&シックのヨーロッパツアー、
どの会場でも盛況でそれぞれ違ったサプライズや感動があったらしい。
ナイルが「東京で今回のライブを終えた時、これ以上のものはもうできないと思ったが、
ヨーロッパでそれが実現した。」
またツアーが始まるまでは体調の不安などもよぎったそうだが、
今回の東京、大阪、ニュージャージー、マカオ、東京、ストックホルム、ブリュッセル、
アムステルダム、パリのツアーを終えて、
ナイルは達成感と共に充実した休日を家で過ごしているようだ。

さてベルギー、ブリュッセルにおけるギターコンテスト、
どのような様子だったのかと気になっていたところ、映像をみつけた。

「ギターコンテストは東京で始めて大好評だった。そこでブリュッセルでもやってみよう、
そう思ったんだ。」
会場はブルーノート東京よりも10倍くらい(私の主観だが)ありそうな場所。
すでにデモテープと映像のオーディションで選ばれた5人が登場する。
これだけの会場でいきなり弾くというのはそうとう緊張しそうだ。

私は東京の昨年度の予選のみで本選を観たことがない。
今年は東京もやはりデモで選ばれた人のみの決勝が1つのショウでだけ行なわれた。
映像でブリュッセルの5人を見て思ったのは、
東京の方がマニアックでギターのプロに近い人がいた。もちろん一般人の微笑ましい演奏も。
ベルギーの5人は粒が揃っているが、特徴として東京よりもみんな、表情が豊かで面白い。

ナイルは上手な人にはそのまま、演奏がちょっと弱い人には一緒に弾いたり、
ギターの状態が悪い人は調整してあげたりしている。
司会者は英語、フランス語、フラマンで喋っているが、少々段取りが悪い。
進行を把握していないらしくナイルに訂正されたりしている。

最後、5人を並べて拍手の数で決める。
東京では出てきた順にちゃんと並べたのにベルギーではごちゃ混ぜ。
これでわかっただろうか。
拍手の最も多かった二人、その二人の演奏ではなく拍手対決になる。
選ばれた二人は握手。
優勝者が決まり、ナイルのギターをプレゼントされた。

ギターコンテストの楽しさをこの映像を通して、再び思い出した。
ライブを観ているだけでなく、自分の国の人達がシックと一緒にプレイする。
それを共有することで自分達にとってライブが身近でぐっとくだけたものになっていく。
東京同様、ステージ上で演奏する候補者たちは緊張の中にも、
とっても嬉しそうな様子が伝わってくる。
これだけのバンドと一緒に大きな舞台で演奏する、
そんな最高の一時をそれぞれが楽しんでいる。

Chic "Le Freak" guitar contest final, AB, Brussels.

最後の授業

2011-06-21 18:07:06 | 私の日々
「フランス語全然上達してないみたいじゃない?
それどころか、英語が変になってきているよ。」
夫のきつい一言。
身内というのは遠慮も情け容赦もない。
厳しいことを平気で突いてくる。
それがほんとうで、しかも自分でも気にしてただけに、
情けない。

「ナイル・ロジャースの前で言いたいことの半分も言えなかったでしょ?
エリックべネイやエンダンビの前ではちゃんと喋っていたのに。」
ナイルの前で上がったせいかと思っていたが、
確かに言葉がすんなり出てこなかった。

今、教わっている先生、
今度のクラスは全員出席しても6人だけなので、
最初に「今週のできごと」というのを一人づつ話し、
最後も一人一言づつのコーナーがある。

「夫にフランス語が上達していないと言われた。」と言うと、
「ご主人はフランス人なの?」
「違う。」
「フランス語できるの?」
「できない。」
「じゃあ、なぜ上達していないと思うんだろう?」
「何となくわかるんじゃないでしょうか・・・」
私に何か問題があるんだろうかと相談したが、
先生の答えは「大丈夫、それだけ喋っているんだから。」
先生が解決方法として提案したのは「夫を替えなさい。」
フランス人ぽい答えだった。

昨年秋に外国語既習者クラスという授業から始めたが、
人数は16名くらい、授業もハードだったし、
クラスメートも回転が速い人ばかりで緊張感があった。
今年の一月からは、
一年間勉強を続けてきた人達の一般クラスと合流するレッスンになった。
クラスは23人。
人数が多いのと先生ものんびりしているので、思いっきり怠け癖がついた。

4月から日曜日の午後のレッスンに替えると最も人気のない時間帯。
全員出席しても6人。雨の日など私ともう一人。
こうなると反対にディスカッションなど間が持たない。

先生のプライベートなお話もずいぶん伺った。
フランスにいてチェルノブイリの影響の恐ろしさなどを、
目の当たりに経験した。
今、小さなお子さんがいらっしゃるだけに東京の状態に耐えられず、
かといってフランスに戻っても年齢的に仕事を捜すのは難しい、
そこで本州から離れた地方都市へと引っ越すことを決めたそうだ。
ずっと不安そうで落ち着きのなかった先生が、
引っ越す家が決まり、先の見通しが立ってきた辺りから、
感じがガラッと変わった。
思いやりのあるとても行き届いた授業をしてくれるようになった。

今週の日曜日が今学期の最終日、先生とはお別れの日になった。
一通りの授業が終わった後で最後に質問を受け、「これからもずっと勉強を続けて欲しい」
と締め括られた。
「先生も元気でね。素晴らしい授業をほんとうにありがとう。会えて良かった。」と言うと、
クラスメート達が皆、拍手。
あの拍手、誰が最初にしたんだろう。最初にしてくれた人に感謝だ。
「泣かせるようなことを言わないでくれ。」と先生は横を向いてしまう。

フランス人の奥さんがいるというクラスメートの男性が先生の傍へ行き、
感謝の言葉と握手をしている。
大学生の男子が「手紙を書きたいので新しい住所を教えて下さい。」
今時の若者なのに立派だなと思って聞いていると先生が「Eメールの方がいいよ。」
とアドレスを教えている。
年配の女性は手作りの貝細工のチャームを先生と私達の分まで作ってきて下さった。
それぞれのさりげない気持ちの表し方に心暖まる。

教室から出ると、その日は学校が初夏のフェスティバル期間中。
ワインやシャンパンのワゴンが出て、バーベキューした食べ物も売っている。
奥のステージではライブもやっていた。
校庭の片隅に単発のレッスンで教わった教師が佇んでいる。
彼女が4月にフランスから日本へと戻ってきた時に偶然品川駅で私と会った。
その時はこれからの日本の生活の心配を話していたが、今は穏やかな表情でお祭りの様子を眺めている。

「元気?これでレッスン終わって帰るの?私は後、まだ夜のレッスンが残っているのよ。」
と言うので、「あら、たいへんね。でも頑張って!」と答えると「うん。またね。」
と返事が返ってくる。

もしかして、今、普通に話していたような、と別れた後で気づく。
週に一回三時間、一学期10回のレッスンの三学期目が終わった。

Never Want to Live Without You - Eric Benet [With Lyrics]

2011-06-20 22:04:44 | エリックべネイ、2011年来日へ
エリック・べネイの曲、アメリカのライブではみんな、当たり前のように、
エリックと一緒に歌っている。
エリックの来日前に新曲を一曲ぐらい、サビの部分だけでなく、
通しで覚えて、一緒に歌ってみたい。

9月の来日で必ず歌うはずの曲、
"Never Want To Live Without You"
歌詞付きの映像が見つかった。

その他の新曲、"Feel Good""Sometimes I Cry"
この二つも必ずセットリストに入ると予想している。

Never Want to Live Without You - Eric Benet [With Lyrics]

フェイスブックの悩みと不思議

2011-06-19 00:02:05 | 私の日々
最初は2005年のmyspaceだった。
エリック・べネイのファンを中心に共通の音楽の趣味を持つ仲間が増えていった。
その後、ヨーロッパの友人が使っていたのでbeboもページを作ったがほとんど活用しなかった。
2009年の春頃、マイスペースで一緒だった友人達がごっそりfacebookへと移行した。
何人かに「フェイスブックのページを教えて。」と言われて、とりあえず名前だけ入れてみる。
次に写真を入れるとmyspace仲間達が見つけてくれてfriendsが増えていく。

今の自分のfacebookのページのフィード、
同じ感性の人や趣味の人、音楽、動物、お出掛け、料理、旅行の写真、
友達との語らいの様子や、日常の何気ない感じたこと、
そんなものを読んだり、お互いにコメントしあったりするのが、
ささやかな楽しみだった。
普段会えない海外の友人達の様子も知ることができる。
投稿のない人もいるが、それはそれで何かの時にfacebookを通して連絡ができる。

kさんからこんな話を聞いた。
フェイスブックの映画が公開されてから、やる人が増えてきて、
とうとう上司からフレンドリクエストが来た。
アクセプトしたので、余り本音や日常をfacebookで語れなくなってしまったと。
「アクセプトしなければ良かったのに。」と夫が言うので、
「いや~、それは無理よね。」なんて会話をしたのを覚えている。

あるパーティーで知人から紹介された人から、
メッセージ付きでフェイスブックのフレンドリクエストが来た。
メッセージにお返事を書いてアクセプトした。
途端に私のフェイスブックのフィードに異変が起きた。

最初は間違えてその方のウォールを開いたのかと思った。
びっちりとその人のコメント、白黒のその人の顔写真で埋め尽くされている。
何とその方は一日に50回近くツイートをする人で
ツイッタ―とフェイスブックを連動されているのだった。

パソコンでフィードをトップ(日本語のフェイスブックでは「ハイライト」と書かれている)のみ
閲覧するようにするとその人のステータス以外の他の人の近況も読むことができる。
しかしそうするとフレンド数の少ない友人や余り、発信しない人の近況を見損なってしまう。
iPhoneからはトップではなくリセント(近況)の設定しかないから、もうその人の近況を延々と遡って、
そこから今まで交流して来た人達の近況を探し出さなければならない。

家の中に見知らぬ男性に居座られたような居心地の悪さ。
以前にアメリカの女性で誰かとfacebook上でフレンドだったので受け入れた女性。
やはり日に何十回も近況をアップデートしていた。
半年近く経っても私へのコメントも「いいね」も一度も来ない。
彼女のフレンド数を見ると2000人を超えているし、
お互いの交流ではなく、フレンド数を増やす、一方的な自己アピールを目的として、
facebookをしているのが一目瞭然だったのでフレンドから削除したことがあった。

今回もその男性のプロフィールを見てみる。
フレンド数、数百人。数千人とは違う。
夫と二人でここから黙っていなくなったら、実際に本人と会っているわけだし、
ちょっと失礼かなと悩む。

相変わらず私のフィードはその人の近況で埋め尽くされているが、
全く興味のないその人の専門分野や趣味のこと、
内輪の友人達のコメントのリツイート、自己アピールが中心、
その上、ネガティブに毒を吐くコメントが多い。
毎日、何十回もこれが投稿され私のフィードに反映されるのでは困ってしまう。
彼のフレンドリクエストを承認した人で、
この人やこの人の限られた専門分野に興味のない人は、
いったいどう対処しているのだろう。

意を決して本人に事情をメールして削除させてもらおうと決めた。
ところがfacebookをいじっていると「特定の人からの近況をフィードに反映させない」
という操作ができるのを見つけた。
以前はこんな仕掛けはなかった。
そこをクリックすることでその男性の近況は一つだけではなく、
すべてが私のフィードから消えていった。

フェイスブック、活用本も出ているようだが日々進化している。
最近は以前よりも更に細かく、
フレンドが自分と関りない人にしたコメントまで反映されるようになり、
ちょっと行き過ぎかと思うこともある。

一方、アメリカに住む夫の従兄とはフレンドになっているが、
彼は全く動きがない。フレンド数も少ない。
当然、私の近況で彼のページは一杯になっていたようで、
先日話した時にちょっと気恥かしい思いだった。

私もフェイスブックの投稿、エリックべネイ中心だし
興味のない人に迷惑かけてないかなと思うことがある。
でも私の場合は数日に一回ぐらいだし、
多くの人は私がエリックの大ファンだと知っているわけだから良しとしよう。

今日来たスリランカの女性からのフレンドリクエスト。
両方に共通する友人の欄を見ると、私が個人的に知っている二人の人が出ている。
その二人同士は全く接点のない人だけに驚きだった。
アクセプトすると日本語で「友達になってありがとう」とウォールに書き込んでくれる。
何か微笑ましいできごとだった。

ps:後日、意思表示をするべく、くだんの男性はアンフレンドにしました。

Miyuji Kaneko performs Hungarian Rhapsody No. 2

2011-06-17 00:01:53 | ピアニスト 金子三勇士
金子三勇士、ローランドVピアノ、グランドのアメリカでのコマーシャル映像、
ジョージ・デュークなどがVピアノを紹介した後、
金子の演奏するハンガリー狂詩曲第2番へと繋がり、
ピアノの進化、革命がここに起きたとナレーションが入る。
金子三勇士、ピアノにおける改変改革の象徴として登場しているようで、
たいへん名誉な扱いだと感激した。

その時にテイクされたハンガリアンラプソディーの全映像が、
ローランドからアップロードされた。
以前、あるテレビ番組の中で彼が演奏したこの曲の映像を一つ持っているが、
本人の希望もあり、家でお蔵入りとなっている。
それから考えると、ご本人は自分の演奏として動画が出るのは、
フルコンタイプのスタインウェイが第一希望、
この映像、このコンパクトなピアノで弾いている音声が公開されるのは、
もしかすると不本意であるかもしれない。

しかしそれでも彼のピアノにかける情熱、テクニック、
指使い、ペダル使い、演奏技法、作品解釈、すばらしいアピアランスが充分に伝わってくる。
細部に渡ってカメラが捉えているので、この曲を演奏しようと練習している方にとっても、
多いに参考となるはずだ。

金子三勇士、6月18日発売の月刊ショパン7月号の表紙を飾る。

Miyuji Kaneko performs Hungarian Rhapsody No. 2 on the V-Piano Grand

Fridays At Sunset - Eric Benet in Richmond VA 6/10

2011-06-16 09:41:20 | エリック・ベネイライブ(日本以外)
6月10日、リッチモンドで行なわれたエリックのライブ、
インタビューとライブの様子の映像が上がってきている。
会場の設営から映像があるが、野外にステージのテントが立てられ、
客席は簡易椅子が置かれている。

ファンクラブの面々はいつものように早く行って場所を確保。
リーサがリキャップを載せているがとても暑い日で、
そこに遅れてきたポーレッタのみんなへのお水と団扇の差し入れありで、
和気藹々だったようだ。

このコンサートの画像も会場側が撮影しているが、
お馴染みのメンバー達が最前列で声援を送り、写真を撮っている。

エリックべネイの野外コンサート、
室内で暗い所ばかりで観ている私達には風の吹く外で陽が暮れる様子と共に、
エリックが登場なんて想像し憧れるが、
コアなファンのダニエルが「さすがの私でも途中で帰ろうかと思った。」と以前、
国立公園、サンドストーンパーク内、炎天下のライブの時に書いていた。
日当たりのよい場所の日中は暑さ、夕暮れの日陰では虫との戦いありで
思っているほどロマンティックではないらしい。

ワシントンからこの会場へと向かった方からもメールを頂いたが、
リッチモンドのファンは熱く、そしてその中でもエリックのファンクラブは
最前列で中心となって、盛り上げていたようだ。

セットリスト
The Hunger
When You Think Of Me
Chocolate Legs
Sometimes I Cry
Never Want To Live Without You
Spanish Fly
Don't Let Go
Feel Good
Georgy Porgy

インタビュー映像、今までのインタビューと重複している部分は省くと、
エリックはその日の観客のノリが素晴らしかったこと、
「"Lost In Time"買ってくれた人も、このインタビューを聞いてこれから買う人も、
ありがとう」
そして既に新しいアルバムの制作へと入っていることなどを話している。

Fridays At Sunset - Eric Ben醇Pt 6-10-2011

エリック・べネイ、9月に来日決定!

2011-06-14 23:15:56 | エリックべネイ、2011年来日へ
先ほど、nkmrakikoさんからのメールに私は狂喜した。
Eric Benet、来日公演が決定とのニュース。
ブルーノート東京、9/18~21、
モーションブルー横浜、9/17、
そこに更にコットンクラブ、9/15が加わったと教えていただいた。

それぞれのHPで確認。
これはもう決定事項だ。

9月にエリックが日本へやってくる。
しかもずっと願っていたコットンクラブでもライブあり。
こうなってくると梅雨も熱い夏も乗り切れると思いませんか!?

http://www.bluenote.co.jp/jp/artist/eric-benet/

ナイル・ロジャース、ベルギーでもギターコンテスト

2011-06-13 13:26:46 | NILE RODGERS & the CHIC organization
現在、ヨーロッパツアー中のNile Rodgers。
今日、行なわれるベルギー、ブリュッセルでのコンサートでも、
ギターコンテストを開催するそうだ。

ギターコンテストの説明として、これはグリーンデイがコンサートで行なっていて、
そこからヒントを得たナイルが東京ブルーノートでやってみたところ、
観客からギター奏者が出てたいへん盛り上がり、恒例となったと説明している。

毎回のライブごとに最もファンキーだった勝者が最終日セカンドで対決していたが、
今回はデモ審査で合格した候補者に絞られて、4月の最終日前日のセカンドのみ行なわれた。
見逃してしまったのが、残念。
ベルギーのライブでも多くの参加者が出て、盛り上がるのでは。

4月18日のナイル・ロジャース &CHIC ブルーノート東京でのライブ、
1st、2nd共にテレビカメラが入っていたが、その放送日が決まった。
WOWOWにて7/11(月)深夜1:30より。
あの日のライブの感動が蘇る。
放映が楽しみ。

Eric Benet レビュー in ロンドン

2011-06-11 17:10:39 | エリック・ベネイ関連インタビュー
Eric Benet @ Indigo2
ロンドンで行われたエリックべネイライブのレビューがeurwebに掲載された。
The UK Corner Concert Review by Fiona Mckinson
http://www.eurweb.com/?p=110269

ジーンズ、ブレザー、ベストにシャツ、そしてタイ、サングラス。
洗練されて気が利いた着こなしでエリック・べネイは登場した。
いつものJazz Caféよりも今回は大きな会場だが、
それでもエリックは決して遠い存在ではなく、
極めて身近に感じることのできたショウだった。

どんな会場でも彼のファルセットは注目を引く。
そして今回は強力なバックバンドも同行している
(John Rich – musical director/keys, Afton ‘AJ’ Johnson – bass,
Johnny Johnson – guitar, John McVicker – drums/background vocals-Leah Labelle)
べネイが”When You Think Of Me”を歌うことで観客たちは
いとも簡単に催眠術にかけられたかの如く、うっとりとしてしまった。
ウィットとチャーム、夢見るような音楽がもたらすトランス状態、
ここからべネイは一気に観客を話に引き込む。
愛が散りばめられたエリックのショウは
ロマンティックな夜を期待したカップル達に完璧な夜をもたらす。

アルバム”Love and Life”からの曲“Chocolate Legs”に熱狂する観客を、
エリックはこんなジョークで笑わせた。
「ファンに聞かれるんだよ。チョコレッグってどんな足のことなのかって。
だから皆に言ったんだ。これはチョコレート色だけじゃない、キャラメルやバタースコッチ色、
そしてラテン味だったりワサビ風味だったりするんだって。」
甘くてバラエティーに富んだエリックの声は女性にとってどんなスィーツよりも魅力がある。
多くの女性たちはチョコレートよりもべネイを取るだろう。
しかしエリックには婚約者のマニュエラ・テストーニがいる。

今回のバックシンガー、Leah Labelleはアメリカンアイドルのブルガリア版だ。
エリックがタミアと歌いグラミーにノミネートされた”Spend My Life With You”
Labelleは見事にデュエットしてみせた。
ウィスコンシン州、ミルウォーキー出身のエリックべネイ、
ライブでは初期の作品、1stアルバム”True To Myself”から”Spiritual Thang”も歌い、
その後、最新のアルバムからヒット曲、”Sometimes I Cry”と
”Never Want To Live Without You”を歌った。

これらの曲を歌う前にエリックは最近の音楽についての批判も語った。
今はハートのないテクノロジーによって合成された曲ばかり、
音楽は本来、生の楽器とヴォーカルの力で作りだすべきであると。
利潤を追求する業界のあり方についてもエリックは言及した。

一方的に話すだけでなく彼はサングラスを取り、
ステージから飛び降りて観客の間に入り、一緒に写真を撮った。
ここまでするスターはなかなかいない。

ジャジーでスロウな曲ばかりではなかった。
パーティーらしい”Feel Good”(フェイス・エバンスのパートをLabelleが歌う)
“Weekend Girl”はお祭り気分にぴったりだ。

パーティーが終わりかけた時、
観客たちは彼のセカンドアルバム、”A Day In The Life”からの曲を聴きたがった。
叫び声と拍手でステージに戻されたエリックはラテン調の曲、”Why You Follow Me”を歌う。
エリックとLabelleのサルサダンスでショウは完璧なものになった。
そこに続く”Georgy Porgy” 
ここでもLabelleはフェイスエバンスのパートを歌うはずだったが、ここに第三の声が加わる。
観客たちは一緒にこの歌をコーラスしたのだった。
これで一気に室内の温度が上がった。

この後、バンドの紹介がありエリックはキングオブポップ、
マイケル・ジャクソンへのオマージュ、ビリー・ジーンを歌った。

90分間、エリックべネイは自らをさらけ出してパーフォームしてくれた。
これ以上、ライブにいったい何を望むと言うのだろう。

金子三勇士ホテルオークラ音楽賞受賞 記念演奏会

2011-06-08 00:00:23 | ピアニスト 金子三勇士
画像はホテルオークラが音楽賞受賞者に授与する記念メダル。

昨年末頃にピアニスト金子三勇士、
ホテルオークラ音楽賞の第12回の受賞者に決定したことが発表されていた。
http://www.hotelokura.co.jp/tokyo/material/pdf/press_release/2010/hot_1217.pdf
この音楽賞はホテルオークラが創業35周年を機に社会貢献事業の一環として、厳選な審査の基、
その年にめざましい活躍をし、将来が有望とされる芸術家に対して授与する権威ある賞。
授賞式と受賞記念コンサートが2011年3月25日に行なわれる予定だったところ、
東日本大震災のため、延期となっていた。

一昨日6月6日午後6時よりホテルオークラ本館5Fロビーにおいて、
改めてこの授賞式と記念演奏会が行なわれた。

昨年2月末のホテルオークラ、ロビーコンサートにおいては多くの聴衆が集まり、
オークラのスタッフ達を驚かせていた。
今回はオークラ音楽賞受賞者としてのコンサートになる。

一曲目はヴァイオリンの受賞者、松田理奈の演奏でイザイ 無伴奏ヴァイオリンソナタ第三番。
松田理奈、素足でステージに上がる。
大地をしっかりと踏みしめるような安定感のある演奏だ。
演奏はロビー2階から聴いていたが、天井高のある木調の空間の隅々まで音が響き渡る。
繊細な曲を充分に昇華して観客達に美しいメロディーを届けた。

続く金子三勇士、曲はリスト ハンガリー狂詩曲第12番、
発売されているCDに入っている第2番ではなく、今回第12回のオークラ音楽賞に選ばれたことにちなみ、
あえて第12番を選んだと後ほどの受賞スピーチで話していた。

5年前に金子三勇士が日本に帰国した直後に出された非売品のCD、
そこにはこの曲が納められている。

「miyuji@piano」
ベートーヴェン ピアノソナタ 作品22 第一楽章
リスト ハンガリー狂詩曲 第12番
バルトーク 2つのルーマニア舞曲より第一番

16才の時の演奏、使われたピアノ、録音環境、
本人はこのCDを今聴いたら納得できないかもしれないが、
ハンガリーでピアノの研鑚に励んできた少年の瑞々しい感性がほとばしる。
iPodでシャッフルにしていてこの3曲がかかると、その独特の響きにはっとするものがある。

ここのところ、このCDを度々聴き込んでいたので、
この日に5年を経た金子三勇士のハンガリー狂詩曲第12番が聴けたのは思いがけないことだった。

昨年の演奏時とは異なり、金子三勇士はスタインウェイアーティストとして認定済なので、
ホテルオークラ所蔵のピアノではなく、
スタインウェイ&サンズが彼のために、Dタイプ、フルコンを用意した。

16才の時と21歳の演奏。
片方はコンサートを録音したCD、そして今回は生。ピアノのタイプも違うはずだ。
演奏はより感情表現豊かにきめ細やかにコントロールされている。
高音と低音のコントラストが鮮やかだ。
男性的で勇壮な演奏へと変化しているのも感じられた。

三曲目は松田理奈と金子三勇士の二人で、サラサーテ ツィゴイネルワイゼン。
リハーサルの時間はそれほど取れなかったはずなのに、ぴったりと息の合った演奏。
ヴァイオリンの音量に合わせてピアノの音をコントロールしているのがわかる。
金子はハンガリー、松田はドイツで音楽を学んできた二人。
哀愁を帯びた調べがホテルのロビーの空気を変えた。
金子の得意とするハンガリーの民族的な調べとサラサーテのこの曲には共通するものがある。

今年はリストイヤー。
リスト生誕200周年の年。
その記念すべき年に栄えある音楽賞の受賞が重なった。

アメリカンアイドル シーズン10 決勝→フィナーレ

2011-06-06 10:15:25 | アメリカンアイドル
いよいよアメリカンアイドルシーズン10の決勝、
ローレン16才、スコティー17才、ファイナルはこの二人の対決となった。

放映の前に日本の局のつけた映像がある。
小倉智昭から「ジェニファー・ロペス、女優、歌手としても好きだったが、
この番組を通して益々ファンになった。」とのコメントを受けて、
デイブ・スぺクター「ジェーローはこの番組を通して人気が上がり、
新曲も売れている。一方スティーブン・タイラー、自分達は知っているが、
知らなかった若者達に彼のメチャクチャな言動とかが受けている。」

確かにジェニファー、女優としてはラテン系の気の強い女性の役が多かったが、
この番組の審査員をすることを通して、彼女の人間性や繊細な一面、
女優、歌手としてメジャーになるまでしてきた苦労、優しさや心遣いを見ることができ、
親しみを感じた。
今までの彼女の映画を見ても受ける印象が変わったほどだ。
また毎回のドレスやヘアメイクなども楽しみだった。
色鮮やかなメイクとドレス、スモ―キーなアイメイクに輝くブラウス、
その次はナチュラルなメイクでシックにと、まさに七変化を見せた。

小倉から「ハードロック、R&Bではなく、カントリー二人の対決になった。
アメリカでのカントリーの根強さを感じた。」
まさにその通り、カントリー対決、そしてティーンエイジャーの決勝となった。

シーズン7の準優勝、デビッド・アーチュレッタは、子供の頃からこの番組を観てきて、
出場できる年齢に達するのを待っていたと言っていたが、
今回の二人も6才からこの番組を観てきたはずだ。

会場はコダックからノキアシアターへ。
ローレンがリハーサルで声帯を痛めてしまったと発表される。
ドクターからローレンの治療経過、医療班が待機していると説明がある。
かつてシーズン5でもクリス・ドートリーが同じ状況になり、敗退していった。
ローレンは"I'm here, I'm ready to sing, don't worry"と言っている。
後ほどデイブの説明で「ローレンの声が出なかった場合は、
決勝なくして優勝が決まるのでは番組にならない、ヘイリーが出ることも予定されていた。」
この状況下ではローレン、何としても3曲歌い通したいと思ったはずだ。

三曲はそれぞれ、「今回のお気に入り」「候補者にとってのアイドルに選んでもらった曲」
「デビューした場合のシングルとして発売される予定の曲」
以前、三曲目は二人が同じ曲を歌ったが、今はそれぞれに違った新曲が与えられる。

1ラウンド
スコティー、モンゴメリー・ジェントリーの"Gone"
ローレン"Flat On the Floor"
会場の大きさが二人を圧倒する。

2ラウンド
スコティー"Check Yes or No"、この曲をスコティーに選んだのはジョージ・ストレート。
本人もギブソンのハミングバードを持ち、バックもアコギ、バイオリン、ベースが入る。
チェックのシャツにジーンズ。スコティーらしい良い雰囲気だ。
里帰りをしてから変わった。
以前の淡々とした印象から優勝を強く意識し勝気満々だ。

ローレン キャリー・アンダーウッドの選んだ"Maybe It Will Be Memphis"
ローレン、喉の具合が悪いのに決して弱気になっていない。
審査員の評価も上々。

3ラウンド
スコティー"I Love You This Big"
グレーのジャケットにジーンズ。バックには今までのスコティーの映像が映る。
ステージマナー、立ち居振る舞い、表情、カメラ目線、間の取り方、プロ並みの風格がある。
自信が溢れている。
自分のために書かれた曲で物語を語っているのがわかる。
番組中、ずっと自分のスタイルを貫いてきている。

ローレン"Like My Mother Does"
ローレンは喉を痛めてかなり消耗している。
そんな中で無心に歌う時、観る人の心に響くものがある。

客席にデビッド・アーチュレッタがいる。
シーズン7のトップ4、ジェイソン・カステロもいた。
トップ3に入れなかった時、「来週は3曲だろ。そんなの僕には無理だったよ。」
とあっさり受け入れていたが、やはり三曲歌うことは、声の調整、
三曲で違いをそれぞれ出す、これは難関だ。

ローレンの涙、体調の悪い中で三曲歌い通した達成感だろうか。
審査員は三人ともローレンに軍配を上げる。
ジェニファーなど「私はスコティーのファンだけど。どっちが優勢かは言えない。」
と含みを持たせた。
しかしこの番組をずっと観てきて、審査員が褒める人ではなく、
そうでなかった人にいつも票が集まる傾向がある。

さて結果発表。
シーズン6で結果を先に知ってしまって、番組を観る楽しみが半減したので、
シーズン7,8,9と検索を掛けないようにして、結果を見ないようにしてきた。
アメリカと日本の番組放映の時間差が今は10日間程でもあり、
何とか結果を見ずに最後まで死守できるかと思っていたが、
優勝が決まるとやはりそこら中で話題になったり、写真が出たりする。
「あっ」と思って写真から目を背けたがもう遅かった。
残念ながら事前に結果を知った上で観ることになるが、
それでも充分に楽しめるフィナーレの内容だった。

会場前にはレッドカーペットが敷かれ、その上を歴代のトップ10やセレブ達が入場してくる。
ダンスアイドルの審査員、メアリー・マーフィー、俳優のジャック・ブラック。
ジャックからも、今回のトップ11のステファノやポールからも日本のフォックスの取材クルーへ
「日本の地震と津波への被災地へ哀悼の気持ち、日本の復興を祈る。」とコメント。

トップ4のジェームズとジュディス・プリースト。
ヘビメタに拘ったジェームズ、トップ3に入れなかった悔しさから立ち上がって、
ロック魂を見せた。

次はトップ5のジェイコブと何とカーク・フランクリンで"I Smile"
カ―クはジェイコブに「ジェイコブ!」「行け!」「歌え!」と気合を入れてくれている。
そこに更にグラディス・ナイトが入って来て加わった。
3人の息はピッタリで素晴らしい。「辛い状況にある人たち、頑張れ!」
「二階席のみんな、聞いているか?」とカ―ク。
クワイヤー達も出てきて、完璧にゴスペル、アフリカンチャーチの雰囲気になった。
ジェイコブは少し気後れしているようにも見えたが最高のパーフォーマンス。
グラディスもカ―クも日本に来てくれたらライブに行ってみたい。

トップ6のケイシーはジャック・ブラックと登場。
ペアのスーツを着ている。
ジャック・ブラックが目標と言ったケイシーがジャックと共演している。
最初にケイシーが歌い、「次は俺だ」とジャック。「待たせたな」とケイシー。
最後は二人で。しかしジャックブラックは濃い。
ケイシー、アイドルの中では強烈な個性を放っていたが、二人で歌うとまだまだ薄い。
それでもジャックを相手に良く健闘していた。

トップ13の女性達でビヨンセのメドレー。
優勝候補と言われながらあっさり敗退したピア。
今まではバラードの曲を中心に歌っていたが、ここでアップテンポの曲がきちんと歌えている。
こういう曲も歌えば結果が違っただろうかとちょっと思ってしまう。
そこに本物のビヨンセが登場。
ビヨンセのカリスマは凄い。
メンターとして候補者の指導に出てきた時はオーラを引っ込めていた。
ステージにビヨンセが出てくるともう、周りの人は霞んでしまう。
圧倒的な存在感でステージを乗っ取ってしまった。

トップ3のヘイリーとトニー・ベネット。
ヘイリーはこういうジャズの曲が良く似合っている。
トニー・ベネットもヘイリーが伸び伸び歌えるように引っ張ってくれた。

スコティーとティム・マックグロー
ティムの風格に負けず劣らずスコティーも自分らしさを見せた。

ジェニファー・ロペスの夫、マーク・アンソニーのパーフォーマンス。
このジェニファーの夫、初めて歌うところを観たが、結構やるじゃないかと思った。
ダンサーとしてジェニファーも加わり、後ろ姿でシェイク。
バックにはドラムスにシーラEに似ている人がいると思って見てたら、本人でした。

トップ13の男性達の歌が始まる。
久々に聞くとポールもステファノも良い声をしている。
そこにトム・ジョーンズ。
外見は年齢を重ねたと思ったが、喉は健在だ。
客席のジャック・ブラックがスタンディングで踊っている。

トップ2は二人とも高校生。
それぞれ高校での恩師が紹介される。
二人の恩師とトップ2へ番組から新車がプレゼントされる。

ローレン、憧れていたキャリー・アンダーウッドとパーフォーマンス。
ローレンも番組終了後もキャリーのように活躍してほしい。

ビヨンセの新曲「1+1」が披露される。
またしても会場はビヨンセのライブになってしまう。

番組の審査員を務めたスティーブン・タイラーの"Dream On"
先ほどのカ―クのピアノはヤマハだったがスティーブンは白いスタンウェイ&サンズ。
ピアノを弾きながら歌いだしたスティーブンは横にあったスタンディングマイクを手に立ち上がる。
久々に観るスティーブンのライブ映像。
やっと番組中でプロモ映像ではなく、本人の歌が聴けた。

結果発表はスコティー。
ローレン、前日にあれだけ審査員から持ち上げられれば、その気にもなったはず。
ちょっとがっかりした表情だ。
それでもスコティーを祝福しハグ&キス。

スコティーはデビュー曲になる歌を歌いながら、ステージから客席へと廻り、
両親や家族達とハグ。感涙に噎んでいる。
トップ13や審査員達とも壇上で抱き合っている。
そこに紙吹雪が散っていく。
スコティーだけではない、ここまで頑張ってきた、これから一緒にツアーに出るトップ13、
そして候補者たち全員を暖かく、時には厳しく見守ってきた審査員達、
全員をねぎらい祝福しているような最後だった。

エリックべネイ、NEWアルバムの制作開始へ

2011-06-04 13:22:10 | エリックベネイの日々&KyteVideo
5/28、Eric BenetはBillboard com.のインタビューに応じた。
http://www.billboard.com/news/eric-benet-starts-work-on-new-album-takes-1005206192.story?sms_ss=twitter&at_xt=4de109fe7fed0c4d%2C0#/news/eric-benet-starts-work-on-new-album-takes-1005206192.story?sms_ss=twitter&at_xt=4de109fe7fed0c4d,0

エリック・べネイの最新のアルバム、2010年に発売された”Lost In Time”
未だに鮮やかな印象で人々の記憶に新しいが
エリックは次のアルバムへとステップを踏みつつあることを明らかにした。

「既に新曲をいくつか書き始めている。まだ早すぎると言うことはないと思うよ。
秋には本格的にアルバム制作へと着手したい。
”Lost In Time”の反響で自分の中ではっきりとした輪郭が見えてきている。
そこで”Lost In Time”とは全く違うアルバムにするのではなく、
その続編と言えるようなアルバムにしたいと思っている。」

“Lost In Time”はラスベガスのスタジオとエリックのホームタウン、ミルウォーキーで制作された。
ビルボード200ソングの中で33位でデビューを飾り、
アルバム中の”Sometimes I Cry””Never Want To Live Without You”がシングルカット、
そしてレーベルが保留していた新たな3つめのシングルも近々リリースされる予定だ。

「詳しい説明なしに、一度リリースしかけた曲を延期し、また今頃になってリリース。
ワーナーブラザーズの意図は不明だ。
するべきことはそのままになっているし、こちらからの質問に答えてくれていないままだ。」

その間、エリックは音楽以外の分野、”Trinity Good Heat”という映画で初の準主役を演じた。
映画はきたるゴスペルミュージックチャンネルのプレミアとして8月に放映される。
エリックは12才の娘を持つシングルファザーの役割。
「とても感傷的な心の暖まるストーリー。」とべネイ。

「演じることは楽しかった。『グリッター』ではチョイ役だったからね。
テレビの”Half & Half””Kaya””For Your Love”もすべて脇役だった。
今回は初めて演じることと真剣に向き合うことになった。
演技のレッスンも受けたよ。良い経験になったし、感情を表すことも学んだ。
もう一度、役者もやってみたいと、このことを通して思った。
もちろん観た人がそれを評価して仕事に結びつくか次第だけどね。」