acc-j茨城 山岳会日記

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谷川岳・一ノ倉沢二の沢本谷

2015年06月05日 08時00分00秒 | 山行速報(アルパイン)

-余韻-

いまでも残っている。
心奮わす、まるで鐘音のよう。
一振りごとに岩に食い込んでいくあの響きが、だ。

1930年。
5月に一ノ沢にトレ-スが刻まれ、次いで7月に二ノ沢左俣。
1934年、8月に二ノ沢本谷はトレ-スされた。

「二ノ沢本谷は古典的名ル-トである。明るいスラブ、美しいゴルジュ、そして急峻な滝からなっており、登攀者に深い充実感を与えないではおかないだろう。」
と日本登山大系にある。

1930年~1934年。
一ノ倉登攀の幕開けともいえる時代。
世の中では、第1回FIFAワールドカップ開催、リンドバーグ夫妻が日本に着陸、ナチス・ヒトラー独裁時代の始まりなど。
現代の礎となった時期でもあり、混乱の予兆を感じさせる。そんな時であったように見える。

 


2015/5/28 谷川岳・一ノ倉沢二の沢本谷


二ノ沢本谷の山行は前日、南稜の下山時に決めた。
そもそも、その準備はしていた。
最終的には現地確認、テ-ルリッジからみる二ノ沢へのアプロ-チ、水量などを視認してからと考えていた。
雪渓は繋がっているし水量は多くはない。源頭部の雪渓も多くないであろうと考えた。

また二ノ沢本谷の記録を紐解いてみると、上下の滝がⅣからⅣ+というグレ-ドでありながら、ネットの記録では時にビバ-クを強いられている場面も散見。
つまり、グレ-ド以上の何かがある。
アルパイン魂が昂るのは、そういうことだ。

一方で気持ちの奥底に臆病な自分が現れるのもそういう時だ。
その彼が何か伝えようとしている。
決して油断ならない。
「上手く行った場合」は想定しない。最悪にならない手段と準備を想定する。

3:00起床。3:40頃、谷川岳慰霊碑園地を出発。
一ノ倉出合4:45

雪渓通しを進んで二ノ沢のスラブ右岸に着床。5:40

しばらくはフリ-。スラブを行く。
本来は水線通しがいいのだろうが、雪渓も残っており右岸側のスラブに引き寄せられてしまう。
上部でロ-プを3ピッチ出し、トラバ-ス気味に三俣下大滝の下に出る。7:24

出だしから時間を擁してしまったが、午後四時、最悪でも日没までにオキノ耳まで出られれば、というのが今回のスト-リ-。
さて、グレ-ドでいうなら二ノ沢本来の核心は本谷大滝(Ⅳ+)なのだが、最も油断ならないのは三俣下大滝(Ⅳ)と考えていた。
ル-ト読み。これがポイント。
ガイドでは右、左、中央と3つのル-トがあるというが、果たして。

俯瞰すると、確かに右が傾斜もねて見えるが上部で手がかりが極端にプア。
左は手がかりは多いが、立っていて脆そう。
水線突破はブロックもあるし、何しろあのスラブ滝にル-トは見いだせない。

不確定要素はあるものの、左壁に取りつく。

1ピッチ、リ-ド。
左壁を一段上がってトラバ-ス。
意外としっかりした岩も多く、充分ではないものの残置もある。
とはいえ、時に脆い。
岩棚があり、ピッチを切る。

2ピッチ、リ-ド。
岩棚からチムニ-を挟んだ向こう側の壁に移る。
足下が切れ落ちているので高度感が最高潮。
そこからカンテを回り込んでフェ-スをトラバ-ス。
そこそこ手がかりはあるが、支点がない。
小さ目のカムが使えるが、ここで落ちるとだいぶ振られるのでとにかく慎重に。
足元の安定した場所があり、ハ-ケンで支点構築。

3ピッチ、フォロ-。
後は滝へ15m位のトラバ-スと水線左を5mほど登る。
トラバ-スから最後の登りは手がかりが極端に少なくなる。
支点も腐っていて、プア。
suztさん、見事なリ-ドで突破。

落ち口上の岩場で一休み。
これはなかなかのものだ。10:34

ここで一旦ロ-プを解いて、開けたスラブを思い思いに登っていく。
やがて水線が右に回り込む。ナメ滝の様相。
濡れるのを嫌い、正面スラブに吸い込まれ登っていくが、上部が草付も交えてひどく悪い。
眼下の沢床を見下ろして、これはさすがにル-トミスを痛感。

ハ-ケン打って懸垂下降と思ったものの、岩は逆層で脆い。
力点を考えると、クラックが理想的な方向に向いていない。
しばらくクラック捜索に要し、何とか軟鋼ハ-ケンを打ち込む。

まるで鐘音のよう。
一振りごとに岩に食い込んでいくあの響き。

懸垂下降で沢床復帰。
ナメナメの水線を越えると細かいが階段状。
とはいえ、落ちると止まらなさそうなのでロ-プを出したまま。

12:16。そろそろ時間も気になる。
お互い、安定した場所で支点構築せずに肩がらみ。
4ピッチほどで本谷大滝直下に至る。

本谷大滝のル-トはこれしかないといった感じ。
岩登りというよりは沢登の範疇だ。
水線左を落ち口に向かって行く。

1ピッチ、リ-ド
下部は階段状。支点も豊富。
上部で飛沫を浴びるころから手がかりがヌメヌメで、ヌメをゴシゴシしながら行く。
ここからが奮闘。
水線左目をと考えたものの、手がかりなく水流に入る。
さすがに滝の上部真中は立っているし、ヌメっている。しかも全身びしょ濡れ。
「メガネ、外しておいてよかったなぁ。」
と軽口をついてチョット余裕を見せてみるが、実は結構イッパイイッパイ。
このあたりは支点も見いだせず、いわんや支点構築の余裕はないので、ヌメをゴシゴシしながら慎重にいく。
落ち口を乗り越すとまだまだ続くスラブ滝。
とはいえ、傾斜は落ちて階段状。

ピッチ切りでハ-ケン打ちながら思ったこと。
「あー寒っ。下山したら、ラ-メン食べてぇ-。」
時計は14:15。
なんとかビバ-クという事態は無いなと安堵。

とはいえ、時に拳ほどの自然落石が谷を落ちていく。あれにやられたらひとたまりもない。

そこからはロ-プを出したままではあったが難はない。
時に同時行動。

源頭の雪渓はその下部は薄くて乗れそうもないので、右岸スラブを行く。
上部に入って、軽アイゼンを履いて乗ってみるが、グズグズの急斜面。なかなか怖い。

結局は奥の二俣を前に右岸薮尾根に乗り、薮を漕いで東尾根に至る。
東尾根は踏み跡もあり、山頂直下も雪に乗ることなく、17:08、オキノ耳に至った。
終了点が山頂、というのは実にいい。

あとはボトボト登山道を行く。
西黒尾根の樹林帯に入ったころからヘッドライトを灯す。
七時過ぎまで歩行できるという、陽の長さに感謝。
湯檜曽川の流音が聞こえてきたら車道まであとわずか。

「やっぱ、ラ-メンだな。」
山から下りるとき、下りたら何食べようか、いつも考えてしまう。
下りることの叶わなかった御霊は何を想っているのだろう。

一ノ倉。
いつだって山行前はナ-バスになる。
そして余韻。
それはどうあっても揺るがない。

あの奮戦があったから。
これがホントの山だ、と思えるから。
あの苦闘があったから。
だから頑張れる。
そういう時もある。

sak

 


 



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