Me & Mr. Eric Benet

私とエリック・ベネイ

オバマ大統領ニューオリンズを訪問

2010-08-31 10:59:23 | ニューオリンズの旅
29日にオバマ大統領はハリケーンカトリーナの被害から5年になるニューオリンズを訪問し、
自然災害の被害にあっても復興を遂げた町としての象徴になるべきだと語った。

私は昨年7月ルイジアナ州ニューオリンズを訪れた際に、
ハリケーンカトリーナ被災地を巡るツアーに参加した。
全く更地のままの地域、家の形は残っていてもガス電気、上下水道などが復旧されていない為
ゴーストタウン化している集落、
一見、家の形状は整っている高級住宅地、
それなのに良く見ると窓は板で打ちつけられ住む人は無く「売家」の看板が出ている。

ブラット・ピットが中心になって建設を進めている復興住宅地も見てきたが、
高床式の三階建のスタイリッシュな住宅、
ガイドさんから「ちょっとお年寄りが住むのには違和感があるね。
でも次にハリケーンが来ても対応できるように考えたそうだ。
それに政府は何もしないのにブラッドはやってくれている。」と。
根こそぎなぎ倒された古木の代わりにまだ私の背丈にも満たない若い木が植樹されていた。

ニューオリンズで集まったエリック・べネイのファンクラブの仲間たちから、
政府、州、市の復興に向けての充分な対策が取られていないこと、
他の被災地ではもっと復興が進んでいるのにニューオリンズは遅れていること、
被災者用住宅、あるいはトレーラーハウス、
他州に避難したまままだ戻れないでいる人達がいることを知った。
http://blog.goo.ne.jp/ak-tebf/d/20090710

かつては古都として親しまれ観光都市であったニューオリンズ、
復興も進まず一時は観光客も減少してしまったそうだが、また盛り返しへと向かっている。

街を歩いていても見知らぬ人同士が親しみを込めて声を掛け合う南部の人々。
レースといわれる独特の鉄柵で飾られた高級住宅地は緑が豊かで高台にある。
そして比較的豊かでない人々が住んでいた集落も、家々の前にはポーチがあり、
かつてはそこで涼んだりしながら、近隣とも気楽に行き来していた様子が窺えた。
そういう街並みが戻って来て、
他州に避難している人達も自分の家で生活できる日が近いことを願う。

オバマ大統領のスピーチ、英語字幕も出る。
大統領就任前の4年前にもこの場所を訪れたそうだ。
そしてある女性から言われた言葉が忘れられないと。
「ハリケーンの前にも私たちは何も持ってなかった。しかし今はそれ以下になった。」
災害後に民間からのボランティアの努力や多くの寄付が国中から世界から寄せられたこと、
近隣の人々が助け合ったことなども語られた。

廃校になった校舎を立て直し、教育の充実、また病院も建設し医療体制も整わせること、
失業者の救済、また近くで最近に起きた原油流出事故に関しても
全力で回復へと取り組む約束をした。

ジョークもたくさん入る。
「この土地の名物のガンボやエビ料理が昼食に出て美味しかったんだけど、
これ以上食べるとスピーチで眠くなったらたいへんだからパンプディングは我慢したんだ。
でも取っておいてもらってあるから、後で食べるつもりだ。」
「大統領、姿が見えないんだ!」と叫ぶ人がいて、体をずらして「これなら見えるかな?」

また「ニューオリンズのフットボールチーム、セインツがハリケーンカトリーナの被害のため、
ホームのルイジアナスーパードームではプレイできなかったが、その年優勝した彼らは、
ホワイトハウスに招かれた」と話した時はひと際大きな歓声が上がる。

大統領のスピーチ中に涙をぬぐう人の姿も見られた。
オバマ人気が下降しているというニュースも聞くがいずれにせよ、大統領の来訪、
スピーチでこんなに盛り上がれるとは羨ましい限りだ。

金子三勇士、8/28 19:20~NHK・FM「名曲アルバム」に出演

2010-08-29 01:45:10 | ピアニスト 金子三勇士
金子三勇士のNHK・FMラジオ出演、7/8にNHKにての収録に立ち会ったが、
http://blog.goo.ne.jp/ak-tebf/d/20100710
どのように編集されるのか、
またラジオで初めて彼の演奏を聴けるのもたいへん楽しみにしていた。

私たちはNHKラジオというものを全く甘くみていた。
なにしろ、エリック・べネイがアメリカのラジオに出演する時もパソコンからオンラインで聴くことが可能だ。
そしてエリックに「日本では○○時からオンラインで聴いた、素晴らしかった!」なんてコメントをしていた。

家のラジオから、あるいはスカイ―パーフェクトTVでもラジオが聴けるし、
またNHKラジオのサイトからオンラインでも聴けると思っていた。
音声を録音するのはどこからが良いだろうなどと考えていたほどだ。
ご本人からも連絡があり家でラジオを聴くのみ、録音はできないそうなので、
是が非でも私たちは録音してできればyouTubeに音声をアップしたいと思っていた。

放送開始30分前、家のラジオにFMが入らないことを知る。
前はラジオを聴いていたが最近聴かなくなっていたので気付かなかったのだ。
スカパーもHDに替えてからラジオは入らなくなっていた。
最後の頼み、パソコンのオンライン、これもNHKの場合は料金を払わなければならず、
以前、一時オンラインを聴ける状態にしてあったのも解約してしまい聴くことができない。

金子三勇士、エリック・べネイ、それぞれのBSテレビ出演の前には録画の練習までして、
その上、弟や友人にバックアップの録画まで頼んだのに今回は全く詰めが甘かった。

夫と二人、だんだんと焦ってくる。
「その辺に普段使ってないラジオなかったっけ?」
「あれは使わないから捨てちゃった。」
結局、家の中には聴く手段がないことを知る。

10分前。
夫は「車で聴く。」とキーを持って先に駐車場へと向かった。
私はアイスボックスに缶ビール、食卓にあった枝豆、おつまみのチーズやナッツを詰めて、
後を追う。
しかし、ここまでしても聴きたいラジオ、応援したいアーティストがいるって幸せだなぁ。
金子三勇士、私たちの人生を確実にカラフルにしてくれている。

バルトーク「ルーマニア民族舞曲」
続いてコダ―イ「7つの小品、セーケイ族の民謡」
ハンガリー的で近代的な作品の美しさ、独特の世界が拡がっていく。
金子三勇士ワールドへとぐいぐいと惹き込まれていく。

車で聴くことに追い込まれたのは大正解だった。
集中して車内に満たされた音に全身をゆだねることが可能だ。
音だけに神経を研ぎ澄ませることで金子三勇士の演奏の素晴らしさに改めて深い感銘を受けた。
今更ながらだが彼はほんとうに巧い。ひとつひとつの音に細やかな神経が行き届いている。
曲の解釈、残響も含めて計算されつくした音楽を作り上げていく。
日々の鍛錬と生まれ持った天性の素質そこに日本とハンガリー、二つの祖国を持つことで培われた感性が加わる。

インタビューのもとにハンガリーでの生活を語るのだが、
6歳でいきなり高崎から雪深い人里離れたハンガリーの祖父母との生活が始まる。
遊び相手の子供などいない場所なので雪の中の動物と戯れ、野鳥の声を聴きながら育った。

夏の思い出として、8月は一月ほど日本に戻る。
日本で両親の元、楽しい夏休みを過ごしまた一人で成田からハンガリーへと立つ。
ブラペストの空港に着くと気温が低く冷やっとした空気感に飛行機に乗っている間に、
季節を一つ越えて冬になったような気持ちに身が引き締まる思いだったと言う。

そういう話を聴きながら、金子三勇士の演奏の情感の豊かさはこういう体験に基づいているのだと理解した。

リスト「愛の夢第3番」この曲は恋愛ではなくリストが人間愛をテーマに作曲したと以前知ったが、
こうして聴いてみると確かに大きく広い意味での愛が感じられる曲だ。

「ハンガリー狂詩曲」では回りを圧倒させる存在感を出す。
ショパンの「英雄ポロネーズ」
本人からショパンの中でも男らしさ、躍動感に溢れるこの曲が好きで今年のショパンイヤーにも
相応しいと思い選曲したと説明がある。

NHKの509録音室、ピアノはスタインウェイのDモデル、そこから紡ぎだされる音の美しさ。
これだけの音を作り出し全国へと放送が送り出される、さすがNHKだ。

途中、三勇士の演奏が終わった時点で家にダッシュで戻り、炊飯器のスイッチを入れる。
車に戻ると夫が今度は煙草を吸いに家へ。
最後の締めの挨拶は二人で聴く。
ここはもう少し長かったのが編集されていた。
また音響の良さから咳や荷物を落とす音も拾っている。
そして三勇士のユーモラスな受け答えに思わず吹いてしまった私の笑い声も。
「ハンガリー狂詩曲」の終了後、夫ともう一人の男性の「ブラボー!」と叫ぶ声も入っていた。

金子三勇士、16才だった彼と知り合って今年で4年なる。
いよいよと深みを増しマチュアな演奏を聴かせてくれると共に、
まだまだ知らなかった彼の苦労や人生の一こまをそこにみた。
人間的にも音楽的にも知れば知るほど奥の深さがあり、尽きない魅力に溢れている。

Miyuji明日19:20NHK・FM出演&本日CD予約開始(早期特典付)

2010-08-27 09:29:06 | ピアニスト 金子三勇士
明日、8/28 19:20~21:00 NHK/FMラジオに金子三勇士が出演する。
演奏は前半だが最後にインタビュー、ハンガリーの夏の思い出などのお話も入りますので、
どうぞ演奏終了後も番組をそのままお聴き下さい。
本人の音楽に掛けてきた志、若くして単身留学した苦労話など盛り沢山。
本音でトークしていますので、お楽しみに。
今まで語られることのなかった心境もラジオでお話しています。
http://www.nhk.or.jp/meirisa/onair/100828.html
ラジオはNHK・FMのURLからオンラインでも聴視可能のようです。

そして本日、8/27の零時より金子三勇士のデビューアルバムの予約が開始されていた。
早期予約限定の特典プレゼントA2のポスターが今ならゲットできますよ。
私は昨夜は早寝してしまって先ほど午前8時頃に慌てて予約しましたが、まだ間に合いました。
下記のURLから試聴も可能です。
ポスターの欲しい方はどうぞお急ぎ下さいませ。
http://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?site=S&cd=MECO000001003


エリック・べネイ、アメリカのライブ予定

2010-08-26 08:34:02 | エリック・ベネイライブ(日本以外)
アーバンACチャート、Eric Benet"Sometimes I Cry"7月末44位だったのが、
その後21位、14位となり現在11位へと上昇した。
週に一度更新されるこのランキング、トップ10入りも間近ではないだろうか。
http://www.americasmusiccharts.com/index.cgi?fmt=U2

エリック・べネイ、アメリカでのライブ予定、最初は9/18のみ決まっていたが、
昨日に9/29・10/1・2の公演が決まった。
これは・・・この時までには新しいアルバム、"Lost In Time"が完成しているのでは?!
エリックのコメントはないが、共同制作者のGeorge Nash Jr.「みんな待っててね。
あともう少し、大急ぎで作り上げるから。」と投稿あり。

09/18 - Portsmouth, VA
09/29 - Alexandria, VA - Birchmere
10/01 - Annapolis, MD
10/02 - Raleigh, NC - Lincoln Theatre

マサチューセッツへの第一歩

2010-08-25 09:07:16 | MAへの旅
9月始めに行くマサチューセッツの旅の第一回目のミーティングに行ってきた。
区役所の会議室、テーブルは全員の顔が見えるようにセッティングされている。
自分のネームプレートの置かれた席に座る。
一人づつ自己紹介になる。
全部で20名ほどだろうか。
私の順番は3,4番目だった。
こういうのはトップバッターも緊張するが最後に行くほどプレッシャーも掛かってくる。
早い順番で良かった(ホッ)

出発前に会合が三回ある。
最初はそれがたいへんかと思ったが、参加してみたら、
ご一緒する方達と親睦を深めることができてむしろ心強いと思った。
すでにお馴染みの方達は早速私の名前を覚えて下さって声を掛けて下さるのが嬉しい。

私よりもずっと年上の女性がいらっしゃる。
「以前に行った時に何もできなかった。だから今回はリベンジよ。」
とにっこりお話される姿にいくつになっても挑戦するって素晴らしいと励まされる。
デトロイトで乗り換えてボストン、そこから更にバスに乗る。
ニューオリンズ、ブリュッセルの時と同様の長時間のフライト、
ひるんでいた自分がちょっと情けない。

この旅行に参加するか迷っていた時に知人に、
「出掛けて行くことで出会いのチャンスもある。」と言われて背中を押された。
その方は夏休みに新しい体験にチャレンジされている。
http://blog.goo.ne.jp/ak-tebf/d/20100806

モース博士にちなんだ場所、ボストン美術館、
立ち上げに係り館長を長く務められたピーボディー博物館を訪問、
そしてモース博士の墓参もさせていただける。
市庁舎や地元の小学校、農業高校を見学し、ホテルにも泊まるが市内の家庭にも3日間滞在する。
この旅に出かけて行くことで観る未知の場所、知り合う方達との事を考えるとワクワク、ドキドキ。

ボストン、レッドソックスの本拠地だが野球は余り分からないのでこれはパス。
子供の頃の愛読書だった「若草物語」もこの地が舞台だった。
そして探偵スペンサーシリーズのロバート・B・パーカーもここに住み、いくつものシリーズを書いている。
一日ある自由行動日ではどこを訪ねてみよう?
パーカーの小説に度々登場するケープコッドにも行ってみたいが少し遠いようだ。

ずっと行きたいと思っていてなかなか行けない場所もあるのに、
こうやって旅の方が私を掴まえてその土地が呼んでくれるような出来事がある。
http://blog.goo.ne.jp/ak-tebf/d/20100723
ニューオリンズの時もそうだった。
http://blog.goo.ne.jp/ak-tebf/d/20090624

N'dambi 8/22 @ Blue Note Tokyo

2010-08-23 11:00:17 | その他のライブ
8/22,23日、二日間のみ、そして一日1ショウのN'DAMBIのライブ。

昨日は日曜日だが1ショウなので開始時間は平日と同様の7時。
また1ショウのみの時はミュージックフィーが高額になるが、
N'dambiはむしろ通常よりも安価。
入場は5時からだったが、ブルーノートに着いたのは5時45分頃。
それでもまだ席の選択肢はあった。
開始間際には満席。
客層は老若男女とりまぜて様々。

前日の夜遅くnkmrakikoさんから教えてもらったN'dambiのfacebookのファンサイトに、
「ブルーノートのライブを楽しみにしている。」といった内容を投稿。
朝起きてfacebookを見るとエンダンビからレスがついていた。
「あなたに会うのを楽しみにしているわ!」"see"ではなくてそれが"meet"だったので、
ライブ終了後エンダンビはmeet & greetをやる気充分とみた。
http://www.facebook.com/pages/Ndambi/17936325311

"Call Me"で華やかに登場したN'Dambi。
白のベストにパンツ。
スタンディングで私たちは迎える。
N'dambiの画像はアフロヘアのものが多いが、最近のヘアスタイルはモヒカン調とでもいうか、
刈り上げてトサカの部分はレッドヘア。
腕や肩の筋肉が隆隆としていて、手足が長く体全体を使って歌う姿は男性的ですらある。
エネルギーが溢れている。

"LIE"
"What It Takes"
"Lonely Woman"
"Deep"

"Insecurity"を歌う前にエンダンビは話し始めた。
「私は音楽がやりたくてダラスからLAへと出てきた。
そしてそれが思い通りにならない時に周りの友人から『もっと堅実な仕事をすれば?
将来のことも考えて。』と言われたの。
でも私は今日を精一杯生きたい。この日が自分にとっての最後の日だと思って毎日を過ごしたい、
そう思って今日までやってきた。」
安全な道ではなくたとえ困難であってももほんとうに自分のやりたい道をあえて選んで生きてきた、
そんなエンダンビの心意気が伝わってくる。
この辺りからちょっとやばくなってきた。
涙腺が弱くなってきた。

"Lady"では自分のバンドメンバーの紹介。
バックボーカルのSara WilliamsとキーボードのLynette Williamsは姉妹だそうだ。
ドラムスDemoterious Laurence、ベースKhalid Rahmaad。
"Can't Change Me"
「歌はいろいろな時に作るけれど、この曲は靴を買いに行った時に思いついたの。」
と"Ooo Baby"
"Noboday Jones"では「一人一人がみなスターなのよ。」

「私は最初の頃、自分の曲が一曲しかなくてこればかりを歌っていた。
そしたらある時一人の男性から『とても辛い時期があった。その時にこの曲をずっとずっと聴いていいた。
そして今は立ち直って元気でやっている。この曲のお陰で僕は救われた。』と。
こういうことを言われるのはミュージシャン冥利に尽きる。ほんとうに嬉しかった。」
"Sunshine"
この曲に込められた真実の叫びにもう涙がボロボロでてきてしまった。
エンダンビが曲を作りそして歌い、それに感動するファンがいて、
そのファンからのメッセージにN'dambiもまたインスパイアーされて更に曲に厚みが加わっていく。

"Can't Hardly Wait"
人気の高い曲でぐっと最後は盛り上がりN'dambiは退場。
「N'dambi、ありがとう!」と声を掛けて握手。

戻ってきたエンダンビ、アンコールは"ODE 2 NINA"
「去る者は追わず、来る者は拒まず、そこに居たければいていい、帰りたければ帰ってもいい。」
と歌うエンダンビ。

音楽の才能が開くまで下積みが長く、いろいろな苦労もあったかと思うN'dambi。
その中で好きなことをやって皆が付いてくるならそれも良し、離れて行くなら引き留めない、
そんなメッセージソングかと受け取った。

1時間半を越えるショウだった。
終了後にサイン会あり。
nkmrakikoさんの持参したすべてのCDにエンダンビはペンもそれぞれ替えて一つ一つ、
送る言葉と共に彼女の名前と自分のサインをしてくれている。

私の番になった。
「今朝は6時に起きたの?facebookで読んだ。」と言うと笑っている。
「レスありがとう。」と話すと「あっ、あなたね。」
「ほんとうに素晴らしいライブだった。
そして、私は聴いていて何回か泣いてしまって。」
と話すと真顔になったエンダンビは私の目を見つめながら
「そうあって欲しい、自分の気持ちを感じ取って欲しいと思って私は歌っているの。」
と言ってくれた。

先ほどの白いベストスーツとは変わりホルダーネックの花柄の柔らかい素材のガーリーなミニワンピ。
編み上げ風のサンダルも可愛い。
歌っている時は雄々しくたくましいが、個人的にふれる彼女はスィートな人だ。
私のCDには"Love, Life, Balance, Music, Creativity!"
夫には"Continue 2 Be A Rock! We Need Those!"
こんな丁寧に一人づつにメッセージ入りのサインを書いてくれている。
そして彼女は詩人、ソングライターなので一つ一つの言葉が素敵だ。
「また日本に来てね。」と伝えると「こちらこそ、また私のライブに来てね。」

エンダンビ、たくさんの苦労があったはずだ。
それなのにあんなに優しくて可愛い人でいられる。
そして覚悟を持って自分に正直に生きている。
エンダンビの歌を聴くだけでなく人生全てが表現されたライブだった。

終了後ブルーノートのスタッフと話すと内部からどうしてもN'dambiを呼びたいと言う声が上がり、
今日の日を迎えたと言う。
スタッフ達の熱い想いも節々に感じられたエンダンビのショウ、
これからも彼女はブルーノートをホームとして来日してくれるに違いない。

エリック・べネイ「愛に包まれて」

2010-08-21 08:54:15 | エリックベネイの愛と人生
昨年の6月に翻訳したエリックべネイのインタビュー記事。
昨年度に訳した中で最も気に入っているものなので、再度掲載させていただきます。
一昨年の"Love & Life"発売後の記事だがエリックの音楽や人柄、人生がとても良く表現されている。

*************************
Eric Benet
Wrapped Around Love
By Ruth Adkins Robinson
Cover Story BRE magazine Com.
昨年のエリック・ベネイのインタビュー記事で訳していなかった物を見つけた。
エリックベネイと彼の現在、そして音楽について的確に書かれている。

エリック・ベネイ「愛に包まれて」
(”Wrapped Around Love”とは、
「チョコレートレッグ」の歌詞をもじったタイトル)

スポーツタイプの乗用車がLAの渋滞とカーブを過ぎた辺りで急に止まった。
中から降りてきたのは、コメディアンでソングライターのTommy Davidson。
彼は道を歩いている一人の男をめがけて駆け寄る。
「エリック、ホールドアップ!」(笑)
Eric Benetはデビッドソンのハイテンションに驚きながらも、笑顔で見つめる。
急に真剣な表情になったデビッドソン、
「運転しながら、エリックのニューシングル、
”You’re The Only One”を聴いていたところだったんだ。
君を見つけて、どうしてもこのアルバムの発売が楽しみだって
言いたくなってしまってね。
世間の人は、エリックがどれだけ才能があってディープかわかっているのかなぁ。
早く、アルバム全体を聴いてみたいよ。」
しばらく立ち話をした後、デビッドソンは車へと戻っていった。

エリック・ベネイ、感情豊かで新感覚、経験と才能に溢れるアーティスト、
それを知る多くのファンたちが彼についてきている。

通りを歩いていても、建設中の現場にいようが、エリックの外見は人目を惹くだろう。
もちろん、いつも感じが良くて、笑顔を返してくれる。
しかし、この男はただのハンサムで、きれいな声で歌うだけの歌手ではない。
最先端で芸術的なR&B、アーバンソウルなアーティストだ。

R&Bの多面的な要素が散りばめられた彼の新しいCD、”Love&Life”
これはエリック・ベネイにとって究極のテーマを追求したアルバム。
全体を聴いても、あるいは1曲を聴いたとしても、彼が人生のどこを旅しているか、
知る事ができるだろう。
愛と優しさに満ちたアルバムだ。

しかし、彼の人生において愛と音楽は、決していつも甘く優しくはなかった。

最初はホームタウンのミルウォーキーから始まる。
警察官だった父は、クラシックが好きで子供達も皆、音楽好きに育った。
エリックベネイはスティービー・ワンダー、アル・グリーン、スライ・ストーン、
マービン・ゲイなどにのめり込む。
母はいつも家で歌っていた。
エリックも教会のコーラスで歌い、学校のミュージカルで演じる。
姉と従兄弟と組んでBenetという名のグループでアルバムを出したが、
あまり高い評価を受けることなく終わった。

その後、ソロシンガーとしてデビューアルバム、”True To Myself”を1996年に、
1999年に”A Day In The Life”が発売され、
最初のシングル、ToToをカバーした”Georgy Porgy”は、
ラジオでヒットし、そして2枚目のシングル、タミアとのデュエット
”Spend My Life With You”は、ヒットチャートに上り、R&Bナンバー1ヒットソングになる。
“A Day In The Life”は、ソウルトレインミュージックでベストR&B男性ソウルアルバム、
2000年度のグラミーにデュオグループとしてノミネートされた。
この後、エリックはEW&Fの30周年記念アルバムの製作に加わり、
子供の頃からファンだったアースと夢の共演を果たす。

5年後の「ハリケーン」は、エリックの新境地を開いた。
同時に彼の人間性の奥深い部分に踏み込んだ作品となった。
その時、エリックは長く辛い道のりの新たな段階に入っていた。
「そこに至るまでの間、いろいろな経験をした。
希望と絶望。 怒りと後悔。
このアルバムで限界まで挑戦し、とうとう自分を超越する域に達した。
辛い時にいかに自分自身の尊厳を見出し、どうやってそこから抜け出すかという
人としてのあり方、とも言える作品となった。」

エリックはこのアルバムでグラミー常連のプロデューサー、デビッド・フォスターと組む。
この事がきっかけでエリック・ベネイは2008年に行われたデビッドのコンサート、
”David Foster&Friends”に参加、多くのスター達と共にステージに立った。
コンサート中、デビッドは、客席に紛れていたエリックをステージに呼び寄せ、
まだ発売前だったアルバム、”Love&Life”から、”Chocolate Legs”を歌わせた。
デビッドはエリックが歌い終わった後も、観客たちにこの歌をコーラスさせる。
“Wrap Your Chocolate legs Around me”
「疲れきって帰ってきた男を女がただ愛で包むだけで、癒しのパワーになる」
という歌詞。
観客に喜んで受け入れられたことにエリック自身、驚きを隠せなかった。
そして「チョコレートレッグ」はチョコレート色の足を持つ女性ばかりか、
すべての人に歌われ愛される曲だと確信する。
「チョコレッグ」はエリックにとって彼の人生に立ち込めていた暗雲を振り払う曲となる。

“Love&Life”で、Eric Benetは、人生のいろいろな一コマ、
そしてその時々で沸いてくる感情について歌っている。
ある時は直感的な、また感情的、そして肉体的な反応。
それはいつもエリックにとって自分自身の人生の真実を描いたものだった。
今、彼は幸せそうだ。リラックスして、周囲に理解して欲しいと示唆している。
つまり、”Love&Life”は、彼の自信と幸せな人生へのアプローチ。
「このアルバムから受ける印象とエネルギー、この旅は僕のだけれど、
皆も自分へと反映させることができるでしょう?」
このアルバムでエリックは長年のパートナーだったGeorge Nash、
Demonteと再び組んだ。

最初のシングル、”You’re The Only One”は、熱狂的に受け入れられ、
現在において、かつて「愛」と呼ばれたものが存在するかどうかを問う。
そして今の時代のLoveについて描かれている。
“iminluvwichoo”では、ハンガリーのシンガー、リンダ・キラリーとの
エネルギー溢れるダンスデュエット。
「この曲は80年代のグルーヴ、愛をエンジョイする曲。
“Don’t Let Go”は、90年代のR&B風。
これは、恋人たちが愛し合い続けて困難を克服することの美しさを歌っている。」
エリックベネイらしいセクシーな曲、”The Hunger”
そして”Spanish Fly”
このタイトルは誤解されるかもしれないが、薬物ではなくて、
ラテン風の愛し合い方について語っている曲。

エリック・ベネイの人生には誕生と死、失敗と成功があった。

Eric Benetについて語る時、忘れてはならないのは、
1992年に彼とTami Stauffとの間に生まれた娘India。
95年にタミは突然、バイクの事故で亡くなり、エリックはシングルファザーになる。

エリック・ベネイ、インディアが生まれて父親としての喜びに満たされた瞬間を
”One More Tomorrow”で歌っている。
「もし明日、一日しか自分が生きられないとしたら、
その日はインディアと一緒に過ごしたい」
エリックはインディアのおかげで自分は強くなる事ができた、
「今までシングルファザーとしてインディアのためと思ってしてきたけれど、
もし彼女がいなかったら、どちらかを選らばなければならない分かれ道で、
間違った選択をする事になったと思う」
未だにインディアを通して多くを学んでいると。
「様々な事を二人で経験してきて、そのことでお互いの絆が深くなった。
この曲は彼女に捧げたものでインディアへの愛と
彼女のこれからの将来へのリスペクトを表している。」
そのインディアも最近は歌手として力を付けてきた。
エリックのバックコーラスとしてもNewアルバムで参加している。

役者としての経験も積んだエリック、今は脚本作りにも乗り出している。
“Chocolate Legs”の歌詞をかりてあえて言うならば、
今、エリックベネイは愛に包まれている。
http://www.scribd.com/doc/13723699/Eric-Benet-Wrapped-Around-Love

Makin' a record

2010-08-20 09:33:51 | "Lost In Time"発売まで
エリック・べネイの付き人、ケビン・スーカ―。
アーティストでもあり、自身のライブも地元ミルウォーキーでは行う。
エリックべネイのツアー中は付き添い、アルバム製作にも係わる。
ジャワジャズではエリック以外のアーティストのコンサートミキシングも担当していた。
ケビンがアップしてくれたレコーディングのチェックをしているエリックの姿。
ステージで歌う時、ファンと集う時、家族と過ごす時とは全く違う表情がそこにはある。

最初の"True To Myself"、そして"Love & Life"の"You're The Only One"、
今回のアルバム"Lost In Time"も20代からずっと一緒に仕事をしてきている従兄のジョージ・ナッシュJr.
二人で熱く語り合いながら先月シングルカットされた"Sometimes I Cry"を作り上げて行った。

ホーチミン2日間

2010-08-19 00:16:25 | その他の旅
成田19時発のベトナム航空でホーチミンへと向かう。
事前に座席指定のできない格安ツアー、チェックインの際に「もう空いてないだろうなぁ。」
と思いつつ「通路側の席を・・・できれば前方で・・・」
カウンターの女性はにっこりと言った「一応、お取りしますけれどガラガラですので、
離陸したらお好きなお席にどうぞ。」

左右に3席ずつの小振りの飛行機、乗客は定員の一割を割っていたのでは。
久々の空いてる飛行機、3席分を使ってゆったりと寝られて気分がいい。
ベトナム航空も初めてだがキャビンアテンダントは可愛らしくて感じが良い、そして働き者だ。

ミュージックチャンネルにアッシャーがある。
ベトナム航空の社長の知り合いの方がいらしたら、
ぜひエリック・べネイのチャンネルを作るようにお伝え下さい。

映画の画面が座席ではなく、9席に一つづつ天井からのスクリーン。
したがって映画も選べない。
最初はゲイリー・マーシャル監督のオールスターキャストで
バレンタインを巡る数組のカップルの様子を描いたコメディー、そこそこだった。
次はメル・ギブソン主演の"Edge of Darkness"そんなタイトル。
久しぶりに帰郷した娘をいきなり目の前で殺されてしまったマサチューセッツの刑事が、
犯人や黒幕を追い詰めていくサスペンス。ぐいぐいと惹き込まれて観ていたが、
最後の場面で着陸のためにヘッドホーンの回収が始まってしまい結末を見逃す。

初めての場所、着時間は11時と夜遅いので空港のピックアップ付きのツアーにした。
空港の出口は小さく、いとも簡単にベトナム人のガイドさんとご対面。
ドライバーを電話で呼んでくれてすぐにホテルへと向かう。
ベトナムの通貨ドン、どうしても日本円に換算するのがピンとこないと思っていたら、
「金額から0を二つ取って、2で割ると日本円の金額です。」これでとても分かりやすくなった。

空港から20分位だろうか。
パークハイアット・サイゴンに到着。
街の中心部にあるのと初めての国なのでホテルには拘った。

夫は喫煙者だがベトナムは未だに喫煙大国。
ところがハイアットに関してはアメリカナイズされていて、喫煙室は9階のみ。
そして空室がないと言う。
そこで特別に6階だけど灰皿を用意してもらうことになる。
最後の日は夜中の飛行機で帰る。
「お部屋は夜9時を過ぎると一泊分、8時までなら半額で押さえられますけれど?」
1日外出しているのなら部屋は必要ないかとも思うが、リーズナブルな値段なら部屋があった方が、
疲れた時に寛ぐことができるし、暑さの中、戻ってから出発前にバスルームも使える。
迷うところだ。「そのお返事は後でもいい?」と聞くと「もちろんです。」

ベルボーイに案内されて部屋に通されると灰皿がない。
先ほどのフロントとのやり取りを話すと「ちょっとお待ち下さい。」とどこかに電話をしている。
「フロントとこちらとの誤解がありまして、すみません。
喫煙可のお部屋を用意しますので、少しここでお待ち下さい。」

アジアンモダンと言うのだろうか、シンプルな白い部屋に木がたくさん使われていて、
置いてある小物やバスルームの作り、部屋の誂えがとても居心地が良い。

しばらくしてベルボーイは戻ってきた。「ずいぶん待たせてしまってごめんなさい。
お部屋を用意するのに少し時間が掛かってしまって。」
9階の部屋に案内してくれて「僕はベルのチームリーダーです。ご要望、そして何かありましたら、
おっしゃって下さい。」と名刺をくれた。
ここまでしてくれたらやはりチップを渡したい。
空港に着いた時に両替しておいて良かった。

荷物を置くとそのままホテルのバーへ。
ドアを開けた途端、お洒落なアジア系、アフリカ系、アングロサクソンと多民族の人達でぎっしり。
カウンター前で立っている人、踊っている人もいる。
黒、白でスタイリッシュにまとめた服装の人が多く、バーのスタッフと区別がつかない。
これはもしかしてプライベートなパーティーか何かなのかと思っていたら、
ようやくスタッフが声を掛けてくれる。
一階は席がないとのことで吹き抜けの横にある半二階のVIPコーナーのようなソファーへと案内される。

夫は地元のビール、私は散々迷ってモヒートにする。
フルーツカービングしたみたいなライムがたっぷり、そしてミントもザクザク。
南国のフルーツとハーブの香りに旅の疲れが癒される。
二杯目はマルガリータ、これは普通でした。
時間を見ると現地では午前1時を廻っている。日本時間では3時。
明日もあるので部屋へと戻る。

翌日は8時頃に目が覚めてプールで泳ぎたいなぁと思ったが、昨夜は遅かったし最初から飛ばすのも、
と思ってそのまま横になって二度寝する。
9時頃に起きてダイニングルームへ行った。
メニューを見せられたので「朝食付きのパックでお願いしているのだけど?」と尋ねると、
「それならビュッフェとメニューの中から何でも好きなだけ頼んで下さい。」
すべての具を入れたオムレツを頼みつつ、ビュッフェへと向かう。

フレッシュなジュースがオレンジ、ウォーターメロン、キャロット、ビーツ、セロリ、パイナップル等。
ココナッツも生のを切ってストローを入れて出してくれた。
その上、フォーもある。
自家製のマーマレードとストロベリージャムでクロアッサン、コーヒー、そしてオムレツを食べた後、
フォーも頼む。たっぷりのハーブや香辛料を入れて食べる。


朝食後は街を歩いてみることにする。
半日観光ツアーとかもあるが、地図で見るとすべて徒歩圏にある。
問題は暑さだ。歩ける距離でもタクシーを利用した方が良いかもしれない。
タクシーはホテル前が最も安心だとは思うが、流しもきちんとした会社のロゴ入りは問題ないらしい。

市民劇場、コンチネンタルホテル、レックスホテル、国営百貨店。

いくつかの繁華街を経て、バンタイン市場へ。
歩いていると次々と声を掛けられる。
断ると「なんでやねん?」いきなり関西弁が出たので笑ってしまった。
夫が値切りながらお土産のキーホルダーやランチョンマット、
水牛の角と言って売っていたがどうもプラスティックにみえるサーバーなどを買っている。
傍で見ていたら、何度か靴を売る女性から手を引かれる。椅子も出してきて、
「座って。ぜひ見てみて。」

国営百貨店の2階でもお土産を見ていたらお風呂で使うような椅子を出してきて、
「ゆっくり見てね。」みたいに言われた。

とにかく凄く暑くなってきたので、市場を出て向かい側のエアコンのあるフォー屋さんへと入る。
お腹は空いていないので、取敢えず飲み物と思ったが、スモールサイズのフォーを頼んでみる。
それとベトナムのビール、333。
食後にプリンとベトナムアイスコーヒー、蓮茶を頼む。
たっぷりの氷が入ったグラス、コーヒーはドリップを待って自分でグラスへと注ぐ。
生水は気をつけていても氷で食当たりという話を良く聞くので、ちょっと心配したが、
全く問題はなかった。

食事後に市場の近くの骨董街を見る。
ジッポーのライターがたくさん並べられていてネーム入りだったり、言葉が刻まれている。
「ここには希望がない」とか「パパは最高」とか。
これが本物ならこんなものを売買して良いのだろうか。
中を見るとビスが新しくなっていて偽物だとは思うけれど。


炎天の中を歩き詰めでさすがに疲れたのでタクシーでホテルへと帰った。
タクシーや市場はベトナムの通貨ドンが必要だが、一般のお店では案外米ドルが通用する。
ドルの方がお得な感じすらした。

ハイアットのスパは日本のクイックマッサージ並みの値段だ。
アジアンスパには何度か裏切られているので期待していなかったが、
「シロダ―ラ」がメニューにある。これは一度やってみたかったのでそそられた。
予約が取れたのは6時。
それまで同じフロアのプールで一時間程のんびりする。
アイスティーを頼むとこれにもライムがたっぷり入っていてフルーティーだ。

スパはジャグジーとスティームサウナとシャワールームがある。
髪を洗って乾かしているとスパルームへと案内された。
最初は30分のインディアンヘッドマッサージ。
椅子に座った状態なら好ましいがうつ伏せ。
その後仰向けになりシロダ―ラは始まった。
等間隔で温かいオイルが額の中央へと垂らされていく。
眠くなる、目が覚める、うつらうつらを繰り返す。
時々、オイルを頭皮や髪へと摺りこんでいく。
途中から「こんなに油だらけになった髪はどうするんだろう?」と気になり始めた。
終わると「頭は30分このままにして置いて、それから洗って下さい。」

このびん付け油のようなものがやたらしつこくて洗っても中々落ちない。
一気に疲れも出てきた。
部屋に戻ると眠くなってきたが、気を取り直して夕食へと外出する支度を始める。

ホーチミンのレストラン、行く前に散々調べたがお奨めの一押しというのが見つからない。
ベトナムは12年位前に一気にブームが到来し
そして今は日本からの観光ブームのピークは過ぎているようだ。
迷った挙句、マジェスティックホテルの隣『マキシムズナムアン』の予約をコンシェルジュに頼む。
時間は9時近くで電話が繋がらない。
それではとBプラン、「ハイアットの傍の『スーレストラン』はどう?」と聞くと、
「ホテルを出たら25mくらいで着きますよ。予約は必要ないけれど後で僕が電話しておきますから、
どうぞいらして下さい。」と外に出て方向を教えてくれた。

『スーレストラン』、「現地の人が集まる人気スポット。1階はバー、2階はレストラン。」
とのことだったが、入ると一階には一人もお客がいない。
二階に案内されると「Mr & Mrs.○○!ハイアットから先ほど電話をもらってお待ちしてました!」
と劇団ひとりにそっくりの青年が飛び出してきた。

二階も客は一組だけ。
「さっきまでは混んでいたんだけど、ちょっと前に皆帰っちゃって。だから空いてます。」
お客がいないことを気にしているようだ。
「煙草は吸っていいの?」と夫が尋ねると「1階と2階のバーはいいけど、テーブルはだめなんです。
ごめんなさい。でももう一組が帰っちゃったら必ず灰皿持ってきますから。」
飲み物は夫はビール、私はパッションフルーツのモヒートにした。
芳しい爽やかな香り。ベトナムのモヒートはほんとに美味しい。
料理は創作フレンチベトナミ―ズという感じ。
その後もワインを白、赤とグラスで頼む。
料理は好みとは違ったが劇団ひとり君の必死のサービスが楽しかったので良しとする。

お店を出て近くのホテル、カラベルの最上階のバーへと行ってみる。
歌と演奏が生で曲が趣味ではなかったので入らずに隣のコンビニを冷やかし、
ホテルへと戻った。

翌朝は目覚めてすぐに水着を着てプールへ。

早朝起きて誰もいないプールで泳ぐのは私の旅の楽しみの一つだ。
水深は残念ながら浅く足が着く。
しばらく泳いで部屋に戻りシャワーを浴びて朝食へと向かった。
この日はバナナ、ストロベリーリコッタパンケーキを注文する。
このホテルの朝食は美味し過ぎる。そのためにここでお腹一杯食べてしまい、
街の食事が食べられなくなってしまう。

ホテルを出てホーチミンの名所巡りへと歩き始める。
中央郵便局、19世紀の建物とされながらも今も普通に郵便局や両替所が運営されている。
サイゴン大聖堂、戦闘の間もここは人々の心の拠り所として存在し続けたのだろうか。

統一会堂、かつての南ベトナムの迎賓館であり、旧南ベトナムの大統領、副大統領の応接室、
乗用車、また台所なども公開している。ベトナム解放時を辿る写真や記念品も飾られている。
そして地下は軍の施設だった。
通信室や作戦会議室などがある。
これだけでも一つ一つの物事を深く捉えて見て行くと圧迫感がある。
エアコンがないのでかなり暑くなった。

今までアジアに夏行くと(アメリカでもそうだが)エアコンのきつさには悩まされた。
それが今回はエアラインも含めてエアコンが弱い。
人々は外で風に当たっている。お店もお客が来ると扇風機やエアコンを付けたりする。
倹約のためなのか、エアコンが嫌いなのか。そこまでは私にはわからない。

統一会堂の中は広いので歩き回った後にドンコイ通りに出て、
そこからホテルまで歩いて帰るとかなり疲れた。
結局夜8時まで部屋をキープすることにしたのが正解だった。

この日は3時からホテルのスパのホットストーンマッサージを予約していた。
これも一度、やってみたいと思っていたらメニューに前日見つけてしまったのだ。
温めた石で体をマッサージする。温かさと刺激が加わり温灸、テルミーに似ていると思った。
途中で少し寝てしまったようだ。

部屋に帰って荷造り。
そして7時過ぎにはチェックアウトをしてホテル内のレストラン、スクエアワンへ。
ここは設計も料理長も日本人と聞いていたのであえてベトナムで行く意味があるかとも思ったが、
帰りのピックアップが9時なのでホテル内のレストランがベストだと選択した。
事情を話して1時間くらいで簡単な食事をしたいと伝える。
テーブルは満席とのことで料理を作っているカウンターに案内されたが、この席がとても楽しかった。

サービスのスタッフに相談しながら限られた時間で食べられるメニュー、
シーフードピラフと空心采炒めを選ぶ。
飲み物は夫がグラスでカベソー、私はシャルドネ。
目の前で様々な種類の肉、部位が料理されていく。
日本では入荷のない活のブラックタイガー、スキャンピにも似たものを捌いている。

音楽はR&B、ダイアナ・ロス、EW&F、エモーションズ、クール&ギャングがかかっている。
料理が早く出揃ったので食後のデザートと飲み物の時間も充分にあった。
食事を終えて階下に降りると行きのガイドさんが入口からちょうど入ってきたところだった。

この日は他のサイゴンホテル、マジェスティックなども回り私達も入れて計8名をピックアップ。
航空会社はそれぞれANA、JAL、そしてベトナム航空。

帰りの飛行機は左右2列、真ん中3列。
ほぼ満席だった。
座席も小振りで前後の間隔も通路も狭くなる。
行きの余裕たっぷりにサービスしていたクルーたちも今回はさすがに顔付が厳しい。

映画は座席前のスクリーンで見ることができてリストから選べる。
最初は行きに最後の落ちを見損なった"Edge Of Darkness"、それからフランス映画のスパイ物、
次にラッセ・ハルストレム監督の作品で従軍する青年と民間人女性との恋愛物。
残念ながらこれもラストは着陸態勢に入り見逃した。

成田に着き、成田エクスプレスで家へと向かう。
夜中に出て朝着のフライトは苦手だ。
電車の中で眠気が襲ってくる。
家に帰るとベッドに倒れ込んだ。

ベトナムへ行ってみたいと思ったのは12年前だった。
その後、行く機会のないまま、インターネットで4つのショップからベトナム雑貨を買い、
料理も蒲田のミーレイ、大井町のメコンセンターなどで習った。
蒲田にはベトナムやアジアの料理の食材、空輸してきたハーブを買える店もあり通った。
映画も「ラマン」「インドシナ」「青いパパイヤの香り」「シクロ」などに旅情をかき立てられた。
その後、自分の中でベトナムのブームが納まってしまった。
世間のベトナム観光のピークも過ぎたようで今回、お盆休みの旅行を取ることができた。
ここは香港と同様、長い付き合いになりそうだ。
あのミントとライムがたっぷり入った一杯のモヒートを飲むために。

今回は二日間という時間の中でホーチミンの街中のみの滞在だったが、
次回は郊外なども訪れてみたいと思っている。

Miyuji Kaneko, be ambitious!

2010-08-13 14:09:40 | ピアニスト 金子三勇士
「歴史ー広島、長崎から65年...人間の歴史の中でもう二度とおきてはいけないモメント。
私どもの世代は実際に経験していないものの、その悲しさは何時も心に響きます。

これから音楽家として少しでも世界平和のために努力をしたいと思っています。
将来国連やユネスコなどとも一緒に仕事が出来たらいいな。
音楽や芸術は人々の心をうごかす力があるので...」
と金子三勇士は昨日のブログに綴った。
http://miyuji.sblo.jp/article/40110318.html

私はこの年になっても広島、長崎の原爆資料館、沖縄のひめゆりの塔も訪れたことがない。
今年になり海外からの観光客、また小学生がこういう場所に行って来たという話を聞くにつけ、
そういう自分を恥ずかしく思っている。
海外でも例えばハワイ、オアフ島の真珠湾攻撃の証跡が残されているアリゾナ記念館、
足を踏み入れることはなかった。

20才の青年が世界平和に貢献できる音楽家になりたいとは、大きな志だ。
生涯掛けてその大志を忘れず全うして欲しいと思う。
世界平和はそれぞれの身近なところから始まるとも言われる。
自分の心、家庭や職場、友人たち。

「音楽や芸術は人のこころを動かす力がある。」まさにその通りだと思う。
そしてその人のそこに取り組む姿にも心打たれる。インスパイヤーされる。
私自身、金子三勇士の音楽、そして挑戦する彼の生き方から多くの勇気をもらってきた。
そういう意味で金子三勇士、既に世界平和へと貢献しているのではないだろうか。

金子三勇士よ、大志を抱け!
"Boys be ambitious ! Be ambitious not for money or selfish aggrandizement ,
not for that evanescent thing which men call fame .
Be anbitious for the attainment of all that a man ought to be. "

Sometimes I Cry-リクエストしましょう!

2010-08-12 11:13:41 | エリックベネイの日々&KyteVideo
画像はワーナーのイベントに出席したエリック・べネイ。
コバルトブルーと白のチェックが涼しげですね。
最近はチェックのジャケットがお好みのようです。

アーバンACチャート、Eric Benet"Sometimes I Cry"7月末44位だったのが、
現在21位まで上昇してきた。
週に一度更新されるこのランキング、8月の終わりまでに更に昇り詰めて欲しい。
http://www.americasmusiccharts.com/index.cgi?fmt=U2

さてアメリカのラジオ局のリクエスト、皆さんも参加してみませんか?
日本からできるサイトを試してみました。

まず簡単なのから。
WMJM こちらはR&BとR&Bクラシックチャンネルです。
クリックするとすぐリクエスト画面が開くのであなたのお名前(ニックネームでも)
アーティスト名Eric Benetと曲"Sometimes I Cry"を。
そして送信ボタンをクリック。
http://1013online.com/Make-a-Request-on-Magic-101-3/7031572

次はWQMG こちらはR&Bとオールドスクールチャンネル
上段右にあるグレーの枠"Request a song"、オレンジの"GO"をクリック。
上記と同じ要領で送れます。
http://www.wqmg.com/

WDKX ニューヨークのラジオ局です。
右下の赤字、"Request a song"をクリック。
こちらはジップコードを要求されますが、ご自分のお家の郵便番号ではなく、
ニューヨークの周辺の、例えばこの局の14605などを入力して下さい。
(いいのかな、こんなこと書いちゃって・・・)
http://www.wdkx.com/#

エリックべネイ、モントルーで行われる「デビッド・フォスター アンド フレンズ」
に参加するためにスイスへと向かった。
乗り換えで降機したアムステルダム、「この町の雰囲気はパーで一杯やりたくなるね。」
そして到着したモントルー、涼しくて凌ぎやすい気候のようだ。
「湖のほとりのカフェで遅い朝食を簡単に済ませた。とても素敵な場所。」とコメントが。

10月19・20日に東京国際フォーラムで"David Foster & Friends"のジャパンツアーが行われる。
最初にこのフライヤーを見た時、エリックの名前を捜したが、書かれているのは、
ピーター・セテラ、ナタリー・コール、シャリースなどだった。
モントルーに行くのなら日本も来るかと一瞬期待したが、
「他メンバー未定」という記載はないので、おそらくエリックの来日はないでしょう。
最もこの時期には"Lost In Time"をリリースしてキャンペーンや取材に忙しくしていて欲しい。

エリック・べネイ、ツイッタ―に泊まっているスイスのホテルのスイートから写真を投稿した。

湖に面した高原の涼しそうな景色。
羨ましいですね。

それではどうぞ皆さま、良いお盆休みをお過ごし下さいませ。

金子三勇士 1stアルバム 10月1日発売

2010-08-10 12:28:45 | ピアニスト 金子三勇士
金子三勇士、待望のメジャーデビュー1stアルバムが10月1日に発売される。

特別にお預かりしたプレリリースアルバムを、
昨日、雨の中、神奈川を通り東京都下へ向かう車中で初めてiPhoneで聴いてみた。
家のCDプレイヤーで聴くのとはまた違った趣がある。
車窓から大きな空が見えて雨雲が動き、多摩川の流れ、武蔵野の雑木林を背景に、
このアルバムの「ピアノソナタ」の神秘的な調べを聴いていると、何とも深遠な世界へと誘われる。
この日はイヤーホーンで聴いていたが、これならヘッドホーンを持ってくれば良かったと思った。

目的の駅に近付く頃に曲は「ラ・カンパネラ」に代わる。
ラカンパネラ(鐘の音)に促されて、ふと我に帰り現実に戻る。
この曲は今まで勢いのあるかん高いメロディーのイメージがあったが、
金子三勇士の演奏ではむしろ伸びやかな音の連なりがこの曲に豊かな美しさを与えた。

駅で地元のバスに乗るために歩いていると曲は「オーベルマンの谷」に。
またしてもリストの金子三勇士の世界へとトリップしてしまった。

バスに乗っている間に「ハンガリー狂詩曲」
これで目的地に到着、フランツ・リストと金子三勇士に喝を入れて貰って下車した。

金子三勇士の渾身のリストアルバム、彼の音楽のすべてが凝縮されている。
私の手元にあるのはプレリリースアルバムだが、10月1日に発売されるアルバム、
選曲、ジャケ写、共に多少の違いがあるかと思う。
10月1日、CDが店頭に並ぶ日が待ち遠しい。

Miyuji plays Liszt
品番:MECO−1003
定価:¥3,000(税込)
企画・制作:ソニー・ミュージックダイレクト
販売:ミューズエンターテインメント
レーベル:ロハスクラシック

オール・リストの選曲
ピアノソナタロ短調
http://blog.goo.ne.jp/ak-tebf/d/20090628
ラ・カンパネラ
http://blog.goo.ne.jp/ak-tebf/d/20100515
オーベルマンの谷
http://blog.goo.ne.jp/ak-tebf/d/20100609
ハンガリー狂詩曲第二番
http://blog.goo.ne.jp/ak-tebf/d/20100617
愛の夢第三番
http://blog.goo.ne.jp/ak-tebf/d/20100212

最近のハッピーフィーリング

2010-08-08 07:46:26 | 私の日々
早起きをしてベランダに咲いた紫と白の朝顔と対面。
いつも夜しか見てないからこんなに大きくて綺麗な花を咲かせているのに気付いてあげられなかった。

日差しが強い中、ちょっとの距離を歩くのにも、もうこうなってくるとサングラスか帽子、
日傘が必要かもしれない。そんな時、木陰のある通り、風の抜ける小道があると嬉しくなる。
道中にエクセルシオールカフェを見つけて思わず入りアイスラテを注文する。
カフェラテが「こんなに美味しいものだったのか!」と幸せな気分になれるなら、
暑さも悪くはない。

地元の博物館に案内のボランティアに行くと、夏休みのせいか子供たちが多い。
「あの、おねえさん。」と声を掛けられる。
5年位前も夏休みの子ども学習を手伝った時にそう言われて笑ってしまったが、
この年でまだ「お姉さん」と呼ばれるとはと思いつつちょっと顔がほころんでいる。

一人で来館した大人びた小学校高学年の子がジズゾーパズルが出来上がったと
私を呼びに来た。
やっぱり一人で行動していても苦労して難しいパズルを完成させた時には、
誰かに労って欲しいんだなぁと思う。
これはきっと子供も大人も同じだ。

お寺に行くと昨日は蕾だったという蓮の花がちょうど綺麗に開いていた。

夜遅くまで起きてるとアメリカが動き出す。
新しく入ってきたエリック・べネイの最新情報をゲットしてHappy feeling!

スーパーで買ってきたパイナップルジュース、何かさっぱりし過ぎだなぁと
冷凍庫に冷やしてあるウォッカを注ぎ込むと、とろっと濃厚で美味しくなる。

外のプールで泳いでいたら日焼けしてソバカスだらけになったが(シミ?)
昨年着られなかったノースリーブの服が今年は着られる。

筋トレを時間を見つけてはやっていたら、上腕二頭筋が育ってしまって、
Tシャツの袖がキツイ。これはちょっとNGかも。

運動量を増やしたら食べ物がやたら美味しい。夏野菜が特に瑞々しく感じられて、
普段の食事の中で野菜の比率を増やしたのではなく、普段の食事量+野菜を食べていたら、
1キロ増量。

睫毛のエクステをしたら、久々に合った友人達に「感じが変わった。」と言われ、
「うん、短期間で整形したの。」と冗談で言ったのに皆黙ってしまった・・・

きりがないのと、雲行きが妖しくなってきたので、この辺にします。

エリックの歌うスティーヴィー・ワンダー「スーパーウーマン」

2010-08-07 08:11:54 | エリック・ベネイ、アルバム外の曲
Eric Benetの歌うStevie Wonderの"Super woman"、
トリビュートアルバムも入っているが、
2006年のスティービーに捧げるイベントでも、
エリック・ベネイはStevieへの愛と感謝を込めてこの曲を歌った。
Eric Benet - Superwoman (Stevie Wonder cover) (1997)


エリック・ベネイとスティービー・ワンダー、
エリックベネイは業界の先輩達に可愛がられる。
それは、もちろん彼の歌の才能だけではなく、
目上の人に敬意を払いながら楽しんで時を共にするから。

エリックベネイが尊敬し影響を受けたアーティスト、スティービー・ワンダー。
エリックは、スティービーのラジオ番組に一昨年に出演して、
一緒に歌い、インタビューに答え、Eric Benet “Love & Life"からも何曲か紹介。

Stevie Wonder「今、恋をしている?」
Eric Benet「生きることにね。」

S「ちょっと、deepな質問してもいいかな?」
E「うん、何でも聞いて。」

S「自分は最近、母や前妻を亡くしたりして、いろいろあったけど、
エリックベネイにとって娘の母親が亡くなった事は、
人生や音楽に影響があった?」
E「何年間か、夢に出てきたり、そして会話をしたりしたよ。
でも、彼女の願いははっきりしていた。
それは自分の事を心配して悲しんだりしないで欲しい、
娘のインディアの事を頼むという事だった。」

S「インディアとはどういう風にコミュニケ-ションしているの?」
E「テレビのニュースとか一緒に良く観るんだ。そして、こういう事は悪い、
とかじゃなくて、どうやってそれをポジティブに捉えるか、
明るい面をどう見るかとか話し合っているよ。」

S「おまえ、また結婚する気はあるか?」
E「うん、父親になるのは素晴らしい事だからね。
ねぇ、スティービー、僕の結婚式で歌ってくれる?」
S 「...」
E「沈黙?」
S 「ハーモニカなら、いいよ。」
E「歌って欲しいな~。」

エリックベネイの歌いだしたスティービーの“As”
スタジオにいた皆の合唱になると、
エリックは、バックヴォーカルに回った。

スティービーがエリックベネイの事をいろいろ心配しながら
兄のように尋ねている。
最後はキーボードに向かったスティービーから
「何を一緒に歌いたい?」
と聞かれ、二人で"You & I"を歌った。

後の別のインタビューで、Eric Benet、
音楽をやってきて楽しかったハイライトの一つとして
スティービーのラジオ番組に呼ばれ、
インタビューを受け、
一緒に歌った、この一時を語っている。

Love children, not only yours.

2010-08-06 08:25:28 | Eric Benet Live in Japan Feb. 2009
昨日、ある方からいただいたメール、嬉しくて何度も読み返してしまった。

その方と一昨年のクリスマスの集いでお会いした時、確か「子育ても一段落した今、
これからの10年間、どう生きるか考えた時、何か人の役に立つ生き方をしたい。」
そのようなことをおっしゃっていたのを覚えている。

その方とは昨年2月のエリック・べネイのビルボードでのライブ、最終日の1stでご一緒した。
その時、エリックが最後に次のようなことを言った。
"Love yourself,
Love each other,
Love children, not only yours"

「まず自分を好きにならなければ他人も愛せない。
自分を愛して、周りの人を愛して。
そして子供たち、自分の子だけではなくすべての子供に愛情を注いであげて。」

その方はエリックの言葉が心に深く残ったそうだ。
そして近くにある養護施設の子供の週末里親になる決心をして早速に連絡を取ったそうだ。
しばらく先方からは連絡がなかったそうだが、この夏、その施設から依頼されて
夏休みの間、子供を預かることになったという。

私はその話を聞いてほんとうに感動した。
思うことは簡単、言うことも易し、でも行うは難し。
なかなかできることではない。

エリックがこの言葉を言ったのは、最終日だけだった。
その日にたまたまその方がいらした。
この言葉を軽く聞き流した人達はたくさんいたと思う。
私もその一人かもしれない。
しかしその方は普段から「何か人のためになることをしたい」と思っていたからこそ、
この言葉がすっと心の奥まで入って来て、しっかりと受け止めた。
そして実行に移した。

私はその方の心の美しさに感動すると共に、自分もそうありたいと願うのだった。